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 紅茶をどうぞ
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Ever Since 3 [ side:A ]
 ニューヨークのとある会議場、午前11時半。
 滔々と流れるドイツの低い声をBGMに、アメリカは眠そうな目で資料をめくりながら、会議内容とは全く関係ないことをつらつらと考えていた。

 昨夜は、結局あれから何も進展しないまま、微妙な空気を間に挟んだ状態で翌日の会議に遅刻しないよう就寝することになった。
 言いたいことも聞きたいことも山のようにあったが、早くイギリスには休んでもらいたかったし、あれ以上会話を長引かせると自分も余計なことを口にしそうだったので、アメリカにしてみれば珍しく譲歩した形だ。

 喧嘩したいわけじゃない、言い争いたいわけでもない。なのにいつもこうなる。どんなにそれまで良い雰囲気だなと思っていても、最後には必ずと言っていいほど口論になってしまうのはもう、変えようのない決定事項なのだろうか。
 もしもそうなら随分と嫌な習慣だ。
 この先もずっとずっと何百年もこんな付き合い方しか出来ないのかと、そんなふうに考えて暗澹たる気持ちに陥ってしまう。
 自分もイギリスも頑固で融通が利かなくて、正面からぶつかり合ってはお互い嫌悪感に満ちた顔で別れてばかりいた。そして次に会った時は何事もなかったかのような顔をして同じことを繰り返す。
 それがある種のコミュニケーションであればまだ良かっただろう。お互い罵り合いながらも楽しんでいるフランスとイギリスみたいな間柄なら、こうもアメリカは悩まない。
 イギリスはアメリカが何か強いことを言えばすぐに涙を浮かべて痛みを堪えるような顔をする。フランスの時のようにぽんぽんと罵声を紡いだりもせずに、最後には泣き出してしまうこともあるから対応に困るのだ。
 もっと対等に、もっと同じ目線で言い合っているのならアメリカだってこんなに落ち込んだりしないで済むだろう。背を向けた瞬間に聞こえる息を呑む音に、毎回罪悪感を抱いたりはしないはずなのだ。

 いつになったら自分はイギリスの中の「小さな子供」から成長出来るのだろうか。
 もしかしたらそんな日は永遠に来ないのかも知れない。
 底抜けに明るい未来を目指すアメリカにとっては実に不愉快極まりない現状である。けれどそれは容易に揺るがない、あまりに高い壁として目の前に立ちふさがっているように感じられてならなかった。



「あ~あ……やんなるね」

 思わず小さく呟いた声を聞き咎めた日本が、隣の席から控えめな視線を送って来る。

「もうすぐ休憩ですよ」

 時計を確認しながら宥めるようにそう言う彼へ、苦笑いを返しながら、アメリカはつまらなそうに視線を向かいの席に向けた。
 今日のイギリスは昨日に比べてだいぶ顔色が良い。時々紅茶を飲みながら資料をめくり、ドイツの意見に口を挟みながらも議事の進行に満足しているようだった。
 会議が始まる前、昨日中断させてしまったことを詫びたイギリスは、その後もとくに具合が悪くなったりせずに普段どおり参加している。息苦しいまでかっちりとしたタイといい、三つ揃えのスーツの前ボタンだったり、きちんと止められていていかにも窮屈そうだ。
 そんなイギリスは相変わらず隣席のフランスと入室早々言い争って、顔を真っ赤にして怒鳴っていた。何が原因かは知らないがどうせ下らないことに決っている。本当に、いい歳して子供っぽいところは変らないオッサンたちだ。
 
 それから三十分後、昼食のため一時会議を中断して散会となった。アメリカは大きく伸びをして資料を適当にまとめると、隣の日本に「今日はどうするんだい?」と声を掛ける。
 日本は足元の大きな紙袋を手に取りながら小さく笑った。

「ドイツさんとイタリア君にリクエストされまして、本日はチラシ寿司です」
「へぇ。美味しいよね」
「アメリカさんもいかがですか? 沢山作って来ましたから」
「あー……俺は」

 いつもならすぐに諸手を挙げて賛成するところだが、ちらりと気にするようにイギリスの方を向いてしまえば、日本は微笑したまま納得したように頷いた。
 察しの良い彼にはいつでもなんでも気付かれてしまう。以前「君はエスパーかい!?」と聞けば「アメリカさんは分かり易いですからね」と言われてしまったが、一体自分のなにが分かりやすいのかさっぱり分からなかった。
 
「駅前にパニーニのお店が出ていたそうですよ」
「それはいいね。早速行ってみるよ」
「今日は快晴で外は気持ち良さそうですよね。のんびりしてらして下さい」
「あぁ君達もね。じゃ、また」
「はい」

 独特の首をかくんと曲げる挨拶をして日本は席を立ち、紙袋を持ってそのままドイツとイタリアの方へ歩いて行った。ついでにフランスやカナダにも声を掛けているところを見れば、暗にこちらを二人きりにしてくれるという彼なりの気遣いなのだろうか。持つべきものは友達、ありがたいことだ。
 折角の好意を無駄にする気はない。アメリカもまた荷物を手に立ち上がると、イギリスを外へ誘うため足を向ける。彼は愛用の万年筆を胸ポケットにしまってから丁寧に書類をケースにおさめていた。

「イギリス、今日のお昼はパニーニにしよう!」
「え?」

 声を掛ければ彼は驚いたようにこちらを見上げてから、すぐに嬉しそうに目元を和らげた。片付けていた手を止めて視線を彷徨わせながら、そわそわとした態度で唇に小さな笑みを浮かせる。その姿が、本当に自分よりも年上なのかいつも疑わしく思いながら、アメリカは待ちきれないといった風にイギリスの鞄を手に取った。

「ほらさっさと行こうよ」
「え、あ、お、お前がどうしてもって言うなら、」
「あぁもうお決まりのパターンはいいから。その台詞聞き飽きたぞ」
「う、うるせーバカぁ!」

 とまぁ、毎回おなじみの行動を飽きずに繰り返しながら、イギリスは慌てたように立ち上がって書類ケースを椅子に置いた。警備体制はばっちりなので私物を置いて席を離れても大丈夫なため、全部を持ち出すことはない。どうせ午後も使うのでその手のものは皆、置き去りにして部屋を後にしていた。
 駅前まではタクシーを拾おうかと考えながら、イギリスを促して外へ出ようとしてアメリカは、ふと立ち止まった彼に気付いて自分も足を止めた。なんだろうといぶかしんで振り返れば、イギリスは携帯電話を手に困惑した表情で俯いている。

「どうしたの?」
「メッセージが入ってる。急遽話したいことがあるから大使館まで来てくれって……」
「電話じゃ駄目なのかい?」
「重要なことみたいだから行って来る。あー……悪い、今日の昼食」
「仕事なら仕方がないよね。遅れそうならドイツには俺が伝えておくよ」
「すまない」

 がっかりしたような暗い表情でイギリスは短くそう言い、足早に会議室を後にして行く。お互い忙しい身だから、こういうことは特別珍しいことではなかった。どちらが悪いわけでもないから不満の持って行きようもなく、苛立ちをぶつける先だってない。
 去りゆく後ろ姿を見送りながらアメリカは深く溜息をついて、仕方が無いから一人で行くかと気分を切り替えたところで、後ろから声を掛けられた。

「お、振られたか?」
「そんなわけないだろう、フランス」

 やれやれと肩を竦めて反転すれば、ニヨニヨと笑うヒゲ面と向き合う羽目になる。イギリスがいたなら即座に蹴りの一発でも入れていそうだ。
 フランスは慌しく出て行ったイギリスを気にするように出入口を見遣りながら、「あいつんち大変だからな~。忙しいこって」と呆れたように言葉を漏らす。
 ついその言動が気になってアメリカは眉をひそめた。

「そんなに大変なのかい?」
「今はどこも酷い状態だけどな、誰かさんのおかげで。まぁあいつんトコは金融一本槍だったし、シティは大炎上ってやつだろ」

 耳に痛い部分はさておき、イギリスの家の内情が大騒ぎになっていることを改めて考えさせられてしまう。
 国の経済はそのまま自分達の体調に関わってくる。赤字経済が続き逼迫した状況になればなるほど風邪をひき、病状は悪化してしまう。
 勿論イギリス病という長い低迷時期を経験して来た彼にとって、いや、それ以上に過去さまざまな危機を乗り切って来たイギリスにとってみれば、今の混乱程度でどうこうなるはずもないのだが、それでも気懸かりであることには変わりがない。
 何より彼は昨日、倒れたばかりなのだ。今日もまたオーバーワークでひっくり返ってしまうかもしれない……そう思うと身体は自然に落ち着きをなくしてしまう。

「そんなに心配しなくても大丈夫だろ」
「…………」
「あいつのしぶとさはお前も知ってるじゃねーか。心配するだけ無駄だ、無駄」
「でも昨日倒れたよね。彼、相当無理してるんじゃないかい」

 フランスの軽口に思わずムッとなって反論してみれば、目を丸くして驚いた後、いやらしい笑みを浮かべてフランスは気障ったらしく髪をかきあげた。

「何、お前昨日のこと気にしてんの?」
「当たり前だろう。あの人がああやって人前で倒れるような無様な真似をするなんて、相当キてるってことじゃないか」
「ふ~ん……心配性は昔から変ってねーな、お前さんは」

 からかうような口振りではあったが、どこか温かみのあるそれを聞いて眉間に皺を刻みながらも、アメリカはとくに何も言わなかった。そのまま憮然としたまま沈黙を続けていれば、苦笑に変ったフランスの笑みが向けられる。
 子供を見るような眼差しはイギリスも時々するもので、あまり面白くはなかったが決して厭うわけでもない。彼らとはいい加減付き合いも長いので、余計な反論は更に子ども扱いを加速させるということも学んでいた。

「ほんと全然変らねーな、お前達は」
「……心配、するなって言うからやめにしたはずだったのにな」
「そりゃ誰だって強がるもんだろ? とくにあいつにとってお前は可愛くて大事な存在なんだし、カッコつけたくもなるわけだ」
「でも倒れるくらい辛かったら言えばいいのに。年寄りは頑固で困るよまったく」
「いやまぁ、昨日のアレは恥ずかしくてさすがに言えないだろ。ったく一人漫才で受け狙いもいい加減にしとけって感じだよな」

 くくく、と急におかしてくてたまらないといったふうにフランスが笑い出すので、アメリカは困惑してしまった。続いて耐え切れなくなったのか爆笑まではじめてしまう彼に、一体自分は何かとんでもないことを言ってしまったのだろうかと自問自答し、まるで思い当たらないので不審に思った。
 笑い転げるほど楽しい話題だっただろうか。まぁ英仏両国は犬猿の仲で有名なので、どちらか片方が不利になれば笑いたくなるくらい気分が良くなるのかもしれない。けれどこのフランスの態度はそういうものとは全く違うもののような気がした。

「なにがそんなにおかしいんだい」
「いや、だってお前、いくらなんでもあれはないだろ! 無様っつーか、最早ギャグの領域だったな」
「……イギリスのことだよね? 昨日の」
「そう言えばお前も随分必死だったよなぁ、アメリカ。そりゃ喉に飴つまらせてひっくり返ったなんてオチ、今時芸人でもやらないからな! 俺だったら恥ずかしくて憤死するぜ?」

 もう辛抱出来ないと言った顔でゲラゲラ笑い出すフランスを前に、アメリカは茫然として言葉をなくしていた。
 なんだって? 彼は今、なにがどうしたと言っていた?
 どうにも聞き捨てならない内容を耳にした気がして、思わず引きつった声でアメリカは問い掛けた。

「えーと、フランス。君、今なんて言ったんだい?」
「え? だから今時あんな捨て身のギャグ、誰もやれねーよな!って」
「そうじゃなくて。なんで突然イギリスが倒れたのか、その理由」
「飴、喉に詰まらせたんだろ。咳してたから俺が渡した喉飴、なんかの拍子で飲み込んじまったんだろうけど……くくく、思い出しても腹がよじれるっ……!」

 そう言いながら本当に腹部を押さえて笑い続けるフランスを見て、アメリカは気が遠くなるのを感じた。
 嘘だろう? 今のは嘘だと言ってくれ!
 確かにあの時イギリスは、フランスから飴を貰ってすぐ舐めていた。それからしばらくしてあの騒ぎだ……水を飲むまで目を白黒させていた彼を思い出せば、フランスの言葉もまんざら嘘ではないのかもしれない。
 そう言えばイギリスも言っていたではないか、「あれはちょっとしたアクシデント」だと。
 ―――― 頭が痛い。本格的に頭が痛い。

「なんだいそれは……心配した俺がバカみたいじゃないか!!」
「まぁそう怒るなって。あいつがここんとこずっと調子が悪かったのは事実だし、咳だってしてただろ? いろいろ弱ってんのは間違いないから飴くらい喉に詰まらせる…………って、ねーよ! そりゃねーよな!!」

 涙まで浮かべて笑いのツボに入りまくっているフランスと、こめかみを押さえながら、昨日からぐるぐると悩んでいた自分のあまりの馬鹿さ加減にアメリカは少々泣きたくなってしまった。
 あれだけ人に心配させておいて、実は飴を喉に詰まらせましただと? そんな笑えないネタを提供されてもちっとも面白くない。むしろ思いっきり叫び出したい気分である。

 青い顔で倒れこみ、冷たい手を握りしめながら苦しそうにこちらを見上げていたあの目を思い出すたびに、心臓がぎゅっと縮むほど苦しかったと言うのに。
 心配で心配でたまらなかったと言うのに!

「あーもう、そんな顔すんなって。ほら、優しいおにーさんがランチ付き合ってやるからさ」

 フランスはそう言ってぽんとアメリカの肩を叩いた。確かにこのまま一人で昼食なんて寂しい状況は嫌だったので、その点はありがたく思うのだが。
 それにしたってあまりにもセンセーショナルな事実の暴露に、しばらく立ち直れそうにもなかった。ありえない……本当にこれはありえない。そりゃあ心配するなと言われていたのに勝手に心配してしまっていたのはアメリカ自身だ。別にイギリスが悪いわけじゃない。けれどこれまでの鬱々とした気持ちに費やした時間を返して欲しいくらいである。
 ―――― まったくあの人は。
 ついつい理不尽ながらも腹が立って仕方がなかったが、それでもこのままここで落ち込んでいるわけにもいかなかった。心とは裏腹にお腹はいつだって正直にすくものだ。いつまでもぼんやりしていたら休憩時間が終わってしまう。食べておかなければ午後の会議にも響いてしまうし、ここは気分転換も兼ねてフランスの誘いに乗っておくべきか。

「そう言えば君、日本たちとチラシ寿司じゃなかったのかい?」
「忘れ物取りに来たらお前が寂しそうな顔してるからさ。ほら、何食いたい?」
「駅前にパニーニのお店が出てるんだって」
「よっしゃ、じゃあそこ行くか」

 そうして機嫌良く歩き出したフランスの背を追い駆けながら、アメリカはあとでイギリスに何て言ってやろうかと、そればかりに思いを巡らせていた。




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