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 紅茶をどうぞ
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大天使の猫
 猫を飼おう、そうはじめに言い出したのはイギリスの方だった。

 妖精たちに囲まれたイギリスの家と違って、ロシアの無駄に広いだけの屋敷にはいつも寒々しいまでの静寂が満ちている。ゆえに少しでも生き物の気配があればいいと思ったわけなのだが、いざこうやって連れて来てみると……なんともまぁ、不思議な光景が広がるものだと思う。
 図体のばかでかい威圧感ありまくりの男が、手のひらの上に小さな子猫を乗せている姿は、なんと表現すればいいのだろうか。
 日頃のロシアの態度を知る者が見れば、十中八九子猫が取って食われるんじゃないかと気を揉んでしまうに違いない。イギリスだって一瞬だがそう思ってしまったことは否定出来なかった。

 知り合いの家から貰って来た、生後一週間の正真正銘、生れたばかりのロシアンブルーである。母猫が妊娠中から里親を探していると聞いてすぐに名乗り出た。そして先週生れたばかりのところを引き取って来たのだが、当初はロシアまでどうやって運ぶのかが問題となっていた。
 動物は人間と一緒に飛行機の客室には入れない。昆虫程度ならば手荷物として持って行けるが、猫ともなれば荷物預かりになってしまうだろう。子猫をそんなところに預けるのは少々気が咎めるため、しばらくはイギリスが育ててからロシアの元に運ぶべきかと悩んでいたところ、ちょうどアメリカが自家用ジェット機で遊びに来たので乗せて貰うことにした。
 アメリカははじめ「ロシアに子猫!? それは危ないよ、かわいそうだよ! ヒーローとして俺が預かる!」と騒いでいたが、イギリスからしてみればどっちもどっちだった。この男に子猫を育てる甲斐性がないことなど育ての親として充分熟知しているつもりだ。
 それに今回はロシアに、と決めていたので申し出はすげなく却下しておく。その代わりたっぷりのスコーンをお礼として渡したのだが、微妙に顔が引きつっていたのはまぁ気のせいだろう。
 そういうわけで子猫は無事、アメリカの操縦する機によって北の大地へと運ばれたのだった。


 そして今、件の猫は大きなロシアの手の平の上で、丸まってぷるぷると震えている。自分の手の平サイズで言ったら、蜜柑ぐらいだろうか。とにかくその大きさの対比にさしものイギリスも「うぉう」とわけのわからない唸り声を上げてしまったほどだ。

「イギリス君……それで僕にどうしろと?」

 ロシアは自分の手の上の小さな毛玉に目線を落として、このまま捨てるべきかそれとも返すべきか逡巡しているように見えた。以前エイプリルフールで兎と戯れるシーンを掲載されたことがあるくらいだから、まぁまともに可愛がるなんてことは出来ない性格なのかもしれない。それにしてももっとこう、普通の対応が取れないものかと呆れてしまう。
 ちっちゃくて可愛いね、とかふわふわだね、とか、そこそこ喜んでくれるものかと思ったのだがさすがに無理があったようだ。

「なんだかラトビアみたい」
「殴るなよ!」

 いつもロシアの傍で震えていた小さな国の名前を呟かれ、不穏な気配を察してイギリスは慌てて口を挟んだ。今の子猫に一撃を喰らわせようものなら本気で洒落にならない。

「さすがにそれくらいの判別はついてるよ」

 拗ねたように唇を尖らせてから、ロシアはそっと指先で子猫の頭を撫でた。か細い鳴き声が聞こえてハラハラしていれば、「そんなに心配なら連れて帰ればいいでしょ」と言って手渡そうとして来る。

「駄目だ、この猫はお前に預けるって決めたから、お前が責任持って育てろ」
「やだよ面倒臭い。それに僕はこういうの向いてないし」
「そんなのやってみなきゃ分かんないだろ」
「自分のことだから分かるよ」

 生き物を育てるなんて真似、絶対に無理に決っている。そう呟いてロシアは子猫をローテーブルの上に置いた。小さな身体を縮こまらせて、目を閉じたまま頼りなげに鳴き続ける姿を一瞥し、すぐに顔を背けてしまった。
 イギリスは溜息をつくと冷たい大理石からそっと子猫を抱き上げて、溜息混じりにロシアへと声を掛ける。

「一人は寂しいって言ってたじゃないか」
「お茶も入れてくれない、話も出来ない猫なんて邪魔なだけだよ」
「でもあったかいぞ?」

 生きているんだから。
 触れれば温かいし、もう少し成長すれば抱き締めることだって出来る。一緒に寝ることだって可能だ。
 広大な屋敷に一人でぽつんといるくらいなら、飼い猫が一匹くらいいても別に構わないだろう。

 それに……『理由』が出来ればイギリスとしても願ったり叶ったりだ。いちいちあれこれ下らない予定を作らずとも、この猫の様子を見に来るという立派な『理由』がひとつ増えるだけで、今後の来訪が一段と楽になる。ここはなんとしてでもロシアの首を縦に振らせねばならなかった。
 すでにイギリスがこの家に持ち込んだものは数多くあるのだが、まだまだまだ足りないと思っている。もっともっと増えればいい、自分がここに来るために必要な動機が増えれば、その分ロシアとたくさん会えるようになるのだ。
 お茶や薔薇に刺繍や本など、この家に来るための準備はいつも怠らない。以前、一度だけロシアに「イギリス君はなんでうちに来るの?」と聞かれて以来、ショックのあまり意地でも用事を作るようになってしまったのだ。
 用がなければ来ては駄目なのかと、どうして言い返せなかったのか後になって悔やんでみても、その時はいっぱいいっぱいで言葉が思い浮かばなかった。恐らくロシアに他意はなかったのだろうが、二人の間に依然横たわる溝の深さを思い知った気がして随分哀しい思いもしたし、憮然ともした。
 だからどんな些細なことでも『理由』があればいいと思うようになったのだ。我ながらなんともいじましい努力ではないか……あぁ、褒めてもらいたいくらいである。

「とにかくこの猫はお前が育てろ。俺も、暇を見繕ってちょくちょく様子を見に来るからさ」
「え? 本当? ちゃんと様子見に来てくれるの?」
「あぁ。預けた以上俺にだって責任あるからな。しっかりやれよ?」
「……うん、分かった。頑張る」

 強く言えば小さく頷いてロシアはようやく了承してくれた。よし、と頷いて彼に子猫を手渡してやれば、今度は先ほどよりも慎重に手の上に乗せて、そっと引き寄せる。
 すると気配に気付いた子猫が顔を上げて、まるで相手を確認するようにぴくぴくと小刻みに痙攣する瞼をそっと開いた。

「うわぁ」
「どうした?」

 思わず上がった声に怪訝そうに問い掛ければ、ロシアはほらほらとどこか楽しげにイギリスの方へ寄って来る。

「この猫、目が翡翠色だよ」
「へぇ、珍しいな。子供の時は青い目が普通なのに。きっと大きくなったらもっと綺麗なエメラルドグリーンになるだろうな」
「そうなんだ。あー……うん、気に入ったかも」
「なんだ急に」
「だってイギリス君と同じ色だからね。大好き!」

 恥ずかしいセリフを臆面もなく言ってのけたロシアは、顔を赤らめるイギリスの隣で機嫌よく子猫を構い始めた。と言ってもまだ小さいのでそれほど動けるわけではなかったが、このままこの子がロシアに懐いてくれれば良いと思う。
 ロシアンブルーは「犬のような性格」と言われるほど、猫には珍しいくらい人に懐く種類だった。神経質な性格ではあったが慣れればかなり献身的な愛情を持つようになる。
 寒さに強くあまり鳴くこともなく、動物特有の匂いも少なく、毛並みの手入れも楽なので飼い易い猫とされているため、初心者のロシアでも問題なく育てられることだろう。本当は早い段階で親猫と離してしまうのは良くなかったが、イギリスとしてはどうせならこの子猫が、いっそロシアのことを親だと思ってしまえばいいと都合のいいインプリンティングを期待していた。
 そうすれば飽きっぽい性格のロシアも長い時間をこの猫と過ごすようになるだろうし、彼が手離さない限りはイギリスがこの家に来る立派な『理由』となるのだ。
 それに――――。

「せいぜい可愛がってやれよ?」
「そうだね。イギリス君がいない時はこの目に慰めてもらうことにする」

 そう言って笑うロシアの横顔を眺めながら、イギリスは満足そうに口の端をきゅっと吊り上げた。
 これで離れていてもきっとロシアは猫を見るたびにイギリスを思い出すだろう。忘れる暇なんてないくらいに、ずっとずっと自分のことを想えばいい。
 ロシア原産のこの猫は、近年絶滅の危機に瀕していたのをとあるイギリス人愛猫家が、自国の猫と交配させて守ってきた品種である。二人を繋ぐにはまさにもってこいの存在と言えた。


「あ、名前決めなくちゃだな」
「猫じゃ駄目なの?」
「…………」

 さすがにそれはちょっとどうかと思う。仮にも『イギリス』の身代わりであれば尚のこと。
 不満そうな顔をしてみればロシアがう~んと首を捻って考え込んだ。そしてしばらく悩んだのち、「じゃあ」と言葉を続けた。

「"アーサー" は?」
「俺の名前?」
「うん。駄目?」
「どうしてもって言うなら許可してやってもいいぞ」

 思わずいつもの癖で尊大な態度を取ってしまえば、ロシアの目が面白そうに丸くなって、そのまま瞬きを繰り返す。
 彼は楽しそうに笑いながら子猫の頭をそっと撫でて、それから「君がいつも傍にいるみたいに思えるから、君の名前が欲しいな」と言って、これ以上はないほどイギリスを喜ばせた。
 我ながら単純だったが、よし、これなら完璧に合格だろう。
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