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 紅茶をどうぞ
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空を舞う翼 1


 まるでそれは、海を泳ぐ魚のように見えた。
 滑らかな肢体でゆったりと、広大な水の中を旋回するかのような。


 まるでそれは、空を飛ぶ鳥のように見えた。
 広げた翼を風に乗せ、たなびく雲の間を舞い踊るかのような。


 あらゆる束縛から解き放たれ、自由に、そして雄大に。
 くるりと回転するたびに、光を反射してきらりと輝く。
 美しい蒼に溶けるかのように。 







 [ 1 ]

 耳を劈くような爆音が轟く。巻き上がった強い風に少しだけ身を引きながらイギリスは、広々と続く滑走路に見事なランディングで着陸した戦闘機を出迎えた。
 パラシュートを引きずりながら徐々に速度を落としていく機体。立ち上る熱気が頬をかすめ、思わず目を逸らせた。
 完全に停止したのち、コックピットからは長身のパイロットが地面へと降り立った。ヘルメットとマスクを外し乱れた髪を適当に手櫛で整えながら、こちらに気付いた男がにっこりといい笑顔を見せて寄こす。ロシアだった。
 昼過ぎの高い日差しを浴びて、その白い頬には珍しく赤みが射して見えた。

「どう、かっこよかったでしょ?」
「っきしょー! お前いつの間にこんなすげぇの作ったんだよ!」 

 思わず悪態をつきながらもイギリスが走り寄り、今までロシアが乗っていた戦闘機のトリコロールカラーのボディに目を輝かせて手を伸ばした。
 そっと撫でると皮手袋越しにもまだ温かい感触が伝わってくる。これが今の今まで空を自由自在に飛び回っていたロシアの最新戦闘機なのか。そう思うと自然、気分が高揚してしまうのを止められない。
 耐Gスーツに包まれたロシアは得意そうに笑ってコツン、と機体を叩いた。

「ロシアの科学は世界一だよ」
「言ってろ! それにしても凄かったなぁ……MiG29だっけ?」
「うん。ラーストチュカって言うんだ」
「ラーストチュカ?」
「燕って意味だよ。女性に呼びかける時にも使うけれどね」
「へぇ……なるほどな」

 イギリスは、文字通り空をひらひらと燕のように舞う姿を思い出して、思わず深く頷いた。



 一年に一度、7月に行われる英国主催の航空祭「THE ROYAL INTERNATIONAL AIR TATTOO」通称「RIAT」が、今年も順調に行われることになっていた。
 ロンドンから西北西に130kmの地点にある英空軍基地フェアフォードで開催されるそのエアショーには、毎年約30ヶ国の軍や企業が参加をし、世界各地から集まった飛行機ファンの数も20万人を越える。
 開催中の4日間で空を飛ぶ機種は延べ400機という、名実ともに世界最大規模の軍用機エアショーだった。
 主催国である英国には今、数多くの戦闘機、爆撃機、輸送機、攻撃ヘリコプターなどが集まりつつある。ロシアも例外ではなく、あらかじめこの時間に到着するとの連絡を受けていたイギリスは出迎えの為に基地を訪れていた。
 まさか国本人が操縦してくるとは思わなかったので少々驚いたが、そんなことよりも着陸前に見せられた目を見張るような凄まじいアクロバティカルな軌道に、唖然として声も出せなかった。
 最新鋭の戦闘機で来るとは言われていたが、少々想像の上を行かれてしまった気分だ。

 高度な技術を要するジェット戦闘機を開発出来る国は、世界にも少数しか存在しない。
 現在はアメリカを筆頭にロシア、フランス、スェーデンが主で、イギリスは国際共同開発としてドイツとイタリア、スペインと共に研究を行っている。最近では中国や台湾、それに日本も着手してきてはいるようだが、まだまだ既存のコピー感が拭えない様子だ。
 冷戦時におけるアメリカと旧ソ連の技術革新は目覚しく、しのぎを削る中であらゆる機能が追加改良されてきた。ソ連崩壊後、かなり長い間研究のストップを余儀なくされていたロシアのメーカーは、それでも畑違いの家電を作るなどして命脈を保ち、ようやく経済の安定した国の援助を受けてその実力を取り戻し始めていた。
 今回のショーに参加する機体は、冷戦以降、いわゆる東側諸国に大量に輸出、複製されていたMiG21の現代版である。





 [ 2 ]

 着替えを済ませ、管制塔に隣接する施設へと移動した二人は、今後の予定を説明するために会議室へと腰を落ち着けた。
 簡単に淹れられるティーバックで紅茶を用意すると、子供のように拗ねたロシアが唇を尖らせる。

「葉っぱじゃないんだ」
「ここは家じゃないからな。文句を言わず黙って飲め」
「せっかく来たのにちゃんとした紅茶が飲めないなんて嫌な感じ」
「煩い奴だな」
「だってイギリスくんの淹れてくれた紅茶を飲むと、すっごく幸せになれるんだもん」

 あまりにも真っ直ぐであけすけなその言葉に、ぐ、っとイギリスは詰まって顔を赤らめた。飄々としたロシアの顔を睨みつける。

「恥ずかしい奴!」
「そうかな?」
「そうだ!」
「ま、別にどうでもいいけどね」

 あっさりと笑ってロシアはティーバックの紅茶に口をつけた。
 イギリスもむっとした表情を隠すことなく眉を寄せたまま同じようにカップを傾ける。
 最近、ロシアはイギリスの家に紅茶を飲みに来るようになっていた。最初は警戒心もあらわに追い返していたイギリスだったが、諦めの悪いロシアが冬のロンドンを玄関の外で一晩明かしたと知った時に、遂に根負けして彼を部屋に招き入れてしまったのだ。
 さすがに国(しかも北の大国)が凍死するとも思えなかったが、妖精が心配そうに囁いてくるし、何より氷のように冷たくなった唇に寂しげな笑みを浮かべられてはどうしようもなかった。
 我侭で自分勝手、それなのに純粋で真っ直ぐな子供のようだと思う。そしてイギリスはそんな子供にめっぽう弱かった。
 フランスに言わせれば「絆されやすい奴」になるだろうし、アメリカならば「単純でちょろいね」となるだろう。悔しいが当っている。

「ね、あの子どう思う?」
「あの子? あぁ、ラーストチュカだったよな」
「うん」
「綺麗な翼だ。海を泳ぐ魚にも見えたし、自由に飛ぶ鳥にも見えた」
「エンジンとアビオニクスを近代化してね、推力変向ノズルを採用したんだ。だから自由に旋回出来る。二回転したでしょ?」
「あぁ、あれには驚いた」

 素直にイギリスは相槌を打つ。
 何と言っても戦闘機が空中で宙返りをするのだ。まるでアクロバット用のレシプロ機のように。軽々と、しかも滑空することも落ちることもなく軽業師のように二回連続で回転をした。一体どういうノズルがあればあんな信じられない軌道を描けるのだろうか。
 隣で見ていた英空軍の専門家は「実戦的ではありませんね」と言ってはいたが、やはりその性能に驚いていた様子だった。イギリスもそう思う。
 宙返りが実際の戦闘にどれだけ役に立つのだろう。電子戦へと突入した現代では、もはやドックファイトははやらない。だが問題はそこではないのだ。
 役に立つか立たないかではなく、出来ないことをどれだけやれるか、かつての非常識を常識に変えてしまえるかどうかが重要なのだ。
 今はロシアと事を構える気は毛頭ない。英露間は決して良いとは言えないが、戦争をするだけの確執はない。それでも今後100%ないとは言い切れない、起こりうるべく未来に向けて、ロシアの科学水準の高さにイギリスは戦慄すら覚えたのだった。

「打倒アメリカくんだもの」

 ロシアはふふふ、と笑って一瞬だけ氷のような瞳を向けて寄越した。
 冷戦が終結してもこの二国は仲が悪い。今のロシアの上司はとくにアメリカの上司を嫌っているように見える。いや、むしろ馬鹿にしているようにも見えた。

「いつまでも彼にばかり大きな顔はさせられないからね」
「……まったく」
「イギリスくんもいい加減子離れして僕のものになりなよ」
「寝言は寝てから言うんだな、坊や」
「もう。直ぐ子供扱いするんだから」
「子供だろ?」
「酷いよイギリスくん!」

 ふてくされる様子がいかにもお子様だったので、イギリスは面白そうに声を上げて笑った。




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