忍者ブログ
 紅茶をどうぞ
[PR]
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

「薔薇」続き 『写真』 後編
『それに』

 それに。

『僕は貪欲だから、たぶんいつかイギリス君を』

 手離したくないって思う日が来るに違いない。

『ほんと、僕も弱くなっちゃったよねぇ。相手のことを考えるなんて、ぜんぜんちっとも僕らしくないのに』

 でも、好きなんだよ。
 それくらい、大好き。





< in Japan - England >

 雨が降っている。
 しとしと軒先から伝う雨音が静かな室内に響き渡り、向かい合わせで座っている自分達の間に落ちた沈黙すら心地良いものに変えていった。

 イギリスが今日、日本の自宅を訪れたのはちょっとした会議で来日していたためだ。良かったらお夕食でもご一緒に、の言葉に甘えてこうして彼の家に来たものの、手土産一つ持ってこなかったので決まりの悪い思いをしていた。
 けれどそんなことを気にするような日本ではない。徐々に強くなる雨脚に二人して玄関先に駆け込めば、彼は穏やかな笑みを浮かべたまま心のそこからイギリスの来訪を喜ぶように、黒塗りの瞳をゆるく細めて自らの住処へと招き入れてくれたのだった。

「温かい物をお持ちしましょう」

 そう言って彼が淹れてくれたのは以前イギリスが好きだと言った宇治茶だった。京都に旅行した先で出されたそれが気に入って、一度だけ日本に買い物を頼んだことがある。
 口添えをしてもらったお陰で、それ以来イギリス自らが個人輸入をさせてもらっているのだが、後から本当は海外発送は行っていないと知って実に恐縮した覚えがあった。

「そう言えば先週はロシアがこっちに来たんだろ? あいつ相変わらずアポなしだったんだろうな。アメリカともども困った奴らだよまったく」

 出された緑茶をゆっくりと味わいながらそう言えば、日本が小さく苦笑を浮かべながらも控えめに目線を落として頷く。
 
「そうだ、日本。お前がロシアに渡したカメラ! あれすげぇ使いやすいな。手振れ防止機能だっけ? 便利だよなぁ」

 ぴくり、と日本の肩が小さく震えた気がしたが、すぐになんでもないように穏やかな笑みを浮かべる彼に、イギリスは続けて言った。

「結構使ってる。ほら、この間旅行した時も記念写真いっぱい撮って来たし」
「……イギリスさんは写真、お好きなんですか?」
「好きって言うか、記念に残るのっていいよな。後で見返してその時の思い出語り合えたら楽しいと思う。……ってそうだ、聞いてくれよ日本!」

 話しながら急に先日憤ったことを思い出して、思わずイギリスは声を荒げた。
 慌てて口元を押さえてコホンと咳払いすると、目を丸くしていた日本がくすっと笑ってどうぞ、と新しいお茶を淹れてくれる。
 それを一口飲んでから、イギリスは少しだけ憮然とした表情を浮かべたままロシアが、と言葉を紡いだ。

「あいつ俺んちから写真全部持って行きやがったんだ。ネガごとだ、信じらんねぇ。一枚くらいくれたっていいじゃないか。せっかく二人で撮ったのに」
「一枚も残っていないんですか?」
「根こそぎやられた。いつもそうなんだ。あの馬鹿、俺との写真全部独り占めしやがる。くそぅ、俺だって欲しいのにさ」

 咄嗟に舌打ちが出そうになって、日本の前ではしたないと気付きなんとかこらえる。それでも内面の苛立ちが表に出てしまったのか、日本はどこか困惑したような……いや、違う。

 切ないような、哀しい、顔? ―――― どうして?

 イギリスが戸惑っていると、気付いた日本がふっと表情を和らげてにこりと笑いかけてきた。

「たくさん撮られているんですね。良かったじゃないですか」
「あぁ。でもあいつ、あんなに大量の写真、ちゃんと整理出来てんのかなぁ。案外いい加減な奴だから箱に入れっぱなしにしてそうだ」
「…………」
「よし、今度行ったら片付けてやろう」

 そんなふうに言ってから、ちょっとお節介かな、と思い直す。アメリカにもあれだけ文句を付けられているというのに、自分のこういう性格は本当に昔から変らないらしい。
 もしもロシアにまで「鬱陶しいよ」と言われたら無茶苦茶ショックを受けるだろうな、と勝手な想像で自ら傷ついていれば、日本が手にした茶碗を震わせ、珍しくカタリと無作法な音を立てる。
 違和感を感じて怪訝そうに首を傾げれば、彼は流麗な眉をひそめて苦しそうに胸元に手を当てた。

「日本?」
「……燃やしてましたよ」
「え?」
「燃やしていました。たくさんの写真、全部。全部火にくべて、灰にしてしまいました」

 そう言って日本はぎゅっと目を閉ざして唇を噛み締める。俯いたその顔は青褪めていて、しかも話の内容があまりに突飛過ぎて、驚いたままイギリスは思わず大声を出してしまった。

「はぁ!? なんだそれ!!」
「先日……ロシアさんがいらして、沢山の写真を持って来たのです。ちょうど不要なものを処分するのに私が焚き火をしていましたら、次々と火に投げ入れていって……」
「全部燃やしたって言うのか?」
「はい」

 日本は出すぎた真似をしたと詫びるように逡巡しながらも、イギリスの心情を慮るような眼差しで小さく済みません、と謝る。確かにこんなふうにプライベートに口出しするのは彼らしくない行為だろう。
 それでも言わずにはいられなかったということだろうか。そうだろう、気持ちは分かる。

 自分とロシアはここ最近、決してオープンな関係ではなかったが知る人ぞ知る「恋人関係」を満喫していた。親しい日本をはじめアメリカやフランスもそのことは知っていて、文句半分からかい半分ながらもそれなりに祝福されていた。
 とくに日本は昔からあれこれと心配りをしてくれて、素直になれないイギリスの相談相手になってくれている。ロシアと付き合いを始める前もそうだ、最初に背中を押してくれたのは彼の一言だった。
 そんな日本だからこそ、ロシアとイギリスの動向を誰より心配してくれるのだろう。

 写真を燃やす。
 ロシアのその行動を目の当たりにして相当驚いたに違いない。日本はイギリスがそういった『思い出』や『過去』を大事にする性格だと知っているし、事実イギリスは何百年も前の手紙の数々もきちんと取って置いてある。もちろん写真の類もちゃんと綺麗にアルバムに整理してあった。
 ロシアと写したものも手元にあれば大事にしまうつもりでいた。
 ―――― けれど。

 イギリスは高鳴る動悸を抑えるように一度だけ大きく深呼吸すると、不安そうな日本を宥めるように頷き返し、静かに口を開いた。

「撮ろうって最初に言い出したのはあいつだ。俺は……はじめは恥ずかしくて気乗りしなくてさ。でも、二人の思い出を集めていくのも悪くないかなって思って……家の中はもちろんのこと、出掛けた先でもよく撮ってるんだ」
「でも全て持って行かれてしまったんですね」
「あぁ。俺はあいつは『形』が欲しいんだと思っていた。ロシアは俺と同じで人の好意に凄く疎い。どんなに近づいても決して相手を信じようとしない。でも写真を撮ることで俺との付き合いをちゃんと考えてくれているんだと思ったんだ」

 ロシアはいつもイギリスと距離を置いている。
 紅茶からはじまった二人の関係は、一度切れかけたもののなんとか繋ぎ直り、お互い今では信じられないくらい近付くことが出来た。けれどロシアは基本的に他国を信用しない国だ。
 別に彼だけではなく、国同士の付き合いに『絶対』がないことなど誰だって分かり切っている。過去イギリスは一度だけその『絶対』をアメリカに求めていたことがあったが、すでに夢物語は終わって久しい。
 
 それでも世界は変わるものだ。
 あれだけ混迷を極めた欧州も平和になって随分経つし、先の大戦の傷跡もほとんどが癒えた。敵対していた国も和平を結び、ソビエトが崩壊してロシアが民主主義路線を取ってからも大分経つ。
 そうやって世界はいつも変り続けていて、確かに自分達には未来を約束することは出来ないけれど、今を大事に思ってはいけない謂れもなかった。

「まぁ写真なんて所詮薄っぺらい紙でしかないしな。俺には本物がひとつあればそれでいい」


 そう簡単に開放してやるつもりはない。
 独りになんてさせてやるものか。
 ロシアがどんな考えを持っていようと、イギリスにとってそれは些細なことでしかなかった。
 失って泣くのはもう嫌だ。だから二度と失わないと決めた。
 嘘ばかりついているロシアの言うことなんて誰が聞いてやるものか。


「イギリスさん」
「大丈夫だ、日本。ものすごく俺は執念深いからな」
「……ロシアさんも随分と手ごわいですよ」
「知ってる。だからこそ燃えるんじゃないか!」

 たぶんこの先も自分達は幾度となく互いを騙し続け、嘘を重ね合うだろう。
 けれど欲しいものはたったひとつだけだけだ。そのひとつがあれば他には何も望まない。求めない。
 痛みや消えない傷を残してでも、ただひとつあれば耐えられる。
 それくらいの覚悟がなければあのロシアと付き合えるはずがないのだ。

「大英帝国を舐めるなよ」

 そう言って笑って見せれば、日本は一瞬眩しそうに目を眇めてから、同じようにゆっくりと唇を綻ばせた。





>>柊さま
随分と遅くなってしまいましたが、このたびは露誕祭にご参加下さいまして、本当にありがとうございました!
ちょっと後編部分が蛇足的になってしまいましたが、少しでも楽しんで頂ければ幸いです。

なんだかイギリスとロシアの性格というか価値観がすっかり逆転しちゃっていますが、明後日な方向にポジティブなイギリスと、迷走するネガティブなロシアが好きなので(笑)ついこんな感じになってしまって。
これからもすれ違う二人を書きつつ萌えていきたいと思います!
この度は素敵なリクエストをありがとうございましたv

PR

 Top
 Text
 Diary
 Offline
 Mail
 Link

 

 Guide
 History
忍者ブログ [PR]