紅茶をどうぞ
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[祭] ふざける (今日の僕等は子供心!) その4
「子供服は用意してありますよ!」という日本の言葉に、さすがにこのままの格好(大人の服を巻きつけていているだけの素っ裸)では可哀相だと思い、ロシアはイギリスを着替えさせるために日本の後に続いて別室へと移動した。
どうせ子供に戻すなら洋服も当時のものに変化させてしまえばいいのに。ファンタジーって結構不便、と少々理不尽なことを言いながら案内された部屋に入れば、室内には妙にキラキラしい服が何着も置かれていて思わず「わー」と棒読みで驚きの声を上げてしまった。
予想はしていたが、これはどう見てもコスプレと呼ばれる類のものではないだろうか。一歩間違えれば自分も着せられていたかもしれないと思うと、人ごとではない。
「日本君、これ」
「さぁ、どれでもお好きな物をお選び下さい。もちろん全部着たいとおっしゃるなら構いませんよ。記念写真は撮らせてもらいますが」
舞台衣装みたいに派手なものもあれば、幼稚園の制服、漫画やアニメのキャラクターもの、果ては水着まで用意されている。たいていの事には動じないロシアもこれにはさすがに軽い眩暈を覚えた。
「本当ならロシアさんにも着て頂きたかったのですが。あ、ほら、これなんてきっとお似合いだったと思いますよ」
そう言って日本が手にしたのは小さなふわふわのファーがついたロシア帽だ。それならまだ普通にかぶっていたものだし、今も雪の降る日は着用しているので抵抗はない。案外まともなものもあるじゃないかと無駄にほっとしたのもつかの間、続いて彼が取り出したものに思わず脱力してしまう。
「な、なにそれ」
「これはマトリョーシカの着ぐるみです」
「……どうやって着るの?」
「まずこの一番小さい型に詰め込まれて頂き、次にこれに埋まり、さらにこれにくるまり、その上にこれをかぶせ、そして」
「もういいよ、想像しただけで窒息しちゃうよ」
「ロシアさんならきっと大丈夫ですよ」
にっこりと何の悪意もない笑顔でさらりと流して、日本はでは、と仕切り直してよいしょと別の衣装を取り出す。
ゴテゴテにデコレーションされた巨大なそれは。
「ファベルジェの卵です」
「うん、そうだね。それで?」
「ここからちゃんと頭や手足が出せるようになっているんですよ。小さなロシアさんにはきっととても良くお似合いだったことでしょう」
「君、本気で言ってるの?」
「私はいつだって本気ですよ」
「……イギリス君の服が欲しいな」
「それでしたら是非こちらを!」
物凄い意気込みと共にずいっと突き出されたのは、フリルとレースがふんだんに使われた服。
「普通のでいいよ」
「そんなつまらないことおっしゃらずに」
にっこりと極上の笑みを見せる日本に、仕方なしにロシアは出された服を受け取り肩を竦めた。こういう時の彼には何を言っても無駄だろう。
それに日本の楽しそうな顔を見るのはこちらとしても楽しいし(こんなに機嫌がいい彼を自分は滅多に見られない)、イギリスを着飾って喜ぶ趣味はないが毛嫌いする理由もなかった。魔法が解けるまであとどれくらいかかるのかは分からないが、この場は彼に任せてしまった方がいいのかも知れないと思い、子供のイギリスを渡そうとした。
けれど彼は見知らぬ世界でロシア以外に信用出来るものが見付からないとでもいうかのように、しがみついて離れようとしなかった。ユニコーン&妖精の力はかくも偉大だ。
「イギリス君、ちょっとここで着替えていてよ」
「お前はどこへ行くんだ?」
「君に魔法をかけた人物に会いに」
「魔法? 兄さんがいるのか?」
そこですぐに出て来るのが兄であることに幾分感心しながら、金色の頭を大きな手で撫でてやる。くすぐったそうにしながらわずかばかり表情が明るくなったのはやはり、見知らぬ場所で顔見知りがいるかもしれないという安堵からだろうか。
喧嘩をしていても嫌われていても、イギリスにとって兄は兄。あの小さな島国で権力闘争を繰り広げながらも、スコットランド達は決定的に嫌いになれない存在なのかもしれない。ある意味ロシアの姉や妹に対する思いにも似ている。
「もし会いたいなら連れて来るよ」
「え」
「どうする?」
問いかければ困惑した表情で瞳を揺らして、イギリスは黙り込んでしまった。日本が心配そうに顔を覗き込めば彼は子供に不似合いな難しい顔をして、それから小さな声で「いるなら会いたい」と答えた。
「分かった、連れて来るね」
「俺も行く」
「でも」
「兄さんは強いけど俺だって役には立つぞ? お前の事はちゃんと守ってやる!」
意気込んだ様子に日本が「おやまあ」と驚いた顔をして口元に手を当て、ロシアもまた目を丸くしてまじまじとイギリスを見つめてしまった。
どうやらこちらの身を心配してくれているらしい。こんなに小さな身体で随分と頼もしくも涙ぐましいものではないか。
だが気持ちは嬉しいが向こうにはアメリカもいるし、スコットランドも幼いイギリスとは年齢が釣り合わない為、いろいろ面倒なことにならないとも限らない。危害を加えるはずがないと分かっていても、子供に戻ったイギリスを安易に彼らと接触させたくないのも事実だ。とくにアメリカには会わせたくないと思ってしまうのはロシアの我儘だろうか。
さてどうしたものかと意見を伺うべく日本の顔を見てみれば、彼は視線を戸口の方へ向けて小さく「あ」と声を漏らした。すぐに気配に気づいてロシアも振り向く。
どうやらこちらから出向くまでもなかったようだ。
「やあ」
能天気な笑顔と共にアメリカが扉にもたれて右手を上げる。その隣には見慣れぬ人物の姿。
ロシアにとっては初対面の、イギリスの兄スコットランドがいた。
「イギリス落ちついて! ね、ちょっと……君ねぇ!!」
「うるせぇこの野郎! 待ちやがれ!!」
目の前を走り抜けるアメリカと、それを追いかける小さなイギリスを遠巻きにしながら、ロシアは障子や襖に盛大な穴が空けられて頭を痛めている日本と、呑気にグリーンティを飲んでいるスコットランドに挟まれて「頑張れイギリスくーん」と応援の声を飛ばしていた。
どこから取り出したのか小型の弓矢を構え、逃げるアメリカに撃ち込むその姿はRPGの狩人ユニットよりもなお凶暴だった。
「そもそもだな、アレは年少の頃の方が暴れん坊で、誰も手に負えなかったものだ」
「ふーん」
「しかも妖精の加護のない者への毛嫌いも酷いもので」
「なるほどー」
「ましてや妄言扱いするなどもっての他だな」
淡々と解説するスコットランドの言葉にいちいち頷きながら、ロシアはようやく出された新作和菓子に舌鼓を打つ。
今から十五分前。イギリスの着替えが済んでとりあえず落ち着こうと別室に移動する途中の、不用意なアメリカの発言がこの騒動の発端だった。
「君、子供になる薬なんていつの間に作ったんだい? え? ブリテン島の奇跡? なんだいそれ。妖精や魔法なんてあるわけないじゃないか! 相変わらず幻覚ばかり見ているんだなぁ。ほんとどうしようもないよね!」
そうしてゴスゴスと小さなイギリスの頭に指を突き刺すその動きに、茫然としていたイギリスはみるみるうちに真っ赤になって、怒り頂点に達したと言わんばかりに怒鳴り声を上げた。
「なんだお前は!」
飛び上がって指先に噛み付く子供に、驚いたアメリカが悲鳴を上げて振り払えば、華麗に床に着地したイギリスがブリテンマジックで弓を取り出し、今に至る。
さすが狩猟民族、見事な腕前を披露して日本の家を破壊しながらアメリカの背中にびゅんびゅん矢を飛ばしていた。
逃げる獲物、追う狩人の図だ。
「でさぁ、スコットランド君」
「なんだ」
「イギリス君はいつ戻るのかなぁ」
「そのうちだ」
「そのうちねぇ」
呟きながらちらりと隣に目をやれば、いろいろと諦めきって魂が出掛かっている日本がいた。
壷が花瓶が畳が……と虚ろな声がぼそぼそと聞こえてくる。
「日本君が泣き出さないうちに戻ればいいね」
「お前は止めないのか?」
「僕? 別に? 見ていて面白いし」
追いかけられているアメリカが楽しそうなのがちょっと頭に来るけれど、でも小さくてかっこいいイギリスを見られたのは眼福だ。日本もそのうち立ち直ってまたカメラを構え直すだろう。人は開き直ればなんだって出来るのだ。
スコットランドは鼻先で笑うと少しだけ懐かしいような眼差しでイギリスを見て、それから興味を失ったかのように和菓子に手を伸ばした。
綺麗な若草色をしたそれを口にしながら、「日本の食べ物はなんでも美味しいからいいな」と手離しで褒める。料理の腕前は知らないが、味覚はまともなようでさすがはイギリスの兄と言った感じだろうか。どうやら趣向は似ているらしい。
それにしてもゴムボールのように元気いっぱいに跳ね回るイギリスも、悲鳴を上げながらも本気で抵抗しないアメリカも、こうなったら萌えて見せると立ち上がる日本も、楽しそうで何よりだ。
「そう言えば君の魔法もやっぱり僕には効かなかったみたいだね」
「そうだな。アレも負けたそうじゃないか」
「うん。呪い返しは得意技なんだ。まぁ君には返せなかったみたいだけどね」
「そこまで迂闊じゃないからな」
「さすがはイギリス君のお兄さん」
そう言えば、くすっと笑ってスコットランドはわずかに面白そうな表情を浮かべて呟く。
「そう言えば昔アレに『呪』を送ったこともあったな」
「それで?」
「10倍にして返されたが」
「へぇ、男兄弟って楽しそうでいいよね」
姉と妹に挟まれ微妙な立場のロシアの一言を、いつの間にやら聞き耳を立てていた日本がうっかり聞いてしまい、遠い眼差しをしていた。
それから騒ぎ疲れたイギリスがロシアの膝で丸くなるまで大騒ぎして、みんなしてその寝顔を堪能することになった。
なんの疑問も迷いもなくロシアに抱きついてこてんと横になった彼は、きっとロシアをユニコーンか何かと間違えているんだろう。気付いて思わず苦笑したが、当然アメリカが不貞腐れた様子で唇を尖らせることになる。
「どうして小さくなってもイギリスはロシアなんかを選ぶんだい?」
「え、人望? じゃなくて国望?」
「それだけはないよ!」
文句の尽きないアメリカに、煩いとばかりにじろりと睨みを利かせてからスコットランドは立ち上がった。そして日本の方を向くと心持ち表情を弛めて話しかける。
「なかなか楽しかった。もう帰る」
「あ、こちらこそ色々と済みませんでした」
立ち上がって日本は深々と頭を下げた。他国ではあまり見られないその仕草に少しだけ身を引きながらスコットランドは目を細めて小さく頷き、それから気に入ったのであろう和菓子を数個手にすると「礼だ」と言って懐から取り出した水晶のステッキを一度だけ振った。
きらりと光の筋が一本流れる。するとあれだけ雑然と荒らされていた室内がぱっと一瞬で元通りに戻ってしまった。割れた花瓶も破れた障子も瞬く間にすっかり綺麗になってしまったのだから驚きだ。
これぞまさしく『奇跡』そのもの。
思わず「凄いねぇ」とロシアが感嘆の声を上げれば、ぽかんとした顔のアメリカと日本は一体に何が起きたのか分からないと言ったふうに激しく瞬きを繰り返していた。
「わお! どんなマジックだい!?」
「す、すごいですねこれは…」
二人ともしばらく身動きも取らずにまじまじと目の前で繰り広げられた光景に見入っていたが、スコットランドがさっさと無言で部屋を出て行ってしまえば、慌てて日本が追い駆けて行った。
「僕もそろそろ帰ろうかなぁ」
「イギリスはどうするんだい? なんなら俺が預かるけど」
アメリカがすかさず手を出してきたのをすげなく払い落としながら、ロシアは「子供に子供の面倒は見られないでしょ」と言って皮肉気な笑みを浮かべて見せた。すぐにむっとするその顔に、ほらやっぱり子供、と思いながらイギリスを抱きかかえたままゆっくりと立ち上がる。
大人の時の彼は成人男性とは思えないほど随分と軽かったが、子供の姿ではさらに軽く小さく、ロシアの腕にすっぽりと収まってしまっていた。熟睡しているのだろう、振動にも気付かずすーと寝息も穏やかに深く眠っている。
「ねぇアメリカ君」
「なんだい」
「どうせならみんなで子供に戻ったら、もっと楽しかったかもしれないね」
そう言ってから、この男には忘れたいほど辛い幼少期などなかったことを思い出して、理不尽ではあったが少しだけ腹立たしく思った。
けれどアメリカは驚いたように両目を見開いてから、ゆるゆると空色のそれを細めて少しだけ大人びた笑みを滲ませながら応じる。
「そうだね、そういうのもいいかもしれないね」
「まぁ君の場合、今も充分お子様だけど」
「君にだけは言われたくないよ!」
「そうかなぁ」
「そうだよ!」
憤慨するアメリカの怒声に、戻って来た日本が「どうかしたんですか?」と首をかしげながら苦笑を浮かべた。
そしてロシアの腕の中で眠るイギリスのふっくりした頬をそっと撫でながら、「お二人ともお静かに」と言っておじいちゃんが孫を見るような眼差しで微笑む。
たまにはこんな騒がしい一日もいいかもしれないと、まぁそんなふうに思った夕暮れ時の平和な時間だった。
どうせ子供に戻すなら洋服も当時のものに変化させてしまえばいいのに。ファンタジーって結構不便、と少々理不尽なことを言いながら案内された部屋に入れば、室内には妙にキラキラしい服が何着も置かれていて思わず「わー」と棒読みで驚きの声を上げてしまった。
予想はしていたが、これはどう見てもコスプレと呼ばれる類のものではないだろうか。一歩間違えれば自分も着せられていたかもしれないと思うと、人ごとではない。
「日本君、これ」
「さぁ、どれでもお好きな物をお選び下さい。もちろん全部着たいとおっしゃるなら構いませんよ。記念写真は撮らせてもらいますが」
舞台衣装みたいに派手なものもあれば、幼稚園の制服、漫画やアニメのキャラクターもの、果ては水着まで用意されている。たいていの事には動じないロシアもこれにはさすがに軽い眩暈を覚えた。
「本当ならロシアさんにも着て頂きたかったのですが。あ、ほら、これなんてきっとお似合いだったと思いますよ」
そう言って日本が手にしたのは小さなふわふわのファーがついたロシア帽だ。それならまだ普通にかぶっていたものだし、今も雪の降る日は着用しているので抵抗はない。案外まともなものもあるじゃないかと無駄にほっとしたのもつかの間、続いて彼が取り出したものに思わず脱力してしまう。
「な、なにそれ」
「これはマトリョーシカの着ぐるみです」
「……どうやって着るの?」
「まずこの一番小さい型に詰め込まれて頂き、次にこれに埋まり、さらにこれにくるまり、その上にこれをかぶせ、そして」
「もういいよ、想像しただけで窒息しちゃうよ」
「ロシアさんならきっと大丈夫ですよ」
にっこりと何の悪意もない笑顔でさらりと流して、日本はでは、と仕切り直してよいしょと別の衣装を取り出す。
ゴテゴテにデコレーションされた巨大なそれは。
「ファベルジェの卵です」
「うん、そうだね。それで?」
「ここからちゃんと頭や手足が出せるようになっているんですよ。小さなロシアさんにはきっととても良くお似合いだったことでしょう」
「君、本気で言ってるの?」
「私はいつだって本気ですよ」
「……イギリス君の服が欲しいな」
「それでしたら是非こちらを!」
物凄い意気込みと共にずいっと突き出されたのは、フリルとレースがふんだんに使われた服。
「普通のでいいよ」
「そんなつまらないことおっしゃらずに」
にっこりと極上の笑みを見せる日本に、仕方なしにロシアは出された服を受け取り肩を竦めた。こういう時の彼には何を言っても無駄だろう。
それに日本の楽しそうな顔を見るのはこちらとしても楽しいし(こんなに機嫌がいい彼を自分は滅多に見られない)、イギリスを着飾って喜ぶ趣味はないが毛嫌いする理由もなかった。魔法が解けるまであとどれくらいかかるのかは分からないが、この場は彼に任せてしまった方がいいのかも知れないと思い、子供のイギリスを渡そうとした。
けれど彼は見知らぬ世界でロシア以外に信用出来るものが見付からないとでもいうかのように、しがみついて離れようとしなかった。ユニコーン&妖精の力はかくも偉大だ。
「イギリス君、ちょっとここで着替えていてよ」
「お前はどこへ行くんだ?」
「君に魔法をかけた人物に会いに」
「魔法? 兄さんがいるのか?」
そこですぐに出て来るのが兄であることに幾分感心しながら、金色の頭を大きな手で撫でてやる。くすぐったそうにしながらわずかばかり表情が明るくなったのはやはり、見知らぬ場所で顔見知りがいるかもしれないという安堵からだろうか。
喧嘩をしていても嫌われていても、イギリスにとって兄は兄。あの小さな島国で権力闘争を繰り広げながらも、スコットランド達は決定的に嫌いになれない存在なのかもしれない。ある意味ロシアの姉や妹に対する思いにも似ている。
「もし会いたいなら連れて来るよ」
「え」
「どうする?」
問いかければ困惑した表情で瞳を揺らして、イギリスは黙り込んでしまった。日本が心配そうに顔を覗き込めば彼は子供に不似合いな難しい顔をして、それから小さな声で「いるなら会いたい」と答えた。
「分かった、連れて来るね」
「俺も行く」
「でも」
「兄さんは強いけど俺だって役には立つぞ? お前の事はちゃんと守ってやる!」
意気込んだ様子に日本が「おやまあ」と驚いた顔をして口元に手を当て、ロシアもまた目を丸くしてまじまじとイギリスを見つめてしまった。
どうやらこちらの身を心配してくれているらしい。こんなに小さな身体で随分と頼もしくも涙ぐましいものではないか。
だが気持ちは嬉しいが向こうにはアメリカもいるし、スコットランドも幼いイギリスとは年齢が釣り合わない為、いろいろ面倒なことにならないとも限らない。危害を加えるはずがないと分かっていても、子供に戻ったイギリスを安易に彼らと接触させたくないのも事実だ。とくにアメリカには会わせたくないと思ってしまうのはロシアの我儘だろうか。
さてどうしたものかと意見を伺うべく日本の顔を見てみれば、彼は視線を戸口の方へ向けて小さく「あ」と声を漏らした。すぐに気配に気づいてロシアも振り向く。
どうやらこちらから出向くまでもなかったようだ。
「やあ」
能天気な笑顔と共にアメリカが扉にもたれて右手を上げる。その隣には見慣れぬ人物の姿。
ロシアにとっては初対面の、イギリスの兄スコットランドがいた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「イギリス落ちついて! ね、ちょっと……君ねぇ!!」
「うるせぇこの野郎! 待ちやがれ!!」
目の前を走り抜けるアメリカと、それを追いかける小さなイギリスを遠巻きにしながら、ロシアは障子や襖に盛大な穴が空けられて頭を痛めている日本と、呑気にグリーンティを飲んでいるスコットランドに挟まれて「頑張れイギリスくーん」と応援の声を飛ばしていた。
どこから取り出したのか小型の弓矢を構え、逃げるアメリカに撃ち込むその姿はRPGの狩人ユニットよりもなお凶暴だった。
「そもそもだな、アレは年少の頃の方が暴れん坊で、誰も手に負えなかったものだ」
「ふーん」
「しかも妖精の加護のない者への毛嫌いも酷いもので」
「なるほどー」
「ましてや妄言扱いするなどもっての他だな」
淡々と解説するスコットランドの言葉にいちいち頷きながら、ロシアはようやく出された新作和菓子に舌鼓を打つ。
今から十五分前。イギリスの着替えが済んでとりあえず落ち着こうと別室に移動する途中の、不用意なアメリカの発言がこの騒動の発端だった。
「君、子供になる薬なんていつの間に作ったんだい? え? ブリテン島の奇跡? なんだいそれ。妖精や魔法なんてあるわけないじゃないか! 相変わらず幻覚ばかり見ているんだなぁ。ほんとどうしようもないよね!」
そうしてゴスゴスと小さなイギリスの頭に指を突き刺すその動きに、茫然としていたイギリスはみるみるうちに真っ赤になって、怒り頂点に達したと言わんばかりに怒鳴り声を上げた。
「なんだお前は!」
飛び上がって指先に噛み付く子供に、驚いたアメリカが悲鳴を上げて振り払えば、華麗に床に着地したイギリスがブリテンマジックで弓を取り出し、今に至る。
さすが狩猟民族、見事な腕前を披露して日本の家を破壊しながらアメリカの背中にびゅんびゅん矢を飛ばしていた。
逃げる獲物、追う狩人の図だ。
「でさぁ、スコットランド君」
「なんだ」
「イギリス君はいつ戻るのかなぁ」
「そのうちだ」
「そのうちねぇ」
呟きながらちらりと隣に目をやれば、いろいろと諦めきって魂が出掛かっている日本がいた。
壷が花瓶が畳が……と虚ろな声がぼそぼそと聞こえてくる。
「日本君が泣き出さないうちに戻ればいいね」
「お前は止めないのか?」
「僕? 別に? 見ていて面白いし」
追いかけられているアメリカが楽しそうなのがちょっと頭に来るけれど、でも小さくてかっこいいイギリスを見られたのは眼福だ。日本もそのうち立ち直ってまたカメラを構え直すだろう。人は開き直ればなんだって出来るのだ。
スコットランドは鼻先で笑うと少しだけ懐かしいような眼差しでイギリスを見て、それから興味を失ったかのように和菓子に手を伸ばした。
綺麗な若草色をしたそれを口にしながら、「日本の食べ物はなんでも美味しいからいいな」と手離しで褒める。料理の腕前は知らないが、味覚はまともなようでさすがはイギリスの兄と言った感じだろうか。どうやら趣向は似ているらしい。
それにしてもゴムボールのように元気いっぱいに跳ね回るイギリスも、悲鳴を上げながらも本気で抵抗しないアメリカも、こうなったら萌えて見せると立ち上がる日本も、楽しそうで何よりだ。
「そう言えば君の魔法もやっぱり僕には効かなかったみたいだね」
「そうだな。アレも負けたそうじゃないか」
「うん。呪い返しは得意技なんだ。まぁ君には返せなかったみたいだけどね」
「そこまで迂闊じゃないからな」
「さすがはイギリス君のお兄さん」
そう言えば、くすっと笑ってスコットランドはわずかに面白そうな表情を浮かべて呟く。
「そう言えば昔アレに『呪』を送ったこともあったな」
「それで?」
「10倍にして返されたが」
「へぇ、男兄弟って楽しそうでいいよね」
姉と妹に挟まれ微妙な立場のロシアの一言を、いつの間にやら聞き耳を立てていた日本がうっかり聞いてしまい、遠い眼差しをしていた。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
それから騒ぎ疲れたイギリスがロシアの膝で丸くなるまで大騒ぎして、みんなしてその寝顔を堪能することになった。
なんの疑問も迷いもなくロシアに抱きついてこてんと横になった彼は、きっとロシアをユニコーンか何かと間違えているんだろう。気付いて思わず苦笑したが、当然アメリカが不貞腐れた様子で唇を尖らせることになる。
「どうして小さくなってもイギリスはロシアなんかを選ぶんだい?」
「え、人望? じゃなくて国望?」
「それだけはないよ!」
文句の尽きないアメリカに、煩いとばかりにじろりと睨みを利かせてからスコットランドは立ち上がった。そして日本の方を向くと心持ち表情を弛めて話しかける。
「なかなか楽しかった。もう帰る」
「あ、こちらこそ色々と済みませんでした」
立ち上がって日本は深々と頭を下げた。他国ではあまり見られないその仕草に少しだけ身を引きながらスコットランドは目を細めて小さく頷き、それから気に入ったのであろう和菓子を数個手にすると「礼だ」と言って懐から取り出した水晶のステッキを一度だけ振った。
きらりと光の筋が一本流れる。するとあれだけ雑然と荒らされていた室内がぱっと一瞬で元通りに戻ってしまった。割れた花瓶も破れた障子も瞬く間にすっかり綺麗になってしまったのだから驚きだ。
これぞまさしく『奇跡』そのもの。
思わず「凄いねぇ」とロシアが感嘆の声を上げれば、ぽかんとした顔のアメリカと日本は一体に何が起きたのか分からないと言ったふうに激しく瞬きを繰り返していた。
「わお! どんなマジックだい!?」
「す、すごいですねこれは…」
二人ともしばらく身動きも取らずにまじまじと目の前で繰り広げられた光景に見入っていたが、スコットランドがさっさと無言で部屋を出て行ってしまえば、慌てて日本が追い駆けて行った。
「僕もそろそろ帰ろうかなぁ」
「イギリスはどうするんだい? なんなら俺が預かるけど」
アメリカがすかさず手を出してきたのをすげなく払い落としながら、ロシアは「子供に子供の面倒は見られないでしょ」と言って皮肉気な笑みを浮かべて見せた。すぐにむっとするその顔に、ほらやっぱり子供、と思いながらイギリスを抱きかかえたままゆっくりと立ち上がる。
大人の時の彼は成人男性とは思えないほど随分と軽かったが、子供の姿ではさらに軽く小さく、ロシアの腕にすっぽりと収まってしまっていた。熟睡しているのだろう、振動にも気付かずすーと寝息も穏やかに深く眠っている。
「ねぇアメリカ君」
「なんだい」
「どうせならみんなで子供に戻ったら、もっと楽しかったかもしれないね」
そう言ってから、この男には忘れたいほど辛い幼少期などなかったことを思い出して、理不尽ではあったが少しだけ腹立たしく思った。
けれどアメリカは驚いたように両目を見開いてから、ゆるゆると空色のそれを細めて少しだけ大人びた笑みを滲ませながら応じる。
「そうだね、そういうのもいいかもしれないね」
「まぁ君の場合、今も充分お子様だけど」
「君にだけは言われたくないよ!」
「そうかなぁ」
「そうだよ!」
憤慨するアメリカの怒声に、戻って来た日本が「どうかしたんですか?」と首をかしげながら苦笑を浮かべた。
そしてロシアの腕の中で眠るイギリスのふっくりした頬をそっと撫でながら、「お二人ともお静かに」と言っておじいちゃんが孫を見るような眼差しで微笑む。
たまにはこんな騒がしい一日もいいかもしれないと、まぁそんなふうに思った夕暮れ時の平和な時間だった。
このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
本当に、すっかりお待たせしてしまって申し訳ない限りです。
はじめはいろんなネタをそれぞれ別々に書こうと思っていましたが、混ぜてみたらどうなるだろうかともやもや妄想していたら、こんな感じになってしまいました。
あまりご期待に添えていないような出来で申し訳ありません。ですが少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
今後もしもご本家でスコットランドが登場しましたら、彼の部分は書き直すかもしれませんが取り敢えず今はこれで完成ということにします。
それではこのたびは七夕企画へのご参加どうもありがとうございました!
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