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 紅茶をどうぞ
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開かずの扉 3-2
 ロシアは珍しく頬に血の気をのぼらせ、風雪に濡れた髪もそのままにイギリスの元まで来ると大きく肩を上下させる。こんなにも息の乱れたロシアを見るのは初めてだ。どこか焦ったような表情と言い、普段浮いている笑みがすっかり消えてしまっていて正直別人かと思ったくらいである。

「え、どうしてお前がここに」
「なんで来るって教えてくれなかったの!?」

 急に詰問されるような言葉を掛けられて、イギリスは目を丸くして戸惑いを隠しきれない様子で答えた。

「いや、お前忙しかったんだろ? 俺はほら、チョコ作ったからさ。捨てるのもなんだし、折角だから届けてやろうと思ってだな……」
「君の方こそ大変だったんでしょ? 今日は仕事が立て込んでて駄目だって言うから、もう会えないかと思ってたのに」
「…………はぁ?」

 突拍子もない台詞にイギリスは目を見張った。なんだか話が噛み合わないような気がする。
 ロシアは拗ねたような顔で腰に手を当てて頬を膨らませた。その様子があまりにいつも通りだったので、先ほど感じた違和感は吹き飛んで、後にはただ疑問だけが残されることとなる。

「ちょっと待て。俺は昨日からずっとオフだぞ? お前が来れるよう仕事は早いうちに片づけておいたし」
「え?」
「週末、こっちに来いって言っただろ? それなのにキャンセルして来たのはお前の方じゃないか」
「…………」

 ロシアの顔が怪訝そうな表情を浮かべてから、さっと一瞬で強張った。穏やかだった瞳の色が急に温度を失ってすっと細められれば、青みを帯びた紫色の瞳が絶対零度のごとく冷たい光を灯す。
 その眼差しにイギリスでさえ言葉が続かないほどの威圧感を感じた。

「ロ、ロシア?」
「それ、本当に僕が言ったの?」
「言ったっていうか、メールが……って、もしかしてお前じゃねーの?」

 意味が分からずイギリスは慌てて携帯電話を取り出した。そしてメールの画面を開いて見る。
 まず自分が送ったメールの宛て先を確かめれば、確かに送信先はロシアのアドレスになっていた。そして折り返し戻ってきたメールもそう。間違いはない。
 もともとあまりメールのやり取りをする習慣がないイギリスが、こうやってプライベートで連絡を取り合うのはロシアが主なのだから間違えようがない。
 ほら、と言って送受信先の画面をロシアに見せれば、彼は眉を顰めて不機嫌そうな気配を漂わせ、内ポケットに入れていた自分の携帯電話を取り出す。そしてイギリスと同じようにメールボックスを確認するべく操作しはじめた。

「……本当だ。僕の携帯からも君宛にメールが送られているね」
「だろ?」
「ご免ねイギリス君。なんだかちょっと行き違いがあったみたい」
「そうみたいだな」

 さっぱりわけが分からなかったが、イギリスはもうどうでもいいという気持ちでロシアの顔を見上げる。
 約束を反故にされ、落ち込んでいた先程までの気分が綺麗さっぱり消えてなくなっていることに我ながら呆れてしまう。なんという現金な性格をしているのだろうか。
 会いたかった。顔を見て、声を聞いて、少しでもいいから一緒にいる時間が欲しかった。それがこんなふうに叶えられるなんてついさっきまでは思いもしなかったのに。……嬉しいに決まっている。
 疑問や戸惑い全て、何もかもがどうでもよくなるくらい、嬉しいに決まっている。

「そう言えばお前なんでここに……よく俺が来てるって分かったな?」
「なんだか呼ばれた気がしたんだ」
「呼ばれた……?」
「うん。君の声が聞こえた気がして。気になって外に出たら紙袋を見つけてね、急いで追い駆けてきたんだよ」

 間に合って良かった、と胸を撫で下ろすロシアを見つめながら、イギリスは自分の顔に熱が集まってくるのを感じた。
 まさか自分の心の声が彼に届いていたとは思いも寄らず、恥ずかしさ半分喜び半分と言ったところだろうか。
 気持ちが駄々漏れなのは正直穴があったら飛び込みたい気分だが、それでもこうしてロシアが自分に会いに来てくれたことは何よりも僥倖だと思った。
 とりあえずロシアの直観力のすごさに今は感謝しておきたい。

「そうだ、あとで冬将軍にもお礼言わないとなぁ」
「冬将軍?」
「うん。飛行機が出ちゃわないように彼に頼んだんだけど、ちょっとやりすぎちゃったみたい」
「……」

 ロシアの言葉にはっとしてイギリスは窓の方を向いた。びっしりと氷ついているガラス窓は真っ白で外がまるで見えない。続いて電光掲示板へ目をやると、先程まで便名と出発時刻が列挙されていたそこはのきなみ『運航見合わせ』の文字で埋め尽くされていた。
 周囲に意識をめぐらせればアナウンスで、猛吹雪の為飛行機が飛ばない旨が伝えられているではないか。

「えー……と。これ、冬将軍のせいなのか?」
「うん。今回はちょっと僕も気が動転しちゃって、手加減してもらうの忘れちゃったみたい」
「お前なぁ」
「おかげで僕まで寒くて仕方がないよ」

 へら、と笑ったその頬にそっと触れれば、驚くほど冷たい肌だった。そう言えば戦時中、冬将軍の寒波は敵を防ぐのと同時に味方をも巻き込む極寒のものだったと聞く。それもそのはず、この冷気ではロシアの体そのものがただ凍えるだけとなってしまうのだろう。
 けれど。

「飛行機、飛べなくなっちゃったね」
「そうだな」
「残念だったね」
「……あぁ」

 満面の笑みで嬉しそうにそう言ったロシアに、イギリスもまたこみあげてくる笑みを消す術を持たなかった。





* * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *





 とりあえず二人は元来た道を戻るような形でロシアの家へと辿り着いた。
 大雪で交通機関が麻痺しているものかと思いきや、冬将軍はあれからすぐにいなくなってしまったようで、今はもうすっかり晴れてしまっている。
 もちろん凍結したところは未だ溶ける気配はなかったが、それもじきにゆるやかになるだろう。

「それにしても冬将軍って奴は随分と気のいい奴なんだな」

 そうイギリスが言えば、とんでもないと首を振ってロシアは思いっきり否定して来た。
「今回のはたまたま気まぐれ、普段はちっとも優しくなんかないよ!」と子供のようにむくれて言ったその姿を見ていると、なんだかちょっと微笑ましい気がしないでもなかった。
 イギリスと妖精たちのように親しみのこもる友人関係とは程遠いものなのかも知れなかったが、それなりにロシアも冬将軍との付き合いは長い。人には言えないような様々な出来事を経験してきているのだろう。

「でもこうして会えたのはそいつのおかげなんだろ?」
「そうだけど。……きっと僕があんまりにもイギリス君に会いたがっていたから、同情したのかもね。昔から泣いている時だけ、ちょっと優しいところがあったから」

 そう言って形容しがたい笑みを浮べ、ロシアはぬくもりの残る室内へとイギリスを招き入れた。ペチカの暖かな炎の前でコートを脱ぎながら、相変わらず穏やかな静寂の満ちた屋敷内に、ほっと落ち着く自分がいるのを感じる。
 そう言えばここへ来ていた面々はどこへ行ってしまったのだろうか。イギリスがこの家に戻って来た時にはもう明かりは落ちていて、すでに人の気配は微塵もなかった。

「お前の姉妹やリトアニア達が来てただろ? もう帰ったのか?」
「うん。もともと約束してたわけじゃないしね。用は済んだみたい」
「そうなのか」
「イギリス君が暇だったのなら、最初から君と一緒に過ごしたかったなぁ。ほんと残念!」

 心持ち不機嫌さを滲ませて目線を落とすロシアに、そっと手を伸ばしてその背を抱き寄せてやればぐいっと強い力で抱き締め返された。大柄な体格とは裏腹の子供っぽい仕草が今のイギリスには何よりも嬉しい。
 ちゃんと会いたいと思ってくれていた。たったそれだけで、これ以上ないほど満たされてしまうのだ。難しいことはひとつもいらない、ささいなことで構わない。ありふれた小さな言葉だけでこんなにも幸せになれるのだから実にお手軽ではないか。
 まさしく念願叶ったりという奴である。

「あ、そのバラ」

 マントルピースの上に一輪挿しが置いてあり、そこにはイギリスが贈ったバラが生けられていた。妖精の魔法が効いているおかげか、朝積みした状態のまま美しく咲き誇っているのが見える。
 協力を仰いで正解だったな、と思っていれば、ロシアの呟きが耳元で聞こえた。

「リトアニアが挿しておいてくれたのかな」

 どうやら気配り上手なバルトの彼が、ロシアがテーブルに放置して行ったそれを気を利かせて活けてくれたらしい。
 さすが、一時期とはいえあのアメリカの世話を焼いた人物だ。

「一緒にいなくて良かったのか?」
「え?」
「折角来てくれてたんだろ。もっとずっといたかったんじゃないのか?」

 ロシアが今も崩壊したソビエト連邦にこだわり、元に戻りたがっていることは知っていた。この広い屋敷にバルト三国や姉妹が揃って暮らしていた頃を思い出して、寂しそうな顔をすることは珍しくなかった。
 だから時折イベントにかこつけて彼らがここへ集まることを楽しみにしていることも、勿論ちゃんと知っている。
 それはイギリスにとっても懐かしい気持ちだったから、余計に良く分かるのだった。賑やかなことは楽しい。みんなが集まれば嬉しい。その時間が少しでも長く続くことを願うのは自然なことだ。

 けれどロシアはそうは思わなかったらしい。大きく首を左右に振ると、彼は違うよ、と反論してくる。

「イギリス君以上に会いたい人なんていないよ」
「……そうなのか?」
「うん。だって僕達恋人同士でしょ? バレンタインデーを一緒に過ごしたいって思うのは当たり前じゃない。おかしなイギリス君」

 そうしてロシアはくすくすと笑うと再びぎゅうっと抱き締めて来た。ぼんやりとその広い背中に両腕を回しながら、イギリスはじわじわと伝わる柔らかなぬくもりにゆっくりと瞼を落とす。


 なんだ、あっさりしたものじゃないか。簡単すぎて笑えてくる。
 恋人同士だから一緒にいたい、そう思うのは当たり前の話。
 そうだよな、確かにその通りだ。それ以外の何ものでもない。
 あれこれ悩むことも、思いを廻らす必要もなかった。ただ一緒にいたいという気持ちがあれば、それでもう全てが丸くおさまってしまうものなのだ。


「会いたかった」

 するりと言葉が漏れれば、肩越しにロシアがめいっぱい嬉しそうに笑う気配がした。
 
「僕もだよ」
「チョコ、頑張って作ったんだ。あんまり美味しくないかもしれないけど、力作だぞ」
「ありがと」
「それからカードにも書いたけど……」
「うん」

 頷いて、ロシアがそっと頬に口吻けしながら僕も、と言葉を繋ぐ。

「Я люблю тебя!」

 あぁそうだ。この一言が聞きたかったのだ。
 不安だったわけでも心配だったわけでもない。疑ったこともない。でも諦めきっていたイギリスにとってそれは何よりも心を軽くしてくれる。
『愛してる』なんて陳腐なセリフに心ときめかせるだなんて、一体どんな乙女思考だろう。いい年をしてガキでもあるまいし……とそう思っていても嬉しいものは嬉しいんだからしょうがないじゃないか。
 えへへ、と恥ずかしげもなく無邪気に笑うロシアに顔を近づければ、彼もまたゆっくりと両目を閉ざす。

 さぁ、誓いのキスは唇に。
 Happy Happy, St. Valentine's Day!



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