紅茶をどうぞ
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付録本ss
※ このssは本編『Non Stop!』に入りきらなかったこぼれ話となります。
時間軸的に『No Title!』と『Non Stop!』の間に入る話かつ、『Non Stop!』収録の
仏+英漫画ともリンクしています。
(フランスがものすごーく気の毒な話なので苦手な方はご注意を/笑)
ロシアと言えば、まず最初に思い浮かぶのはあの大きな体躯だろう。
出会った頃は膝丈くらいしかなかった子供が、ちょっと見ない間に見上げるほど大きくなって、今では世界一巨大な国となってしまった。北方の田舎者と呼ばれ、欧州の苛められっ子だった彼がいつしか大帝国へとのし上がり、つい最近まではアメリカと世界を二分するほどの力を持っていたというのだから驚きだ。
そんな彼の身体はどこもかしこも大きくて、イギリスからしてみれば二回りは違うんじゃないかと思われるほどだった。だから正面から抱き合っても、背後から抱き締められても、必ずロシアの方が覆い被さり包み込むようになってしまう。
そしてイギリスはいつもその無駄に分厚いコートの内側に、ほんのわずかな温もりを感じられるのが好きだった。触れれば冷たい指先や、白くて透き通る頬、ほのかに漂う冬の気配、そういったいくつもの寂しさの中に、自分だけが気付いたであろう彼の熱を求めていくのが、いつもイギリスはたまらなく好きなのである。
それから、次に思い浮かぶのは宝石にも似た綺麗な紫の瞳。
アメジストのように深くて透明感があって、何より神秘的なあの輝きを間近で見つめていると、吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥ってしまう。きっとこれほどの至近距離で彼の目を覗き込むことなど誰も出来ないはずだ。パーソナルスペースへの立ち入りはイギリスだけの特権で、それがまたなんとも言えない優越感を煽る。
警戒心が誰より強く、人前で無防備な姿を晒すことのないロシアのすぐ傍で、あの瞳を独占出来るのだからこれ以上の喜びはないだろう。
そして少し長めのプラチナブロンドや、目元を彩る細い睫毛が日の光を反射した時の美しさは、まるで朝焼けの海のような色彩で思わず見惚れてしまうのだ。真冬の空のように乾いた静謐感を持ってキラキラと輝いて見えて仕方がない。
とにかく何もかもが最高なのだと、言い切ってしまうのは少々自慢しすぎなのかもしれないと、そう思わないでもなかった。まぁぶっちゃけ、訂正の言葉はひとつたりとも思い浮かびはしないのだが。
最高なものは最高なのだから、いったい誰に憚る必要があるだろう。
「って聞いてんのかこのワイン野郎」
カウンターのハイスツールに腰掛け、グラスを手にだらしなく肘をつきながらイギリスは、すっかり酔いの回った目で隣に座るフランスを睨みつけてきた。あぁ、これはまずい。
欧州会議終了後、各国が帰途につく中で二人がこうして馴染みのバーに来るのは珍しいことではなかった。ロシアがいればイギリスも彼と二人でレストランにでも行くところだろうが、あいにくと本日はEUメンバーしかおらず他に選択肢はなかったのか、退出しようとしたフランスを引っ張ってあっという間にここまで来た。あわよくば驕りで飲んでやろうと思っているのだろうが、見え見えの魂胆に早くもこちらは逃げ腰である。
酔うとこうして絡むのはいつものこととはいえ、いい加減嫌でも慣れてしまっているのだが、正直心の底から鬱陶しくてたまらなかった。それなりに長い付き合いだがこの悪癖には昔からほとほと困らされているため、いつかは絶対に縁を切りたいと思っている。……それが出来れば苦労はないのだが。
「お前さぁ、のろけたいなら他所行ってくんない? マジでうざいんだけど」
「いいから聞けよヒゲ。この俺様が直々にロシアの魅力をたっぷり語ってやってんだから」
「頼んでねーよ。つか勘弁してくれ。この酒やるからさっさとそこどけ」
「うっせ、座れ」
尊大な態度で親指を下に向けるイギリスに、何を言ってもまったくもって無駄だという雰囲気で盛大な溜息をついて、フランスはつまらなそうにグラスを指先でつまみ上げる。
ワインからブランデーに切り替えたそれは透明なガラスの内側で金色に光っていたが、持主の心情は暗澹たるものだ。
「つーかお前の話聞いてるだけじゃ、誰のことかさっぱり分からなくなる」
「あぁ? なんでだよ。俺の可愛いロシアの話をしてんじゃねーか」
「ロシアが可愛いって認識がそもそもおかしいだろうが! あ・の・ロシアだぞ。どこをどうすれば可愛いなんて台詞が出てくるんだよ」
「だからさっきから何度も説明してんじゃねーか」
苛立ったようにショットグラスを煽ってから、イギリスはもう一度最初からロシアの魅力を語りはじめようとした。冗談じゃない、今までだけでもすでに三回は同じような話を聞かされているのだ。これ以上浪費的惚気話を聞く気など微塵たりともない。
まったく、いくらイギリスが老大国だからと云ってボケるにはまだまだ早いだろう。
「分かった分かった! もうやめろって」
「あんだよ。ロシアが可愛いってようやくお前も気が付いたのか? だがあいつは俺んだからな! くれぐれも手出ししようなんて思うなよ? もし指一本でも触れたらそのヒゲ全部むしって鼻に突っ込んでやるからな!」
「お前、なんでその顔でそんな下品なんだよ……」
よっぽどロシアより可愛い顔をしているくせに、口の悪さは天下一品だな、と思い鬱々とした溜息しか出て来ない。今更イギリスに品行方正な態度を望むことほど無謀ではないが、やはり一抹の希望を持ってしまうのもまた現実逃避の一環だろうか。
「とにかく俺はもう帰りたいの。まだ飲むつもりなら一人で勝手にやってろ」
「…………」
さっさと置いて帰ろうとすれば、イギリスはむっとした顔で押し黙ってグラスを両手で持ち、ぐりぐりと何か言いたげにいじりはじめた。「うー」とか「あー」とか唸り声を上げながら俯くその頭のつむじを見ていると、この先の展開が読めてしまうのが自分でも嫌だ。ああ、これはとてつもなく嫌な予感がする。
なまじ童顔なので、昔からこんなふうに置き去りにされた子供のような態度を取られると、思いっきり気まずくなってしまう。別にフランスには何の落ち度もないのだが、なんとも言えず居たたまれない気分にさせられるのだ。
そのうち、こちらが何も言わずに無言で見据えていれば、イギリスは拗ねた顔つきでいつものお決まりの台詞を吐く。
「別にお前なんかと飲みたいわけじゃないんだからな」
「……ふーん」
「お前が寂しいと思って付き合ってやってるんだからな」
「べっつにぃ? お兄さんだって誘ってくれるマドモアゼルの一人や二人、いつだっているんだけど。なにも彼氏持ちの酔っ払い相手になんてしなくてもな」
「…………」
不機嫌全開のしかめっ面で睨んできても慣れたもの。酔眼を滲ませてフランスを下から覗き込んでくるイギリスは、目元が赤く染まっているのでそれなりに色っぽい。
もともと色事に長けている彼は酒が入ると切れやすくなる一方で艶めいた表情も垣間見せるのだった。分かりやすいといえば分かりやすいが、フランス的にはそういう態度は嫌いではない。
「なんだよ。何かあったのか?」
グダグダに酔って絡んでこなければマシだと思って、グラスの残りを喉に流し込んでいれば、イギリスは先ほどまでの暴虐紳士面はどこへやら、一転雲り空もかくやというようなじめじめとした雰囲気を身にまとって、手中のグラスを更に回し始めた。ちなみに中身がこぼれるなどという気遣いは皆無だ。
「あいつが、悪い」
「はぁ? あいつってロシアか?」
「当たり前だろ馬鹿! あいつ以外他に誰がいるって言うんだ!」
「理不尽なこと言ってんなよ。で、ロシアがどうかしたのか?」
我ながらものすごーくお節介なことは骨身に沁みるほど分かってはいたが、どうやらこの場合は興味本位の方が勝ったようだ。帰りかけていた腰をもう一度スツールに落ち着かせると、あっさりとネガティブモードに移行したイギリスの顔を見遣った。
ぎゃんぎゃん喚き散らさなければ多少の暗さは気にはならない。島国の天気のようにめそめそ泣かれるのは勘弁だが。
「全然手を出してこないんだ」
「はぁ?」
「最近それなりにいい感じになって来てるのに、あいつだって気持ちいいって言うようになったのに。俺が隣に座ってべたべた触っても襲ってこないってどういう了見だコラ」
唐突に性生活の相談をされ呆れていると、次々とイギリスは夜の不満を並べ立て始めた。今更この男が心身ともにエロイことなど知り尽くしていたとしても、他人のセックスの愚痴を聞くこと程つまらないことはない。このままでは明日の朝まで延々続きそうだと判断して、慌てて席を立とうとしたが時すでに遅し。膝をがしっと強く掴まれ、続いてどこから取り出したのか小型のナイフを突きつけられて唖然となる。
イギリスは瞳を酒で濁らせたまま、まっすぐ射抜くようにフランスを睨みつけてきた。普段は綺麗な翡翠色なのに、こうも禍々しく変貌するなどなんて勿体無いことだろう。
「聞けよ最後まで」
逆らおうものなら手にしたナイフで眉間に風穴を開けられそうな勢いだ。少しでも感心を持った自分を後悔しながらも、仕方なしにフランスは溜息をついた。
「で? 身体はでかいけれど中身はお子様なロシア相手に、何を求めてるんだお前は」
「めくるめく官能のセックスライフ」
「無理。どー考えてもそれは無理だ。諦めろ」
「なんでだよ!」
素気ない台詞に激昂するイギリスの方を宥めるようにぽんぽんと叩き、フランスはまるで諭すような口振りで続けた。
「お前からの話をまとめれば、あいつは単にスキンシップが好きなだけなんだろ。本人にやる気がないなら無理じいはよくないぜ? それともレイプが好きってんなら止めないけどな」
「なんでレイプになるんだよ。俺達は心身ともに深く愛し合ってんだ。和姦に決まってんだろうが」
据わりまくった目でじろりとこちらを睨んでも、その勢いには自然と陰りが見える。どうやらそれなりに自分でも状況が分かっているようだ。
二人の性生活がどうなると知ったことではなかったが、フランスは持ち前の性格からイギリスの腰を撫でまわしながらニヤリと笑う。
「欲求不満ならまた遊んでやろうか?」
「両手両足の指全部へし折られてそのまま食肉工場に送られたくなければその手をどけろ」
「…………」
あまりにもあまりな言葉にフランスは苦笑いも出ないで、嘆きの吐息混じりに尻を鷲塚んでいた左手を引っ込めた。こういう時のイギリスには冗談が通じない。本当に言葉通り実行されそうで洒落にならなかった。
「ロープで縛って束縛プレイもしたし、媚薬も使って気分も盛り上げた。手じゃ物足りないと思ってフェラだって充分してやったし、正常位じゃつまらないなら騎乗位でもいいつってんのに、何が気に入らないのか嫌がるなんて……もうわけわかんねぇよ」
「レイプはしないといいつつ薬まで使っちゃうお前の神経の方が、おにーさんにはさっぱり理解出来ないけどな」
変態だ変態だとは思っていたが、しょっぱなからそれじゃロシアじゃなくてもドン引きするだろう……とは口が裂けても言いたくはない。どうせ余計なことを言えば絡まれるのがオチだろう。
イギリスはしょんぼりと肩を落として手にしたグラスを揺らしながら、何が足りないんだ、まさか猟奇プレイがいいのか、それともスカトロがいいのかなどと、聞くに堪えない用語をつらつらと並べ立てていたが、ふいに何か感極まったのかポロポロと涙をこぼしはじめた。
ぎょっとして思わず身を引けば、彼は俯いたままグラスに涙が入るのも気にせずさめざめと泣いている。
こんな泣き方、滅多にない。
「イ、イギリス?」
「ロシア、俺のこと嫌いになったのかな……」
ぽつりと呟くように言って口を紡ぎイギリスはずずっと鼻を鳴らした。
最初からお前たちは戦争を繰り返すほど嫌い合っていたのに何を今さら、と思うが、ここ最近のラブラブっぷりを見ていればさすがにそれはないだろうと誰にだって分かる。あのアメリカでさえこのところ既成事実として受け入れている部分があるくらいなのだ。そのうち結婚すると言い出しても驚かなくなるかもしれない。―――― いや、それは普通にまずい話だが。
「アメリカに独立されて、その上ロシアにまで嫌われたら俺、もう、マジで駄目だ……」
「アメリカの独立は二百年以上も前の話だろうが。いい加減忘れてやれ」
「ううう、アメリカぁ……なんであんなに可愛かったのにメタボになりやがったんだよ……だから俺がメシ作ってやるって言ってるのに……」
「確かに三食お前のメシ食わされたら、誰だってげっそりと瘦せ細るだろうな」
「うるせぇ! このヒゲワイン野郎! お前なんか隕石直撃で蒸発してしまえ!」
「ちょ、おにーさんも愛が欲しいんですけど!」
ガンガンと足を蹴られて切なさのあまり自分の方こそ泣きそうだと思いながら、フランスは暴れるイギリスをなんとか抑えつけつつ今夜も朝まであ付き合う羽目になるんだろうなぁと重い溜息を吐いた。
つねづね自分の面倒見の良さに呆れかえっているものの、どうしても放り出せないのだから仕方がない。喧嘩っ早いし手癖も足癖も酒癖も悪いし、口汚いし蛇のように執念深いし、暴虐かつ露出狂だし、本当にいいところなんてほとんど見付けられないくらいダメダメなイギリスだったが、こうして泣いている姿はまぁ可愛いのでそれで帳消ししようと思う。
こっそり一、二発は後頭部にお見舞いしてやりたい気分だったが、涙のいっぱいたまった翡翠色の目でじっと見つめられれば、思わずちょっと固めの金髪を撫でくり回してやりたくなるのだ、が。
「はぁ~。マジ、俺っていい男」
呟いた言葉を聞き咎めたイギリスが、また何か呪いの言葉を盛大に喚き出したので、首筋に手刀でも叩き込んでやろうかとフランスは本気で思った。
「そんなに欲求不満なら『浮気してやる』とでも言ってみたらいいんじゃないのか? そしたらロシアだってさすがに焦るだろ」
「……それはもう言った」
「は?」
「だからフランスとセックスしてるってとっくの昔に言ったんだよ!」
憤ってついつい大声になっているイギリスの口を慌ててふさぎながら(すでに最初から周囲の目が痛かったが)、次々とつのる頭痛に目眩すら覚え始めてしまう。
性に対してあけすけなのは分かり切っていたが、いくらなんでも恋人に過去の男どころか現在進行形で浮気していることを堂々と告げる奴があるか。いや目の前に実際いるわけだがさすがにマナー違反も甚だしかった。
フランスは、たとえ相手に気付かれていたとしてもそういうのは最低限のルールで隠しておくものだと思っている。それが大人のお付き合いというものだ。
と言うか万が一嫉妬に狂ったロシアに攻め込まれでもしたら一番被害を被るのは自分じゃないかと気付いて、ほろ酔いも吹っ飛んで一気に蒼褪めてしまった。
「ちょっと待て! だからお前、嫌がられてんじゃねーのか!? つか俺、間男決定で呪われるんじゃ!」
「それがあいつ、俺が違う男と寝てても嫉妬ひとつしねーんだよ。挙句『フランス君によろしくね』って……なんだよそりゃ! 愛してねーのかよ!」
ちくしょう!と罵ってさらに泣き出す厄介な隣国に同情するほど絆されてはいないつもりでも、さすがにそれはちょっと気の毒に思ってしまう。ロシアが見た目に反して中身はお子様ということは分かっていたつもりでも、そこは恋人の義務として嫉妬しておくべきところだ。
もの分かりいい顔も時として余計な火種を撒くことになる。
「あ~……そりゃまぁ、なんつーか……ご愁傷様?」
「くそぅ……こうなったら監禁してやる」
「なんでそうなるんだよ」
もう本気でおにーさんついてイケマセンとフランスは呆れを通り越して切なさいっぱいの溜息をついた。
遠い東の島国には『夫婦喧嘩は犬も食わない』という諺があるらしいが、これもまたそれに当て嵌まるのだろうかとぼんやり思いながら、苦笑を浮かべてこちらの様子を窺っていた顔見知りのマスターにドライジンを頼む。
しばらくこいつとは飲むまいと心に固く誓いながら。
時間軸的に『No Title!』と『Non Stop!』の間に入る話かつ、『Non Stop!』収録の
仏+英漫画ともリンクしています。
(フランスがものすごーく気の毒な話なので苦手な方はご注意を/笑)
ロシアと言えば、まず最初に思い浮かぶのはあの大きな体躯だろう。
出会った頃は膝丈くらいしかなかった子供が、ちょっと見ない間に見上げるほど大きくなって、今では世界一巨大な国となってしまった。北方の田舎者と呼ばれ、欧州の苛められっ子だった彼がいつしか大帝国へとのし上がり、つい最近まではアメリカと世界を二分するほどの力を持っていたというのだから驚きだ。
そんな彼の身体はどこもかしこも大きくて、イギリスからしてみれば二回りは違うんじゃないかと思われるほどだった。だから正面から抱き合っても、背後から抱き締められても、必ずロシアの方が覆い被さり包み込むようになってしまう。
そしてイギリスはいつもその無駄に分厚いコートの内側に、ほんのわずかな温もりを感じられるのが好きだった。触れれば冷たい指先や、白くて透き通る頬、ほのかに漂う冬の気配、そういったいくつもの寂しさの中に、自分だけが気付いたであろう彼の熱を求めていくのが、いつもイギリスはたまらなく好きなのである。
それから、次に思い浮かぶのは宝石にも似た綺麗な紫の瞳。
アメジストのように深くて透明感があって、何より神秘的なあの輝きを間近で見つめていると、吸い込まれてしまいそうな錯覚に陥ってしまう。きっとこれほどの至近距離で彼の目を覗き込むことなど誰も出来ないはずだ。パーソナルスペースへの立ち入りはイギリスだけの特権で、それがまたなんとも言えない優越感を煽る。
警戒心が誰より強く、人前で無防備な姿を晒すことのないロシアのすぐ傍で、あの瞳を独占出来るのだからこれ以上の喜びはないだろう。
そして少し長めのプラチナブロンドや、目元を彩る細い睫毛が日の光を反射した時の美しさは、まるで朝焼けの海のような色彩で思わず見惚れてしまうのだ。真冬の空のように乾いた静謐感を持ってキラキラと輝いて見えて仕方がない。
とにかく何もかもが最高なのだと、言い切ってしまうのは少々自慢しすぎなのかもしれないと、そう思わないでもなかった。まぁぶっちゃけ、訂正の言葉はひとつたりとも思い浮かびはしないのだが。
最高なものは最高なのだから、いったい誰に憚る必要があるだろう。
「って聞いてんのかこのワイン野郎」
カウンターのハイスツールに腰掛け、グラスを手にだらしなく肘をつきながらイギリスは、すっかり酔いの回った目で隣に座るフランスを睨みつけてきた。あぁ、これはまずい。
欧州会議終了後、各国が帰途につく中で二人がこうして馴染みのバーに来るのは珍しいことではなかった。ロシアがいればイギリスも彼と二人でレストランにでも行くところだろうが、あいにくと本日はEUメンバーしかおらず他に選択肢はなかったのか、退出しようとしたフランスを引っ張ってあっという間にここまで来た。あわよくば驕りで飲んでやろうと思っているのだろうが、見え見えの魂胆に早くもこちらは逃げ腰である。
酔うとこうして絡むのはいつものこととはいえ、いい加減嫌でも慣れてしまっているのだが、正直心の底から鬱陶しくてたまらなかった。それなりに長い付き合いだがこの悪癖には昔からほとほと困らされているため、いつかは絶対に縁を切りたいと思っている。……それが出来れば苦労はないのだが。
「お前さぁ、のろけたいなら他所行ってくんない? マジでうざいんだけど」
「いいから聞けよヒゲ。この俺様が直々にロシアの魅力をたっぷり語ってやってんだから」
「頼んでねーよ。つか勘弁してくれ。この酒やるからさっさとそこどけ」
「うっせ、座れ」
尊大な態度で親指を下に向けるイギリスに、何を言ってもまったくもって無駄だという雰囲気で盛大な溜息をついて、フランスはつまらなそうにグラスを指先でつまみ上げる。
ワインからブランデーに切り替えたそれは透明なガラスの内側で金色に光っていたが、持主の心情は暗澹たるものだ。
「つーかお前の話聞いてるだけじゃ、誰のことかさっぱり分からなくなる」
「あぁ? なんでだよ。俺の可愛いロシアの話をしてんじゃねーか」
「ロシアが可愛いって認識がそもそもおかしいだろうが! あ・の・ロシアだぞ。どこをどうすれば可愛いなんて台詞が出てくるんだよ」
「だからさっきから何度も説明してんじゃねーか」
苛立ったようにショットグラスを煽ってから、イギリスはもう一度最初からロシアの魅力を語りはじめようとした。冗談じゃない、今までだけでもすでに三回は同じような話を聞かされているのだ。これ以上浪費的惚気話を聞く気など微塵たりともない。
まったく、いくらイギリスが老大国だからと云ってボケるにはまだまだ早いだろう。
「分かった分かった! もうやめろって」
「あんだよ。ロシアが可愛いってようやくお前も気が付いたのか? だがあいつは俺んだからな! くれぐれも手出ししようなんて思うなよ? もし指一本でも触れたらそのヒゲ全部むしって鼻に突っ込んでやるからな!」
「お前、なんでその顔でそんな下品なんだよ……」
よっぽどロシアより可愛い顔をしているくせに、口の悪さは天下一品だな、と思い鬱々とした溜息しか出て来ない。今更イギリスに品行方正な態度を望むことほど無謀ではないが、やはり一抹の希望を持ってしまうのもまた現実逃避の一環だろうか。
「とにかく俺はもう帰りたいの。まだ飲むつもりなら一人で勝手にやってろ」
「…………」
さっさと置いて帰ろうとすれば、イギリスはむっとした顔で押し黙ってグラスを両手で持ち、ぐりぐりと何か言いたげにいじりはじめた。「うー」とか「あー」とか唸り声を上げながら俯くその頭のつむじを見ていると、この先の展開が読めてしまうのが自分でも嫌だ。ああ、これはとてつもなく嫌な予感がする。
なまじ童顔なので、昔からこんなふうに置き去りにされた子供のような態度を取られると、思いっきり気まずくなってしまう。別にフランスには何の落ち度もないのだが、なんとも言えず居たたまれない気分にさせられるのだ。
そのうち、こちらが何も言わずに無言で見据えていれば、イギリスは拗ねた顔つきでいつものお決まりの台詞を吐く。
「別にお前なんかと飲みたいわけじゃないんだからな」
「……ふーん」
「お前が寂しいと思って付き合ってやってるんだからな」
「べっつにぃ? お兄さんだって誘ってくれるマドモアゼルの一人や二人、いつだっているんだけど。なにも彼氏持ちの酔っ払い相手になんてしなくてもな」
「…………」
不機嫌全開のしかめっ面で睨んできても慣れたもの。酔眼を滲ませてフランスを下から覗き込んでくるイギリスは、目元が赤く染まっているのでそれなりに色っぽい。
もともと色事に長けている彼は酒が入ると切れやすくなる一方で艶めいた表情も垣間見せるのだった。分かりやすいといえば分かりやすいが、フランス的にはそういう態度は嫌いではない。
「なんだよ。何かあったのか?」
グダグダに酔って絡んでこなければマシだと思って、グラスの残りを喉に流し込んでいれば、イギリスは先ほどまでの暴虐紳士面はどこへやら、一転雲り空もかくやというようなじめじめとした雰囲気を身にまとって、手中のグラスを更に回し始めた。ちなみに中身がこぼれるなどという気遣いは皆無だ。
「あいつが、悪い」
「はぁ? あいつってロシアか?」
「当たり前だろ馬鹿! あいつ以外他に誰がいるって言うんだ!」
「理不尽なこと言ってんなよ。で、ロシアがどうかしたのか?」
我ながらものすごーくお節介なことは骨身に沁みるほど分かってはいたが、どうやらこの場合は興味本位の方が勝ったようだ。帰りかけていた腰をもう一度スツールに落ち着かせると、あっさりとネガティブモードに移行したイギリスの顔を見遣った。
ぎゃんぎゃん喚き散らさなければ多少の暗さは気にはならない。島国の天気のようにめそめそ泣かれるのは勘弁だが。
「全然手を出してこないんだ」
「はぁ?」
「最近それなりにいい感じになって来てるのに、あいつだって気持ちいいって言うようになったのに。俺が隣に座ってべたべた触っても襲ってこないってどういう了見だコラ」
唐突に性生活の相談をされ呆れていると、次々とイギリスは夜の不満を並べ立て始めた。今更この男が心身ともにエロイことなど知り尽くしていたとしても、他人のセックスの愚痴を聞くこと程つまらないことはない。このままでは明日の朝まで延々続きそうだと判断して、慌てて席を立とうとしたが時すでに遅し。膝をがしっと強く掴まれ、続いてどこから取り出したのか小型のナイフを突きつけられて唖然となる。
イギリスは瞳を酒で濁らせたまま、まっすぐ射抜くようにフランスを睨みつけてきた。普段は綺麗な翡翠色なのに、こうも禍々しく変貌するなどなんて勿体無いことだろう。
「聞けよ最後まで」
逆らおうものなら手にしたナイフで眉間に風穴を開けられそうな勢いだ。少しでも感心を持った自分を後悔しながらも、仕方なしにフランスは溜息をついた。
「で? 身体はでかいけれど中身はお子様なロシア相手に、何を求めてるんだお前は」
「めくるめく官能のセックスライフ」
「無理。どー考えてもそれは無理だ。諦めろ」
「なんでだよ!」
素気ない台詞に激昂するイギリスの方を宥めるようにぽんぽんと叩き、フランスはまるで諭すような口振りで続けた。
「お前からの話をまとめれば、あいつは単にスキンシップが好きなだけなんだろ。本人にやる気がないなら無理じいはよくないぜ? それともレイプが好きってんなら止めないけどな」
「なんでレイプになるんだよ。俺達は心身ともに深く愛し合ってんだ。和姦に決まってんだろうが」
据わりまくった目でじろりとこちらを睨んでも、その勢いには自然と陰りが見える。どうやらそれなりに自分でも状況が分かっているようだ。
二人の性生活がどうなると知ったことではなかったが、フランスは持ち前の性格からイギリスの腰を撫でまわしながらニヤリと笑う。
「欲求不満ならまた遊んでやろうか?」
「両手両足の指全部へし折られてそのまま食肉工場に送られたくなければその手をどけろ」
「…………」
あまりにもあまりな言葉にフランスは苦笑いも出ないで、嘆きの吐息混じりに尻を鷲塚んでいた左手を引っ込めた。こういう時のイギリスには冗談が通じない。本当に言葉通り実行されそうで洒落にならなかった。
「ロープで縛って束縛プレイもしたし、媚薬も使って気分も盛り上げた。手じゃ物足りないと思ってフェラだって充分してやったし、正常位じゃつまらないなら騎乗位でもいいつってんのに、何が気に入らないのか嫌がるなんて……もうわけわかんねぇよ」
「レイプはしないといいつつ薬まで使っちゃうお前の神経の方が、おにーさんにはさっぱり理解出来ないけどな」
変態だ変態だとは思っていたが、しょっぱなからそれじゃロシアじゃなくてもドン引きするだろう……とは口が裂けても言いたくはない。どうせ余計なことを言えば絡まれるのがオチだろう。
イギリスはしょんぼりと肩を落として手にしたグラスを揺らしながら、何が足りないんだ、まさか猟奇プレイがいいのか、それともスカトロがいいのかなどと、聞くに堪えない用語をつらつらと並べ立てていたが、ふいに何か感極まったのかポロポロと涙をこぼしはじめた。
ぎょっとして思わず身を引けば、彼は俯いたままグラスに涙が入るのも気にせずさめざめと泣いている。
こんな泣き方、滅多にない。
「イ、イギリス?」
「ロシア、俺のこと嫌いになったのかな……」
ぽつりと呟くように言って口を紡ぎイギリスはずずっと鼻を鳴らした。
最初からお前たちは戦争を繰り返すほど嫌い合っていたのに何を今さら、と思うが、ここ最近のラブラブっぷりを見ていればさすがにそれはないだろうと誰にだって分かる。あのアメリカでさえこのところ既成事実として受け入れている部分があるくらいなのだ。そのうち結婚すると言い出しても驚かなくなるかもしれない。―――― いや、それは普通にまずい話だが。
「アメリカに独立されて、その上ロシアにまで嫌われたら俺、もう、マジで駄目だ……」
「アメリカの独立は二百年以上も前の話だろうが。いい加減忘れてやれ」
「ううう、アメリカぁ……なんであんなに可愛かったのにメタボになりやがったんだよ……だから俺がメシ作ってやるって言ってるのに……」
「確かに三食お前のメシ食わされたら、誰だってげっそりと瘦せ細るだろうな」
「うるせぇ! このヒゲワイン野郎! お前なんか隕石直撃で蒸発してしまえ!」
「ちょ、おにーさんも愛が欲しいんですけど!」
ガンガンと足を蹴られて切なさのあまり自分の方こそ泣きそうだと思いながら、フランスは暴れるイギリスをなんとか抑えつけつつ今夜も朝まであ付き合う羽目になるんだろうなぁと重い溜息を吐いた。
つねづね自分の面倒見の良さに呆れかえっているものの、どうしても放り出せないのだから仕方がない。喧嘩っ早いし手癖も足癖も酒癖も悪いし、口汚いし蛇のように執念深いし、暴虐かつ露出狂だし、本当にいいところなんてほとんど見付けられないくらいダメダメなイギリスだったが、こうして泣いている姿はまぁ可愛いのでそれで帳消ししようと思う。
こっそり一、二発は後頭部にお見舞いしてやりたい気分だったが、涙のいっぱいたまった翡翠色の目でじっと見つめられれば、思わずちょっと固めの金髪を撫でくり回してやりたくなるのだ、が。
「はぁ~。マジ、俺っていい男」
呟いた言葉を聞き咎めたイギリスが、また何か呪いの言葉を盛大に喚き出したので、首筋に手刀でも叩き込んでやろうかとフランスは本気で思った。
「そんなに欲求不満なら『浮気してやる』とでも言ってみたらいいんじゃないのか? そしたらロシアだってさすがに焦るだろ」
「……それはもう言った」
「は?」
「だからフランスとセックスしてるってとっくの昔に言ったんだよ!」
憤ってついつい大声になっているイギリスの口を慌ててふさぎながら(すでに最初から周囲の目が痛かったが)、次々とつのる頭痛に目眩すら覚え始めてしまう。
性に対してあけすけなのは分かり切っていたが、いくらなんでも恋人に過去の男どころか現在進行形で浮気していることを堂々と告げる奴があるか。いや目の前に実際いるわけだがさすがにマナー違反も甚だしかった。
フランスは、たとえ相手に気付かれていたとしてもそういうのは最低限のルールで隠しておくものだと思っている。それが大人のお付き合いというものだ。
と言うか万が一嫉妬に狂ったロシアに攻め込まれでもしたら一番被害を被るのは自分じゃないかと気付いて、ほろ酔いも吹っ飛んで一気に蒼褪めてしまった。
「ちょっと待て! だからお前、嫌がられてんじゃねーのか!? つか俺、間男決定で呪われるんじゃ!」
「それがあいつ、俺が違う男と寝てても嫉妬ひとつしねーんだよ。挙句『フランス君によろしくね』って……なんだよそりゃ! 愛してねーのかよ!」
ちくしょう!と罵ってさらに泣き出す厄介な隣国に同情するほど絆されてはいないつもりでも、さすがにそれはちょっと気の毒に思ってしまう。ロシアが見た目に反して中身はお子様ということは分かっていたつもりでも、そこは恋人の義務として嫉妬しておくべきところだ。
もの分かりいい顔も時として余計な火種を撒くことになる。
「あ~……そりゃまぁ、なんつーか……ご愁傷様?」
「くそぅ……こうなったら監禁してやる」
「なんでそうなるんだよ」
もう本気でおにーさんついてイケマセンとフランスは呆れを通り越して切なさいっぱいの溜息をついた。
遠い東の島国には『夫婦喧嘩は犬も食わない』という諺があるらしいが、これもまたそれに当て嵌まるのだろうかとぼんやり思いながら、苦笑を浮かべてこちらの様子を窺っていた顔見知りのマスターにドライジンを頼む。
しばらくこいつとは飲むまいと心に固く誓いながら。
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