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 紅茶をどうぞ
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「ティータイム」続き 『手作りスコーン』
 ふとしたきっかけで、これまでの常識的な何かが変わる。
 そういうことは滅多にないが、転機というものはいつだって唐突に訪れるものなのだ。
 こうしてイギリスが、不倶戴天の敵とでもいわんばかりのロシアと差し向かいでティータイムを過ごすなどという、前代未聞な事態に陥っているのも、実に不可思議なことではあったが受け入れてしまえばそれほど違和感がないのもまた事実。
 大きな身体に不似合いなほど繊細なカップを持ち、にこにこと上機嫌で淹れたての紅茶と焦げ目のついたスコーンをほおばる姿は、なんともまぁ無邪気さそのもので、とても北の大陸の支配者とは思えずうっかり絆されそうになってしまうイギリスだった。


 が、しかし。そんな悠長なことは許されないとばかりに突然、大きな音を立てて入口のドアが開かれた。
 鍵を掛け忘れていたことに気付いてももう遅い。闖入者は遠慮なしに足音を響かせて勝手にずかずかと室内に入り込んで来る。
 その無遠慮ぶりたるやいかほどのものか。

「イギリス!」

 不法侵入などなんのその、アメリカはティーセットを挟んで紅茶を楽しむイギリスとロシアの前に仁王立ちになった。
 両手を腰に当ててこめかみに青筋を浮かせながら睨みつけるようにこちらを見ているその瞳には、抑えきれない怒りが見える。

「俺にも淹れてよ」
「はぁ?」
「君のまずーい手作りスコーンを食べられるのは俺だけなんだからね! 紅茶くらい淹れてくれてもいいんじゃないかな」

 遠慮のない険をはらんだその言い方にカチンと来て、イギリスはむっとして太い眉を寄せる。ロシアはのんびりカップを傾けながら事の成り行きを見守っているようで、とくに口を挟むことはなかった。

「スコーンならもうこいつが食ってる」
「ええ!?」
「お前なんかにはやらねーよ! いっつも文句ばっか言いやがって……そんなにまずいなら食わなきゃいいだろうが」

 そう言いながらイギリスはこれみよがしに追加のスコーンを取り出し、次々と皿の上に盛り付けた。不恰好で何やら怪し気な焼き色のそれはぐらぐら揺れながらどんどんと積み上がっていく。
 一体どれほどの量を用意して来たというのだろうか。
 思わず引き気味になりながらもアメリカが言葉を紡ごうとしたその目の前で、ロシアは次々とスコーンを口に入れては咀嚼して飲み込む、という動作を延々繰り返していた。
 その食べっぷりや見事なもので、イギリスが淹れたもう何杯目になるか分からない紅茶で流し込みつつ、大食い選手権さながらの勢いで食べ続けている。
 
「ねぇ、ロシア」
「ん?」
「君、きっと後悔すると思うよ…」
「そお?」

 さしものアメリカが見兼ねて思わずそう言えば、当のロシアはけろっとした顔で更にスコーンを頬張っていた。
 イギリスが不機嫌そうな顔でじろりとアメリカを睨みつける。

「なんだよ、お前にはやらないって言ってるだろ!」
「困っている人を見掛けたら手助けするのもヒーローの役目だからね! 貰うよ」

 そう宣言してアメリカがスコーンを手に取り、イギリスが止める間もなく齧れば。ごり、という硬い音がして咄嗟に眉をひそめる。
 それでも頑張って噛み砕いていけば、なんとも説明しがたい味が口内いっぱいに広がって、そのままえずきそうになったところで慌てて飲み込んだ。
 知らず知らず目尻に涙が浮く。

「なんて言うかこれ、いつもより更にグレードアップしてるね」
「え!? う、うまいか!?」

 アメリカの感想を間違った方向に受け止めて、イギリスはぱっと表情を明るくする。その緑の眼差しがキラキラ輝くのをちょっと意識が飛びそうになりながら見つめ、アメリカは『この人は変なところでポジティブシンキングだなぁ』と思った。
 そのままイギリスのカップに手を伸ばして冷めた紅茶を一気に飲み干す。「あ、お前行儀悪いぞ!」と怒鳴る声はまるっと無視だ。

 一方そんな二人の遣り取り中も、ロシアは黙々とスコーンを食べ続けていた。確かに美味しいとは言えないが、それほどまずいとも思わないのは、ソ連時代の強制収容所生活や極貧時代を過ごしたことがあるからだろうか。
 そう、寒くて貧しかったあの時代。食べる物ひとつなく飢えて凍えて意識が遠のいたあの時のことを思えば、この程度はなんでもない事のように思えるから不思議だ。
 過去の辛さ、苦しさに比べたら全然たいした事ない……ところで僕はなんでこんな苦行を強いられているんだろう……そんなふうにロシアが朦朧と思っていれば、更にもうひとつアメリカがスコーンを掴み上げた。
 折角くれるというものを他人に奪われるのは面白くない。それがたとえどのようなものであれ、――イギリスお手製のスコーンであれ―― アメリカに取られるのは納得がいかない。
 ロシアは無意識に腕を伸ばして、今まさにアメリカが口に入れようとしたスコーンを奪い取った。

「駄目」
「…………」

 イギリスとアメリカが同時に固まって、それからイギリスは「そ、そんなに食いたいならもっと作って来てやるぞ?」とそわそわしながら頬を染めて喜び、アメリカは「君ねぇ、ちょっといい加減にしなよ? 俺は多大なる善意を持ってヒーローとして人助けをしてあげようとしているのに!」と叫んだ。

「人助けってなんだよ!」
「だっていくらアホみたいに頑丈なロシアでもさ、君の手作りスコーンをこんなに大量に食べたら死んじゃうかもしれないじゃないか!」
「おまっ……俺のスコーンは殺人兵器か!」
「え? そうじゃないか」

 反論は許さないぞ!と指を突きつけるアメリカに、イギリスが再びポコポコと怒り出せば、ロシアは「なんかものすごーく聞き捨てなら無いことを言われた気がするんだけど」と言ってにっこりと笑う。
 もしここに日本やフランスがいたら、「なんというカオス!」と言いながらもまぁまぁと仲裁に入りそうな状況だったが、不幸なことに、今の時点では止める者は誰も存在していなかった。

「せっかく助けてあげようって言うのに、ロシアは人の好意を踏みにじるって言うのかい?」
「うーん、ごめんね。僕にだって選ぶ権利はあると思うなぁ。この先、間違ってもアメリカ君の世話になるなんて事、地球が崩壊してもありえないから安心してよ」
「地球が崩壊したら君なんて粉々になって消滅してるじゃないか」
「比喩が分からないなんてアメリカ君って本当にピュアなんだね。頭の中身が空っぽで羨ましい限りだよ」
「褒めても何も出ないぞ!」
「大丈夫、そんな気持ち微塵もないから」

 淡々と言い合いながら、ロシアは器用にスコーンを片付けていった。
 あれだけ大量に積まれた物体が次々と消え失せ、その勢いにイギリスでさえついつい「大丈夫か?」と声を掛けたところで最後のひとつがなくなった。
 ロシアは満足そうにぱんぱんと手を叩いて粉を落とすと、残りの紅茶を飲んでから立ち上がる。ふわりとなびくマフラーが視界を掠めるのと同時に、イギリスとアメリカがなんとなく自然に道を開けた。

「ご馳走様。お茶美味しかったよ、ありがとう」
「そ、そうか! あ……その、今度良かったらまた」
「イギリス!」

 誘いをかける言葉に慌ててアメリカが口を挟むが、押しのけてイギリスはロシアを見上げた。
 ん?と見下ろす彼に向かって躊躇いがちに続ける。

「俺んちに、来ないか? ……ジャムも用意するから」
「本当?」

 ぱぁっと明るい笑みが落ちてくる。思わず見蕩れたように動きを止めるイギリスを、アメリカが腕を掴んで引き寄せた。倒れこむ細い身体をわざとらしく抱き止めてさりげに所有権を主張する姿は、親を取られまいとする子供のようだ。
 ロシアは一瞬不愉快そうに眉をひそめたが、特に何も言わず背を向ける。

「じゃあね」
「あぁ」

 絡んでくる腕を振り払いながらのイギリスの声をバックに、立ち去ろうと一歩踏み出し、ロシアが出口を目指そうとしたところで。
 ぐらり、とその身体が傾く。
 え?と思う間もなく視界が真っ暗になり平衡感覚がなくなった。

「「ロシア!?」」

 イギリスとアメリカの驚いた唱和が聞こえたところで、ロシアはその場にひっくり返ってしまった。
 

* * * * * * * * *



 目が覚めればそこは見慣れない部屋で、白いカーテンが静かにはためいているのが見えた。かすかな薬品の香りがするのを鑑みれば、ここは会議場のある建物内にある医務室だろうか。
 ぼんやりとした頭で自分の置かれた状況を把握しようとして、ロシアは視界に映った人影に焦点を合わせた。
 すぐにそれが誰なのか気付いて身体を起こそうとしたが、あいにくと鉛のように重い全身はぴくりとも動かせなかった。

「あ、目が覚めたか、ロシア?」
「イギリス君……」
「お前倒れたんだぞ。覚えているか?」
「……アメリカ君は?」

 一番関わりあいたくないが、恐らくあの状況……ロシアがスコーンの食べすぎで倒れたというなんとも痛い出来事……を思い出せば、嫌でも無視は出来ない。
 イギリスがロシアを抱え上げられるわけがないからだ。となるとここまで自分を運んだのはアメリカしか考えられない。まさに最低最悪な結末と言ったところだろうか。

「医者を呼びに行ってる。あー…あいつ乱暴だからなぁ。頭大丈夫か?」

 そう言って伸ばされたイギリスの手が、何のためらいも無くロシアの頭頂部を撫でる。瞬間つきりと痛みが走って戸惑う。
 慌ててその場所を探ると、小さな瘤が出来ていた。

「倒れた時にぶつけた?」
「いや、アメリカが担ぎ上げた時にテーブルのふちに。あとこっちは壁にぶつかってだな」

 言いながら再びイギリスの指先がこめかみに触れれば、同じように痛みが走る。そちらも恐らく傷になっているのかもしれない。
 アメリカらしいと言えばらしいが、この仕返しは100倍にして返さなければならないだろう。運んでもらったという礼の部分は差し引くにしても。

「お前、あんまり無理しなくて良かったのに」
「無理?」
「スコーンだよ。不味かったんだろ? それなのにあんなに食うから」

 ただでさえ食べ過ぎれば具合も悪くなるだろうし、それがイギリスお手製のものであれば自殺行為に等しかったのかもしれない。
 確かに手離しで褒められるほどの美味しさも無かったし、ぼそぼそして硬くて歯ざわりも悪かった。それでもくれるというものは何でも貰う主義のロシアにとっては、別に困るものでもなかったのだが。
 その破壊力や想像を絶したわけだ。

「せっかくの手作りだし、紅茶には合うし、いいんじゃないの?」
「だからって食い過ぎだ」
「うん。でも君が僕のために紅茶を淹れてくれたのが、とっても嬉しかったから」

 そう言えばぽん、と音を立てる勢いでイギリスが真っ赤になった。面白いなぁと眺めていれば、彼は恥ずかしそうに早口で叫ぶ。

「たかが紅茶だろ!?」
「紅茶、大好きだもの」

 昔からロシア文化に紅茶は欠かせなかった。イギリスから伝わったそれは古くからの慣習として今も残っている。
 いつかイギリス本人に淹れてもらえたらいいと思っていたのだが、念願叶って何よりだった。嫌いではあるが、彼に対し少なからず憧れを持ち続けてきたと言えないこともないのだから。

「また今度淹れてくれると嬉しいな」
「え!?」
「君の家に遊びに行ってもいいんでしょ?」

 気を失う前に聞いた彼の声。
 薔薇と紅茶と妖精の国に、遊びに行けたらとても楽しいに違いない。
 ロシアの好きな向日葵はあるだろうか。たとえなくても、もしかするとそれよりももっと色鮮やかな何かがあるのかもしれない。
 不思議の国、ファンタジーの国。

「ね、いいでしょ?」
「お前……俺のこと嫌いなのにいいのかよ」
「確かにだいっきらい。でも興味はあるし、紅茶も美味しかったし、ジャムも食べてみたいし」

 スコーンはもういいけど。
 そんなことを言いながら目の前で驚いた表情をしたまま固まるイギリスの、緑色の瞳ににこりと笑いかける。頭とお腹は痛いが機嫌はいいから大サービスだ。

「お願いね」
「お、おう」

 強引に押し切ればイギリスは戸惑った様子のまま頷いた。
 こういうところはある意味可愛いかもしれない、そう思いながらロシアは眠そうにふわ、とあくびをしてから両目を閉ざす。吐き気はないが腹部が重くてこのままもう少し休んでいたかった。

「眠いのか?」
「ちょっとね」
「そっか」

 和らいだ気配のままイギリスの少しだけ体温の低い指先が額に触れて、なんだかちょっと、気持ちがいい。
 無理してスコーンを食べた甲斐があったかも。これはある意味役得だよね、とロシアが唇に小さな笑みを浮かべたその瞬間。
 バタンと大きな音を立ててドアが開いた。

 静寂を切り裂くアメリカの足音が響いてげんなりするまであと一秒。




>>匿名さま&r.sさま
ロシアお誕生日企画へのご参加、どうもありがとうございましたv
勝手ながら同じ作品へのリクエストということでひとつにまとめさせて頂きました。根性無くて済みません…。
でも愛だけはめいっぱい詰め込んでありますので、少しでも楽しんでいただければ嬉しく思います。
ほのぼのかつのんびりな米英露は書いていてとっても楽しかったです!

去年に引き続き今年も露英三昧な一年になると思いますが、どうぞ宜しくお願いしますv
リクエスト、ありがとうございましたー!

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