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 紅茶をどうぞ
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Ever Since 3 [ side:E ]
 窓から差し込む明るい日差しが眩しくて、少しだけ目を眇めれば「お疲れですか?」と問いかけられた。
 首を左右に振って手にした書類をテーブルの上でトントンと揃えると、イギリスは素早くそれらをファイルにしまい静かに席を立った。

「午後も会議があるから俺はもう戻る。あとはお前たちに任せた」
「はい。お呼び立てして申し訳ありませんでした」
「気にするな」

 ぽんと部下の肩を叩いて歩き出せば、すぐに扉が開かれ大使館の表玄関に車が回される。
 緊急の要件だと連絡を受けた通り、確かに今回の案件はイギリス本人が目を通した方が早かったので彼らに責任はない。滅多にないが有事の場合はこういう急な呼び出しも已むを得ずと言った感じである。まぁ出来ればあまり何度も起きないことを祈りたいものだ。
 足早に外へ出て黒塗りのリムジンに乗りこめば車は音もなく走り出す。無駄に豪華な車内で紅茶を淹れてもらって一口飲めば、ようやくほっと吐息が漏れた。

「サンドイッチがありますが、召し上がりますか?」
「そうだな。頂こう」

 薄いラップにくるまれた白いパンを受け取りながら、相変わらずこの食べ物はいつでもどこでも手軽に食べられて便利だよなぁと口に運ぶ。個人的に最近はやりのベーグルよりも昔ながらの英国風の白くて薄い食パンで作る方が好みだ。
 アメリカなんかは具材をいっぱいに詰め込んだ豪快な方がいいと言っていたが、一口でつまめるサイズのものが手軽でいいのに……とぼんやり思っていれば、自然と発案者の懐かしい顔が脳裏に浮かび、口元に小さな笑みが浮かんだ。
 多忙を極めた海軍大臣は「ゲームにかまけて庶民の料理を食べるなど」と勝手なデマを飛ばされて憮然としていたが、結局こうして後世まで皆に慕われる料理となったのだから面目も立とうというものだ。

「そう言えば本日はアルフレッド様とお食事のご予定があったとか」

 丁寧に包みを解いて皿へと移しながら、一体どこから聞いたのか部下は少々申し訳なさそうにそんなことを言い出す。いつもは無表情を崩さない彼も、世界会議の日にイギリスの手を煩わせてしまったことを苦にしているのだろうか。
 珍しい事態もあるものだと軽く片眉を上げて紅茶を手にしながら、生真面目な男の顔を眺めやる。

「なんだ、気になるのか?」
「そういうわけではありませんが」
「駅前にパニーニの店が出ているらしい。そこに誘われただけだ」
「駅前ですか。……お寄りしますか?」
「そうだなぁ」

 さすがにアメリカ一人で行くにしても、この時間ならもう会議場に戻っていてもおかしくはない。けれどもしもまだ間に合うようならと、そう思えばどうせ無駄足だろうと分かりつつも車をそちらに回してもらいたくなってしまった。
 すぐにこちらの気持ちを察して「おい、駅前に向かえ」と運転手に告げる男を見遣ると、思わずくすくすと苦笑が漏れてしまう。我が部下ながら優秀で何よりだ。

「良かったらお前たちも土産に持ってくか?」
「パニーニをですか?」
「驕るぞ」
「滅相もございません」

 私どもには自国のサンドイッチが用意されていますから、イタリア風サンドイッチはいりません、と真面目な顔で答えるその横顔に吹き出してしまいながら、イギリスは携帯電話を取り出して短くアメリカ宛てに「今、終わった」とメールを打ち始める。
 とりあえずこれから駅前に向い、もしアメリカがまだいるのなら彼を拾って一緒に会議場へ戻ればいい。会えたらラッキーくらいの気持ちでいれば、車はスムーズにロータリーへと滑るように到着した。
 道行く人々が突然現れたリムジンを興味深そうに眺めながら歩き過ぎて行く。ここは米国内でも一大産業都市として要人も多いため、高級車もそれほど目立つものではなかったが、それでも空港とは違って駅前ではやはりそれなりに人の目を引いた。
 しかも中から出て来たのがどこからどう見ても学生にしか見えないような青年ならなおのこと、奇妙に感じられても仕方がないのだろう。

「ちょっとここで待っていてくれ」
「かしこまりました」

 財布と携帯だけ内ポケットに突っ込んで、足早にイギリスはパニーニの屋台を目指した。


 人混みをかき分けて、広場の片隅にあるカラフルなパラソルの店の前に行けば、その前に並ぶ数人の列に並ぶ。
 堅苦しいスーツ姿ではあるがちょうど昼食時と言うこともあって違和感はない。と自分では思っているが実際周囲からどのように見られているのかは分からないし、そんなの気にするような性質でもなかった。
 携帯を取り出して着信を確かめれば残念ながら返信はなし。アメリカの事だからきっと今頃、残りの休憩時間を庭のベンチに引っくり返って昼寝に費やしているに違いない。のんびりしすぎて遅刻しなければいいけど、と余計なことを考えていればすぐに購入の順番が回って来た。
 適当にいくつか注文してしばらく待つ。その間ちらちらと携帯の画面を窺っていれば、急に後ろからバシッと肩を叩かれてはっと顔を上げる。道でも尋ねられるのだろうかと振り返って見れば、目の前には見慣れた空色の瞳が眼鏡越しでいたずらっぽくきらめいていた。

「やぁイギリス!」
「アメリカ、お前なんでここに」

 びっくりしたまま会えたのが嬉しくて、我知らず笑みが浮かぶ。今日はついてるな、と喜んだのもつかの間、アメリカがなんとはなしに「あっちのベンチにいたんだ」と言い、後方を指さしたのでつられてそちらを見遣れば。

「げ……フランス」

 一瞬にして顔が引き攣るのを自分でも嫌というほど感じた。せっかくアメリカと出会えてもあのヒゲ面が一緒だなんて、心の底から喜べない。
 ラッキーなんだかアンラッキーなんだか分からないといったふうに複雑な表情を浮かべたイギリスに、アメリカはひょいと肩を竦めて苦笑した。

「相変わらずだね、君」
「うるせぇ」
「突然いなくなった誰かさんの代わりに、昼食を付き合って貰ったんだよ」
「そ、そうなのか」

 アメリカとのランチを楽しめなかったのは仕事のせいなので我慢出来るが、その立場をフランスなんかに横取りされたとなると途端に悔しく思えてたまらない。
 別に取り合うわけではないのだが、それでも釈然としないのは仕方がないだろう。勿論フランスにしてみればいい迷惑に違いないが、そんなことは知ったことではなかった。

「お待たせしましたー」
「あ」

 店員から声を掛けられ慌てて商品を受け取る。代金を支払っていれば横からにゅっとアメリカの手が伸びて来て紙袋を攫われた。

「君が食べるの? それにしては多いね」
「部下の分も入ってる。なんだか色々気を使ってくれてるからなぁ。たまには労わねーと」
「ふーん。優しい上司だね」

 日頃こき使ってるからな、と返しながら釣銭を財布にしまい踵を返す。歩き出しながらチラっとフランスの方へ視線を飛ばせば、ひらりと指先を2本重ねて振り返された。いちいちそういう気障ったらしい仕草が癪に障るほど様になっている。本当に心底腹の立つ男だ。
 条件反射的に中指を立てそうになってなんとか我慢し、こっちへ来いとジェスチャーすれば、すぐに立ち上がって荷物を抱えると歩み寄って来た。

「俺んとこの車で会場まで戻るぞ。もう用はないんだろ?」
「親切は喜んで受けるけど後で倍返し請求はなしな」
「そうか、ならお前一人で歩いて帰れ」
「冷たいこと言うなよー。お前の可愛いアメリカの子守をしてやってたんじゃないか」
「頼んでねーよ!」

 ついついいつもの癖で立ち往生よろしく睨み合っていれば、「もー君たちいい加減にしなよ」とアメリカが飽きれた声を出した。

「オッサン連中は血管切れるのも早いよね、ほんと」
「誰がオッサンだ!」
「オッサン言うな!」
「うわー……ムカつくほど息がぴったりだね」

 やれやれと大袈裟なほどの溜息をつきながら紙袋を抱え直し、ロータリーに停まっているリムジンを眺めやった彼に「あれかい?」と尋ねられる。
 頷けば「ほら置いてくよ」と言って軽々と身をひるがえしてアメリカが駆けていく。その背を見送りながら「若いなぁ」とフランス共々呟いたのは断じて自分達がオッサンだからではないと言い切りたい。


「ところでお前、あいつと何話してたんだよ」

 慌ててアメリカの後を追いながら、イギリスは隣に並ぶフランスを見ずに小さく話しかけた。

「え?」
「機嫌直ってる。昨日からずっとイラ立ってたから気になってたんだ。何か言ったんだろ?」

 別に感謝はしないけどどうやってアメリカの御機嫌を取ったのかそれだけは知っておきたい。イギリスの質問にフランスは一瞬だけ目を丸くして、それから口元に嫌な笑いを浮かべて肩に手を回してくる。

「なんだよ、気になるのか?」
「馴れ馴れしく触るんじゃねーよ! この変態!」

 手の甲に爪を立てて払えば溜息交じりにフランスが悪態をついたのが分かった。けれどこの程度は慣れているもので、すぐに気を取り直したのか前方に視線を飛ばして先へ行くアメリカの背を眺める。
 弾んでいるのか頭上から垣間見えるナンタケットがぴょこぴょこ揺れていた。

「心配してんのか?」
「そりゃまぁ、それなりに」
「そういうのはさ、自分が心配掛けないようにしてから言えよな」
「どういう意味だ?」

 意味が分からず不愉快そうに眉を顰めれば、フランスは鼻で哂ったあと「アメリカも苦労するよなぁ」と意味深な言葉を呟く。そんなふうに言われればますます気になって仕方がないではないか。

「んだよ、ハッキリ言えよ」
「おにーさんのあげたキャンディは美味かったか?」
「は?」

 唐突な台詞に足を止めれば、ニヨニヨと笑ったままフランスは続けた。

「だからー、俺がお前にやったキャンディは美味かったかって聞いてるの。アンダスターン?」

 下手クソな英語使いやがって!と毒づく前に、イギリスの脳裏には昨日の会議室で犯した失態がまざまざと蘇り、知らず両頬がカッと熱くなった。
 思い出すだけでも恥ずかしすぎてうんざりすると言うのに、こんなところで蒸し返すなど嫌がらせにもほどがある。殴りつけても文句は言わせない。

「うるせぇ! 思い出させるないちいち!」
「あれ、一応俺の責任でもあるのかな~?」
「……っ」

 そう言われても、せっかくの好意で貰った飴玉にまでケチをつけるつもりはない。たとえそのせいでみっともない醜態を晒したとしても、それくらいの分別はあるつもりだ。
 あの時、咳込む自分に喉飴を手渡したのはいくらフランスでも悪気があったわけではないだろう。それに口に入れるまでは普通の飴だった。いや、入れてからもごくごく普通の丸い砂糖の塊だったことは、当事者であるイギリス本人が良く分かっていることだった。
 まさかあんなところであんな失態をしでかす羽目に陥るとは、まったくちっとも思いもよらなかっただけで。

「計算済みだったら逆にお前を尊敬してやるよ、このヒゲ野郎」
「おーおー大いに尊敬してもらいたいもんだな。まぁお前と違って俺はそこまで性悪じゃないんでね。残念だったなぁ」
「言ってろ!」

 怒鳴り声を上げてからふと気付いてフランスを睨みつける。にやけたツラに一発お見舞いしてやりたいと思いながらも頭をよぎったのはアメリカの態度。

「お前まさかあいつに余計なこと吹き込んだんじゃねーだろうな?」
「さぁ?」
「フランス!」
「おいおい衆目が気にならないのか、坊ちゃんは」
「…………あとで覚えてろ」
「お前こそ、まぁ今夜は覚悟しておくんだな。アメリカの奴、やけに張り切って『問い詰めたいことがまた増えた』って言ってたからなぁ」

 問い詰めたいこと? また?
 その単語になにやら嫌な予感がしてイギリスは背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。
 アメリカの好奇心を刺激するのははっきりいってまずい。子供の頃からそれは触れてはいけない領域のようなものになっていて、無意識に警戒してしまうのはいつものことだ。
 どうも嬉しくはない方向に傾きそうで今から気が重い。ここしばらく態度のおかしかった彼の機嫌がようやく直ったのは素直に嬉しかったが、手放しで喜ぶわけにもいかなそうな事態に頭が痛かった。
 あんなみっともないことをアメリカにだけは知られなくないと、そう思って誤魔化し続けてきたのに!

「睨んでも無駄無駄」
「いつか殺す」
「物騒な目をしてると警察にしょっぴかれるぞ」

 ただでさえお前、柄悪いんだからさ、とのたまうフランスの背中に今度こそ思いっきり一撃をお見舞いし、悶絶して声もなくうずくまる彼を置いてアメリカの方へと走り出した。
 待ちくたびれた顔が再びこれ以上不機嫌に戻らないようにとの配慮だが、果たして効果はあるのだろうか。いろいろと手遅れのような気もするが、とりあえず今は出来たてのパニーニを車内にいる部下たちに届けたら、急いで会議場へと戻らなければならない。
 午後の会議はスムーズに進行するだろうか……そしてその後に待ち受けているアメリカとの夜を、どうやって上手い具合に過ごしていくか、イギリスはぐるぐると考え込みながら深い溜息をついた。




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