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 紅茶をどうぞ
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空を舞う翼 2
 [ 3 ]

 抜けるような青空。
 いつもは灰色の雲で覆われているこの国も、今日は国自身の心中を察してか大変素晴らしい天気に恵まれていた。
 絶好のエアショー日和というやつである。
 だが……どちらかと言うと過ごし易いどころかむしろ、暑い。じりじりと照りつける太陽は午前中においてもかなりの強さだったが、昼にむかうにつれますます酷くなってきていた。これでは午後、どうなる事やらと思いやられる限りだ。




「も、おにーさん焦げちゃう……」

 仮設テントの長テーブルにぐったりと上半身を伸ばして、フランスが情けない声を上げた。
 昼食用に案内された部屋から一服するために出てきた彼は、燦々と降り注ぐ日の光を見てげんなりと崩れ落ちる。
 ほとんどの国は部屋に残ったままなので、今ここにいるのは会場の様子が気になってその場に残っていたイギリスと、のんびりアイスを口にしているアメリカの三人だけだった。
 前髪をサングラスで止めながら、フランスは強い日差しに目を細める。滑走路がぐにゃぐにゃと歪んで見えるような気がして、彼は盛大に溜息をついた。

「あっつーい」
「こんなに天気いいの、珍しいよね」

 くすっと笑ってアメリカも空を見上げる。
 さっきまで行き交っていた飛行機の影はない。みな、しばしの休息だ。
 天候の変わりやすい英国だったが、今年は随分と晴天に恵まれていた。一瞬、雨模様になりかけたがなんとか持ち直し、今はかなりの日差しである。フランスばかりでなくイギリスも含め皆が暑いと感じていた。
 ただアメリカだけは持ち前の体力ゆえに、やたらめったら元気で、もう何個目になるのか定かでないアイスのカップを手にしている。

「いつもは嫌になるくらい曇り空なのになぁ」
「フランス、水でも飲め。熱中症になるぞ」
「おおおお、珍しくイギリスが優しい。だからこんなに天気いいのか」
「地中に埋めてやろうか? すっげー涼しいと思うぞ?」
「暴力はんたーい」

 両手を挙げながらフランスが身体を起こし、イギリスの差し出したエビアンのボトルを受け取る。そのまま冷たいそれを一気に喉に流し込んだ。

「おにーさんちの飛行機はもう飛んじゃったし、帰ろうかなぁ」
「バーカ、まだ数機残っているだろうが。国民置いて勝手に帰るなよ」
「はいはいわかってますよー」
「ねぇ、午後のプログラムはどんな感じだい?」
「ん、どうだったかな」

 アメリカの声にイギリスは近くに放り投げてあったパンフレットを手に取った。残念ながら予定はいつも当日に変更されてしまうことが多いので、タイムテーブル通りに進んだためしがない。それでも午前中に飛び回っていた機体を思い出しながら予測する。

「たぶん輸送機が出て……あれだ、ヘリの救援活動とかだ」
「ふーん」
「ロシアの最新鋭はいつ飛ぶんだ?」

 フランスが興味深そうに尋ねる。
 今回、北の大国の最新鋭戦闘機の噂は各国の注目の的になっていた。冷戦以降、しばらく音沙汰のなかったロシアの動向が最近ようやく明るみに出はじめており、どの国も表立って口にはしないがだいぶ気に掛けている。
 以前のような正面からの衝突はもうないだろう。だが平穏を保ちつつも、状況から判断してEUにとっての仮想敵国に違いはなかった。無論、アメリカにとってもそれは同様だ。むしろEU諸国以上の問題かもしれない。

「ラーストチュカのことか?」

 紙面に目線を落としたまま、なにげなくイギリスが言う。
 アメリカが怪訝そうにそちらを見遣った。何か言いかけた彼の横からフランスが気付いたように応じる。

「燕?」
「良く分かったな、ロシア語なんて」
「まーな。MiG29OVTだろ?」
「そうだ。アビオもノズルも変更したせいか、かなり変わった軌道を描く。鳥みたいに綺麗だったぞ」
「え、なに、お前もう見たの?」
「当たり前だろ? 主催国として受け入れ態勢を確認しないといけないから、何日も前からずっと詰めてたし。そうだ、あいつ自分で操縦してきたんだぜ? よくやるよなぁ。展示飛行は専門のパイロットに任せるみたいだけど」
「……ふぅん、随分詳しいね」

 アメリカが少しトーンの落ちた声を出し、目線も冷ややかに立ち上がると手にしたカップをテーブルに置き、いきなりイギリスが眺めていたパンフレットを乱暴に奪い取った。驚いたように顔を上げる彼に、皮肉気な笑みを浮かべて冊子を丸める。

「なんだよいきなり」
「最近仲いいみたいだね、ロシアと。随分頻繁に会っているそうじゃないか」
「別に普通だろ」
「何の話をしているんだい? まさか裏取引をしているわけじゃないよね」
「はぁ? 寝ぼけたこと言ってんじゃねーよ。暑さでバーガー頭もいかれちまったのか?」
「本当に君の口の悪さには閉口するな」
「俺はお前の行儀の悪さに呆れかえって言葉もねーよ」

 イギリスの方が若干背が低いので、自然と下から掬うように睨みあげる形になった。それがいかにもな態度だったので、アメリカも負けじと睨み返すようになる。
 唐突にはじまった物騒な展開に、思わずフランスが脱力したように声を上げた。

「勘弁してくれよ~。こんな日に熱くなんなって。折角の祭が台無しだぞ」
「……まぁ、RIAT中は俺がホストでお前らがゲストだしな」
「そうそう。アメリカも放っておくとアイス溶けるぞ」
「……分かったよ」

 珍しくイギリスがあっさり引いたので、小さく頷きながらアメリカも大人しくアイスを再び手にしてパイプ椅子に腰を掛ける。だが眉間に皺を刻んだままの不機嫌そうな表情を見て取り、先ほどの怒りはどこへやら、心配になったイギリスが躊躇いがちに声を掛けてきた。

「お前、具合でも悪いのか?」
「別に」
「ならいいけど……暑いから気をつけろよな? アイス食いすぎるなよ?」
「煩いなぁ。分かってるよ」
「なんだよ、俺は心配して……」

 素っ気無い態度にむっとして言い返そうとしたイギリスが、急に言葉を切った。その目がアメリカを通り越して遠くを見る。
 なんだろう、と思ってフランスもアメリカも彼が目をやった方向に顔を向けた。


 ちょうど格納庫から出てきたのだろうか、静かにゆっくりと滑走路に向けて進んでいくひとつの機体があった。
 白地に赤と青のコントラスト。背中の巨大な星がいかにもかの国を体現していてひときわ目を惹いた。これまでのものに比べれば小柄だが、双発のがっちりしたシルエットが逆光を浴びて浮かび上がる。
 整備員と並んで歩いていた長身の男が、こちらに気付いたのかちらりと視線を投げて寄越した。季節はずれの長いマフラーがジェット機の立てるエンジン風にゆらりと揺れている。暑くはないのだろうか。

「あれが最新版の燕ちゃんね」

 フランスが興味深そうに呟いた。
 仏国と言えば米国、露国に続いて戦闘機製造に力を注いでいる国だ。EU連合内でも単独開発をしているのは彼だけでもあり、当然他国の機体に興味を持つのも不思議ではない。
 一方アメリカは、振り向いたロシアと目が合ったのが癪に障ったらしく、盛大に舌打ちをして目線を外すと、面白くなさそうに溶けきったアイスを口に運んでいた。ロシアの最新鋭機など心底どうでもいいという様子が窺える。
 それもそうだろう、世界最大の軍を持つ米国自慢の第五世代戦闘機は、今現在、地球上で最も高価かつ高性能と言われているものである。自負するのも当然のことと言えた。
 だが、しかし。


 ―――― むしろ今、そんなことより大問題なのは。


「イギリスくーん!」
「……あの馬鹿、大声出すな、恥ずかしい」

 文句を言いつつも、大きな体でぶんぶんと右手を振る北の大国を見つめ、顔を赤らめながらくすぐったそうにしているイギリスである。
 アメリカの目に殺意が浮いたのを見て取ったフランスは、心の中で号泣しながら、どうか何事もないようにとひたすら祈るのみだった。




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