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 紅茶をどうぞ
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I Vow to Thee, My Country


 [ 注意 ]

 この話には実在した人物が登場します。(しかも捏造色が強いです)

 また、米英ですがイギリス本人は出てきません。

 年齢制限的内容は一切ありませんが、この点はご注意下さいませ。














 どこからともなく歌声が聞こえてくる。
 優しい旋律、暖かな声音。柔らかいその音色に乗せて、誰かが歌を歌っている。

 アメリカはその歌い手を探した。
 耳を澄まさなければ聞き取れないか細い小さなものだったが、惹き寄せられるまま薄暗い廊下を歩いていった。
 この先には要人用の客間があるだけだ。歌手がいるわけでもない、一体誰が歌を歌っているのだろうか。
 近づくと更に声がはっきりと聞こえはじめた。どこかで聞いたことのある声だ、と思いながら耳をそばだてると、繰り返されるフレーズに乗せて歌詞が聞き取れるようになってくる。そしてその短い言葉のいくつかを聞いた瞬間、アメリカは竦んだように足を止めた。




 ――――― 祖国よ我は誓う 比類なき完全なる愛を捧げん
 ――――― 疑いなき愛 試練をも乗り越えん




 あぁ、これは「彼」の歌だ。
 そう思った。間違いない、これは「彼」を歌っているものだ。
 そしてアメリカはこの扉の向うで歌声を響かせているのが誰なのか、ようやく気がついた。
 歌い手は英国の外交官セシル・スプリング=ライスのものに違いない。
 先頃、ヨーロッパ内において大きな戦争が勃発した。はじめは対岸の火事として傍観を決め込んでいた英国も、やがて独軍がブリテン島対岸のフランドル地方侵攻を開始しはじめると、その対応を余儀なくされた。海上における覇権を維持出来ないとなると英国の威信に傷がつく。何より海洋国家として危機にも瀕し兼ねない問題なので、いやおうなく欧州の泥沼の惨劇に足を踏み入れなければならなくなっていた。
 この戦いで喪われた英国人の命は300万人近いといわれている。「クリスマスまでには帰るよ」という明るい合言葉を口にしながら戦場へ向かった青年のほとんどが、冷たい冬空の下に潰えていった。
 そんな中、ライスは在米外交官として戦況打開のためここワシントンに来ており、欧州戦線への米国参戦実現に向けて活動をしていた。しかし情況は思わしくなく、動くべきではないと言うアメリカの上司達の意向を覆す事は出来ないでいた。
 現在米国はモンロー主義を掲げており、どの国とも同盟関係を結んではいない。中立の立場を崩す気はなかった。と言いつつも実のところメキシコ革命に介入するなど中米での軍事活動を優先しており、欧州の諍いに手を出す気にはなれなかったのだ。
 だが情況は刻一刻と変化してゆく。無謀かつ暴虐な独軍の暴走に対し、米国民の中からも反ドイツの声が上りはじめていた。
 アメリカ個人がいくらイギリスのために動きたいと思っていても、最終決定権は上司にある。独断で兵を動かす事など出来ない。しかし国民が立ち上がれば国はそのまま流れに従って方向を決めてゆくものだ。このままでいけばいずれ参戦する事は間違いなかった。
 ライスもまたそのことを敏感に感じ取っているのだろう。強硬な態度に出ることなくじっくりとアメリカの動きを見守っているように見えた。

 そんな彼が執務のために与えられた部屋で小さく控え目に歌を歌っている。
 旋律は聞き覚えのない、だがひどく胸を打つ美しい流れで心に響く。そして繰り返されるその歌詞は、聞く者に郷愁の感を与えるものだった。



 それは祖国に捧げる歌。
 愛すべきイギリスへの歌だ。




「祖国よ我は誓う、比類なき完全なる愛を捧げん……か」

 ぽつりと漏らしたアメリカの声に気付いたのか、ふっと歌声がやむ。静かな室内の気配がこちらに向けられるのを感じた。

「どなたですか?」

 淀みない綺麗なクイーンズイングリッシュによる誰何の声に、躊躇いなく応える。

「アメリカ……いや、アルフレッドの方がいいかな」
「あぁ、合衆国殿でしたか。今開けます」

 硬質な革靴の音が鳴り、続いて鍵が外された。
 ゆっくりと扉が開くと中からライスが顔を覗かせた。如才なく浮かべられた微笑はしかし、英国人特有の温度のなさを感じさせた。こちらを見据える眼差しには一分の隙もない。丁寧にブラッシングされた黒の三つ揃えに身を包み、ネックウェアには落ち着いた、だが決して地味ではない品の良い臙脂のボウタイを結んでいた。
 いかにも堅苦しくて窮屈だ、とアメリカは思った。だが嫌いではない。スマートに着こなすその姿は彼等の国イギリスを体現していて、何より似合っているのだから。
 アメリカはまっすぐにライスの瞳を見返しながら、にっこりと人好きのする笑顔を浮かべて見せた。

「ちょっといいかな?」
「勿論です、さぁどうぞ」

 身を引いて室内へと促されれば遠慮なく踏み込んでいく。
 中は彼をこの部屋に迎え入れた時とまったく姿を変えず、綺麗に片付けられ無駄なものが一切置いていなかった。
 だがひとつだけ、変化がある。
 サイドボードに置かれた陶磁器のティーセット。それだけが唯一、この部屋にはなかったものだ。

「合衆国殿は珈琲をのまれるのでしたな」

 ライスがそう言いながら呼び鈴に手を伸ばしかける。咄嗟にアメリカはそれを制した。

「いらないよ」
「ですが」
「紅茶が飲みたい。淹れてくれるかな?」
「私で宜しければ」
「うん。……紅茶はね、英国人の手で淹れて貰わなければ口にしたくないんだよ」

 そう言ってソファへ無造作に腰掛けるアメリカを、少しだけ驚いたような表情で見つめてから、ライスは口元に上品な笑みをたたえた。






 紅茶を淹れる彼の後ろ姿を眺めながら、アメリカは懐かしい光景だと思った。
 そう、きっちり3分計ってから、暖めたカップに琥珀色の液体を注ぎ込む。ティーポットに残った最も香りが良い最後の一滴、ゴールデンドロップはゲストのために。それが一番美味しいんだと教わった。
 優雅に差し出されたカップとソーサーを受取り、アメリカは室内にふわりと立ち込める芳香に目を細める。
 あぁ、今日は「彼」を思い出してばかりいるな。

「ね、さっきの歌は君が歌っていたんだろう?」

 喉を潤してから声を掛けると、ライスは小さく頷いて、お聞き苦しいものをと言った。
 アメリカは首を横に振ると続ける。

「ううん、とても綺麗だった。誓いの歌だよね」
「わが国で作曲されました弦楽組曲の一部が、私は大変好きでしてね。その旋律に乗せて歌唱を作ってみたいと思い、つたないながら作詞をしておりました」
「へぇ、それは凄いね! ね、良かったら聞かせてくれないかな」
「ですが」
「お願い。イギリスへの、誓いの歌を俺にも聞かせてよ。――――― 祖国よ我は誓う、比類なき完全なる愛を捧げん。疑いなき愛試練をも乗り越えん ――――― だったよね」

 思い出しながら口ずさむと、ライスは少しだけ目を細め、そのあとを引き継ぐように唇に歌声を乗せた。






 祭壇に奉られし最高の愛、揺らぐことなき愛
 多くの犠牲により贖われん






 戦場で散っていった数多の魂。その全てが祖国の為に命を捧げたとは思わない。
 中にはそうでない人間もいて当たり前だ。
 それでも、彼等が還るのは祖国だ。彼等の魂は祖国を慕い、そして天へと昇るだろう。






 もう一つの祖国がある 古より聞き覚えし祖国が
 その国を愛する者にとっては最愛の
 その国を知る者にとってはもっとも偉大な
 その国には軍隊もなければ王もいない


 忠実なる心こそが砦であり 受難をその誇りとする
 その輝きは一人一人の心に静かに増していき
 常に穏やかで平和な国であり続ける









「イギリスは、愛されているね」
「貴方も、貴方の国の民に愛されています」
「うん。俺たち国は、何時でもどんな時でも国民を愛しているよ」
「はい」
「そして俺は……アメリカは、この先もずっと母国のことも愛してやまないんだ」

 そう呟くように囁いて、アメリカは敬虔な祈りを捧げるかのように指先を膝の上で組み、両目を閉ざした。

 イギリスがいなければアメリカはいない。
 イギリスを喪えばアメリカの中には何も残らない。
 生き方も、言葉も、文化も、目に見えるものも見えないものも、すべてイギリスから与えられたものばかりだ。時が経ち、それらは徐々に変化を遂げてきた。だがたとえ姿形が変わってしまっても、身体の中を脈々と流れるこの血は消え去る事などない。
 どんなに時代が移りゆこうと、アメリカは母なるイギリスを忘れないだろう。

「私が口にするのはおこがましいとは思いますが」
「なに?」
「我が国も……我々イギリスも、あなた方アメリカを未来永劫、愛し続けるでしょう」

 ライスはそう言って誇らしげに笑った。
 アメリカの空色の瞳を見つめながら、深い慈愛の色をたたえて。
 まるで「彼」のようだと、アメリカは思った。 





  ―――――  愛する祖国よ、永遠なれ。




[ 参照 ]
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