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 紅茶をどうぞ
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[お題] いつでも君を想ってる
 暗がりでうずくまるその影に気付いたのは、偶然だったのか必然だったのか、今ではもう分からない。けれど月のない夜空の下、闇の広がるその冷たい大地に彼は一人でうずくまっていた。
 どうしたんだと問えば、放って置いてと言われてそのまま行き過ぎようとして、けれど立ち止まった足は不思議と動こうとはしなかった。世界のヒーローを称しているからには、たとえ相手が誰であろうと困っているなら見捨てられないという、いたって偽善的な考えによるものだ。……いや、単に邪険にされたのが気に入らなかっただけかもしれない。
「具合が悪いのかい?」と問いかければ、アメリカの気配を嫌悪するかのようにロシアは一瞬だけ眉をひそめ、再び膝を抱えて俯くとそれ以上は何も言わずにただ無言でうずくまっている。

「本国の人でも呼んで来てあげようか?」

 無視をされたのは面白くなかったが、こんな誰も来ない外れた場所に放置していくわけにもいかず、仕方なしにアメリカはありふれた親切心で再び尋ねた。見付けてしまったからには多少なりとも構ってやらなければ超大国の名が廃る。
 押し付けがましい親切に、それでもロシアは顔を伏せたままぽつりと呟いた。

「お酒を忘れて来ちゃったんだ。だから寒くて、怖くて」

 足が竦んで身動きが取れない。
 その言葉の意味はよく分からなかったが、アメリカはふーんと返事をしてから口の中に入れていたキャンディを奥歯で噛んで粉々にした。甘ったるい味が広がれば、気に入らないこの男との会話ももう少し続けてもいいかという気分になる。
 喧噪から離れた街灯もまばらな人気のない路地裏の、じめじめとした暗闇がわだかまる一角で、大きな体躯を丸めて北の写し身はただそこに座り込んでいる。冷たいアスファルトに腰をおろし、ただ寒いと凍えて震えて、まるで泣いているようにも見えた。
 
「お酒買って来て欲しいの?」
「ウォトカを飲むとね、気持ちがふわふわして怖いのもなくなって、少しだけ苦しくなくなるんだよ。だからあれがないと、駄目」
「アル中のたわごとと一緒だね」
「暗いのは嫌い。寒いのも嫌い」

 子供のように嫌い嫌いを繰り返して、ロシアは銀に近い金色の髪をさらさらと揺らして膝に顔を埋めたまま両手を耳に当てた。なんだろう、何も聞きたくないということなのだろうか。

「ねぇ、それつまんないな」

 アメリカはロシアのすぐ傍まで近づくと真上から見下ろした。日頃の不遜な態度からはかけ離れたその様子に酷い苛立ちを感じてしまう。
 俯くなど似合わない。自分と同じ目線にいつもいて、決して逸らすことなく見返してくる瞳がないのはものすごく不快だった。視線が合えば不敵に笑って正面から見据えるようにしてもらわなければ困る。
『正義』には『悪』が必要であり、『ヒーロー』は必ず『悪者』と対峙しなけれならないのに、これでは役不足もいいところだ。気に入らない。

「立ちなよ」

 アメリカは面白くなさそうに言って、それからロシアの髪の毛を引っ張った。革手袋に絡むそれは細くて、力を入れればブチブチと音を立てて切れてしまう。案外もろいものなのだな、と思った。

「触らないで」

 嫌がるように首を振ってロシアはアメリカの手を振り払おうとする。けれどそれしきの抵抗でやめるわけもなく、更に強い力で引けばロシアの目がようやくこちらを向いた。
 氷を切り取ったかのように冷たい紫の瞳は、闇を映してよりいっそう輝きを増している。

「伸ばされる手は嫌い。僕に触れる指先はいつだって痛みしか与えてこなかったから、だから大嫌い」
「知らないよそんなこと。俺には関係ないね。君はただ立って俺の後についてくればいいんだよ」
「君も僕を殴るの? 蹴るの? 鞭を振るって身体を切り刻むの?」
「別に嗜虐趣味はないけど望むのならやってあげてもいいよ」

 にやりと唇の端を吊り上げれば、アメリカは酷薄な笑みを浮かべたままロシアの青白い頬に手のひらを当てた。気付いたようにする、と手袋を外してからもう一度指先で撫でてみると、伝わるそのなめらかさが実に心地良かった。

「こんなに真っ白ならきっと赤い痕も綺麗に映えるだろうね」
「でも僕の身体には何も残らないよ。真っ白な雪原だけで、傷跡一つ残らない。それとも君は火をつけて燃やしてしまおうとする?」

 問い掛けは脈絡がないようで一貫していて、アメリカはなんだかその遣り取りが今ではない別の時間軸で交わされているかのような、奇妙な錯覚に陥った。
 恐らくロシアの目がちゃんと自分を映していないせいだろう。まっすぐ向けられるその眼差しはこちらの姿を捉えてはいるが、それが誰なのか認識しているようには見えなかった。
 彼の燃料ともいうべきウォッカが切れているせいだろうか。これだから酔っ払いは困ると思ったが、言い争いも面倒臭いので珍しく文句はなしだ。

「放火は犯罪だよ」
「火は嫌いじゃない、好きだよ。熱くて熱くてものすごく痛いけれど、火は闇を照らして周囲を明るくするし、凍りついたもの全てを溶かしてくれるから、だから好き」
「じゃあ合法的にキャンプファイヤーをしよう!」

 そんなに火が好きなら、天を焦がすほど盛大に燃え盛ればいい。少なくともこんなところで燻っているよりずっとその方が良いに決まっている。
 アメリカはロシアの腕を掴んで思いきりその身体を引きずり起こした。身長もあってかなり重いが、これくらい片手でだって持ち上げられる。
 腕を引っ張られてロシアは首を振って痛がったが、そんなことは微塵も気に留めない。アメリカは強引に歩みを進めながら、ずるずると荷物を引きずるみたいに路地裏から抜け出そうとした。

「さぁ行こう」
「どこ、に」
「うんと遠くがいいな。そして思いっきり火柱を上げるんだ。あ、木は二人で組むんだぞ」

 君、頭おかしい。
 そんなふうにロシアは言って、ようやくいつものような表情を取り戻し始めた。敵意のこもった視線はこちらを射殺しそうなほどだったが、うずくまって情けないままのアル中よりずっといい。

「酒が切れたくらいで身動きが取れなくなるなんて、君は本当に燃費悪いね」
「ハンバーガーばかり食べているアメリカ君には言われたくない」

 そうそう、その調子。
 アメリカの言葉に打てば響くように返される声にも張りが戻って来ている。ロシアの不機嫌そうな声音に滲む嫌悪感がいっそ清々しいくらいだ。
 世界はバランスを必要としていて、それはまるで遥か昔から定められている法則のようにいつの時代でも不変のものである。ちょうど今の世界に自分達の存在が必要なように。―― いや、それは『国』ではなくアメリカという一人の男が、ロシアという一人の男を選んだ結果とも言えた。

 ボロ雑巾のように打ち捨てられていても、こうやって情緒不安定に街をさまよっていても、遠く離れた場所で雪にうずもれていようとも。どこにいてもどこへ行ってもきっと自分は見付けるだろう。そしてそれはたぶんロシアも同じに違いない。

「拾ってあげなきゃ泣いてたくせに」
「僕は泣かないよ。泣いたってなにもいいことないから」
「さぁどうだろう? それは分からないなぁ。君のことだからきっと涙も氷の粒かもしれないけどさ」
「君の前じゃ泣かないよ」
「そう言われると無理にでも泣かせたくなるね」

 おっとこれはヒーローのセリフじゃなかったかな、と言ってアメリカは笑った。ものすごい勢いで嫌な顔をするロシアのことなど気にするまでもなく、マイペースに彼の腕を引く。握った手首は案外細い気がした。

「離して。僕はもう帰るから」
「どこに? あぁ、あの寒い雪に覆われた場所?」
「どこだっていいじゃない。君には関係ないんだから」
「あっそ。じゃあキャンプファイヤーはまたの機会だね。もう、元気になったみたいだし」
「え……」

 ぱっと手を離せば急なことにロシアの身体が傾く。けれど倒れるようなことはなくたたらを踏みながらも体勢を整えた彼に、アメリカは追い討ちをかけるように笑顔のまま足を引っ掛けた。
 ふいのことに避けられなかったロシアが勢いよくひっくり返る。

「っ……! 何するの、アメリカ君!」

 尻餅をついて睨み上げてくるその前で、腰に手を当てて面白そうに笑みを深めればこれ以上はないほど不機嫌な顔をされた。そんな表情ひとつとっても先ほどまでの暗く沈んだ感情の見えないロシアと違って、分かりやすくてとてもいい。
 あとは会議などで見せる人を食ったようないけすかない笑顔が戻れば、いつも通りの彼となる。
 アメリカと並び立つ超大国というよりもむしろ、ヒーローの邪魔をする悪の組織の親玉、といったところだろうか。それこそがロシアの役割だと言わんばかりの身勝手さに、アメリカ自身がひどくおかしくてたまらなかった。

「ねぇロシア。俺達はこの先もきっとずっと一緒だと思うよ」
「君と二人で? 嫌だなぁ……最悪」
「でも永遠を約束されているのって、いいと思わないかい?」
「永遠なんてないよ。アメリカ君は本当に馬鹿だね」

 立ち上がりながらやれやれというふうに冷笑を浮べ、服装の乱れを直しながら彼は深く溜息をつく。付き合いきれないとばかりに大きく首を振って、ロシアは「じゃあね」と言ってそのまま背を向けた。あまりにあっさりとした態度に、まるで今までのやり取りを全てなかったことにされたような気分だ。
 けれどアメリカはそれ以上は何も言わずに遠ざかる影を見送る。ポケットから新たにキャンディを取り出して口に放り込み、噛まずに内側で転がすと再び口腔に甘ったるい味が広がった。

 今度会ったらウォッカをダースでプレゼントしよう。
 そして彼が好きだと言う火を焚いて一晩中オレンジ色の光に照らされながら、ベタベタと触りまくって嫌い嫌いと連発する口を塞いでしまえば面白いかもしれない。あぁそうだ、この手を拒むなどあってはならないことなのだから。

「酒なんかよりも俺を見なよ、ロシア」

 そうしたらもっともっとたくさん悪夢を見させてあげるのに。
 楽しげに笑うとくるりと踵を返し、アメリカもまた雑踏にまぎれるように夜の街並みに足を踏み出した。
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