紅茶をどうぞ
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Ever Since 2 [ side:E ]
いくら広いベッドだからと言っても、大の大人が二人で使うには少々狭い。それでも密着すればそれなりに寝られるものだと実感するのは、今まさにこんな時だろうか。
「怖いよ」と言いながらしがみついてくる、無駄にがっちりした腕に身体半分を取られながら、イギリスはぼんやりとベッドランプの淡い明りに浮かび上がる天井を見つめる。
昔からアメリカは怖がりだった。夜の闇に怯え風の音に震えて毛布をかぶりながら、それでもイギリスが本国から持ち寄ったホラー小説に夢中になっていた。怖いなら読まなければいいと何度注意しても聞かず、その日は必ず一緒に寝てとせがまれたのも懐かしい記憶だ。
それは成長した今も変わらず、いろんなものが変わってしまったアメリカという個体の中で、そのまま変化を遂げなかったものの一つでもあった。
傍若無人で自分勝手、我儘し放題で傲慢な性格の彼が、どうして作り物の世界を怖がるのか不思議でならない。よっぽど非科学的だと笑い飛ばしてしまうようなことだろうに、何がそんなにもアメリカを怯えさせるのだろう。
「おい、あんまりくっつくなよ」
「どうしてだい?」
「寝苦しいだろ」
「でも怖いんだからしょうがないじゃないか!」
高い体温はそのまま、昔よりもより近くなったアメリカの呼吸を耳元に感じて、自然と気持ちがそちらに引きずられてしまうのはいつものこと。
思わずふぅ、と大きく溜息をつけば、もぞもぞと動いてアメリカが少しだけ距離を開けたのが分かった。
「イギリス、先に寝ないでくれよ?」
「あーはいはい。昼間寝たからあんま眠くないし、今日は大丈夫だろ」
言いながらふあ、とこぼれた欠伸に自分で苦笑する。
アメリカはなんだか面白くなさそうに眉間に皺を寄せていたが、すぐにどうでもよくなったのか横向きだった身体を仰向けにした。何気なくその横顔を見遣ると青い瞳はまっすぐ宙を見つめている。
しばらく無言のまま時が過ぎ、とくに会話らしいものもなくなってしまったようなので、そろそろ本格的に寝ようかとイギリスが両目を閉ざせば、ふとアメリカの手が肩に触れて驚いた。温かい感触を辿るように目を開ける。
「アメリカ?」
「君、明日の会議は大丈夫なのかい」
呼びかければ言葉尻にかぶさるように彼はそんな事を聞いて来た。一瞬なんのことか分からず返答に詰まると、アメリカの視線が再びゆっくりとこちらを向く。
照明を絞った薄暗い部屋の中、ベッドの上に落ちるのは静寂を乱す互いの呼吸音のみだ。
「会議……あぁ、今日潰れたから怒ってるのか? 悪かったよ、途中で抜けたりして」
「別に怒ってなんかないよ」
「そうか? なんだかお前、ずっとおかしかったからてっきり」
怒っているのかと思った。そう言えばアメリカは怪訝な顔をしたのち、それこそ不機嫌そうな表情をして睨みつけてくる。その視線を受け止めてイギリスは戸惑いを覚えた。もともとアメリカは自分に似て感情の起伏が激しい方だが、今日はどことなく情緒不安定に見える。
夕方医務室の廊下で会った時も、アメリカは何か落ち込んでいる様子だった。てっきり会議で嫌なことでもあったのかと思ったのだが、会議はイギリスの退室と共に終了したと聞くし、何が彼の気に障ったのか結局分からずしまいであった。
昔から、アメリカはイギリスには何も言わないところがある。経済力も軍事力も、国力全てが逆転してしまう前からもう、彼はイギリスに自分の弱みを見せるようなことはほとんどしなかった。
唯一、ホラー映画や小説を見終わった後のみ「怖い」と言ってしがみつくだけで、それ以外では文句や不満は尽きなかったが、一度として助けを求めるようなことを口にすることはない。政治的な思惑が絡む時に同盟国として協力を仰ぐのみだ。
出会った頃はどんな時でもイギリスを頼ってくれていた。些細なことでも相談してくれたし、本国に帰ろうとしたところを服の裾を引っ張って泣きながら留めてくれたこともあった。けれどいつしかアメリカはなんでも一人で出来るようになり、イギリスを鬱陶しがるようになり、果ては目に見えて反抗するようになっていった。
そして自分は、そんな彼の心中を察することが出来ずにいた。たまりにたまった不満が一気に爆発して独立戦争に発展するまで、アメリカが抱えていた様々な鬱屈に気付いてやることが出来なかったのだ。
『国』であれば誰しもが持つであろう当然の権利を、彼が持ち得る日など永遠に来ないと、何故信じ込んでいたのだろうか。今思い返しても我ながら実に愚の骨頂であった。
「イギリス」
「んあ?」
ぼんやりと益もない思考をぐるぐると彷徨わせていたイギリスは、アメリカの声に意識を戻す。至近距離でこちらを見据える目が深い深い色をたたえて、どこか探るように自分を窺っている。
居心地悪く感じてもそりと動けば、二人の身体にかかった毛布がゆるく波打った。肩がはみ出しそうになって慌てて指先で引っ張れば、アメリカは不機嫌そうに言葉を続ける。
「何考えてたの?」
「何って……別に何でも」
「昔のこと? 君って古臭いカビの生えたような過去が大好きだからね」
「なっ!? お前、人の懐かしい記憶を勝手に細菌で劣化させるんじゃねーよ!」
思わず怒鳴り声を上げれば、アメリカは眉を寄せて黙り込んでしまった。ムスっとしたまま唇を引き結んで体の向きを変え、天上を見上げてそのまま。
待っていてもそれ以上の会話はなく、結局その沈黙が気に入らなくて、イギリスはついつい余計なことを言ってしまった。
「お前、俺には何も言わないんだな」
「え?」
「文句ばっか言うくせに、肝心なことは何一つ言おうとしない」
「そんなことはないぞ」
「いいや、ある。そりゃ俺は今じゃお前に大きく国力も水をあけられているし、相談事全部に協力してやれるとも限らない。経済的にも今は苦しいし……でも」
心配なんだ。
そう言い掛けてイギリスは口をつぐむ。ここでまた保護者面をしてあれこれ言えば、ただでさえ不機嫌なアメリカの気分をもっと害することになるに違いない。
アメリカは過剰な干渉を嫌ってイギリスから独立したのだ。勿論イギリスだってもう彼のことを自分が庇護しなければならない子供だなんて思ってやしない。それくらいは弁えているつもりだ。
でもどんなにお互いの立場が変っても、自分にとってアメリカはどの国よりも親近感が湧くし強く好意も抱いている。
はっきり言ってしまえば愛しているのだ。
鬱陶しがられてもその身を心配してしまうくらいには愛しているし、大切に思っている。辛いこと、苦しいことがあったら何でも相談して欲しいと、手が離れて昔とは大きく違っていても、その気持ちだけは少しも変らずにイギリスの中にあり続けていた。
―― あぁもう、どうせ俺はしつこい性格をしてるさ。
―― でも好きなものは好きなんだから仕方ないだろ。
「でも、なんだい?」
「うるさい。もういい、寝る。お前も早く寝ろよ、明日遅刻するだろ」
「遅刻なんてしないよ。だから早く続きを言いなよ」
「いい。おやすみ」
もやもやとした気分が拭えないまま、イギリスは小さな溜息を再びついてから、アメリカに背を向けた。これから眠ろうというのに喧嘩はしたくない。
が、相手はそうは思わなかったようだ。「ねぇねぇ」と繰り返し声をかけて来る。自分のことを棚上げにして昔のことは言いたくないが、もう少し空気を読んではくれないものかと思ってしまうのは仕方がないだろう。
毛布を引き上げて顔半分をうずめながら、イギリスは強引に両目を閉ざした。眠って起きて朝になれば、また自分達は普通に接することが出来るはずだ。いつもの態度、いつもの言葉で、この先もずっと変らずに。
「イギリス、先に寝ないって約束したよね」
「…………」
「君はいつもそうやって俺との約束を破るんだ。酷いよね」
「…………」
「まぁ君が口先だけの似非紳士だってことは最初から分かっていたけれどさ。俺の言葉をちゃんと聞いてもくれない」
淡々と言い続けるアメリカの言葉を聴きながら、イギリスは徐々に苛立ちが募っていくのを感じた。
なんでこんな事を言われなければならないのだろうか。人の話をちっとも聞かないのはそっちの方じゃないか。こんなに心配してやっているのに、関係ないと言っていつも切り捨てるのはアメリカの方じゃないか――。
そういう不満めいたものがイライラと胸中を渦巻く。
「君は嘘つきだ」
「…………」
「嘘つき、嘘つき、嘘つき」
「うるっせえ!」
繰り返される言葉が頭に来て咄嗟に怒鳴り声を上げて振り向けば、驚くほど真剣な目をしたアメリカと視線が合った。思わずひゅっと息を呑めば彼は大人びた表情でこちらを見たまま、もう一度、嘘つきと小さく言う。
「な、なんなんだよお前は……」
わけが分からない。
もう本当にわけが分からない。
アメリカのことは昔から良く分からなかったが、今夜は心底理解出来なかった。
「お前、何が言いたいんだよ」
「君は俺が何も言わないって言うけどさ、君だって俺には何も教えてくれない」
「はぁ? なんのことだ?」
「君の家が火の車なのは知ってる。俺んちだって混乱してるし、世界中経済は大荒れで大変な状況だよ」
「……分かってんじゃねーか、ちゃんと」
「うん。分かってるよ、君に言われるまでもない」
「じゃあ何が言いたいんだ!」
「君一人が頑張らなくたって良いってことだよ!」
がばっと上半身を起こしてアメリカは叫んだ。その反動でかけていた毛布が飛んでしまい、薄いパジャマしか着ていない身体が急に冷気に晒されぶるりと震える。イギリスは唖然とした顔のまま目線を上に向けた。
一瞬なんのことか分からず反駁せずにいたら、何も言わないのをいい事にアメリカは勢いのまま更に続ける。
「君だけ頑張ったって意味がない」
「いや、別に俺だけが頑張ってるわけじゃねーし」
「でも会議中に倒れたじゃないか!」
「や、だからあれは単なるアクシデントだ。お前が気にするようなことは何もないぞ」
「俺には言えないってことかい!?」
「ちげーよ。あれは……って、こだわんなよ! 今日のお前ちょっとしつこいぞ!!」
「……っ」
一瞬だけ顔を歪めてアメリカは何かを言いかけてやめた。が、こうやって途中で言葉を切るなんて随分と珍しいことで、イギリスはかえって戸惑ってしまう。
あまりにも不自然なその態度が気に懸かり、宥めるように俯いてしまったその顔に手を伸ばして、そっと頬を撫でれば煩わしそうに払われる。
―― ちくしょう。一体なんだって言うんだ!
「迷惑かけて悪かったって言っただろ? 何がそんなに気に入らないんだ」
「別に気に入らないとかそういうわけじゃないよ」
「じゃあもうこの話はいいだろ。いつまでもこだわるなんてお前らしくない」
「……――ちゃ、悪いのかい……」
「え?」
「……配、しちゃ悪いのかい?」
小さな声がぽつりと聞こえた。
ちゃんと聞き取れなくて聞き返せば、はっと口を押さえてアメリカはなんでもないよ!とことさら大きな声を出して顔を背ける。そんなあからさまに怪しい態度を取られて気にならないはずもなく、イギリスは問い詰めるように身体を起こした。
真夜中のベットの上、男二人が向かい合って一体何をしているんだろう。あぁもう本当に馬鹿みたいだ。
「アメリカ、こっち向けよ」
両手でもう一度柔らかな頬を捉えて力を込めれば、薄闇の中、アメリカの青い瞳だけがキラキラと輝いていた。まっすぐ見返してくるその目にはどこか懐かしいものが混じっていて、それが寂しさを我慢する子供の眼差しだと気づいた時にイギリスは、込み上げてくる苦い思いを押さえることがどうしても出来なかった。
まるで置いていかれまいとする幼子の、不安と焦燥と不満。そういうものがぐちゃぐちゃとない交ぜになっている。
こんなのアメリカじゃないみたいだ。
「何が不安だ? 俺が悪いのか? 俺がお前を不安にさせているのか?」
世界の覇者、アメリカ合衆国。
そんな彼が一体何を不安に思うのだろう、分からない。
確かに今、世界は戦後最大の金融危機に見舞われ、どの国にも動揺が走っている。イギリスは勿論のこと欧州も例外ではなく、通貨の下落をはじめ株式も低迷、失業率もうなぎ昇り、加えて産業崩壊の危機だった。それを少しでも立て直そうとどこも必死に努力をしている。
アメリカだって数々の政策を打ち出し大きな転換期に来ており、ほんの少しずつではあったが明るい兆しが見え隠れしてきているのだ。これからが正念場であり気を抜けない時で、確かに順風満帆とは行かないが、不安に思って落ち込んでしまうような時期ではない。
こういう時にこそアメリカの底抜けに明るい力が必要だと言うのに。
「アメリカ、大丈夫だから。お前ならやれる。お前は世界のヒーローなんだろ?」
「ヒーロー……」
「あぁ。いつもそう言ってるじゃないか」
日頃彼が口にする、自信満々なその言葉を力強く投げかけてやれば、アメリカはどこか泣きそうな表情で唇を歪めてから、ゆるゆると小さく笑った。
―― 涙が零れ落ちないのが不思議なくらいの、そんな顔だった。
「怖いよ」と言いながらしがみついてくる、無駄にがっちりした腕に身体半分を取られながら、イギリスはぼんやりとベッドランプの淡い明りに浮かび上がる天井を見つめる。
昔からアメリカは怖がりだった。夜の闇に怯え風の音に震えて毛布をかぶりながら、それでもイギリスが本国から持ち寄ったホラー小説に夢中になっていた。怖いなら読まなければいいと何度注意しても聞かず、その日は必ず一緒に寝てとせがまれたのも懐かしい記憶だ。
それは成長した今も変わらず、いろんなものが変わってしまったアメリカという個体の中で、そのまま変化を遂げなかったものの一つでもあった。
傍若無人で自分勝手、我儘し放題で傲慢な性格の彼が、どうして作り物の世界を怖がるのか不思議でならない。よっぽど非科学的だと笑い飛ばしてしまうようなことだろうに、何がそんなにもアメリカを怯えさせるのだろう。
「おい、あんまりくっつくなよ」
「どうしてだい?」
「寝苦しいだろ」
「でも怖いんだからしょうがないじゃないか!」
高い体温はそのまま、昔よりもより近くなったアメリカの呼吸を耳元に感じて、自然と気持ちがそちらに引きずられてしまうのはいつものこと。
思わずふぅ、と大きく溜息をつけば、もぞもぞと動いてアメリカが少しだけ距離を開けたのが分かった。
「イギリス、先に寝ないでくれよ?」
「あーはいはい。昼間寝たからあんま眠くないし、今日は大丈夫だろ」
言いながらふあ、とこぼれた欠伸に自分で苦笑する。
アメリカはなんだか面白くなさそうに眉間に皺を寄せていたが、すぐにどうでもよくなったのか横向きだった身体を仰向けにした。何気なくその横顔を見遣ると青い瞳はまっすぐ宙を見つめている。
しばらく無言のまま時が過ぎ、とくに会話らしいものもなくなってしまったようなので、そろそろ本格的に寝ようかとイギリスが両目を閉ざせば、ふとアメリカの手が肩に触れて驚いた。温かい感触を辿るように目を開ける。
「アメリカ?」
「君、明日の会議は大丈夫なのかい」
呼びかければ言葉尻にかぶさるように彼はそんな事を聞いて来た。一瞬なんのことか分からず返答に詰まると、アメリカの視線が再びゆっくりとこちらを向く。
照明を絞った薄暗い部屋の中、ベッドの上に落ちるのは静寂を乱す互いの呼吸音のみだ。
「会議……あぁ、今日潰れたから怒ってるのか? 悪かったよ、途中で抜けたりして」
「別に怒ってなんかないよ」
「そうか? なんだかお前、ずっとおかしかったからてっきり」
怒っているのかと思った。そう言えばアメリカは怪訝な顔をしたのち、それこそ不機嫌そうな表情をして睨みつけてくる。その視線を受け止めてイギリスは戸惑いを覚えた。もともとアメリカは自分に似て感情の起伏が激しい方だが、今日はどことなく情緒不安定に見える。
夕方医務室の廊下で会った時も、アメリカは何か落ち込んでいる様子だった。てっきり会議で嫌なことでもあったのかと思ったのだが、会議はイギリスの退室と共に終了したと聞くし、何が彼の気に障ったのか結局分からずしまいであった。
昔から、アメリカはイギリスには何も言わないところがある。経済力も軍事力も、国力全てが逆転してしまう前からもう、彼はイギリスに自分の弱みを見せるようなことはほとんどしなかった。
唯一、ホラー映画や小説を見終わった後のみ「怖い」と言ってしがみつくだけで、それ以外では文句や不満は尽きなかったが、一度として助けを求めるようなことを口にすることはない。政治的な思惑が絡む時に同盟国として協力を仰ぐのみだ。
出会った頃はどんな時でもイギリスを頼ってくれていた。些細なことでも相談してくれたし、本国に帰ろうとしたところを服の裾を引っ張って泣きながら留めてくれたこともあった。けれどいつしかアメリカはなんでも一人で出来るようになり、イギリスを鬱陶しがるようになり、果ては目に見えて反抗するようになっていった。
そして自分は、そんな彼の心中を察することが出来ずにいた。たまりにたまった不満が一気に爆発して独立戦争に発展するまで、アメリカが抱えていた様々な鬱屈に気付いてやることが出来なかったのだ。
『国』であれば誰しもが持つであろう当然の権利を、彼が持ち得る日など永遠に来ないと、何故信じ込んでいたのだろうか。今思い返しても我ながら実に愚の骨頂であった。
「イギリス」
「んあ?」
ぼんやりと益もない思考をぐるぐると彷徨わせていたイギリスは、アメリカの声に意識を戻す。至近距離でこちらを見据える目が深い深い色をたたえて、どこか探るように自分を窺っている。
居心地悪く感じてもそりと動けば、二人の身体にかかった毛布がゆるく波打った。肩がはみ出しそうになって慌てて指先で引っ張れば、アメリカは不機嫌そうに言葉を続ける。
「何考えてたの?」
「何って……別に何でも」
「昔のこと? 君って古臭いカビの生えたような過去が大好きだからね」
「なっ!? お前、人の懐かしい記憶を勝手に細菌で劣化させるんじゃねーよ!」
思わず怒鳴り声を上げれば、アメリカは眉を寄せて黙り込んでしまった。ムスっとしたまま唇を引き結んで体の向きを変え、天上を見上げてそのまま。
待っていてもそれ以上の会話はなく、結局その沈黙が気に入らなくて、イギリスはついつい余計なことを言ってしまった。
「お前、俺には何も言わないんだな」
「え?」
「文句ばっか言うくせに、肝心なことは何一つ言おうとしない」
「そんなことはないぞ」
「いいや、ある。そりゃ俺は今じゃお前に大きく国力も水をあけられているし、相談事全部に協力してやれるとも限らない。経済的にも今は苦しいし……でも」
心配なんだ。
そう言い掛けてイギリスは口をつぐむ。ここでまた保護者面をしてあれこれ言えば、ただでさえ不機嫌なアメリカの気分をもっと害することになるに違いない。
アメリカは過剰な干渉を嫌ってイギリスから独立したのだ。勿論イギリスだってもう彼のことを自分が庇護しなければならない子供だなんて思ってやしない。それくらいは弁えているつもりだ。
でもどんなにお互いの立場が変っても、自分にとってアメリカはどの国よりも親近感が湧くし強く好意も抱いている。
はっきり言ってしまえば愛しているのだ。
鬱陶しがられてもその身を心配してしまうくらいには愛しているし、大切に思っている。辛いこと、苦しいことがあったら何でも相談して欲しいと、手が離れて昔とは大きく違っていても、その気持ちだけは少しも変らずにイギリスの中にあり続けていた。
―― あぁもう、どうせ俺はしつこい性格をしてるさ。
―― でも好きなものは好きなんだから仕方ないだろ。
「でも、なんだい?」
「うるさい。もういい、寝る。お前も早く寝ろよ、明日遅刻するだろ」
「遅刻なんてしないよ。だから早く続きを言いなよ」
「いい。おやすみ」
もやもやとした気分が拭えないまま、イギリスは小さな溜息を再びついてから、アメリカに背を向けた。これから眠ろうというのに喧嘩はしたくない。
が、相手はそうは思わなかったようだ。「ねぇねぇ」と繰り返し声をかけて来る。自分のことを棚上げにして昔のことは言いたくないが、もう少し空気を読んではくれないものかと思ってしまうのは仕方がないだろう。
毛布を引き上げて顔半分をうずめながら、イギリスは強引に両目を閉ざした。眠って起きて朝になれば、また自分達は普通に接することが出来るはずだ。いつもの態度、いつもの言葉で、この先もずっと変らずに。
「イギリス、先に寝ないって約束したよね」
「…………」
「君はいつもそうやって俺との約束を破るんだ。酷いよね」
「…………」
「まぁ君が口先だけの似非紳士だってことは最初から分かっていたけれどさ。俺の言葉をちゃんと聞いてもくれない」
淡々と言い続けるアメリカの言葉を聴きながら、イギリスは徐々に苛立ちが募っていくのを感じた。
なんでこんな事を言われなければならないのだろうか。人の話をちっとも聞かないのはそっちの方じゃないか。こんなに心配してやっているのに、関係ないと言っていつも切り捨てるのはアメリカの方じゃないか――。
そういう不満めいたものがイライラと胸中を渦巻く。
「君は嘘つきだ」
「…………」
「嘘つき、嘘つき、嘘つき」
「うるっせえ!」
繰り返される言葉が頭に来て咄嗟に怒鳴り声を上げて振り向けば、驚くほど真剣な目をしたアメリカと視線が合った。思わずひゅっと息を呑めば彼は大人びた表情でこちらを見たまま、もう一度、嘘つきと小さく言う。
「な、なんなんだよお前は……」
わけが分からない。
もう本当にわけが分からない。
アメリカのことは昔から良く分からなかったが、今夜は心底理解出来なかった。
「お前、何が言いたいんだよ」
「君は俺が何も言わないって言うけどさ、君だって俺には何も教えてくれない」
「はぁ? なんのことだ?」
「君の家が火の車なのは知ってる。俺んちだって混乱してるし、世界中経済は大荒れで大変な状況だよ」
「……分かってんじゃねーか、ちゃんと」
「うん。分かってるよ、君に言われるまでもない」
「じゃあ何が言いたいんだ!」
「君一人が頑張らなくたって良いってことだよ!」
がばっと上半身を起こしてアメリカは叫んだ。その反動でかけていた毛布が飛んでしまい、薄いパジャマしか着ていない身体が急に冷気に晒されぶるりと震える。イギリスは唖然とした顔のまま目線を上に向けた。
一瞬なんのことか分からず反駁せずにいたら、何も言わないのをいい事にアメリカは勢いのまま更に続ける。
「君だけ頑張ったって意味がない」
「いや、別に俺だけが頑張ってるわけじゃねーし」
「でも会議中に倒れたじゃないか!」
「や、だからあれは単なるアクシデントだ。お前が気にするようなことは何もないぞ」
「俺には言えないってことかい!?」
「ちげーよ。あれは……って、こだわんなよ! 今日のお前ちょっとしつこいぞ!!」
「……っ」
一瞬だけ顔を歪めてアメリカは何かを言いかけてやめた。が、こうやって途中で言葉を切るなんて随分と珍しいことで、イギリスはかえって戸惑ってしまう。
あまりにも不自然なその態度が気に懸かり、宥めるように俯いてしまったその顔に手を伸ばして、そっと頬を撫でれば煩わしそうに払われる。
―― ちくしょう。一体なんだって言うんだ!
「迷惑かけて悪かったって言っただろ? 何がそんなに気に入らないんだ」
「別に気に入らないとかそういうわけじゃないよ」
「じゃあもうこの話はいいだろ。いつまでもこだわるなんてお前らしくない」
「……――ちゃ、悪いのかい……」
「え?」
「……配、しちゃ悪いのかい?」
小さな声がぽつりと聞こえた。
ちゃんと聞き取れなくて聞き返せば、はっと口を押さえてアメリカはなんでもないよ!とことさら大きな声を出して顔を背ける。そんなあからさまに怪しい態度を取られて気にならないはずもなく、イギリスは問い詰めるように身体を起こした。
真夜中のベットの上、男二人が向かい合って一体何をしているんだろう。あぁもう本当に馬鹿みたいだ。
「アメリカ、こっち向けよ」
両手でもう一度柔らかな頬を捉えて力を込めれば、薄闇の中、アメリカの青い瞳だけがキラキラと輝いていた。まっすぐ見返してくるその目にはどこか懐かしいものが混じっていて、それが寂しさを我慢する子供の眼差しだと気づいた時にイギリスは、込み上げてくる苦い思いを押さえることがどうしても出来なかった。
まるで置いていかれまいとする幼子の、不安と焦燥と不満。そういうものがぐちゃぐちゃとない交ぜになっている。
こんなのアメリカじゃないみたいだ。
「何が不安だ? 俺が悪いのか? 俺がお前を不安にさせているのか?」
世界の覇者、アメリカ合衆国。
そんな彼が一体何を不安に思うのだろう、分からない。
確かに今、世界は戦後最大の金融危機に見舞われ、どの国にも動揺が走っている。イギリスは勿論のこと欧州も例外ではなく、通貨の下落をはじめ株式も低迷、失業率もうなぎ昇り、加えて産業崩壊の危機だった。それを少しでも立て直そうとどこも必死に努力をしている。
アメリカだって数々の政策を打ち出し大きな転換期に来ており、ほんの少しずつではあったが明るい兆しが見え隠れしてきているのだ。これからが正念場であり気を抜けない時で、確かに順風満帆とは行かないが、不安に思って落ち込んでしまうような時期ではない。
こういう時にこそアメリカの底抜けに明るい力が必要だと言うのに。
「アメリカ、大丈夫だから。お前ならやれる。お前は世界のヒーローなんだろ?」
「ヒーロー……」
「あぁ。いつもそう言ってるじゃないか」
日頃彼が口にする、自信満々なその言葉を力強く投げかけてやれば、アメリカはどこか泣きそうな表情で唇を歪めてから、ゆるゆると小さく笑った。
―― 涙が零れ落ちないのが不思議なくらいの、そんな顔だった。
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