紅茶をどうぞ
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Ever Since 1 [ side:A ]
It is always darkest just before the day dawns.
夜 まさに明けなんとし ―――― ますます暗し
最近イギリスはよく咳をする。
経済が低迷中の今、どこの国も風邪気味なのは珍しくなかったけれど、それにしても随分長続きすると思った。
そんなに酷いものではなく、いわゆる空咳なのであまり苦しそうではない。けれど数十分に一度、思い出したようにコンコンと咳をする音が響いて、嫌でも気になってしまうのだ。
「喉飴いるか?」
隣の席のフランスが小声で話し掛けて、ポケットからキャンデーの包みを取り出す。イギリスは特に何も言わずにそれを受け取り、セロファンをくるりと回して中身を取り出すと口に入れた。
そして再び書類に目を落とし、小さく咳払いをする。
机越しにその遣り取りを眺めやりながら、アメリカはぼんやりと『随分と今日は顔色が悪いなぁ』と思った。
普段からイギリスは忙しく、適度に息を抜いているものの今の時期は少々ワーカホリック気味だろう。だらしない時はとことんだらしないくせに、根を詰めるとどこまでも深みに嵌ってしまう性格は、いつまで経っても変らないようだ。もう若くはないんだから無理しなければいいのにと思うが、そんなことを言おうものなら十倍の勢いで返って来るのが目に見えているので、ここ最近はKYなアメリカも空気を読む事にしていた。
あくまで怒鳴り合うことでこれ以上体力を消耗されては困るから、ということにしておいて欲しい。
そんなことをつらつらと考えていれば、急にイギリスの眉がぎゅっとひそめられた。特徴的なそれが中央に寄せられ、眉間に思い切り皺が刻まれる。
怪訝そうに見守っていれば彼の緑色の瞳は大きく見開かれ、続いて固く閉ざされた。その瞬間感じたのは違和感。
「イギリス?」
フランスが声を掛けたのと同時だっただろうか。
イギリスは一瞬大袈裟なほど震えてから、背を丸めて口元に手を当てた。そして椅子を引いて床に膝をつく。
そのままガタン!と大きな音と共に彼の体が机の下に倒れこめば、慌てて立ち上がったアメリカをはじめG7各国の視線が一斉にそちらを向いた。
「イギリス! おい!」
フランスがしゃがみこんでうずくまる背中に手を当てる。すぐにテーブルを回って駆け寄れば、硬い大理石の床に倒れ伏すイギリスの身体が見えた。
「イギリス、大丈夫かい!?」
フランスとは逆側から手を伸ばしてそっと肩を揺さぶれば、何が起きたのか分からないと言った眼差しでイギリスが見つめ返してくる。自身に起きた状況がうまく飲み込めていないのだろうか。
蒼白な頬には血の気がなく、頭を床に押し付けた状態でただ困惑気な表情を浮かべる彼の目は酷く濁って見えた。薄い唇が色をなくしていて、まるで何時間も雪の中にいたかのようである。
「イギリス?」
「動かさないで! 脳震盪を起こしているかもしれません」
傍に寄って来た日本が鋭くそう言ってすかさず携帯電話を取り出した。恐らく救護室に連絡を取っているのだろう、早口で指示を出すその顔には緊張の色が濃く浮いている。
フランスがおろおろと様子を窺うイタリアに向かって「水持って来い!」と言えば、その隣にいたカナダが部屋の隅に置かれた水差しとグラスを取りに向かった。すぐに冷たい水が運ばれてくる。
「ゆっくり起こせ」
言われた通り、アメリカがそっとイギリスの上半身を持ち上げれば、彼は虚ろな眼差しをゆらりと揺らして色のない唇を少しだけ開いた。物言いたげにひゅーと呼吸の漏れる音がしたが、それは言葉にはならず空中に霧散してしまう。
水の入ったグラスを押し当てても反応はなく、そのまま意識を手離してしまいそうだった。こんなイギリス、今まで見たことがない。
力なく垂れた手にそっと触れれば指先まで冷えていて、いつもたわむれに自分の髪を撫でてくれるそれとはまったく違って感じられた。
「イギリス……」
水を飲ませてやればほんの少しだけ楽になったのか、その表情がわずかに和らぐ。それでも自力で起き上がることは出来ないのか、ぐったりとアメリカの腕に身体を預けたまま彼は何も言わなかった。
そのうち日本が呼んだ医療チームが現われて、イギリスは問答無用で担架で運ばれて行く。思わずその後を追い駆けるように腰を浮かせれば、フランスに肩を叩かれて戸惑ってしまった。
何故止められなければならないのか。自分は彼の一番近くにいなければならない存在なのに!
けれど日本やドイツも後を追うことを良しとしないのか、無言で首を左右に振って見せた。なんだろう、ひどく居心地が悪くてたまらない。
「君たち、イギリスのことが心配じゃないのかい!?」
「だからこそ今は安静にしておくんだろうが」
「でもフランス……!」
「アメリカ。お前が行っても邪魔なだけだ」
ドイツが冷静な声で割って入り、沸騰しかけたアメリカの脳裏を落ち着かせてゆく。イタリアが今にも泣きそうな顔をしながら「イギリス、大丈夫かなぁ」と不安な声を上げれば、その場に落ちたのは重苦しい沈黙だけだった。
アメリカは小さく舌打ちをし、聞き咎める者のいない室内に苛立ってつい床に足を打ちつけてしまえば、カンと革靴の底が甲高い音を立てる。それがやけに大きく響いた気がした。
「とにかく今日の会議は中止しよう。イギリスがいなければこれ以上話は進められないからな」
ドイツの言葉に日本とフランスが頷き、イタリアもかくかくと何度も首を上下に振る。
そうして急な展開にも慌てず騒がず、それぞれがそれぞれの荷物をまとめて会議室を後にする頃、アメリカは自分ひとりだけが取り残されたような気持ちのままその場に佇んでいた。
なんだろう、心にぽかりと穴が開いたようなこの気分は。
それと同時に感じるのは、水面に一滴だけ墨を落としたかのような些細で奇妙なざわめき。―――― これは焦燥感?
「アメリカ、大丈夫? あとでイギリスさんの所に行ってみよう?」
退出していなかったのかカナダが控えめに声を掛けて来る。それに対し曖昧に応じながら、アメリカは自分の鼓動がどくどくと脳裏に木霊するのを感じた。たまらなく煩く感じられて仕方がない。
ちりちりと火の粉に焼かれるような微量の痛みが鬱陶しかった。
「アメリカ?」
「イギリスはいつもそうだ」
「え?」
ぽつりと漏らした言葉に怪訝そうにカナダが眉を寄せる。
この会議に出席した国の中で、EU組はそれぞれの経済状態をお互いに把握しあっているのでイギリスの体調が悪いことは知っていただろう。日本も株式市場の動きに常に目を光らせているのでおおよその動向は掴んでいたはずだ。むろんカナダも違いはない。
誰もがイギリスの顔色がこのところずっと悪いことを知っていた。だから仕事をし続けているのを見兼ねて、時々「倒れる前に休んだ方がいい」という言葉を投げかけていたことも知っている。
そうだ、先進国の誰もがずっとずっと前から気付いていて、けれどプライベートに口出しは出来ないため一定の距離を取っていたに違いない。
だがアメリカは違う。
どこよりも、誰よりも彼の近くにいた。
いつだってイギリスを一番近くで見ていた。
それなのに。
「いつも何も言わない。痛いなら痛いって言えばいいのに。辛いなら今日は早く寝たいって言えばいいのに。具合が悪いなら出掛けたくないって言えばいいのに」
心配掛けたくない。弱音は吐きたくない。
迷惑に思われたくない。嫌われたくない。
イギリスがそう思ってアメリカには何も言わないことくらい気付いている。いくらなんでもこれだけ近くにいて分からないはずがなかった。
そしてそれが彼の自分に対する愛情の形なのだということも、幼い頃から嫌というほど知っているのだ。
あぁそうだ、実に涙が出るほど麗しい愛情の形ではないか。これ以上はないほどの限りない愛の姿!
「俺って愛されてるなぁ。とても嬉しいよ。嬉しくて嬉しくて涙が出るね、本当に」
これじゃあまるで一方通行だ。片思いだ。
彼が自分に、自分が彼に。永遠に交わることのないベクトルをただ向け合っているだけに過ぎないのだ。
倒れるほど酷くなるまで無理をするくらいなら、一言でもいいから『疲れた』と言って欲しいだけなのに、昔からうまくいかない。
「ねぇカナダ。俺、どうしたらいいと思う? イギリスはきっと俺が心配することを一番嫌がると思うんだ。だから俺は心配しないことにしているんだけど、じゃあどうすればいいと思う? 倒れた彼のところに行って『やぁ相変わらず貧弱だね。本当に君はどうしようもないな。世界中に迷惑掛けないでくれよ』ってそう言えばいいのかな」
「アメリカ……」
「『同盟国である君がそんな体たらくだと俺も困るんだよね。こんなところで倒れてないでさっさと仕事してくれないかな』って言えば、彼、また死に物狂いで仕事するのかな。俺、そんなこと一欠片だって思ったことないのに」
アメリカはそう言いながら窓際に歩み寄って、夕暮れにはまだ早い外を見つめながら、こういう時はきっとタバコを吸えば気持ちが落ち着くのかもしれないと思った。あいにく好んで持ち歩くことはなかったが。
そう言えばここ最近のイギリスからは葉巻の匂いがしていたことを思い出した。酒に弱い彼にとって、昔から煙草や葉巻はストレス発散、精神安定に効果的だったのだろう。そしてそのほのかな煙の残り香は、年若いアメリカとって酷く大人びた匂いに感じられてならなかった。
抱き締められた時、彼の胸に顔をうずめればほのかに鼻腔をくすぐるその記憶が、つい先ほど倒れこんだイギリスの白い顔と重なってなんとも言えない感情を疼かせる。
「イギリスー…」
窓の外の空は青い。
その青さと今の自分の瞳の色は同じだろうかと思って、アメリカはちいさく溜息をついた。
夜 まさに明けなんとし ―――― ますます暗し
最近イギリスはよく咳をする。
経済が低迷中の今、どこの国も風邪気味なのは珍しくなかったけれど、それにしても随分長続きすると思った。
そんなに酷いものではなく、いわゆる空咳なのであまり苦しそうではない。けれど数十分に一度、思い出したようにコンコンと咳をする音が響いて、嫌でも気になってしまうのだ。
「喉飴いるか?」
隣の席のフランスが小声で話し掛けて、ポケットからキャンデーの包みを取り出す。イギリスは特に何も言わずにそれを受け取り、セロファンをくるりと回して中身を取り出すと口に入れた。
そして再び書類に目を落とし、小さく咳払いをする。
机越しにその遣り取りを眺めやりながら、アメリカはぼんやりと『随分と今日は顔色が悪いなぁ』と思った。
普段からイギリスは忙しく、適度に息を抜いているものの今の時期は少々ワーカホリック気味だろう。だらしない時はとことんだらしないくせに、根を詰めるとどこまでも深みに嵌ってしまう性格は、いつまで経っても変らないようだ。もう若くはないんだから無理しなければいいのにと思うが、そんなことを言おうものなら十倍の勢いで返って来るのが目に見えているので、ここ最近はKYなアメリカも空気を読む事にしていた。
あくまで怒鳴り合うことでこれ以上体力を消耗されては困るから、ということにしておいて欲しい。
そんなことをつらつらと考えていれば、急にイギリスの眉がぎゅっとひそめられた。特徴的なそれが中央に寄せられ、眉間に思い切り皺が刻まれる。
怪訝そうに見守っていれば彼の緑色の瞳は大きく見開かれ、続いて固く閉ざされた。その瞬間感じたのは違和感。
「イギリス?」
フランスが声を掛けたのと同時だっただろうか。
イギリスは一瞬大袈裟なほど震えてから、背を丸めて口元に手を当てた。そして椅子を引いて床に膝をつく。
そのままガタン!と大きな音と共に彼の体が机の下に倒れこめば、慌てて立ち上がったアメリカをはじめG7各国の視線が一斉にそちらを向いた。
「イギリス! おい!」
フランスがしゃがみこんでうずくまる背中に手を当てる。すぐにテーブルを回って駆け寄れば、硬い大理石の床に倒れ伏すイギリスの身体が見えた。
「イギリス、大丈夫かい!?」
フランスとは逆側から手を伸ばしてそっと肩を揺さぶれば、何が起きたのか分からないと言った眼差しでイギリスが見つめ返してくる。自身に起きた状況がうまく飲み込めていないのだろうか。
蒼白な頬には血の気がなく、頭を床に押し付けた状態でただ困惑気な表情を浮かべる彼の目は酷く濁って見えた。薄い唇が色をなくしていて、まるで何時間も雪の中にいたかのようである。
「イギリス?」
「動かさないで! 脳震盪を起こしているかもしれません」
傍に寄って来た日本が鋭くそう言ってすかさず携帯電話を取り出した。恐らく救護室に連絡を取っているのだろう、早口で指示を出すその顔には緊張の色が濃く浮いている。
フランスがおろおろと様子を窺うイタリアに向かって「水持って来い!」と言えば、その隣にいたカナダが部屋の隅に置かれた水差しとグラスを取りに向かった。すぐに冷たい水が運ばれてくる。
「ゆっくり起こせ」
言われた通り、アメリカがそっとイギリスの上半身を持ち上げれば、彼は虚ろな眼差しをゆらりと揺らして色のない唇を少しだけ開いた。物言いたげにひゅーと呼吸の漏れる音がしたが、それは言葉にはならず空中に霧散してしまう。
水の入ったグラスを押し当てても反応はなく、そのまま意識を手離してしまいそうだった。こんなイギリス、今まで見たことがない。
力なく垂れた手にそっと触れれば指先まで冷えていて、いつもたわむれに自分の髪を撫でてくれるそれとはまったく違って感じられた。
「イギリス……」
水を飲ませてやればほんの少しだけ楽になったのか、その表情がわずかに和らぐ。それでも自力で起き上がることは出来ないのか、ぐったりとアメリカの腕に身体を預けたまま彼は何も言わなかった。
そのうち日本が呼んだ医療チームが現われて、イギリスは問答無用で担架で運ばれて行く。思わずその後を追い駆けるように腰を浮かせれば、フランスに肩を叩かれて戸惑ってしまった。
何故止められなければならないのか。自分は彼の一番近くにいなければならない存在なのに!
けれど日本やドイツも後を追うことを良しとしないのか、無言で首を左右に振って見せた。なんだろう、ひどく居心地が悪くてたまらない。
「君たち、イギリスのことが心配じゃないのかい!?」
「だからこそ今は安静にしておくんだろうが」
「でもフランス……!」
「アメリカ。お前が行っても邪魔なだけだ」
ドイツが冷静な声で割って入り、沸騰しかけたアメリカの脳裏を落ち着かせてゆく。イタリアが今にも泣きそうな顔をしながら「イギリス、大丈夫かなぁ」と不安な声を上げれば、その場に落ちたのは重苦しい沈黙だけだった。
アメリカは小さく舌打ちをし、聞き咎める者のいない室内に苛立ってつい床に足を打ちつけてしまえば、カンと革靴の底が甲高い音を立てる。それがやけに大きく響いた気がした。
「とにかく今日の会議は中止しよう。イギリスがいなければこれ以上話は進められないからな」
ドイツの言葉に日本とフランスが頷き、イタリアもかくかくと何度も首を上下に振る。
そうして急な展開にも慌てず騒がず、それぞれがそれぞれの荷物をまとめて会議室を後にする頃、アメリカは自分ひとりだけが取り残されたような気持ちのままその場に佇んでいた。
なんだろう、心にぽかりと穴が開いたようなこの気分は。
それと同時に感じるのは、水面に一滴だけ墨を落としたかのような些細で奇妙なざわめき。―――― これは焦燥感?
「アメリカ、大丈夫? あとでイギリスさんの所に行ってみよう?」
退出していなかったのかカナダが控えめに声を掛けて来る。それに対し曖昧に応じながら、アメリカは自分の鼓動がどくどくと脳裏に木霊するのを感じた。たまらなく煩く感じられて仕方がない。
ちりちりと火の粉に焼かれるような微量の痛みが鬱陶しかった。
「アメリカ?」
「イギリスはいつもそうだ」
「え?」
ぽつりと漏らした言葉に怪訝そうにカナダが眉を寄せる。
この会議に出席した国の中で、EU組はそれぞれの経済状態をお互いに把握しあっているのでイギリスの体調が悪いことは知っていただろう。日本も株式市場の動きに常に目を光らせているのでおおよその動向は掴んでいたはずだ。むろんカナダも違いはない。
誰もがイギリスの顔色がこのところずっと悪いことを知っていた。だから仕事をし続けているのを見兼ねて、時々「倒れる前に休んだ方がいい」という言葉を投げかけていたことも知っている。
そうだ、先進国の誰もがずっとずっと前から気付いていて、けれどプライベートに口出しは出来ないため一定の距離を取っていたに違いない。
だがアメリカは違う。
どこよりも、誰よりも彼の近くにいた。
いつだってイギリスを一番近くで見ていた。
それなのに。
「いつも何も言わない。痛いなら痛いって言えばいいのに。辛いなら今日は早く寝たいって言えばいいのに。具合が悪いなら出掛けたくないって言えばいいのに」
心配掛けたくない。弱音は吐きたくない。
迷惑に思われたくない。嫌われたくない。
イギリスがそう思ってアメリカには何も言わないことくらい気付いている。いくらなんでもこれだけ近くにいて分からないはずがなかった。
そしてそれが彼の自分に対する愛情の形なのだということも、幼い頃から嫌というほど知っているのだ。
あぁそうだ、実に涙が出るほど麗しい愛情の形ではないか。これ以上はないほどの限りない愛の姿!
「俺って愛されてるなぁ。とても嬉しいよ。嬉しくて嬉しくて涙が出るね、本当に」
これじゃあまるで一方通行だ。片思いだ。
彼が自分に、自分が彼に。永遠に交わることのないベクトルをただ向け合っているだけに過ぎないのだ。
倒れるほど酷くなるまで無理をするくらいなら、一言でもいいから『疲れた』と言って欲しいだけなのに、昔からうまくいかない。
「ねぇカナダ。俺、どうしたらいいと思う? イギリスはきっと俺が心配することを一番嫌がると思うんだ。だから俺は心配しないことにしているんだけど、じゃあどうすればいいと思う? 倒れた彼のところに行って『やぁ相変わらず貧弱だね。本当に君はどうしようもないな。世界中に迷惑掛けないでくれよ』ってそう言えばいいのかな」
「アメリカ……」
「『同盟国である君がそんな体たらくだと俺も困るんだよね。こんなところで倒れてないでさっさと仕事してくれないかな』って言えば、彼、また死に物狂いで仕事するのかな。俺、そんなこと一欠片だって思ったことないのに」
アメリカはそう言いながら窓際に歩み寄って、夕暮れにはまだ早い外を見つめながら、こういう時はきっとタバコを吸えば気持ちが落ち着くのかもしれないと思った。あいにく好んで持ち歩くことはなかったが。
そう言えばここ最近のイギリスからは葉巻の匂いがしていたことを思い出した。酒に弱い彼にとって、昔から煙草や葉巻はストレス発散、精神安定に効果的だったのだろう。そしてそのほのかな煙の残り香は、年若いアメリカとって酷く大人びた匂いに感じられてならなかった。
抱き締められた時、彼の胸に顔をうずめればほのかに鼻腔をくすぐるその記憶が、つい先ほど倒れこんだイギリスの白い顔と重なってなんとも言えない感情を疼かせる。
「イギリスー…」
窓の外の空は青い。
その青さと今の自分の瞳の色は同じだろうかと思って、アメリカはちいさく溜息をついた。
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