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 紅茶をどうぞ
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開かずの扉 2
 2月14日、St. Valentine's Day.
 全ての神の女王、女神ユノの祝日。
 ヨーロッパにおいては恋人たちの愛の誓いの日とされ、仲睦まじい男女は様々な形でその日を過ごすことになっている。花やケーキ、カードなど各自贈り物を用意し互いの愛を確かめ合うのだが、近年各地で見られるチョコレートを贈る習慣は、19世紀後半のイギリスがはじまりであった。
 固形チョコレートの事をキャンディということから、バレンタインの贈り物を「キャンディボックス」ともいうようになり、定番のプレゼントとして欧州以外にも広がりを見せている。
 既製品だったり手作りだったり、ハート型だったり星型だったり、みなそれぞれ形は違うものの心を込めて恋人に愛する気持ちを届けるのを楽しみにしていた。


 そしてその火付け役たるイギリスはと言うと。
 むせかえるような甘い匂いに包まれて、何度もチャレンジしては盛大な失敗を繰り返しながら、かれこれ10時間ほどキッチンに閉じこもっていた。昼すぎからはじめてもう夜中である。
 板チョコを湯煎で溶かして型に流し入れ固める、たったそれだけのことなのにどうしてこうもうまくいかないのだろう。刺繍やガーデニングでは繊細な動きを見せる指先も、こと料理となるとまるで別人の手のような不器用さを見せるのだ。
 香りづけにと流し入れたコニャックの分量が多いのだろうか。それともウォッカを大量投入したのがまずかったのだろうか。せっかくだからとナッツを山盛りに押し込んだのもいけなかったかもしれない。
 そんなふうに試行錯誤を繰り返し、参考にしていた本がチョコまみれになってバリバリと怪しげな音を立てはじめた頃、ようやくなんとかそれらしいものが完成した。
 周囲を心配そうに飛びまわっていた妖精たちが口々に『ちょっと形は不格好だけど、でもとっても美味しそうよイギリス!』と褒めてくれたことに気を良くして、ざくざくと粉砂糖をめいっぱい振りかければ、つやつやとした焦茶色の塊が真っ白になってしまったのだが、まぁ細かい事は気にしないに限る。
 それを丁寧にラッピングして、この日の為に用意したスミレ色のシフォンのリボンをかければ、見事バレンタインデーのプレゼントの出来上がりだ。
 あとはこれを明後日、直接本人に渡すだけである。

「あいつ、受け取ってくれるかな」

 ロシアの顔を思い浮かべてぽつりと呟いてみれば、妖精たちは楽しそうに『きっと喜ぶと思うわ』と言ってくれた。
 手土産に持って行くスコーンはいつもちゃんと食べてもらえるので、いくらなんでも突っ返して来たりはしないだろうが、果たして自分と彼とが恋人同士なのだと断言していいのかいまいち理解に苦しむところだ。バレンタインデーにチョコだなんてベタなシチュエーション、引かれたらしばらく立ち直れそうにない。
 イギリスは小さく溜息をつきながらも、せっかく苦労して作った菓子が無駄になるのも嫌だったので、飾り付けた箱を丁寧にテーブルに置いて片付けをはじめた。
 ここまで来たらなるようになれ、だ。男に男が手作りチョコレートを贈るという寒々しい行為も今更といえば今更すぎる気もする。それにこうやって開き直るのは別に今に始まったことではない。もっと頭が痛くなるような行為を積み重ねてきた身としては、後悔するだけ無駄というものだ。

「あとは薔薇の花を活けて……本当は向日葵が欲しいところだが」
『ティターニア様に頼んであげましょうか?』

 独り言を聞き咎めた妖精が親切に申し出てくれるが、イギリスは首を横に振った。
 確かに妖精の女王に頼めば季節外れの花でも手に入るだろう。けれど他者からもらったものでは意味がない。好きな人への贈り物はちゃんと自分の手で育てたものでなければ……というのがイギリスの信条であった。

「いや、いい。俺がちゃんと用意出来なかったのが悪いからな。来年は温室で頑張ってみるよ」
『私たちもお手伝いするわ』

 さりげなく一年後もこの関係を続けると宣言してみれば、妖精たちは口々に楽しげな笑い声を響かせた。照れくさいが大切な友人達に祝福されるのは素直に嬉しい。
 あぁそうだ、こうなったら意地でも別れてやるもんか。来年も再来年もその先も、嫌ってほどロシアに付きまとってやると少々危ない方向に流れそうになりながら、イギリスは携帯電話を手に取ってメールの画面を開いた。
 はじめは慣れなかった操作も最近はそれなりに早く行えるようになってきた。小さなボタンをぽちぽちと親指で押して、短い文章を打ち込んでいく。

 『明日は何時に来れそうだ?』

 簡潔な一言を送信。
 するとしばらくして携帯がブルブルと振動して着信を告げる。どうやら仕事中ではなかったようだ。
 イギリスは自然と口元に笑みを浮かべながら、すぐに届いたメールを開いて見てみた。返事は……

「……『週末は行けない』!?……ってなんだそりゃ!」

 思いもかけない内容に咄嗟に大声が出てしまう。
 妖精たちがびっくりしてざわめき始めるのも気付かず、イギリスは動揺したまま慌ててメールを打ち始めた。

 『急用か? 急ぎの仕事でも入ったのか?』

 勢い込んで送信。
 しばらくしてまた着信。

 『とても忙しいから無理』

「……マジかよ」

 がくりと肩を落として深く溜息をつけば、そのまま脱力して床に膝をつきそうになってしまった。我ながら情けなさすぎるが、楽しみにしていた分思いっきり落ち込んでしまう。
 仕事なら仕方がない。自分達はのんびり遊んでいられるような身分ではないのだ。『国』として優先させなければならないことはそれこそ山のようにある。イギリスだって議会から呼び出しがあれば何を置いても駆けつけなければならないに決まっているし、忙しいシーズンは電話やメールもままならないことだってある。
 だから急に予定を変更して来たロシアのことを責められはしなかった。むしろプライベートよりも仕事を優先させたその姿を認めなければならない。
 けれど、明日は年に一度の恋人の日。1000年近く生きて来たイギリスにとっても特別な意味を持つ日だ。いかに子供じみていようとも、なかなか恋人と呼ばれる存在を作って来られなかった彼にとって、バレンタインはある種の記念日のようなものである。出来ればほんの少しの時間でもいいので会いたかった。
 落胆の表情を浮かべつつも、イギリスは駄目もとで再びメールを打ちはじめる。ロシアが予定をキャンセルしてくるくらい忙しいのは珍しいので、今回はよっぽどのことなのだろう。恐らく無理なものは無理なのだ。
 それでもほんのちょっとだけ……

 『俺がそっちに行くから、夕食くらいは一緒にとれないか?』

「…………」

 問い掛けに返事はなかった。
 10分経ち、20分経ち、1時間経っても端末はぴくりとも動かない。
 そうこうしているうちに夜はすっかり更けて深夜となっていた。
 はじめは慰めの言葉を掛け続けてくれた妖精たちも、今はそっとしておきましょうと言って消えてしまい、暗い室内にはただただ静寂が落ちるのみで、イギリスはがっかりしたまま携帯を握りしめてソファに座って重い溜息ばかりをついてしまうのだった。

 あぁ、本当についていない。
 あんなに頑張ってチョコレートも作ったと言うのに。
 それでもこのまま無駄にしてしまうのは勿体ないしなんだか癪だったので、イギリスはせめてロシアにプレゼントだけは届けようと思った。
 仕事の邪魔はしないようにこっそりポストに入れてすぐに帰ればいい。会えないのは寂しいが、自分達にはこの先嫌というほど時間はある。それこそ来年も再来年も、この先100年でも200年でもチャンスはある。一度くらいでめげるようなものでもなかった。

 それにしても、どうしてここまでロシアのことばかりを考えるようになってしまったのだろう。好きだと言うこの気持ちは一体どこまでいってしまうのだろうか。
 時折不安になってしまうのは勿論、忘れ難い過去の経緯によるものだ。アメリカの時のようにのめり込みすぎて悲惨な結末を迎えるのはもうこりごりだった。
 自分で自分の事をイギリスは執着しやすいタイプだと分かっている。周囲からもそのように思われているし、自分自身も嫌というほど実感して来た。だから相手に自分の気持ちを押しつけることはもうしないと決めた。

 きっと大丈夫、今度は間違わない。
 ―――――― きっと。




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