紅茶をどうぞ
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「笑う」続き 『日常風景』
珍しく遅刻したイギリスが、慌てた様子で会議場に駆け込んで来る様子を、フランスは退屈しのぎにめくっていた書類の手を止めて見遣った。
普段は15分前の着席をよしとする彼らしくないその慌てぶりに、何かあったのだろうかとニヨニヨとからかい混じりに声を掛ければ、案の定すげなく一蹴される。
ふとその肩口にきらりと光を集めたようなものが見えて一瞬気を取られた。目を眇めてじっと見つめていれば、それは徐々に形をはっきりとさせて、フランスの目にも薄ぼんやりではあったが妖精の姿として認識されはじめる。
これもまた珍しい。
彼の唯一と言っていい友人達である妖精を、今まで一度たりとも仕事の場に連れて来るような事はなかったはずだ。
見えない連中にいくら説明しても無駄だし、公私の区別ははっきりとつけたがる性格ゆえに(アメリカとの言い争いは別として)、ファンタジーな存在との同伴出勤などこれまではなかったと言うのに、何かあったのだろうか。
「おいこらワイン野郎」
じろじろ観察していたら物凄い勢いで睨まれてしまう。またご機嫌ななめなのね、とフランスは溜息混じりに肩を竦めた。
そうこうしているうちに会議が始まれば、暇を持て余した妖精が自由気ままに勝手な行動に移る。もとより彼女たちは束縛を嫌うので、どんなに仲が良いとは言ってもイギリスの言うことを100%聞くとは限らない。
ふわりと浮いてテーブルの真上を飛びながら興味深そうにきょろきょろ周囲を見渡し、突然ぱっと顔を輝かせて飛んで行ってしまった。
「あ、こら!」
思わずイギリスが声を上げるがまるっと無視。妖精は気ままに飛んでロシアの方へと近づいてゆく。
前々からロシアには妖精の姿が見えていて、案外仲良くしているなぁとは思っていたが、どうやら彼女達との相性もかなりいいらしい。にこりと笑って愛想良く応じながら、イギリスの苛立ちを前に呑気に会話を繰り広げている。
隣に座る中国があからさまに嫌そうな顔をしているが気にするわけもなく、妖精とロシアは楽しそうに話をしはじめた。
……今、会議中なんですけど。
「あのバカ!」
小声で毒づくイギリスに、フランスはやれやれとテーブルに両肘をつきながら、ドイツの眉間の皺が深くなりこめかみに青筋が浮くのを遠い目で見つめていた。
今日もまた波乱万丈な会議となりそうだ。
各国が退席すれば、ざわついた室内はほんの少しだけ静かになった。
けれど残されたメンバーを見やればこれから一悶着あるのは想像に難くない。イギリス、ロシア、アメリカが揃えば波乱がない方がおかしいくらいだ。
「フランスさん、大丈夫でしょうか」
日本とカナダが心配そうにハラハラと彼らを見守っている。どちらも大きな言い争いに発展しなければ良いと思っているに違いない。
「あー……まぁいつものことだし、放っておけばいいんじゃないの?」
「ですが。アメリカさん、今日はだいぶ機嫌が悪いようですし」
日本が口元に指先を当てて困惑した表情でそう言えば、カナダも小さく頷きながら三人の方をじっと窺う。
フランスもそちらを見ながら相変わらずロシアの周囲を飛び回る妖精と、それをどこか嬉しそうに見ているイギリス、そして怒っていると言うよりもむしろ拗ねているアメリカの顔を眺めた。
最近ではすっかりありがちになってしまったこの光景。会議場では珍しいがイギリスの自宅ではごくごく見慣れたものになってしまった。
ロシアが、これまでほとんどの国が見えずに幻覚扱いしてきた妖精の姿が見えると知った時の、イギリスの驚きと喜びようは今思い出しても実に飛び抜けたものだった。
仲の良い日本からも困ったように見られ、大事な弟だったアメリカにも幼い頃から馬鹿にされ続けた彼の事。ようやく同じ目線で世界を見ることが出来る相手が現れたのはこの上なく嬉しいことだったのだろう。
それまで犬猿の仲どころか、会えば必ず火花を散らしていたロシア相手にはにかんだ笑顔まで見せるようになったのだ。
そして誰もが驚き、不気味と言ってよいほどの二人の変化に一番敏感に反応したのは、当然のごとくアメリカだった。
彼は小さい頃はイギリスにべったりだったし、イギリスも手放しに可愛がって来た子供なわけだが、唯一共有出来なかったのがこの自称「イギリスの友人たち」との交流なのだ。
アメリカにはまったく彼女たちの姿は見えない。こういうのは努力してどうにかなるものでもなかったので、結局アメリカは全てをイギリスの妄言扱いすることで落ち着いていた。
それが降って湧いた不幸とも言うべきロシアの存在に、幼少からのもどかしさが揺り動かされてしまって、今にも爆発しそうになっている。
気持ちは分かるがフランスとしてもその辺はどうしようもないことだったので、大人しく見守るにとどめていたのだが。
「何を一人でブツブツ言っているんだい? イギリスの傍にいるからロシアまでおかしくなっちゃったんだね。かわいそうに」
「お前、何さりげに失礼な事言ってんだよ!」
相変わらずの毒舌にイギリスが食って掛かるのが聞こえる。
日本は顔色を変えて慌ててアメリカの傍に寄って行った。控えめにその腕を捉えながら「そうですよアメリカさん。さすがにちょっと言い過ぎでは……」と声を落としながらなんとかなだめようとしている。
ロシアはへらへらと笑ったまま特になにも言わなかった。けれどその肩に止まった小さな妖精は可愛い顔を真っ赤にしてポコポコ怒っている。
あー……これはまずい、かも?
フランスが額に手を当ててどうしようか悩んでいれば、妖精はふわりと飛んでアメリカの頭をポカポカと殴りはじめた。
もちろん無駄に頑丈かつ妖精の存在を信じないアメリカには通じるはずもなく、それは無意味な行為でしかない。
イギリスが見兼ねて手を差し伸べれば、勘違いしたアメリカが再びからかいの言葉を言った。それが火に油を注ぐことになるとは気付かずに。
「あ」
思わず声を上げる。フランスのそれに同調したかのようにイギリスも目を見開いた。
妖精が先端に星のついたステッキを取り出して何やらブツブツ唱えはじめているではないか。
「こら!」
イギリスの静止の声を無視して妖精が怪しげな呪文を放とうとしたところで。
ロシアの腕が伸びた。
白い長い指が優しく妖精を捕まえて、そのまま引き寄せると同時に反対側の手で拳を握り…………ゴツ、という鈍い音が響いた。
―――― うは、やっちゃったよ。
ロシアは遠慮も手加減も微塵もなく思いきり殴った。それはもう石頭のアメリカでさえ一瞬にして沈みかけるほどの威力で。
強い衝撃に頭を押さえて硬直したアメリカが動き出すまで5秒。随分長く感じられたのはフランスにとっても驚きだったからだ。
あのロシアがアメリカに正面きって攻撃をしかけるなど、常なら決して考えられないことだからだ。余計な紛争の種は撒かないに越したことはない。バルト三国に対する態度をそのまま向けていい相手でないことなど分かっているだろうに。
―――― それほどまでに頭に来たと言うことか。
いつも以上に目が笑っていないロシアの表情は、貼りついた冷たい笑みもそのままにソビエト時代を思い出させるくらい酷薄な気配がうかがえた。気の弱い連邦諸国の面々がいたなら震え上がっているかも知れない。
けれど妖精を大切に扱っているところを見れば(ちなみに元凶である彼女は狂喜乱舞している)、性格まで戻ったわけではないようで一安心である。
日本とカナダが今にも倒れそうなほど青褪めているが、これ以上悪化するようなことはなさそうだ。
アメリカさえなんとかすればの話だけれど。
「き、君ねぇ……傷害罪で訴えるよ!」
そうやって若干涙目になりながら振り返るアメリカに、ロシアの遠慮ない言葉がつらつらと投げつけられる。
あんまりな言葉の数々にアメリカが怒鳴り返そうとしたところで、静止しようと割って入った日本が必死に仲裁し始めれば、カナダも慌てて傍に寄る。
ここは自分達がなんとかしなければならないと判断した結果か。確かにエキサイトしてとんでもない方向に暴走されても困る。
フランスも仕方なしに歩み寄って、がしっとアメリカの腕を掴んだ。
「おにーさんがうまい料理作ってやるから、そろそろ移動しようぜ」
そのまま三人で茫然とする彼をずるずると廊下まで引きずって行った。
これは見事な連携プレーだと自画自賛してもいいだろう。
「君たちだって俺が殴られたのを見ていたじゃないか!」
エントランスホールに出るなり、我に返ったアメリカが頭から湯気を出しながら怒り始める。
訴訟だ賠償だと騒ぐ彼に、日本はほんの少しだけうんざりしたような表情を垣間見せつつ、カナダ共々なんとか宥めようとしていた。
「アメリカさん、落ち着いて下さい。ロシアさんだって悪気があったわけでは」
「君たちはいつから彼の味方になったんだい!?」
「別にそういうわけでは……ただ私は」
「君は?」
「いえ、その……イギリスさんがあまりにもお気の毒でしたからつい」
目線をさまよわせながら言外に、ロシアの味方じゃなくイギリスの味方だと言いたげに日本が呟く。彼も妖精が見えない一人だが、だからと言ってその件についてイギリスを馬鹿にするような発言を許すことはなかった。アメリカが過度に突っかかるのを普段からあまり快く思っていないことは、フランスだって知っている。
ロシアの行動に実は正直、溜飲が下がっているのではないかと思うのは穿ち過ぎだろうか。
「アメリカ、お兄さんが美味いもの作ってやるから機嫌直せ。な?」
「……子供扱いはやめてくれよ」
「じゃあママを取られて拗ねるのは今日限り卒業だ」
「なっ……フランス!!」
「はいはい」
顔を真っ赤にして反論しかけるその肩をぽんぽんと叩いてやれば、元来聞き分けのいいところのある彼は口をつぐんで面白くなさそうに押し黙ってしまった。
確かに急に殴ったロシアの行動は、いきさつが分からなければ憤っても不思議ではないことだっただろう。けれど本当は助けられたのだと知れば(ロシア自身はアメリカを助けたつもりなはく、イギリスが結果的に困るのを見越してとどめただけに過ぎないが)、アメリカはどう思うだろうか。
あそこで妖精の引き起こす『魔法』とやらで、さらにややこしい事態にならなくて本当に良かったと思う。
「あ、イギリスさん」
階段から下りて来た人影にカナダが気付いて声を掛けた。会議は終わったというのに未だにネクタイを緩めることなく姿勢良く歩いている彼は、すぐによお、と手を上げて応じた。
ロシアの姿はない。
「お前らまだいたのか」
「いちゃ悪いのかい?」
すかさずアメリカが口を出せば、ぎゅっとイギリスの眉間に皺が寄る。
「そういうわけじゃねーけどさ。……まだ怒ってるのか? アメリカ」
「別に怒ってなんかないよ」
「そうか。あー……その、大丈夫か? さっき結構凄い音がしたから。ロシアには俺がちゃんと厳しく言っておくからな」
「なんで君が俺とロシアの事に口を挟んで来るんだい? また保護者気取り?」
「そ、そう言うわけじゃねーよ。ただ半分は俺の責任だし」
「本当に君っていつも人に迷惑ばかりかけてるよね!」
「そんな言い方ないだろ! なんだよ、人が心配してやってるのに……」
俯いて、ぶつぶつと文句を言いはじめるイギリスに、どこか困惑した様子でアメリカが深い溜息を落とせば、細い肩がびくりと震えた。
衝突してばかりいると言うのに、それでもアメリカに期待することを止めないのはイギリスの昔からの悪い癖だ。
フランスが今まで見て来た二人の関係はもどかしいぐらい簡単なのに、何故かいつもうまくいかない。素直じゃないから、意地っ張りだから、そういうところばかり似てしまったから、近付きすぎると反発してしまう。
お互い一歩ずつ離れていれば冷静に相手のことが見えてくるのに、なかなか難しい。
気まずい空気が流れ、日本とカナダがおろおろと成り行きを見守っていれば、階段からもう一人、下りて来る気配を感じた。
「イギリス君、あの子珍しいからこの辺見て行きたいって。……どうしたの?」
「いや、なんでもねーよ」
目元を赤くしているイギリスに気付いて、すうっとロシアの瞳が細くなる。慌てて取り繕う彼の後ろから、鋭い眼差しがアメリカへと向けられた。
あ、これはまずい。
「アメリカ君」
「なんだい」
不機嫌なのはお互い様とばかりに、アメリカもまた険を孕んだ目を向ける。そんな彼にすいっと指先を伸ばすと、ロシアはにっこりと笑った。
「呪っちゃうぞ」
コルッ☆と無茶苦茶いい笑顔で宣言されて、ドン引きしながらアメリカが「き、君、ちょっとおかしいんじゃないかい?」と言って余計不興を買っていた。
まぁアメリカ相手にその手のまじないは効かないだろうが、効果を熟知する日本やイギリスは傍目にも分かるほど真っ青に顔色を変えてあたふたしはじめる。
そのうろたえぶりや、深刻というよりも最早乾いた笑いが出てしまう域に達しているほどだった。
あぁもうどうでもいいからお前らちょっとは静かにしろよ。カナダが怯えてるじゃないか。
そう思ってフランスは本日何度目か分からない溜息をつきながら、これ以上ロシアが暴走しないように声を掛けるかどうかでしばらく悩む羽目になるのだった。
普段は15分前の着席をよしとする彼らしくないその慌てぶりに、何かあったのだろうかとニヨニヨとからかい混じりに声を掛ければ、案の定すげなく一蹴される。
ふとその肩口にきらりと光を集めたようなものが見えて一瞬気を取られた。目を眇めてじっと見つめていれば、それは徐々に形をはっきりとさせて、フランスの目にも薄ぼんやりではあったが妖精の姿として認識されはじめる。
これもまた珍しい。
彼の唯一と言っていい友人達である妖精を、今まで一度たりとも仕事の場に連れて来るような事はなかったはずだ。
見えない連中にいくら説明しても無駄だし、公私の区別ははっきりとつけたがる性格ゆえに(アメリカとの言い争いは別として)、ファンタジーな存在との同伴出勤などこれまではなかったと言うのに、何かあったのだろうか。
「おいこらワイン野郎」
じろじろ観察していたら物凄い勢いで睨まれてしまう。またご機嫌ななめなのね、とフランスは溜息混じりに肩を竦めた。
そうこうしているうちに会議が始まれば、暇を持て余した妖精が自由気ままに勝手な行動に移る。もとより彼女たちは束縛を嫌うので、どんなに仲が良いとは言ってもイギリスの言うことを100%聞くとは限らない。
ふわりと浮いてテーブルの真上を飛びながら興味深そうにきょろきょろ周囲を見渡し、突然ぱっと顔を輝かせて飛んで行ってしまった。
「あ、こら!」
思わずイギリスが声を上げるがまるっと無視。妖精は気ままに飛んでロシアの方へと近づいてゆく。
前々からロシアには妖精の姿が見えていて、案外仲良くしているなぁとは思っていたが、どうやら彼女達との相性もかなりいいらしい。にこりと笑って愛想良く応じながら、イギリスの苛立ちを前に呑気に会話を繰り広げている。
隣に座る中国があからさまに嫌そうな顔をしているが気にするわけもなく、妖精とロシアは楽しそうに話をしはじめた。
……今、会議中なんですけど。
「あのバカ!」
小声で毒づくイギリスに、フランスはやれやれとテーブルに両肘をつきながら、ドイツの眉間の皺が深くなりこめかみに青筋が浮くのを遠い目で見つめていた。
今日もまた波乱万丈な会議となりそうだ。
* * *
各国が退席すれば、ざわついた室内はほんの少しだけ静かになった。
けれど残されたメンバーを見やればこれから一悶着あるのは想像に難くない。イギリス、ロシア、アメリカが揃えば波乱がない方がおかしいくらいだ。
「フランスさん、大丈夫でしょうか」
日本とカナダが心配そうにハラハラと彼らを見守っている。どちらも大きな言い争いに発展しなければ良いと思っているに違いない。
「あー……まぁいつものことだし、放っておけばいいんじゃないの?」
「ですが。アメリカさん、今日はだいぶ機嫌が悪いようですし」
日本が口元に指先を当てて困惑した表情でそう言えば、カナダも小さく頷きながら三人の方をじっと窺う。
フランスもそちらを見ながら相変わらずロシアの周囲を飛び回る妖精と、それをどこか嬉しそうに見ているイギリス、そして怒っていると言うよりもむしろ拗ねているアメリカの顔を眺めた。
最近ではすっかりありがちになってしまったこの光景。会議場では珍しいがイギリスの自宅ではごくごく見慣れたものになってしまった。
ロシアが、これまでほとんどの国が見えずに幻覚扱いしてきた妖精の姿が見えると知った時の、イギリスの驚きと喜びようは今思い出しても実に飛び抜けたものだった。
仲の良い日本からも困ったように見られ、大事な弟だったアメリカにも幼い頃から馬鹿にされ続けた彼の事。ようやく同じ目線で世界を見ることが出来る相手が現れたのはこの上なく嬉しいことだったのだろう。
それまで犬猿の仲どころか、会えば必ず火花を散らしていたロシア相手にはにかんだ笑顔まで見せるようになったのだ。
そして誰もが驚き、不気味と言ってよいほどの二人の変化に一番敏感に反応したのは、当然のごとくアメリカだった。
彼は小さい頃はイギリスにべったりだったし、イギリスも手放しに可愛がって来た子供なわけだが、唯一共有出来なかったのがこの自称「イギリスの友人たち」との交流なのだ。
アメリカにはまったく彼女たちの姿は見えない。こういうのは努力してどうにかなるものでもなかったので、結局アメリカは全てをイギリスの妄言扱いすることで落ち着いていた。
それが降って湧いた不幸とも言うべきロシアの存在に、幼少からのもどかしさが揺り動かされてしまって、今にも爆発しそうになっている。
気持ちは分かるがフランスとしてもその辺はどうしようもないことだったので、大人しく見守るにとどめていたのだが。
「何を一人でブツブツ言っているんだい? イギリスの傍にいるからロシアまでおかしくなっちゃったんだね。かわいそうに」
「お前、何さりげに失礼な事言ってんだよ!」
相変わらずの毒舌にイギリスが食って掛かるのが聞こえる。
日本は顔色を変えて慌ててアメリカの傍に寄って行った。控えめにその腕を捉えながら「そうですよアメリカさん。さすがにちょっと言い過ぎでは……」と声を落としながらなんとかなだめようとしている。
ロシアはへらへらと笑ったまま特になにも言わなかった。けれどその肩に止まった小さな妖精は可愛い顔を真っ赤にしてポコポコ怒っている。
あー……これはまずい、かも?
フランスが額に手を当ててどうしようか悩んでいれば、妖精はふわりと飛んでアメリカの頭をポカポカと殴りはじめた。
もちろん無駄に頑丈かつ妖精の存在を信じないアメリカには通じるはずもなく、それは無意味な行為でしかない。
イギリスが見兼ねて手を差し伸べれば、勘違いしたアメリカが再びからかいの言葉を言った。それが火に油を注ぐことになるとは気付かずに。
「あ」
思わず声を上げる。フランスのそれに同調したかのようにイギリスも目を見開いた。
妖精が先端に星のついたステッキを取り出して何やらブツブツ唱えはじめているではないか。
「こら!」
イギリスの静止の声を無視して妖精が怪しげな呪文を放とうとしたところで。
ロシアの腕が伸びた。
白い長い指が優しく妖精を捕まえて、そのまま引き寄せると同時に反対側の手で拳を握り…………ゴツ、という鈍い音が響いた。
―――― うは、やっちゃったよ。
ロシアは遠慮も手加減も微塵もなく思いきり殴った。それはもう石頭のアメリカでさえ一瞬にして沈みかけるほどの威力で。
強い衝撃に頭を押さえて硬直したアメリカが動き出すまで5秒。随分長く感じられたのはフランスにとっても驚きだったからだ。
あのロシアがアメリカに正面きって攻撃をしかけるなど、常なら決して考えられないことだからだ。余計な紛争の種は撒かないに越したことはない。バルト三国に対する態度をそのまま向けていい相手でないことなど分かっているだろうに。
―――― それほどまでに頭に来たと言うことか。
いつも以上に目が笑っていないロシアの表情は、貼りついた冷たい笑みもそのままにソビエト時代を思い出させるくらい酷薄な気配がうかがえた。気の弱い連邦諸国の面々がいたなら震え上がっているかも知れない。
けれど妖精を大切に扱っているところを見れば(ちなみに元凶である彼女は狂喜乱舞している)、性格まで戻ったわけではないようで一安心である。
日本とカナダが今にも倒れそうなほど青褪めているが、これ以上悪化するようなことはなさそうだ。
アメリカさえなんとかすればの話だけれど。
「き、君ねぇ……傷害罪で訴えるよ!」
そうやって若干涙目になりながら振り返るアメリカに、ロシアの遠慮ない言葉がつらつらと投げつけられる。
あんまりな言葉の数々にアメリカが怒鳴り返そうとしたところで、静止しようと割って入った日本が必死に仲裁し始めれば、カナダも慌てて傍に寄る。
ここは自分達がなんとかしなければならないと判断した結果か。確かにエキサイトしてとんでもない方向に暴走されても困る。
フランスも仕方なしに歩み寄って、がしっとアメリカの腕を掴んだ。
「おにーさんがうまい料理作ってやるから、そろそろ移動しようぜ」
そのまま三人で茫然とする彼をずるずると廊下まで引きずって行った。
これは見事な連携プレーだと自画自賛してもいいだろう。
* * *
「君たちだって俺が殴られたのを見ていたじゃないか!」
エントランスホールに出るなり、我に返ったアメリカが頭から湯気を出しながら怒り始める。
訴訟だ賠償だと騒ぐ彼に、日本はほんの少しだけうんざりしたような表情を垣間見せつつ、カナダ共々なんとか宥めようとしていた。
「アメリカさん、落ち着いて下さい。ロシアさんだって悪気があったわけでは」
「君たちはいつから彼の味方になったんだい!?」
「別にそういうわけでは……ただ私は」
「君は?」
「いえ、その……イギリスさんがあまりにもお気の毒でしたからつい」
目線をさまよわせながら言外に、ロシアの味方じゃなくイギリスの味方だと言いたげに日本が呟く。彼も妖精が見えない一人だが、だからと言ってその件についてイギリスを馬鹿にするような発言を許すことはなかった。アメリカが過度に突っかかるのを普段からあまり快く思っていないことは、フランスだって知っている。
ロシアの行動に実は正直、溜飲が下がっているのではないかと思うのは穿ち過ぎだろうか。
「アメリカ、お兄さんが美味いもの作ってやるから機嫌直せ。な?」
「……子供扱いはやめてくれよ」
「じゃあママを取られて拗ねるのは今日限り卒業だ」
「なっ……フランス!!」
「はいはい」
顔を真っ赤にして反論しかけるその肩をぽんぽんと叩いてやれば、元来聞き分けのいいところのある彼は口をつぐんで面白くなさそうに押し黙ってしまった。
確かに急に殴ったロシアの行動は、いきさつが分からなければ憤っても不思議ではないことだっただろう。けれど本当は助けられたのだと知れば(ロシア自身はアメリカを助けたつもりなはく、イギリスが結果的に困るのを見越してとどめただけに過ぎないが)、アメリカはどう思うだろうか。
あそこで妖精の引き起こす『魔法』とやらで、さらにややこしい事態にならなくて本当に良かったと思う。
「あ、イギリスさん」
階段から下りて来た人影にカナダが気付いて声を掛けた。会議は終わったというのに未だにネクタイを緩めることなく姿勢良く歩いている彼は、すぐによお、と手を上げて応じた。
ロシアの姿はない。
「お前らまだいたのか」
「いちゃ悪いのかい?」
すかさずアメリカが口を出せば、ぎゅっとイギリスの眉間に皺が寄る。
「そういうわけじゃねーけどさ。……まだ怒ってるのか? アメリカ」
「別に怒ってなんかないよ」
「そうか。あー……その、大丈夫か? さっき結構凄い音がしたから。ロシアには俺がちゃんと厳しく言っておくからな」
「なんで君が俺とロシアの事に口を挟んで来るんだい? また保護者気取り?」
「そ、そう言うわけじゃねーよ。ただ半分は俺の責任だし」
「本当に君っていつも人に迷惑ばかりかけてるよね!」
「そんな言い方ないだろ! なんだよ、人が心配してやってるのに……」
俯いて、ぶつぶつと文句を言いはじめるイギリスに、どこか困惑した様子でアメリカが深い溜息を落とせば、細い肩がびくりと震えた。
衝突してばかりいると言うのに、それでもアメリカに期待することを止めないのはイギリスの昔からの悪い癖だ。
フランスが今まで見て来た二人の関係はもどかしいぐらい簡単なのに、何故かいつもうまくいかない。素直じゃないから、意地っ張りだから、そういうところばかり似てしまったから、近付きすぎると反発してしまう。
お互い一歩ずつ離れていれば冷静に相手のことが見えてくるのに、なかなか難しい。
気まずい空気が流れ、日本とカナダがおろおろと成り行きを見守っていれば、階段からもう一人、下りて来る気配を感じた。
「イギリス君、あの子珍しいからこの辺見て行きたいって。……どうしたの?」
「いや、なんでもねーよ」
目元を赤くしているイギリスに気付いて、すうっとロシアの瞳が細くなる。慌てて取り繕う彼の後ろから、鋭い眼差しがアメリカへと向けられた。
あ、これはまずい。
「アメリカ君」
「なんだい」
不機嫌なのはお互い様とばかりに、アメリカもまた険を孕んだ目を向ける。そんな彼にすいっと指先を伸ばすと、ロシアはにっこりと笑った。
「呪っちゃうぞ」
コルッ☆と無茶苦茶いい笑顔で宣言されて、ドン引きしながらアメリカが「き、君、ちょっとおかしいんじゃないかい?」と言って余計不興を買っていた。
まぁアメリカ相手にその手のまじないは効かないだろうが、効果を熟知する日本やイギリスは傍目にも分かるほど真っ青に顔色を変えてあたふたしはじめる。
そのうろたえぶりや、深刻というよりも最早乾いた笑いが出てしまう域に達しているほどだった。
あぁもうどうでもいいからお前らちょっとは静かにしろよ。カナダが怯えてるじゃないか。
そう思ってフランスは本日何度目か分からない溜息をつきながら、これ以上ロシアが暴走しないように声を掛けるかどうかでしばらく悩む羽目になるのだった。
>>匿名さま&唯紗さま
このたびは当サイトの企画にご参加下さいまして、どうもありがとうございまいした!
リクエストを一緒にお応えしてしまって申し訳ありません。でもとても楽しく書かせて頂きましたv
露英+米仏日は私も大好きなので嬉しかったですー。
ちなみにカナちゃんの影が薄いのはデフォルトなのでお気になさらず(笑)
去年に引き続き今年も露英三昧な一年になると思いますが、どうぞ宜しくお願いしますv
リクエスト、ありがとうございましたー!
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