忍者ブログ
 紅茶をどうぞ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

Ever Since 2 [ side:A ]
 英国大使館からの迎えの車を断り、とりあえず食事をしようとイギリスを連れてコロンバスサークルのタイムワーナーセンターへと向かった。
 途中、服装の乱れが気になる彼のために滞在中の拠点としているホテルへ立ち寄って、着替えは済ませている。
 体調が良くないイギリスの為になるべく静かな場所を探していれば、「なんだ、マクドナルドじゃないのか?」と言われてアメリカは呆れた。ついさっきまでひっくり返って寝ていたくせに、もうジャンクフードが食べたいのだろうか。
 日頃は「そんなもんばっか食ってるなよ!」と口煩いくせに、昔から自分のこととなると無頓着なのは変わらない。それともこういう場面で気遣いが出来ないほど子供に見られているのだろうか、自分は。
 アメリカはちり、とこめかみに痛みにも似た苛立ちを覚えながらも、言い返せばまた怒鳴り合いが始まってしまうと思って、つとめて能天気な顔で笑った。

「たまには豪華な食事もいいかと思ってさ。だから今日は『Per Se』にするんだぞ。もちろん君の奢りで!」
「俺が奢るのかよ! しかもフランス野郎の店で!」
「フレンチベースだけどあそこはもう立派に俺の家の店だよ」

 前に行った時も君、そう言ったじゃないかと返せば、イギリスはむっとした顔で黙り込んだものの、すぐに眉間の皺をゆるゆると解消して口元に小さな笑みを浮かべる。
 緑の瞳が穏やかな色を浮かべるのを見れば、とりあえず彼が今回のチョイスに満足してくれたのがうかがえた。大音量の音楽が流れる弾けた店も好きだが、ゆっくりとワインの味を楽しめる場所も彼の好みに合致している。この辺はいわゆる長年の付き合いというもので、普段は空気を読まないアメリカも心得たものだ。

「それにしてもよく予約取れたな。すごい人気なんだろ?」

 イギリスの言うとおり、『Per Se』は最高級レストランとしてのブランド力が高いだけでなく、席数が少ないうえ立地的な観点からも利便性に優れているのでいつも満席である。
 いきなり電話をしてすぐ予約が取れるということはまずないのだが、その辺はアメリカも伊達に『この国』を長年やっているわけではなかった。

「そこはまぁ、ほら。ここは俺の家だからね」
「職権濫用か」
「君だってロンドンではしょっちゅうやってるじゃないか」
「それもそうだな」

 くす、と笑ってイギリスは機嫌良さそうに頷く。お互い自国ではVIP待遇であちこちに顔が利くのは当然と言えば当然だった。
 どんなに高級な会員制クラブであろうが、シークレットルームであろうが、『国』が望んで拒否されるということはまずない。大統領を筆頭にいくらだって各方面に顔が利くし、そもそも生きている年数が人間とは違うのだ。権力と財力に恵まれているのはどこの国でも同じだろう。
 ましてやそれが世界の超大国アメリカであるのならばなおのこと。

「それに俺、知ってるんだぞ。君が"アーサー・カークランド"として幾つもの伝手を持っていたり、古い知人がいたりするのをさ。彼らは時々、『アメリカ』よりも『イギリス』に味方をすることがあって嫌になるよ」
「はは、人望ってやつだな」
「よく言うよ!」

 英国人が移り住んで出来たこの国では、未だイギリスを『祖国』と称する人間もわずかだが現存していた。古い家系図を持つ彼らと『アーサー』の結びつきは未だ絶えることがなく、時々ちょっとした会合も開かれているらしい。
 まぁたいていは古き良き時代とやらの懐かしい昔話に花を咲かせながら、のんびり紅茶をたしなむのが目的らしいけど、英国人特有の皮肉のきいた政治批判なんて言うものも時々話題にのぼるようだ。それも結局「今の若いモンは」ってことらしいけれど。

「今度お前も来るか?」
「古臭い話なんてやなこった!」
「古臭いって言うな!」
「だって本当のことだろう?」

 どうせイギリスの家の気候みたいにじめじめとした話題が、延々続くに違いない。そこにブラックユーモア交じりの毒舌が加わればいたたまれなくなるのはアメリカの方だろう。そんな場所にのこのこ飛び込むほど馬鹿じゃない。
 もちろんごくごくたまには……本当に少しだけではあったが、アメリカも入植から開拓時代までの生活を思い出してやや感傷的な気分に陥ることもあったが、今はまだ振り返るには鮮明すぎる過去でちょっと苦い味が強い。
 あともう少ししたらきっと、ビターチョコレートのようなほろ苦くもほのかな甘さを持つ思い出として分類出来るようになるだろう。
 その時はイギリスと二人で彼の淹れた紅茶を前に、あの頃の気持ちをもう一度伝えていければいいと思っていた。

「……そのうちね」

 そう呟けばイギリスは少しだけ目を見張って、それから静かに笑う。どこか穏やかなそれはたまに彼が覗かせる年上の顔だ。
 まるで何もかも見透かされているような気がして正直居心地が悪かったが、アメリカは気付かないふりをしてタクシーの窓から流れる街並みを見送った。





 レストランで食事を済ませて、そのままの流れでアメリカはイギリスを自宅へ連れて帰った。
 まとめたい資料があるからホテルに戻るというのを引き止めたのは、ひとえに今夜の徹夜を防止するために他ならない。普段はいい加減なところがある割に、イギリスは少々ワーカホリックな面もあり、このまま彼を一人にすればまた体調を崩すほど根を詰めて仕事に向かいそうな予感がしたからだ。
 夢中になると時間を忘れてしまうのはイギリスの昔からの悪い癖だが、幸いアメリカからの申し出たことを断ることが出来ない性格でもある。今回も空気を読まずに「見たいホラー映画があるから」の一言で強引に引っ張っれば、文句を言いながらも結局こうしてついて来てくれた。
 こういう時、本当にイギリスはちょろいな、と思う。

 帰宅が21時、それからお互いシャワーを浴びて着替えてビール片手にテレビの前のソファに落ち着いたのが22時。今から映画を見ればちょうど24時には寝られる算段だ。
 これで明日の起床予定時刻の7時までたっぷりと睡眠は取れるはず。
 イギリスの体調もきっと良くなるに違いないと、アメリカは脳内で計算してから先日飲み仲間に借りたホラー映画をデッキに挿入した。かすかな機械音と共にDVDが再生されれば、おどろおどろしい映像とともに黒と赤の世界が繰り広げられる。

「うわぁ……」

 今回の作品は日本で公開されたもののハリウッドリメイク版で、呪いやゾンビなどの恐怖ネタがふんだんに盛り込まれた正統派ホラー映画だった。
 当然怖がりなアメリカは物語が盛り上がって来た頃からクッションを抱きしめて、ひたすらぶるぶると震える羽目となる。

「お前、怖がりの癖にこういうのほんと好きだよな」

 やれやれ、といったふうにイギリスが缶ビールに口をつけながら苦笑した。呆れた声音にはいつも以上に温かみがあって、それがどうしようもないほどの安心感をもたらすことを、アメリカは幼い頃から嫌というほど実感している。
 ついついすり、と頬を寄せればくすぐったそうに肩を竦めたのち、イギリスはゆっくりと優しく腕を伸ばして肩に回してきた。触れる手のひらは随分小さくなってしまったけれど、変わらずやっぱり温かい。

「怖いよ! 怖すぎるよ!」

 そう叫んでここぞとばかり怯えて身を寄せるのはずるい手だと分かってはいたが、甘えるのもイギリスのとびきり嬉しそうな顔を見られるのもこの時だけの限定品だ。『怖がり』という免罪符がなければ、こうやって素直に接近することも出来ないなんてなんとも情けない話だったが、これもまた成長した証ということでスルーを推奨したい。
 複雑な若者の心っていうやつだよね、と心中言い訳しながら「怖いよー怖いよー」と泣き言を繰り返していれば、ぽんぽんと優しく頭を撫でられた。普段なら「子供扱いしないでくれよ!」と言うところだが、今は思う存分堪能出来る。

「今晩は一緒に寝てくれるだろう? イギリス!」
「しょうがない奴だな」

 いつも通りの台詞にいつも通りの返事。それは自分たちにとってはごくごくありふれたやり取りだ。それだけでこんなにも満足している自分がいる。
 アメリカはふっとクッションに顔を埋めながら気付かれないほど小さな溜息をもらした。心の内側から安堵したようなそれは、自分自身の中にわだかまっていた不安が消えていくのを加速させる。
 イギリスがいて、自分がいる。彼が傍にいて、自分はいつものように彼を振り回す。それが一番なのだ……何も難しいことなんかじゃない。今の自分には簡単に叶えられる願いである。



 それでも。
 時折その暗い影はアメリカの脳裏を掠めるのだ。

 あの時に見たイギリスの顔が網膜に焼き付いて消えない。
 血の気を失って一切の感情を無くしたイギリスの、白い白い顔。
 閉ざされた瞼、乱れた金色の髪。
 握った手が凍りついたような冷たさで、指先まで熱がなかった。

 何度目だったろう。
 何度見ても慣れないと思った。
 駄目だ、駄目だ、駄目だ。
 怖い、怖い、怖い。

 イギリスにもしものことがあったら、俺は――――――



「アメリカ? お前そんなに怖かったのか?」
「え」

 イギリスの手が頬に触れる。
 いつの間にかテレビは砂嵐を映し出していて、無機質なザーという音だけが室内に流れていた。
 視線を隣りに向ければ困惑した表情でイギリスがこちらを覗き込んでいて、指先で目元をそっと拭っていく。濡れた感触に気付いて彼の手に自分の手を重ねれば、ますます困ったような顔でイギリスは太い眉をひそめた。
 あぁ、どうやら自分は泣いていたようだ。あまりのみっともなさに誤魔化すように笑って見せれば、彼もまた苦笑いを浮かべて「俺がついているからな!」と言ってぎゅっと両腕を首に回して抱き締めてくる。
 どちらかというと体格差から言ってしがみついているような感じだったが、アメリカはゆっくりと深呼吸をしてから目の前の身体を強く抱き締め返した。

「怖かった」
「そうか」
「すごくすごく怖かったよ」

 小さな声で繰り返せば背中を柔らかな動きで撫でられた。
 大丈夫、大丈夫。今はもう大丈夫。
 己が落ち着きを取り戻したことを確認したアメリカは、ぱっと振り切るように顔を上げて勢い良く立ち上がった。イギリスの腕が宙に投げ出されてそのまま膝に落ちる。急なことにぽかんと見上げる彼に笑いかけて普段通りの不敵な態度を取って見せれば、ほっとした表情を浮かべて彼も再びビールの缶に手を伸ばした。



 あの時。
 イギリスが、会議室で倒れた時。
 蒼白の顔で冷たい床に横たわるその姿を見たあの時。
 心臓が止まるほど痛くて苦しくて切なくて哀しくて、何よりとても怖かった。彼にもしものことがあったら、と思って頭がおかしくなりそうだった。
 きっと口に出せばこの思いは否定されてしまうに違いない。お前が心配するほどじゃないとか、俺は大丈夫だからとか、そういうのはイギリスのいつもの口癖で、アメリカの心配をまともに受け止めてくれたことなど今まで一度だってなかった。
 その拒絶の態度が怖くて仕方がなくて、結局は彼の前ではいつも通りの自分でいるしかなかったのだ。

 だって、イギリスが願う『アメリカの姿』は、いつだって明朗快活で空気を読まない、誰より強くてまっすぐな『ヒーロー』なのだから。



「俺にも一口!」

 そう言って横合いから彼が手にしたビールをひょいと取り上げて口をつければ、「あ! お前全部飲むなよ!?」と抗議の声が上がる。無視してビデオを止めにテレビに近付き停止ボタンを押し、そのまま電源も落としてしまえば室内には静寂が満ちた。

「今夜はちゃんと一緒に寝てくれよ、イギリス!」
「あー分かった分かった」

 本当にお前はしょうがないやつだなと、そう言って呆れたように笑いながら立ち上がったイギリスの表情もいつも通りのものだったので、アメリカは両目を閉ざして唇をそっと弛めた。




PR

 Top
 Text
 Diary
 Offline
 Mail
 Link

 

 Guide
 History
忍者ブログ [PR]