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 紅茶をどうぞ
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[お題] 左手に荷物、右手に君の手
 ごめんね、と言われた。
 なんのことだろうかと目線を向ければ、ロシアは泣きながらごめんと再び呟くように言葉を落とす。白い頬を伝う涙にはなんの感情も込められていない。
 俺は泣き顔を見上げて溜息をつくと、左手で鞄を鷲掴み、右手でロシアの左手を握り締めてそのまま家の外へと出て行った。

 ごめん、ごめんね。
 繰り返される謝罪はいったい何に対してなのだろうか。
 とりあえず自分に向けられたものだろうと、親しい誰かに向けられたものだろうと、世界のあらゆるものに向けられたものだろうと、そんなことは関係がなかった。

 だって俺たちは今日、たった今、二人で世界の果てを目指すのだから。


 愛の逃避行、なんて綺麗な夢物語なんかじゃない。
 俺たちは普通の人間みたいに背負ったものを捨てることは絶対に出来ない存在で、自分自身の命だって好きに投げ出すことは出来ない。死ぬ事だって許されないんだ。
 でも、俺はこいつとどこまでいけるか見極めることにした。
 たぶんすぐに見付かって連れ戻されるだろうし、実は自分の国土をこよなく愛するロシアが戻りたいと嘆く方が早いかもしれない。

 嫌になったわけじゃなかった。
 毎日同じだけ流れる時間、世は押し並べて平等で差別的で、特別に不満もなければ逃げ出したいほどの現実もない。
 けれど俺はロシアを連れてどこか遠くを目指した。


 最初の町でロシアは小さな硝子の小瓶を買った。その中にここまで乗ってきた電車の切符を入れて海に流す。
 そうやって行く先々で自分達が辿ってきた道のりの痕跡を捨てながら、まるで誰かに見つけて欲しいと言わんばかりの下らなさで、そんな馬鹿なことを続けていった。

 そして最後の街で、俺たちふたりは待ち構えていた政府の人間に捕まって、それぞれの国へと連れ戻される。
 ぼんやりとした表情のロシアと、全部わかっていた俺はたいして手間も取らせず帰国の途に着いた。拍子抜けした上司たちを前に、俺たちは何事もなかったように日常の生活へと戻っていく。


 そして、また。
 ロシアの泣き顔を見ると、俺はここには一秒だっていたくなくなって、旅に出るための準備を始める。
 そして同じ事を繰り返して、同じように連れ戻されて、漂白されていくロシアの表情を最後に、俺たちは何度も何度も引き離されるのだった。

 ごめんね、とあいつは言って俺は何も言わずにその手を握る。
 温度のない冷たい手の平はまるで死体のようだと思った。



「最近の兄さんは変だ」

 ヴェストがそう言って不安そうな顔で俺の肩を揺さぶる。
 透明で綺麗なブルーの目がまっすぐこちらを覗き込んでいて、それは本当に澄んで眩しいくらいだった。

「最初はロシアが兄さんをさらったと思っていたんだ。でも違う。あんただろう? 兄さんがあの男を連れ回している」
「それがどうした?」
「何を考えているんだ。拒まないロシアもロシアだが、兄貴だっておかしいぞ! なんでこんな馬鹿な真似をしているのかちゃんと説明してくれ!!」

 ヴェストの問いはしごく最もだったし、行方をくらませるたびに、最初は秘密裏に行われていた捜索もだんだんと効率の良い捜査網を使うようになってきていて、そうなれば『国』であるこいつがこうやって口出しする権利があるのはわかっている。
 でも説明するのも面倒くさいし、正直俺自身もよく分かっていない己の行動の意味を、他人が理解出来るとも思えなかった。

 ロシアと二人、どこまで行けるのか知りたい。
 たぶんどこへも行けないし、自由になれないことも知っているのに。

 ただ、そうただ。
 ごめんねと繰り返して、何か変わるかもしれないと願う俺たちはきっと、この世界を好きだと思う数だけどこか醒めてしまっているのかもしれない。

「あいつさ、泣き顔すっげー可愛いんだぜ。でも笑顔はもっと可愛い」
「……意味が分からないんだが」

 意味、なんて果たして必要なのだろうか。けれどまっさらな、ゆがみも凹凸もなければ色褪せることもない、そういうふうになれたらきっとすごく幸せなはずだ。
 探して探して、見付からないのは最初から分かっていても、探しに行きたくなってしまう。

 誰も知らない無の世界。


 だから今日も俺は左手に荷物、右手にあいつの手を握って遠くへ旅立つ。
 旅路の果てには未来も希望もないけれど、それでも並んで見上げた空は綺麗だったから、それでいいやと二人で笑った。
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