紅茶をどうぞ
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[お題] 心は、傍にいるよ
注:事後話 (R12?)
ベランダに出て雪の降る街並みを見下ろせば、超高層ビルの間は相変わらずの灰色だった。
イルミネーションも落ちた早朝のこんな時間は、まるでだだっ広いどこかに一人置き去りにされたような心細さを覚えてしまう。
吐く息は白く朝の空気に溶けて消える。もう少し時間が経てば人々は起き出し生命の活動による賑やかな音が目の前の世界を埋め尽くすはずだ。
「……ロシア?」
後方から眠そうな声が聞こえてきた。
振り向けばベッドの上でもぞもぞと上体を動かし、イギリスが薄ぼんやりとした眼差しをこちらに向けているのが見える。
昨夜は二人で初めての夜を過ごした。間違っても酔った勢いなどではなく、お互い合意の上での行為だ。もちろん薬などの使用もなかった。
正直、自分と彼がこんな関係になるとは想像だにしなかったことである。ロシアにとってイギリスは、またイギリスにとってロシアは決して相容れぬ存在であったことだけは間違いない。
けれど長い間『国』であり続ける自分達に、本当の意味での憎悪など存在しようもなかった。同じように恋愛などという生温いものもありはせず、そこにあるのはどちらに振れる事もない振り子のような意識だけだ。たまたまこうなったにすぎない、ただそれだけの話。
愛憎どちらであれ、強すぎる想いを抱いていては何百年も人の世で曖昧な生き方は出来ない。今こんな風に二人でこの部屋にいる時間も、あとで思い返せば実にささいでつまらないものだろう。それくらい軽く受け流せるようなことだった。
「何時だ?」
イギリスの問い掛けにロシアは携帯電話を手に取った。この部屋に時計はない。昨日彼が外した腕時計はサイドボードの上にあり、ベッドからでは確認が不可能である。
「5時ちょうどだよ」
「そっか……シャワー、浴びたい」
まだ出発までには時間があるため、イギリスはそんなふうに言ってどこかだるそうな動作で髪の間に指をうずめる。金糸をくしゃりとかき上げる仕草が昨夜の名残か幾分の艶っぽさを感じさせ、ロシアはほんの少しだけ隠微なそれを気に入って彼の要望を叶えることにした。
「いいよ、お湯張って来てあげる。ついでに入れてあげようか?」
「珍しいな……お前の口からそんなサービス聞くなんて」
「えー、だって僕達、愛し合った仲でしょ。それくらいはしてあげてもいいかなって思ったんだけど。嫌ならいいよ」
ぷいっと横を向けば面白そうにイギリスは笑って、ゆっくりと上半身を起こしてから右手を伸ばしてくる。
するりと落ちたシーツの下からは白い肌があらわれ、普通ならここでキスマークのひとつでも見られるのだろうが、あいにくとロシアは相手にそういった痕跡を残すのは好まない。情交の印など気分が醒めた時に見れば萎える一方だ、というのが持論である。
また、執着していると解釈されるのが嫌いだからというのもあった。
「ぬるめで頼む」
「熱い方が好きかと思った」
「一人で入る時はな。二人だとのぼせるだろ?」
「ふーん」
なるほどね。
頷いてバスルームに行き、イギリスの要望どおり少しぬるめの湯をバスタブに流し入れる。そして再び部屋へと戻り、緩慢な動きで枕もとのペットボトルを手に取るイギリスの傍へと歩み寄って行った。
「なーロシア。お前、セックス嫌いなのか?」
「え? なんで? ちゃんと昨日相手してあげたでしょ」
「冷凍フランス人のわりに淡白だったからな」
「やめてよその呼び方」
「俺、セックスって好きだ」
イギリスはそう言ってペットボトルを置き、続いて隣のタバコとライターを手に取る。一本くわえて火をつける仕草は手馴れていて優雅にすら見えた。
「俺たち人じゃないけどさ、肌の温度ってすっげーキモチイイし」
「そうだね、一人じゃないっていうのは良いことだと思うよ」
「俺もお前も孤独に強い。その代わり俺はセックス、お前は酒に溺れてその穴を埋めようとするんだろうな」
前歯でタバコに噛み跡をつけながら、イギリスは全裸のままベッドサイドに腰掛けてガシガシと乱暴に髪を掻き毟る。シャワールームからは水音がずっと聞こえていて、この静寂に満ちた部屋をわずかに乱していた。
ロシアは彼の手から残りのタバコを奪い、同じように火をつけると吸い口から思い切り息を吸い込んだ。肺を満たす煙は苦味が強い英国産のもの。
あぁ、なんだか昨日からずっとイギリスに満たされている気がして落ち着かない。ロシアは目を眇めてどこか苛立ちを感じながらも、何故か今この二人で過ごす時間がもう少しだけ続くことを願っていた。
寂しいのだろうか、人恋しいのだろうか。それとも。
「もうそろそろかな」
バスタブの湯もいい感じに張り終えたようなので、イギリスを担いでバスルームに移動する。二人分のタバコを灰皿に放り込み、成人男性にしてはやけに体重を感じさせない身体を運べば、彼はロシアの肩口で不満そうに「俺は荷物じゃねぇ」とぶつぶつ文句を垂れていた。
「君なんて荷物より貧相じゃない」
「うるせぇ!」
後頭部を殴られた気がしたけれど、風呂場で暴れる気はないので黙って彼をバスタブに放り込んだ。
イギリスは英国紳士らしく数種類の気に入ったトワレをその日の気分に合わせて付けているのだが、どうやら本日はジャスミン系らしい。爽やかなそれがこの上なく心地よかった。
着替え終わった彼は先ほどまでのだらしなさが一変、きっちりとしたスーツ姿でびしりと決めている。こういう時の彼は頭に来るくらい格好良くて、悔しいながらもさすが本場だと頷いてしまう。
「じゃあね。気が向いたら連絡してよ」
プライベート用の携帯番号をメモ用紙に書いてテーブルに置く。なんだか安っぽいドラマのワンシーンみたいで面白く、思わず喉の奥で笑ってしまった。
たいていこういうシチュエーションで返事が来る可能性はない。けれどお決まりのパターンは踏襲しておかないとと変に役者を気取ってみれば、イギリスはふっと両目を細めてから指先を伸ばしてきた。
意外に思っていれば小さな紙が彼の携帯電話に挟まれる。
「ありがたくもらっとくな」
「ふぅん。次があるって期待して良いのかな」
「お前けっこう良かったぜ?」
「うわぁ。今時どんなあばずれ女でもそんな台詞言わないよ」
相変わらず口の悪さだけはカバー出来ないようだ。はぁと溜息をついてからロシアは戸口に向かうイギリスを追いかけて、振り向くその頬にちゅっと音を立ててキスをした。
盛大に眉を寄せる彼ににこりと笑って「待ってるね」と言えば、イギリスは翡翠色の瞳をにぃと細めて「せいぜいお預け喰らってろ」と悪態をつく。
ここを出ればお互いまた何事もなかった日常に戻る。一晩を共に過ごしたことも、下らない会話に興じたことも。
そういう遊びも悪くないとどちらからともなく誘ったわけだが、思いもかけず気に入り、案外癖になりそうだと思ったのは意外と言えば意外だった。
「ねぇ、アメリカ君たちには内緒?」
「当たり前だ。お前とこんな関係になっただなんて知られたら、世界中ひっくり返るほど大騒ぎになるだろうからな」
「へぇ……ね、じゃあ二人だけの秘密ってこと?」
そう訊けば、イギリスはいたずらを思いついた子供のような顔をして笑った。
「いいな、それ。俺たちだけの秘密。悪くない」
「敵対している僕らが実は裏で、ってなんだかスパイ映画みたいだね」
「裏切りも定石だけどな」
そうして未練も何も残さないで出て行く背中は、毅然としていて一度たりとも振り向くことなどなかった。
そんなイギリスは誰よりも孤高で、愚かで、そして面白いと思う。かつてのグレートゲームの覇者の現状はあらゆる意味でロシアの琴線に触れた。
「いっぱい楽しもうね、イギリス君」
いろんな国が後悔する前に、君を手に入れられたら愉快だろうなぁ。
そう呟いて、ロシアはモーニングコーヒーを頼むため、パチンと軽く指を鳴らした。
ベランダに出て雪の降る街並みを見下ろせば、超高層ビルの間は相変わらずの灰色だった。
イルミネーションも落ちた早朝のこんな時間は、まるでだだっ広いどこかに一人置き去りにされたような心細さを覚えてしまう。
吐く息は白く朝の空気に溶けて消える。もう少し時間が経てば人々は起き出し生命の活動による賑やかな音が目の前の世界を埋め尽くすはずだ。
「……ロシア?」
後方から眠そうな声が聞こえてきた。
振り向けばベッドの上でもぞもぞと上体を動かし、イギリスが薄ぼんやりとした眼差しをこちらに向けているのが見える。
昨夜は二人で初めての夜を過ごした。間違っても酔った勢いなどではなく、お互い合意の上での行為だ。もちろん薬などの使用もなかった。
正直、自分と彼がこんな関係になるとは想像だにしなかったことである。ロシアにとってイギリスは、またイギリスにとってロシアは決して相容れぬ存在であったことだけは間違いない。
けれど長い間『国』であり続ける自分達に、本当の意味での憎悪など存在しようもなかった。同じように恋愛などという生温いものもありはせず、そこにあるのはどちらに振れる事もない振り子のような意識だけだ。たまたまこうなったにすぎない、ただそれだけの話。
愛憎どちらであれ、強すぎる想いを抱いていては何百年も人の世で曖昧な生き方は出来ない。今こんな風に二人でこの部屋にいる時間も、あとで思い返せば実にささいでつまらないものだろう。それくらい軽く受け流せるようなことだった。
「何時だ?」
イギリスの問い掛けにロシアは携帯電話を手に取った。この部屋に時計はない。昨日彼が外した腕時計はサイドボードの上にあり、ベッドからでは確認が不可能である。
「5時ちょうどだよ」
「そっか……シャワー、浴びたい」
まだ出発までには時間があるため、イギリスはそんなふうに言ってどこかだるそうな動作で髪の間に指をうずめる。金糸をくしゃりとかき上げる仕草が昨夜の名残か幾分の艶っぽさを感じさせ、ロシアはほんの少しだけ隠微なそれを気に入って彼の要望を叶えることにした。
「いいよ、お湯張って来てあげる。ついでに入れてあげようか?」
「珍しいな……お前の口からそんなサービス聞くなんて」
「えー、だって僕達、愛し合った仲でしょ。それくらいはしてあげてもいいかなって思ったんだけど。嫌ならいいよ」
ぷいっと横を向けば面白そうにイギリスは笑って、ゆっくりと上半身を起こしてから右手を伸ばしてくる。
するりと落ちたシーツの下からは白い肌があらわれ、普通ならここでキスマークのひとつでも見られるのだろうが、あいにくとロシアは相手にそういった痕跡を残すのは好まない。情交の印など気分が醒めた時に見れば萎える一方だ、というのが持論である。
また、執着していると解釈されるのが嫌いだからというのもあった。
「ぬるめで頼む」
「熱い方が好きかと思った」
「一人で入る時はな。二人だとのぼせるだろ?」
「ふーん」
なるほどね。
頷いてバスルームに行き、イギリスの要望どおり少しぬるめの湯をバスタブに流し入れる。そして再び部屋へと戻り、緩慢な動きで枕もとのペットボトルを手に取るイギリスの傍へと歩み寄って行った。
「なーロシア。お前、セックス嫌いなのか?」
「え? なんで? ちゃんと昨日相手してあげたでしょ」
「冷凍フランス人のわりに淡白だったからな」
「やめてよその呼び方」
「俺、セックスって好きだ」
イギリスはそう言ってペットボトルを置き、続いて隣のタバコとライターを手に取る。一本くわえて火をつける仕草は手馴れていて優雅にすら見えた。
「俺たち人じゃないけどさ、肌の温度ってすっげーキモチイイし」
「そうだね、一人じゃないっていうのは良いことだと思うよ」
「俺もお前も孤独に強い。その代わり俺はセックス、お前は酒に溺れてその穴を埋めようとするんだろうな」
前歯でタバコに噛み跡をつけながら、イギリスは全裸のままベッドサイドに腰掛けてガシガシと乱暴に髪を掻き毟る。シャワールームからは水音がずっと聞こえていて、この静寂に満ちた部屋をわずかに乱していた。
ロシアは彼の手から残りのタバコを奪い、同じように火をつけると吸い口から思い切り息を吸い込んだ。肺を満たす煙は苦味が強い英国産のもの。
あぁ、なんだか昨日からずっとイギリスに満たされている気がして落ち着かない。ロシアは目を眇めてどこか苛立ちを感じながらも、何故か今この二人で過ごす時間がもう少しだけ続くことを願っていた。
寂しいのだろうか、人恋しいのだろうか。それとも。
「もうそろそろかな」
バスタブの湯もいい感じに張り終えたようなので、イギリスを担いでバスルームに移動する。二人分のタバコを灰皿に放り込み、成人男性にしてはやけに体重を感じさせない身体を運べば、彼はロシアの肩口で不満そうに「俺は荷物じゃねぇ」とぶつぶつ文句を垂れていた。
「君なんて荷物より貧相じゃない」
「うるせぇ!」
後頭部を殴られた気がしたけれど、風呂場で暴れる気はないので黙って彼をバスタブに放り込んだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
イギリスは英国紳士らしく数種類の気に入ったトワレをその日の気分に合わせて付けているのだが、どうやら本日はジャスミン系らしい。爽やかなそれがこの上なく心地よかった。
着替え終わった彼は先ほどまでのだらしなさが一変、きっちりとしたスーツ姿でびしりと決めている。こういう時の彼は頭に来るくらい格好良くて、悔しいながらもさすが本場だと頷いてしまう。
「じゃあね。気が向いたら連絡してよ」
プライベート用の携帯番号をメモ用紙に書いてテーブルに置く。なんだか安っぽいドラマのワンシーンみたいで面白く、思わず喉の奥で笑ってしまった。
たいていこういうシチュエーションで返事が来る可能性はない。けれどお決まりのパターンは踏襲しておかないとと変に役者を気取ってみれば、イギリスはふっと両目を細めてから指先を伸ばしてきた。
意外に思っていれば小さな紙が彼の携帯電話に挟まれる。
「ありがたくもらっとくな」
「ふぅん。次があるって期待して良いのかな」
「お前けっこう良かったぜ?」
「うわぁ。今時どんなあばずれ女でもそんな台詞言わないよ」
相変わらず口の悪さだけはカバー出来ないようだ。はぁと溜息をついてからロシアは戸口に向かうイギリスを追いかけて、振り向くその頬にちゅっと音を立ててキスをした。
盛大に眉を寄せる彼ににこりと笑って「待ってるね」と言えば、イギリスは翡翠色の瞳をにぃと細めて「せいぜいお預け喰らってろ」と悪態をつく。
ここを出ればお互いまた何事もなかった日常に戻る。一晩を共に過ごしたことも、下らない会話に興じたことも。
そういう遊びも悪くないとどちらからともなく誘ったわけだが、思いもかけず気に入り、案外癖になりそうだと思ったのは意外と言えば意外だった。
「ねぇ、アメリカ君たちには内緒?」
「当たり前だ。お前とこんな関係になっただなんて知られたら、世界中ひっくり返るほど大騒ぎになるだろうからな」
「へぇ……ね、じゃあ二人だけの秘密ってこと?」
そう訊けば、イギリスはいたずらを思いついた子供のような顔をして笑った。
「いいな、それ。俺たちだけの秘密。悪くない」
「敵対している僕らが実は裏で、ってなんだかスパイ映画みたいだね」
「裏切りも定石だけどな」
そうして未練も何も残さないで出て行く背中は、毅然としていて一度たりとも振り向くことなどなかった。
そんなイギリスは誰よりも孤高で、愚かで、そして面白いと思う。かつてのグレートゲームの覇者の現状はあらゆる意味でロシアの琴線に触れた。
「いっぱい楽しもうね、イギリス君」
いろんな国が後悔する前に、君を手に入れられたら愉快だろうなぁ。
そう呟いて、ロシアはモーニングコーヒーを頼むため、パチンと軽く指を鳴らした。
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