紅茶をどうぞ
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[お題] 「出発進行、全速前進!」
※ WW2直後が舞台ですので苦手な方はご注意を。
イギリスが俺様何様大英帝国様です。
アメリカがその部屋に入ると、ゆるく暖房の効いた室内の中央にある大テーブルに世界地図を広げて、イギリスがなんだかとても楽しそうな顔をしているのが見えた。
なんだろうと思って歩み寄りひょいと手元を覗けば、彼はヨーロッパを中心に目線を落としながら、指先でするすると平面上に書かれた国の名前をゆっくりとなぞっていった。
実に奇妙な動きだ。
「なにをしているんだい?」
問い掛ければイギリスは頬杖をつきながらにやりと唇の端を吊り上げて、んー、と要領を得ない返答を寄越した。眼差しは手元に向けられたまま揺らぐことなく、まるでおもちゃを前にした子供のような夢中さだ。
アメリカの方など見向きもせず、ただ機嫌よさげに鼻歌まじりで地図を眺めているのだった。
―― こういう時のイギリスはどうせ碌な事を考えていない。
「次はまたロシアとだな」
「ロシア?」
彼が呟いたのは北半球を埋め尽くすような広大な大地を有する氷の国。
どこまでも続くその領土の上をイギリスの指がゆっくりと流れ、『Union of Soviet Socialist Republics』の文字が消えては現れる。
ついこの間まで自分達は随分と大きな戦争を体験し、地球のあちらこちらで火の手が上がり、どこもかしこもボロボロに傷だらけだった。
とくに酷いのはヨーロッパとアジアで、イギリスなんかはドイツにやられて一時は首都ロンドンまで爆撃されていた。満身創痍な彼をなんとか引きずって帰営したのもまだまだ記憶に新しい。
そしてロシア。彼もまた甚大な被害をこうむりながらもこの戦いになんとか勝利した。多くの人命を失ったせいで国内は疲弊し、いつも以上に血の気のない青褪めた顔は疲労を濃くにじませ、それでも病的に白い肌には傷一つなくひどく不気味だったことを今でも覚えている。
あれはなんだろう、まるで白い魔物の化身のようだった。
「あいつ、赤が好きなんだ」
「そうなのかい? 確かに寒がりなロシアは赤い色が好きそうだね」
「あぁ似合いの色だ」
ひやりとした声でそう言って、イギリスは相変わらず凶悪な笑みを浮かべたまま地図の上に描かれた国のかたちをぐるぐるとなぞってゆく。
それが何を意味するのか分からずアメリカが小首を傾げれば、彼はこちらが目を丸くしてしまうほどギラギラとした目をして口元をゆがめる。その姿は戦場に出ている時のような殺伐とした雰囲気を漂わせていたが、個人的には決して嫌いなものではなかった。
「お前、赤は好きか?」
「俺は青の方が好きだぞ!」
「そうか。お前とは相変わらず趣味が合わないな。俺は赤が好きだ」
イギリスはこちらの回答などさほど関心なさそうに頷いた。
彼が赤を好むことは昔から知っていたが、なるほど、言われてみれば自分とはだいぶ好みが違っている。だからいつも口論してしまうのだろうかとアメリカは思った。
「そう言えば君、またロシアと敵対するんだってね」
「当り前だ」
上司からの報告ではこの間のヤルタ会談で両国は、ポーランドやバルト三国の処遇を巡って火花を散らしたらしい。因縁のクリミア半島での対立、まさに闇色に染まった歴史的な一幕というやつだろうか。
アメリカは今のところ中立の立場を取っているが、いずれはイギリスと同調してロシアとの対立を深めていくことはすでに予想していた。今回のヨーロッパでのことと言い、アジアでの利権問題も含めいつまでも大人しくはしていられない。
それらを踏まえて「案外宣戦布告するのは早かったよね」とからかいを含めれば、彼は胸を張って偉そうに宣言して見せた。
「俺は永遠にあいつの前に立ち塞がる壁なんだからな。絶対に無視出来ない、避けて通れない存在でいてやる」
「まぁ俺としてはその方が嬉しいけど。盛り上がりすぎないでくれよ」
基本的に資本主義を掲げる国同士、アメリカとイギリスはこれからも良きパートナーでいなければならない。今や経済力も軍事力もアメリカの方が上だとしても、流通システムから世界各国への発言力やその影響はまだまだイギリスの方が上である。
英語圏の拡大に伴ってアメリカの市場も広がりを見せている以上、二ヶ国は表裏一体の政治を行っていくべきであるとは両国首脳部の一致した見解だ。
無論アメリカもイギリスとあらゆる面で足並みを揃えることに異論はなかったし、むしろ望むところだったので願ったり叶ったりである。独立戦争以降しばらくぎくしゃくとした関係が続いたが、ようやく混乱もおさまり気持ちも落ち着き、こうして共にいられるようになったことを素直に嬉しく思っていた。そしてそれはきっとイギリスも同じだろう。
だからこそ『悪の枢軸国』を倒した今、新たな『敵』を前に自分達は深く深く繋がっていかなければならないのだ。
「そうそう、折角一緒の陣営だったのにね。思った以上に早い離別だったんじゃない?」
「ロシアと手を組むなんて滅多になかったからなぁ。まぁ今回だってそんなに甘いもんじゃなかったけどな」
イギリスは感慨深げに笑って、地図の上からようやく目を離した。
そして後方に立つアメリカを振り返ると、七つの海を支配した海賊の名に相応しいような凶悪な目付きでまっすぐ見据えてくる。
「ほんと傑作なんだぜ? なんてったってあの澄ました顔が歪むんだからな。誰にでもヘラヘラ笑ってるくせに、俺と二人きりになった途端、憎しみと怒りと軽蔑と憧憬の入り混じった目で睨みつけてきやがる。まさに愛憎紙一重って奴だな」
「嬉しそうだね」
「あぁ。すげえ嬉しい。たまらなく気分が良かった」
「君の愛情表現は複雑すぎるよ。っていうか変態?」
「変態はヒゲ野郎だ」
憮然とした面持ちで吐き捨てるようにそう言い、イギリスは再びくるりと背を向けて脇に置いてあった紅茶のカップを手に取った。中国からせしめたという白磁の茶器は、以前ロシアの家で見たものとまるきり同じものであることにアメリカは気付く。
忌々しいような感情がほんのわずかだが胸中を掠めた気がした。
「ふふ、ロシア。お前の夢や望みは全部全部俺が潰してやる。ぐちゃぐちゃにして跪いて嘆き悲しむ姿を高みから見下ろしてやるよ」
イギリスは謡うように囁いて心底楽しげに地図を見回し、ロシアの文字をいとおしそうに撫でる。その変質的ともいえる動きはアメリカの目をもってしても一種異様な雰囲気を漂わせ、彼の中の黒く淀んだ感情が手に取るように分かってしまった。
「鬼畜」
「なんとでもいえ。あいつは最高に可愛い、そして最高に綺麗な俺の恋人だからな」
「そんなことを言ってるといつか本当に嫌われちゃうよ」
「はぁ? んなわけねーだろ。ロシアは俺を憎むことはあっても嫌うことは出来ないんだからな」
同じであるが故に憎む、そして同じであるが故に愛する。
そういう難しいことはアメリカにはまったく理解出来ないことだったし、分かりたいとも思わなかった。
けれどイギリスにはロシアが、ロシアにはイギリスが必要であり、いつもお互いを睨み合いながら決して背を向け合わないのは、結局は馬鹿みたいに好きだからという単純な理由であることだけは間違いない。
世界を巻き込むような愛憎劇などヒーローであるアメリカには迷惑なのか、はたまた楽しむべきことなのかまだ判断がつかなかったが、傍観者を決め込んで二つの国が熾烈な戦いを繰り広げるのを見ているだけなのはつまらない。
間に割って入って世界のバランスを取るのは自分だ、と常々思っていた。
「せいぜい年寄りの冷や水にならないようにね」
「うるせぇ!」
怒鳴り声を上げながらイギリスが席を立つと、無作法にガタンと椅子が鳴る。シンと静まり返った室内にそれは思った以上に大きく響いて彼は顔をしかめた。
アメリカはやれやれと肩をすくめると、この調子だとしばらくは退屈しなくて済みそうだと笑った。
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