紅茶をどうぞ
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Ever Since 1 [ side:E ]
ぐるぐると回る世界。
まるで高いところから落ちる時のような浮遊感を感じて目を開ければ、そこには蛍光灯に照らされた白い天井しかなかった。
ぼんやりと壁紙に描かれた小さな模様を見つめながら、そっと身体中の空気を抜くように溜息をつけば、ひどい倦怠感と疲労感が一斉に襲ってくるような気がした。
何度か瞬きをして視界をなじませていれば、ふいに人の気配を感じてそちらに目線を傾ける。白衣を着た見知らぬ男 ――医療スタッフだろう―― が「あぁ、目が覚めましたか」と言って、手にしたカルテを脇に抱えた。
「倒れたのは覚えていますか?」
淡々と落とされた問い掛けに曖昧な思考で自分の行動を思い出す。……そうだ、確か自分は会議中にうっかり倒れてしまったのだった。
確認するように顔を覗き込んでくる相手に小さく頷き返せば、苦笑交じりの呆れ顔が続け様に苦言を呈する。
「ご安心下さい、身体に異常はありません。ですが一歩間違えれば厄介なことになっていましたよ。どうぞご自愛下さいますように」
「……世話になった」
声を出せば喉の奥に引っかかりを感じてそのまま咳き込んでしまう。男はすぐに水差しを取り寄せグラスに注いだ。
「身体を起こせますか?」
「あぁ」
鉛のように重い全身を手を借りながら起こし、手渡された水を一口飲む。冷たいそれが気持ちいい。
ふと開いているカーテンの隙間から外を見ればすでに夕暮れ時のようで、薄く赤みを帯びた陽光が斜めに差し込んでいるのが見えた。
たしか会議は午前中に行われていたはずだ。……ということは、今は何時だ?
ハッとしてイギリスは慌てて毛布を剥ぐと立ち上がろうとした。案の定、眩暈を感じてよろめき、昏倒しそうになった所を支えられてしまったのは最早お約束な展開だろうか。
「急に動かないように」
「す、済まない」
「本国への連絡は済んでいます。貴方が目覚めたら電話をして欲しいと頼まれました」
「そうか……」
随分な失態だ。恐らく参加国全員に迷惑を掛けてしまったに違いない。
やりきれない思いを感じながらも、いつまでもこんなところでのんびりしている時間はないとばかりに、イギリスは今度はゆっくりと床に足を付けて立ちあがった。
スーツの上着は脱がされていたが、シャツとスラックスは着用したままだったので皺になってしまっている。着替えは持って来ていないからこのままでホテルに向かわなければならず、つい重い溜息がこぼれてしまった。
「吐き気はありませんか?」
「ない」
「胸が苦しかったりしませんか?」
「大丈夫だ。もう行ってもいいか?」
問診中にもそわそわと腕時計を見遣り、ネクタイを締め直していれば苦笑を浮かべられる。
確かに会議中に倒れたのはこちらの失態だ。でももともと騒ぎ立てるほどのものでもないし、病気や怪我は『国』である自身にとってそれほど重要なものにはならない。経済が復興する兆しを見せれば自然と治癒されるものだろう。
それに今回はちょっとした"アクシデント"によるものだ。大袈裟に取り扱われるのは本意ではなかった。
「でもまぁ今回はお花畑がちらっと見えたからなぁ。これからは気を付ける」
「そうして下さい。こんなことでどうにかなられては洒落になりませんからね。表に車を回すよう伝えておきます。どうぞお大事に」
そう言って白衣の青年が運ばれていた荷物を差し出し一礼すれば、立ち上がったイギリスもまた鞄を受け取り小さく鷹揚に頷いてから、ぴんと背筋を伸ばして退室した。
廊下に出てすぐに本国に電話をかけなければと、携帯を取り出したところで ―――― ドン!と強い衝撃が背後から襲い掛かって、手にした荷物をばら撒いてしまった。
「な!? なんだ…っ!?」
そのまま背中に重みがかかり、何者かに強い力で拘束されるよう後方から抱き締められる。身体が押しつぶされてしまうほどの圧力に、抗おうと思っても身動き一つ取れなかった。ぎゅうっと骨が軋むほどのそれに、イギリスは混乱して目を白黒させる。
「離せっ! この野郎!」
肘を相手の鳩尾に叩き込もうとして防がれる。チッと舌打ちをしてじたばたと暴れていれば、すぐ耳元から嗅ぎ慣れた匂いがして息を呑んだ。
ぴたりと動きを止めてそろりと回された腕を見遣れば、よく知ったフライトジャケットの袖口が見える。
「アメリカ?」
覆いかぶさるような体勢のため振り向けないが、感じる気配や彼が愛用するトワレの香りは間違いない。
何の冗談かは知らないが、突然の来襲者はアメリカのようだ。
「おい、どうした? 何かあったのか?」
無言のままうなじにぐりぐりと額を押し付けられて、そのくすぐったさに思わず身体を震わせれば、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声で「なんでもない」と言われた。なんでもないわけないだろうと思うが、あまり怒鳴り散らすのもどうかとここはぐっと耐える。
「さっき会議途中だったからなぁ……あの後なんかあったのか? お前また無理難題吹っかけたんじゃないだろうな。まぁ、どうしてもって言うなら俺も協力してやらないこともないけどさ。ちょっと今は経済的に苦しいけど…」
何があったのかは知らないが、アメリカがこんな風に甘えて(?)来るのは珍しい。滅多にない行動にイギリスとしては心配半分嬉しさ半分といった複雑な気持ちで、とにかく今はなんとか背後の彼を宥めようと声を掛ける。
するとアメリカは何が気に入らなかったのかものすごく憮然とした口調で「煩い」と呟く。あんまりな言いようにカチンと来るが、そこは年上の意地を見せて余裕な態度を取った。そっと回される腕に手を掛けて、ぽんぽん宥めるように軽く叩きながら言う。
「なんだよ。腹でも減ってんのか?」
「違うよ」
「わけわかんねぇ」
ふぅと息をつきつつ、取り合えずこのままの体勢でいつまでもいるわけにはいかないと、イギリスはぐいぐいと身体を引き離そうと身を捩った。アメリカの馬鹿力は幼い頃から驚異的なもので、正直息苦しくてたまらない。
そもそも自分は今日、倒れて寝込み、今復活したばかりだ。少しは身体を気遣ったり出来ないものか……いくら空気を読む気がないといっても、少しくらいは心配してくれたっていいのに。そう思ってはぁ、と重く溜息をついてしまえば、それまでがっちりとホールドしていた両腕の力がふいに緩んだ。
アメリカがそろそろと顔を上げてこちらを覗き込んでくる。
「イギリス?」
「あぁ?」
「具合、まだ悪いのかい?」
期待した途端になんというサプライズ。ちょっと嬉しい、いやかなり嬉しいと思って「もう大丈夫だ」と照れながら首を振れば、憮然とした表情でアメリカが頬に触れて来て驚く。
「顔色、大分よくなったみたいだね」
「そうか? まぁここんとこすげえ寝不足だったからなぁ」
「寝不足…? それであんなふうに倒れたりするもんか!」
急に声を荒げたアメリカに、イギリスは目を丸くして「なんだよ突然」と背を仰け反らせた。
相変わらず突拍子もないというか意味不明な行動や言動を取るとは思っていたが、今日はまた随分と分からない。
「いや、マジでここんとこ忙しかったからほとんど寝てなくて……つーか、お前んとこの経済のあおりをくってんだからな!」
「…………」
「あーまぁ、その辺は置いておいてだな。とにかく移動しようぜ。いつまでもここにいたってしょうがない。メシでも食いに行くか?」
なんとなく重くなりがちな空気を払拭するように、つとめて明るくそう言えば、アメリカはしばらくむっつり黙り込んだのち完全にイギリスから離れて、廊下に落ちた荷物を拾うとはい、と渡して来た。
それからくるりと踵を返して歩き出す。首をかしげていれば「早く来なよ」と呼ばれた。慌てて横に並べば彼はほんの少しだけ機嫌を直したような顔で肩をすくめる。
「何食べたい?」
「や、お前が好きなものでいい」
「今日は特別に君の意見に合わせてあげるよ。貧弱で脆弱ですぐひっくり返っちゃうようなお年寄りは、気遣ってあげないとね!」
「な、お、お前なぁ!」
言うに事欠いてそれか!?と怒鳴れば、それでこそ君だよね、と笑ってアメリカは先を急ぐように手を引いた。
やっぱり今日の彼はなんだかいつもと雰囲気が違う気がする。けれど今は問い詰める以上に彼と食事に行くことの方が楽しいし、優先順位的にも上だと思ったイギリスは、口元に笑みを浮かべて繋がれた手を払うことなく足を速めた。
まるで高いところから落ちる時のような浮遊感を感じて目を開ければ、そこには蛍光灯に照らされた白い天井しかなかった。
ぼんやりと壁紙に描かれた小さな模様を見つめながら、そっと身体中の空気を抜くように溜息をつけば、ひどい倦怠感と疲労感が一斉に襲ってくるような気がした。
何度か瞬きをして視界をなじませていれば、ふいに人の気配を感じてそちらに目線を傾ける。白衣を着た見知らぬ男 ――医療スタッフだろう―― が「あぁ、目が覚めましたか」と言って、手にしたカルテを脇に抱えた。
「倒れたのは覚えていますか?」
淡々と落とされた問い掛けに曖昧な思考で自分の行動を思い出す。……そうだ、確か自分は会議中にうっかり倒れてしまったのだった。
確認するように顔を覗き込んでくる相手に小さく頷き返せば、苦笑交じりの呆れ顔が続け様に苦言を呈する。
「ご安心下さい、身体に異常はありません。ですが一歩間違えれば厄介なことになっていましたよ。どうぞご自愛下さいますように」
「……世話になった」
声を出せば喉の奥に引っかかりを感じてそのまま咳き込んでしまう。男はすぐに水差しを取り寄せグラスに注いだ。
「身体を起こせますか?」
「あぁ」
鉛のように重い全身を手を借りながら起こし、手渡された水を一口飲む。冷たいそれが気持ちいい。
ふと開いているカーテンの隙間から外を見ればすでに夕暮れ時のようで、薄く赤みを帯びた陽光が斜めに差し込んでいるのが見えた。
たしか会議は午前中に行われていたはずだ。……ということは、今は何時だ?
ハッとしてイギリスは慌てて毛布を剥ぐと立ち上がろうとした。案の定、眩暈を感じてよろめき、昏倒しそうになった所を支えられてしまったのは最早お約束な展開だろうか。
「急に動かないように」
「す、済まない」
「本国への連絡は済んでいます。貴方が目覚めたら電話をして欲しいと頼まれました」
「そうか……」
随分な失態だ。恐らく参加国全員に迷惑を掛けてしまったに違いない。
やりきれない思いを感じながらも、いつまでもこんなところでのんびりしている時間はないとばかりに、イギリスは今度はゆっくりと床に足を付けて立ちあがった。
スーツの上着は脱がされていたが、シャツとスラックスは着用したままだったので皺になってしまっている。着替えは持って来ていないからこのままでホテルに向かわなければならず、つい重い溜息がこぼれてしまった。
「吐き気はありませんか?」
「ない」
「胸が苦しかったりしませんか?」
「大丈夫だ。もう行ってもいいか?」
問診中にもそわそわと腕時計を見遣り、ネクタイを締め直していれば苦笑を浮かべられる。
確かに会議中に倒れたのはこちらの失態だ。でももともと騒ぎ立てるほどのものでもないし、病気や怪我は『国』である自身にとってそれほど重要なものにはならない。経済が復興する兆しを見せれば自然と治癒されるものだろう。
それに今回はちょっとした"アクシデント"によるものだ。大袈裟に取り扱われるのは本意ではなかった。
「でもまぁ今回はお花畑がちらっと見えたからなぁ。これからは気を付ける」
「そうして下さい。こんなことでどうにかなられては洒落になりませんからね。表に車を回すよう伝えておきます。どうぞお大事に」
そう言って白衣の青年が運ばれていた荷物を差し出し一礼すれば、立ち上がったイギリスもまた鞄を受け取り小さく鷹揚に頷いてから、ぴんと背筋を伸ばして退室した。
廊下に出てすぐに本国に電話をかけなければと、携帯を取り出したところで ―――― ドン!と強い衝撃が背後から襲い掛かって、手にした荷物をばら撒いてしまった。
「な!? なんだ…っ!?」
そのまま背中に重みがかかり、何者かに強い力で拘束されるよう後方から抱き締められる。身体が押しつぶされてしまうほどの圧力に、抗おうと思っても身動き一つ取れなかった。ぎゅうっと骨が軋むほどのそれに、イギリスは混乱して目を白黒させる。
「離せっ! この野郎!」
肘を相手の鳩尾に叩き込もうとして防がれる。チッと舌打ちをしてじたばたと暴れていれば、すぐ耳元から嗅ぎ慣れた匂いがして息を呑んだ。
ぴたりと動きを止めてそろりと回された腕を見遣れば、よく知ったフライトジャケットの袖口が見える。
「アメリカ?」
覆いかぶさるような体勢のため振り向けないが、感じる気配や彼が愛用するトワレの香りは間違いない。
何の冗談かは知らないが、突然の来襲者はアメリカのようだ。
「おい、どうした? 何かあったのか?」
無言のままうなじにぐりぐりと額を押し付けられて、そのくすぐったさに思わず身体を震わせれば、聞こえるか聞こえないか分からないくらいの小さな声で「なんでもない」と言われた。なんでもないわけないだろうと思うが、あまり怒鳴り散らすのもどうかとここはぐっと耐える。
「さっき会議途中だったからなぁ……あの後なんかあったのか? お前また無理難題吹っかけたんじゃないだろうな。まぁ、どうしてもって言うなら俺も協力してやらないこともないけどさ。ちょっと今は経済的に苦しいけど…」
何があったのかは知らないが、アメリカがこんな風に甘えて(?)来るのは珍しい。滅多にない行動にイギリスとしては心配半分嬉しさ半分といった複雑な気持ちで、とにかく今はなんとか背後の彼を宥めようと声を掛ける。
するとアメリカは何が気に入らなかったのかものすごく憮然とした口調で「煩い」と呟く。あんまりな言いようにカチンと来るが、そこは年上の意地を見せて余裕な態度を取った。そっと回される腕に手を掛けて、ぽんぽん宥めるように軽く叩きながら言う。
「なんだよ。腹でも減ってんのか?」
「違うよ」
「わけわかんねぇ」
ふぅと息をつきつつ、取り合えずこのままの体勢でいつまでもいるわけにはいかないと、イギリスはぐいぐいと身体を引き離そうと身を捩った。アメリカの馬鹿力は幼い頃から驚異的なもので、正直息苦しくてたまらない。
そもそも自分は今日、倒れて寝込み、今復活したばかりだ。少しは身体を気遣ったり出来ないものか……いくら空気を読む気がないといっても、少しくらいは心配してくれたっていいのに。そう思ってはぁ、と重く溜息をついてしまえば、それまでがっちりとホールドしていた両腕の力がふいに緩んだ。
アメリカがそろそろと顔を上げてこちらを覗き込んでくる。
「イギリス?」
「あぁ?」
「具合、まだ悪いのかい?」
期待した途端になんというサプライズ。ちょっと嬉しい、いやかなり嬉しいと思って「もう大丈夫だ」と照れながら首を振れば、憮然とした表情でアメリカが頬に触れて来て驚く。
「顔色、大分よくなったみたいだね」
「そうか? まぁここんとこすげえ寝不足だったからなぁ」
「寝不足…? それであんなふうに倒れたりするもんか!」
急に声を荒げたアメリカに、イギリスは目を丸くして「なんだよ突然」と背を仰け反らせた。
相変わらず突拍子もないというか意味不明な行動や言動を取るとは思っていたが、今日はまた随分と分からない。
「いや、マジでここんとこ忙しかったからほとんど寝てなくて……つーか、お前んとこの経済のあおりをくってんだからな!」
「…………」
「あーまぁ、その辺は置いておいてだな。とにかく移動しようぜ。いつまでもここにいたってしょうがない。メシでも食いに行くか?」
なんとなく重くなりがちな空気を払拭するように、つとめて明るくそう言えば、アメリカはしばらくむっつり黙り込んだのち完全にイギリスから離れて、廊下に落ちた荷物を拾うとはい、と渡して来た。
それからくるりと踵を返して歩き出す。首をかしげていれば「早く来なよ」と呼ばれた。慌てて横に並べば彼はほんの少しだけ機嫌を直したような顔で肩をすくめる。
「何食べたい?」
「や、お前が好きなものでいい」
「今日は特別に君の意見に合わせてあげるよ。貧弱で脆弱ですぐひっくり返っちゃうようなお年寄りは、気遣ってあげないとね!」
「な、お、お前なぁ!」
言うに事欠いてそれか!?と怒鳴れば、それでこそ君だよね、と笑ってアメリカは先を急ぐように手を引いた。
やっぱり今日の彼はなんだかいつもと雰囲気が違う気がする。けれど今は問い詰める以上に彼と食事に行くことの方が楽しいし、優先順位的にも上だと思ったイギリスは、口元に笑みを浮かべて繋がれた手を払うことなく足を速めた。
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