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 紅茶をどうぞ
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[お題] 気持ちだけでも、君のもとへ


 [ 注意 ]

 ・ ロシアが病んでます。
 ・ 連邦崩壊直後のお話で、イギリスとは以前から恋人同士です。
 ・ あくまで雰囲気小説です。














 ―――― 寒いと人は狂ってしまうんだよ。



 身体中が痛いなぁ。
 静かだなぁ……あぁそうか誰もいないからだね。
 あったかい紅茶が欲しいなぁ。カーテンも開けて欲しいなぁ。でももうここには誰もいないから、自分で全部やらなきゃダメなんだ。
 でも身体が痛くて動かせないや。すごく重くて、まるで雪の中に埋もれてるみたいに寒くて、苦しくてつらい。
 今日も経済は安定しないし、政治は大混乱。あちこち暴動ばかりで人々は飢えて嘆いているし、僕は相変わらず呪われている。
 みんなが僕を嫌いだって言うし、雪は降り続いているし、血は止まらないし。
 ほんと嫌になるね。


「ロシア」

 ふと朦朧とした意識の中、聞き覚えのある声が掛けられて不思議に思った。誰だろう、とっても懐かしい気配がする。
 でも瞼が重くて開かなくて、意識を集中させることも出来なくて、近付いてくるその人が誰なのかいまいちうまく把握出来なかった。
 リトアニア? それともラトビア? エストニア? あぁ、もしかするとウクライナ姉さんかもしれないし、ベラかもね。
 でもみんなみんなこの家から出て行ってしまって、ここには今、僕が独りきりで寝込んでいるだけで誰一人訪ねて来るはずがないのに、おかしいな。

「……だ、れ?」
「俺だ。イギリスだ」

 必死で喉の奥から声を出せば、明瞭な響きを持って返事が得られる。
 思いもよらない名前にびっくりして、なんとか頑張って両目を開ければ、こちらを覗き込むようにしている緑の瞳がかろうじて垣間見えた。

「……な、んで、イギリス、くん……?」
「様子を見に来たんだ。……酷いなこれは。体、動かせるか?」
「無理、みたい……」

 喋るとだらだらと口から血が流れて来る。鉄の味しかしなくて気持ちが悪いけど、うがいをしに起きるのも億劫でたまらなかった。
 まるで火で炙られているみたいに身体の内側が痛くて、込み上げてくる吐き気と血はぜんぜん止まらないんだ。
 きっと今、彼がとびきり美味しい紅茶を淹れてくれたとしても、味なんてわからないだろうなぁ。

「吐血してんな。このままじゃ喉に詰まる。体を起こすぞ? いいな?」

 勝手なことを言ってイギリス君が背中に手を差し入れて来る。ぐっと力を込められてゆっくりと上半身を無理やり起こされれば、全身がバラバラになってしまいそうなくらい痛かった。

「……い、たい、よ、」
「これくらい我慢しろ」
「も、君ってほんと、ムカつく、」
「減らず口叩けるなら大丈夫だな」

 面白そうにくすくすと笑われた。なんだかなぁ。
 あぁもう、放っておいてくれてもぜんぜん構わないっていうのに。
 だって『国』はどうせ死ねないし。連邦が崩壊してもこうやって僕は生き延びている。きっとこの先も新しくなった『ロシア』として僕は生き続けなきゃならない。国民がいる限り。
 だから別に、優しくなんてしてくれなくても大丈夫。国内が安定すればまた動けるようになるんだから。

「で、今日は、いったい、なんの用?」

 クッションを腰に当ててベッドサイドに凭れかかりながら、血まみれのパジャマを脱がそうとする彼に溜息交じりで問いかけてみる。
 いくら世話焼きが性分だからと言って、そういう無遠慮な好意はアメリカ君だけに向けられてしかるべきものじゃなかったのかな。いつから彼は博愛主義者になったんだろう。
 それとも弱った僕に恩を売りに来たとか? でもこんな酷い有様じゃ搾取しようにももうなんにも残ってないと思うんだけどなぁ。

「着替えはどこだ?」
「……知らない」
「ちょっと待ってろ」

 僕の質問なんかまるっと無視して、イギリス君は新しいパジャマを求めて家探しをはじめた。ちょっと勝手にクローゼット開けないでよ、と思ったけれど何か言う気力なんてほとんど残っていないので、結局無言でいるしかなかった。
 正直今すぐ意識を手放してしまいたいくらい苦しくてたまらない。息を吸うのもつらいって、肺までいかれちゃったんだろうか。

「あったあった」

 引っ張り出してきたパジャマ一式を手にイギリス君が戻ってくる気配がする。リトアニア達がここを出て行って以来、誰が掃除や洗濯をしているのかさっぱり分からなかったけど、たぶんきっとそれは一人になる前に彼らが用意していってくれたものだと思う。
 だって連邦が崩壊してから上司は忙しくて、国民も忙しくて、なんだか大騒ぎをしたいだけしている声だけしかここには届かない。
 放っておいても死なないって感覚なんだろうな、もう最後に食事をしたのがいつなのかすら僕は覚えていなかった。飲み物もかろうじて三日前に水を取りに行ったきり、起き上がるのも面倒で飲んでいない。
 あぁでも、国民達はちゃんと『国』を愛してくれているよ。みんなの愛国心はいつだって過剰なくらい強い。ただ今は自分達のことでいっぱいで、ちょっと忘れちゃっているだけなんだ。こういうことは昔から結構あったから僕も平気だし大丈夫。

「あ、そうだこれ」

 急にイギリス君が背後から何かを取り出して、それをそっと僕の頬にあててきた。
 じわりと熱くて柔らかなそれが蒸しタオルなのだと気づいた時には、思いがけないほど優しく肌を拭かれた。びっくりして思わず体を離そうとするけど無駄な体力は一欠けらも残っていなかったので、すぐにくたりと力が抜けてしまう。

「さっきキッチン借りた。あとで紅茶も淹れてやるからな」
「不法、侵入、反対…」
「風呂入れてやりたいけど俺じゃお前を抱え上げるのは無理だから勘弁な。とにかく血の匂いだけでも取らないと」
「変な、の。なんで君、そんなことする、の?」

 わけがわからない。
 どうしてイギリス君が僕の世話なんか焼いているんだろう、理解不能だ。

「なんでって、お前本気で言ってるのか?」

 呆れた声でイギリス君は少し怒ったように特徴的な太い眉を顰めた。けれど怒鳴り声を上げることはなく、手を動かしながら深い溜息だけをつく。
 そんな中、熱かったタオルは徐々に冷めていって、白い布地は赤黒く染められていった。身体に傷はないからきっと全部吐血だろう。そう言えば寝ている間も何度か吐いたような記憶がある。食べていないから血ばっかり出て、それがこの灰色の部屋の中では黒い塊みたいでなんだか不快だった。
 雪の上に舞い散る鮮血はあんなに綺麗なのにね。

「俺とお前の仲だろう?」
「僕と、君、の仲って、」
「いいから無理に喋るな。また吐くぞ」

 そう言って新しいタオルと交換してイギリス君は丁寧に僕の身体を清めていく。不思議だなぁ、誰かにこうして触れられるのは苦手だったはずなのに、なんで彼の手は嫌いじゃないなんて思うんだろう。
 変なの、変なの。そう思っていれば新しいパジャマを着せられ、シーツを交換され、ついでに毛布も取り替えられた。そのまま汚れ物を抱えて一旦部屋を出て行ったイギリス君は、また慌しく戻って来て今度はそっと遮光カーテンを開ける。
 開かれた隙間から差し込む陽射しを抑えるためか、レースのカーテンはそのままだ。だから外がどうなっているのかここからじゃ分からない。
 雪は降っているのだろうか……なんだか色んな器官が麻痺していて、いつもなら分かる気候の変化も、今の僕にはまったく感じ取ることは出来なかった。

「埃が立つから掃除はあとな」
「……なん、で? なんで、君、」
「お前さっきからそればっかだな。そんなに俺がお前の心配するのがおかしいか?」
「心、配?」

 誰が、誰の?
 イギリス君が、僕の?
 おかしい? うん、おかしい。とっても変。何がどうしてこうなったの?
 疑問がありありと顔に出てしまったのだろう、イギリス君は一瞬両目を見開いて息を詰め、それからまるで泣き出しそうな顔でゆるゆると肩の力を抜いていった。
 そして僕の髪をそっと指先で梳きながら、そっか、色々と忘れてるんだな、と呟いた。

「お前にとっての優先順位は、俺が最下位だったってことか」
「何の、こと」
「気にするな。俺達は敵同士だったから、上澄みだけ覚えてりゃそれでいいってことだ」
「イギリス、君?」

 涙を浮かべたその緑色の瞳は、エメラルドというよりも夏の森の色をしていた。おかしいな、今まで僕は彼の目の色なんて気にしたことなかったのに、どうして今はそれが綺麗だなんて思ってしまっているんだろう。
 髪を梳く指も頬を撫でる手のひらも、全部全部あたたかくて心地良くて、すごくすごく気持ちが安らぐ。
 そう言えば僕、イギリス君を最初に見た時、何故かまっさきに彼の淹れてくれる紅茶の味を思い浮かべたんよね。飲ませてもらったことなんて数えるほどしかないはずなのに、どうしてそんなことを思ったのかな。

「紅、茶」
「ん? 飲むか?」
「……うん」

 思わず頷けば、ぱっと表情を明るくしてイギリス君が顔を上げ、それからいそいそと部屋を後にした。僕はその背中を見送ってから新しくベッドメイクされたそこへ体を横たえる。
 明日も明後日も明々後日も、きっとこのまま全部が全部痛いままで、あと何日我慢すればいつも通りの生活に戻れるのか予想もつかない。でもきっとそのうち上司も国民達もみんな落ち着いて、僕も良くなって、また普通に暮らせる日がくるはずだ。
 そうしたら、……そうしたら?
 ここにはもう誰もいなくて、姉さんもベラもバルト三国もいなくて、そして、そして。

 あぁ、そっか。僕、独りぼっちになっちゃったんだ。

「ロシア、ジャムがないから砂糖でいいか?」
「…………」
「ロシア?」

 さみしい、さみしいよ。
 涙が溢れて仕方がない。置いていかれて、本当に寂しい。
 頑張って繋ぎとめようとしたけど全然駄目だった。みんなみんないなくなっちゃったよ。
 僕の家族。僕の、大事な大事な家族がバラバラになってしまった。

「……泣くなよ」

 イギリス君が困惑した表情でベッドサイドに腰掛け、覆いかぶさるようにして僕のことをそっと抱き締める。細身だけどそれなりに百戦錬磨の修羅場を潜り抜けただけあって力も強い。
 頭を抱きこまれて彼の顔に頬が触れる。こんな至近距離、絶対いつもの僕らじゃ考えられないことだ。

「これで三度目だな」
「三度、目?」
「お前の健忘症にもいい加減慣れた。でも、寂しいのは俺だって一緒だぞ」
「………なん、で」
「まぁそのうち教えてやるよ」

 そう言ってイギリス君は僕の唇にそっとキスを落とした。
 ここはなんて気持ちが悪い、とでも思うべきなんだろうけど、僕はなんだかそれがすごく嬉しいような気がして涙も止まってしまった。
 彼が何を言いたいのか、僕がどうして彼の行為を素直に受け入れてしまうのか、それは分からないけれど。そして再び眠ってしまえばなんとなく今のこの出来事も忘れてしまう気がしたけれど、僕はもう一度出会えたらいいなぁと心の片隅で思った。


 寒いと人は狂ってしまうから、ねぇ、お願い。
 こうやって抱き締めていて欲しいな。
 ずっとずっと。
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