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 紅茶をどうぞ
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[祭] ふざける (今日の僕等は子供心!) その3
 生垣に沿って青紫の花が綺麗に並んでいる。
 イギリスはつっかけと呼ばれる日本風の履物を履きながら、すぐ傍まで寄ってしゃがみこんだ。そっと指先でつつくとゆらゆら揺れて可愛らしい。
 紫に程近いその色が非常に上品で、花弁も美しい星の形を見せるその花をイギリスはことのほか気に入っている。開花直前のまるく膨らむ姿も面白く、風船のようにふっくらとなっているのも好ましい。

「プラティコドン、だっけ?」

 ひょいっと頭上から覗き込むロシアがそう言えば、軽く頷いてイギリスが応じる。

「Platycodon grandiflorum、大きい鐘、だな。でも俺は日本語のキキョウの方が好きだ。響きがいい」
「ふうん」
「この色さ、お前の目の色だよな。綺麗なパピューアだ」

 首を廻らせて口元をほころばせ、上目遣いでそんなことを言う彼に、ロシアは目を丸くして苦笑にも似た笑みを浮かべる。時々、なんのてらいもなくストレートにそんなことを言われるものだからたまらない。さすがに恥ずかしくなってしまう。
 恐らく本人は無意識なので、指摘すれば照れて大変なことになるだろうな、と思いながらもそんな空気の読めない真似はしなかった。AKYはどこぞのメタボ大国に任せればいい。
 すっと隣に腰を下ろして二人してしばらく桔梗を眺めていれば、ふいに視界の隅に人影が動くのを感じた。

「……?」

 怪訝そうにそちらを向けば、いつの間に現われたのだろうか、桜色の着物を着た小さな女の子が立っていた。肩までの短い髪を大きなリボンでとめて、綺麗な黒い目でじっとこちらを見つめている。
 イギリスも気付いて、同じようにロシアの肩越しにそちらを見た。目が合えば女の子はにこっと笑って楽しそうにくるりと回る。

「お前、いたのか」

 親しげに話しかける様子を見れば顔見知りなのだろう。ロシアも以前この家に来た時に見掛けたことがあるが、口をきいたことはない。どうやら彼女は人外の存在らしく日本本人には見えないようだった。
 同じ場所にいながら存在が認められないと言うのはどういう気分なのだろうか。ふとそんなことを思っていると、イギリスが立ち上がってその子供の傍まで歩み寄って行った。相変わらず人ではないものに対しては警戒心も薄くフレンドリーだ。

「なんだ、遊んで欲しいのか?」

 そう言えば女の子は嬉しそうに笑いながらも首を振り、そのまま無言で小さな手を伸ばしてイギリスのズボンをきゅっと握った。くいくいと引かれて彼は不思議そうに首を傾げる。

「ん、どうした?」
『あそこ』

 小さな声が頭にこだまするように伝わり、何気なく指差す方向を見上げれば。それは日本の家の二階の窓に向けられていた。
 すぐにぴんと来る。
 恐らく彼女はイギリスに『彼ら』の存在を教えようとしているのだろう。何をする気でいるのかは分からないが、何ごとかを画策している『彼ら』の計画を事前に気付かせようとしているのかもしれない。
 どうしてそんなことをするのかは謎だが、もしかするとこの小さな不思議な存在もまた、イギリスの味方となってくれているのだろうか。

「あの部屋に何かあるのか?」
「イギリス君」

 イギリスの意識がそちらに流れそうになって、ロシアは小さく声を掛けてそれをとどめた。折角の好意だがここは日本に言った手前、『彼ら』のことは見逃してあげようと思う。
 危害を加えることはないと約束したし、国際問題に発展しそうなことをあの日本がやるはずがない。だから特別心配するようなことは起きないはずだ。
 それに日頃からいけすかないアメリカの態度に腹を立ててはいるものの、日本と協力して、しかも思わぬ人物を呼び寄せてまで一体何をしようとしているのか興味があるのも事実だった。いわゆる怖いもの見たさというやつである。

「そろそろお茶の時間じゃないかな?」
「でも」
「ほら、日本君が探しているみたいだよ、行こう」

 縁側に見慣れた姿が出てきたのを幸いにそう促せば、イギリスもまた頷いて自分の足元を見た。

「悪い、またあとで遊んでやるからな」
『…………』

 物言いたげな表情を浮かべながらも、にこりと笑って女の子は手を離す。イギリスはその頭をわしゃわしゃと優しく撫でてから、じゃあなと言って踵を返した。そのままロシアも後ろについて歩き出そうとして、足を止める。
 振り向けば子供の姿はもうどこにもなかった。一瞬だけ感じたのは揺れるような思念。

「大丈夫だよ」

 一言言い置いて家屋へ足を向ければ、うっすらと楽しげな笑い声が響くのを感じた。




‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐




 落ち着いた雰囲気の和室で、日本が独特の茶器を利用して抹茶と呼ばれる緑茶を点てはじめた。茶筅を碗の中で揺らすその手元を見つめながら、イギリスは先ほどから妙に落ち着かない様子で何度も足を組み替えては座り直す。
 はじめは痺れるのを気にして動かしているものと思っていたロシアだったが、珍しいその様子にいぶかしむような目線を向けた。

「どうかした? イギリス君?」

 そっと囁くように問い掛ければ、彼はどこか怪訝そうな眼差しで見返してきた。そして姿勢を正して右手を動かす日本をちらりと見遣り、首を捻る。

「なんか……変なんだよな」
「変ってなにが?」
「いや、日本からちょっと変わった空気を感じるって言うかさ。そんなわけないのに」
「変わった空気、ね」

 さすがに超常現象に聡いイギリスのことである、そろそろ漂う異変に気付き始めているようだ。
 人の第一印象や思い込みというのはかなり強固なもので、一度でもこうだと認識してしまえばそれを疑うことはほとんどありえなくなる。イギリスは日本が『奇跡』を信じず、妖精や妖怪の類が見えないことを知っているため、彼がその手の現象とは無縁だと思い込んでいた。
 だから今、日本から感じるかすかな気配に戸惑いながらも決定的な判断を下せないでいるのだろう。
 これがもし別の人物が相手だったり、ましてやイギリスの家やブリテン島内であれば疑う余地はないのだろうが、残念ながらこの場は遠く離れた異国であった。

「日本」
「はい、なんでしょう?」
「お前…………いや、そんなわけないか」
「なにか?」
「いや、そのな、お前って俺の……兄さんと、親しかったりするか?」

 いきなりの質問に日本が目を見開く。だがそこはポーカーフェイスが得意な彼のこと、一見なんでもない風を装って「さぁ?」と誤魔化すように微笑を浮かべて小首を傾げてはいるが、思わず手にした茶筅がぼとりと落ちる。
 隣で傍観を決め込んでいたロシアが思わず笑ってしまいそうなほどの焦りようだが、日本を心底信頼しているイギリスは気にした風もなく「お、それもういいのか?」と言って茶碗の方へ関心を移してしまっていた。

「ど、どうぞ」

 差し出され畳に置かれた焼き物を腰を浮かせて取りに行けば、作法に従ってイギリスは右手で持ち上げ左手に乗せる。そして時計方向に二度回し「いただきます」となれない言葉を口にしながら唇をつけた。

「本日はお薄なので三口で飲まれなくても結構ですよ」

 そう声を掛けながら日本はロシアの方へも茶碗を差し出す。ちらりと横目でイギリスの様子を窺いながら、とくに異変がないのを認めてロシアも手を差し出す。見よう見真似で同じように飲めば、じわりと苦味の利いた緑茶が口腔に広がった。緑茶独特の風味は嫌いではないが特別美味しいと思ったこともないので、「苦いね」と言うだけにとどまったが、直後違和感を感じて口を閉ざした。
 ぱっと日本を見れば彼はわざとらしくすっと目線を逸らす。それで充分だ。

「イギリス君」
「ん?」

 呼びかけに応じたイギリスがこちらを振り向いたその瞬間。
 ぼわんとアニメの効果音のような音がして、目の前の彼が煙に包まれた。
 そしてそれが掃除機で吸い取られたように一瞬で消えれば、現われたのは小さな男の子が一人。
 ―――― あぁ、実に分かりやすい彼らの『悪戯』は、こうして成功してしまったと言うわけだ。

「イギリス君?」

 突然見知らぬ部屋に放り出された小さな影は、大きな緑の目を見開いてその場に石のように固まっていた。
 どうやら驚きのあまり硬直してしまっているようだ。

「これが君たちの計画かぁ」

 ロシアが苦笑しながら目の前で言葉もないイギリスに手を伸ばせば、彼は怯えたように身を引いた。その仕草にロシアの目がすうっと細くなる。

「イギリス君?」
「お、おまえは誰だ!」

 怯えたように叫ぶ彼は、もともと貧弱だった身体が小さくなった分、余計弱々しく可哀想に見えた。中身が小型化したため着ていた服のみ大きいせいで、逃げるにも身動きが上手く出来ないのかもぞもぞと動いている。
 それでも差し伸べたロシアの手を払いのけるだけの気概は持ちえているようで、実に頼もしいことではないか。ちっとも嬉しくはないが。

「僕はロシアだよ。忘れちゃったのかい?」
「ロ、ロシア?」

 太い眉をぎゅっと寄せて警戒心もあらわなその様子は、置かれた状況よりも目の前の『敵』にどう対応していいか分からないような、そんな様子が伝わってくる。
 少し前の自分達の関係を思い出せば珍しいことではなかったが、ここ最近のいい雰囲気をずっと楽しみにして来たロシアとしては、実に面白くなさ過ぎる。

「……これはどういうことかな、日本君」
「え、まぁ、ほら、そのですね。子供になってしまえばお二人もちょっとはラブラブを自重して下さるかなぁと思いまして。その……まさか記憶まで退行するとは思いませんでしたが」
「ふーん」

 じろりと睨みつければ彼はびくりと肩を竦めたが、それでもさすがにG8に名を連ねる大国のひとつである。相当の図太さをもって切り返して来た。
 このチャンスを逃すものかと、どこから取り出したのだろうか片手に最新式デジタルカメラを持ち、すっくと立ち上がると幼いイギリスに向けて構える。さすが萌えの為には一歩も揺るがない精神力の持ち主だ。こういうバイタリティだけは見習いたいものだと思い、ロシアは大きく溜息をついた。

「ね、それって現実逃避?」
「なんとでも言って下さい! あぁもう本当にアングロサクソンの子供は天使のように愛らしいですよね」

 そう言いながらシャッターを切れば、怯えながらも興味津々に見上げてくるイギリス。そんな好奇心旺盛な子供に優しく笑いかけて日本は、はたと気付いて動きを止める。
 その顔が真っ直ぐロシアを向いた。

「ところで何故貴方はそのままなんですか?」
「君、僕にまで魔法をかけたの?」
「ええ……そのはずなんですが。イギリスさんがこうして子供になったのでしたら、貴方だって」

 不思議そうに首を傾げる彼に、ロシアは冷ややかな笑みを浮かべて「残念だったね」と肩を竦める。昔から呪いだの魔法だのにかかったことがないので、今回もそれが功を奏したと言うべきか。イギリスとの魔法勝負でさえ負けたことがないので、術者には気の毒だがちょっとやそっとの相手ではロシアをどうこうするなど無理に決っている。
 たとえそれが彼の兄であろうとも、だ。

「ねぇ、日本君」
「なんでしょう?」
「次は僕の番ってことでいいのかな」
「…………え?」

 可愛い可愛い萌えます萌えますと機嫌よく撮影会に勤しんでいた日本は、ハッと息を呑んで全身を強張らせた。
 その横からロシアはすっと両腕を伸ばして、きょとんとした顔のイギリスを抱き上げる。驚いたように目を見開いて慌てて暴れ出すその小さな頭に、ゆっくりと優しく頬を寄せると柔らかな笑みを浮かべて静かに囁きかけた。

「イングランド君、僕は君の味方だよ。安心してよ、ユニコーンも妖精も、僕らのことを祝福してくれたんだから。ね、君なら分かるでしょ?」

 そうやってにっこりと笑いかければ、彼らの気配に敏感なイギリスはすぐに気付いてまじまじとロシアの顔を見つめて来た。
 ユニコーンや妖精たちは彼が唯一、絶対の信頼を置く存在。その祝福を受けた自分のことを、たとえ分からなくてもイギリスが敵視出来るはずがないのだ。
 その証拠に、暴れて逃げようと必至だった小さな身体から、すうっと力が抜けていくのを感じる。イギリスは恐る恐る手を伸ばしてロシアの頬に指先を滑らせた。

「お前、あいつらに赦されているのか?」
「うん」
「そっか……」

 ほっと息をついたその唇が、うっすらとピンク色になり緊張が解けてきたのが分かる。
 そうして幼いイギリスがロシアのことを怖がらなくなったのを確認して、次は元凶をなんとかしないとと思って目線を上げて見れば、自分達二人にカメラを向けてシャッターを切りまくっている日本と目が合った。
 きらきらと輝いたその瞳の奥になんとも言えない光を見て取り、あらゆる意味で凄いと思う。

「日本君」
「あ! す、済みません。あまりにも絵になっていたものでつい……。いいですよね、金髪碧眼の親子って感じで!」
「親子ねぇ」

 せめて兄弟って言ってよ、と言えば「それも萌えますよね!」と返されて再びロシアは溜息をついた。




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