紅茶をどうぞ
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[祭] ふざける (今日の僕等は子供心!) その2
閑静な住宅地の一角にある、落ち着いたたたずまいの家屋。
数カ月ぶりに訪れた日本の家は相変わらず手入れの生き届いた生垣に囲まれ、穏やかなものだった。
イギリスとロシアは手土産持参で玄関先に立ち、さりげなく身だしなみをチェックするとインターホンを鳴らした。すぐにスリッパの音が響いてドアが開く。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
「世話になるな、日本」
「いえいえ。さあ中へどうぞ」
割烹着と呼ばれる日本風エプロンを身につけた和服姿の日本が、早速とばかりに二人を招き入れた。
イギリスが抱えたバラを渡せば嬉しそうに笑って、彼は赤い花びらに鼻先を寄せる。朝摘みらしい実に瑞々しい芳香が漂って、一気に雰囲気が明るくなった気がした。
「今日はありがとうな」
「いえいえ。こちらこそ休日にわざわざお越しいただいて恐縮です」
静かな廊下を進んで見慣れた和室へ通されれば、畳敷きに座布団が二組用意してある。鴨居に頭をぶつけないようロシアが慎重にひょいっと屈めば、イギリスが面白そうにくすりと笑った。恐らく以前思いきり額をぶつけた時の光景を思い出したのだろう。
背の高さからか、ものの見事に激突して仰け反ったロシアは、額をおさえて涙目になりながら唸り声を上げていた。あれはいろいろと面白かったのだが、さすがに気の毒と言えば気の毒だったろう。
「……イギリス君」
「今日はぶつけなかったんだな」
「もう」
笑われたのが分かったのか拗ねたように唇を尖らせてから、ロシアは腰をおろしたイギリスの隣りに同じように座りながら「イギリス君だって」と続ける。
「足がしびれちゃって立ち上がるとき転がったことがあったよね」
「う、うるせえ。正座って大変なんだよ」
「崩してもいいって言われたのに無理するから」
「い、いーだろ別に!」
赤くなって口調を荒げるイギリスだったが、ロシアがにこにこと楽しそうにしていればすぐに機嫌を直してこちらもまた表情を弛める。
これまでの彼とは全く違ったその様子に日本は心中『はいはいご馳走様』と思いながら、小さく笑った。アメリカやフランスと一緒にいる時の彼は、いつも不機嫌そうに怒ってばかりいた。怒鳴り声を聞くことは珍しくなく、始終張り詰めた空気を感じさせていたというのに、今はあまりそういうこともなくなったように思う。
幸せそうな彼を見るのは気分がいい。アメリカの口車に乗せられてついつい妙な計画を立ててしまったものの、基本的には日本も彼らの邪魔をするつもりはなかった。
イギリスを悲しませたいわけではないのだ。そしてそれはきっとアメリカも同じことだろう。
「お茶をお点てする前に、よろしければ庭を散策されませんか? イギリスさんがお好きな桔梗が花開いておりますよ」
「キキョウ……あの星形の花だな?」
「ええ。縁側に履物をご用意してあります。どうぞお使い下さい」
「そうか、ありがとう」
イギリスは早速とばかりに立ち上がって、うきうきといった表情で庭へと歩いて行った。ロシアもまたそのあとに続きながら、日本の横を通り過ぎる時ぴたりと足を止める。そして「先に行っててよ」と声を掛けてから怪訝そうに見上げる黒塗りの瞳に、紫暗の瞳をすうっと落とした。
「ねぇ日本君。知ってると思うけど、僕、すっごく勘が良いんだよ?」
「……存じ上げております」
楽しそうにイギリスが庭へ降りていく後姿を目の端で捕らえながら、ロシアは薄い唇にどこか冷えた微笑を浮かべる。それを見つめながら日本も持ち前のポーカーフェイスで表情を固めながらも、条件反射的に身体が竦むような気がしてきゅっと指先を握り締めた。
嫌な予感がする。
「イギリス君は本当に君には甘いからなぁ。たぶん普段の彼ならすぐに気付くと思うんだけど」
「……」
「僕たちの他にアメリカ君、それにもう一人……いるね」
「よく、お分かりで」
素直に頷く日本を前に、静かに吐息して、それからロシアは張り詰めた空気をまとったまま問い掛ける。
「君の事だから危害を加えたりはしないんだよね?」
「はい」
「じゃあ見逃してあげる。僕、君の事も大好きだから」
「……ありがとうございます」
背筋に冷や汗が伝った。相変わらずロシアは恐ろしいほどの直感力の持ち主だ。
もちろん彼の言う通り、ここが日本の家でなければイギリスもかすかな違和感のようなものを感じ取ったかもしれない。けれど彼は喜ぶべきことに自分に対してはかなり無防備なところがあった。
つまるところ日本は、意図的ではないにせよその点を少々利用してしまったことになる。申し訳なさが今更のように湧き上がって来てさすがに続く言葉を失ってしまった。これは怒られても仕方がないだろう。
けれどロシアは視線を逸らして曖昧な表情を浮かべると、ゆっくりと日本から離れて庭の方へ歩き出した。
去って行く彼からは、不機嫌さは感じなかったのでとりあえず良しとしよう。日本はほっと胸を撫で下ろし、足早に踵を返した。
客間の和室から離れた別の部屋には、アメリカが腕時計と壁掛け時計を交互に見遣りながら落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。
さきほどインターフォンが鳴ってイギリスとロシアが来たことを分かっている。あとは日本がうまく彼らを悪戯に嵌めてくれることを待つのみだが……どうもそわそわして仕方がない。
「少し大人しくしたらどうだ」
声をかけられて思わずそちらを振り返れば、出された緑茶を上品に口元に運んでいる一人の男がいる。
不機嫌そうに眉間に皺を刻み、同室のアメリカの存在そのものが鬱陶しいとでも言わんばかりの顔をしていた。
「でもさ」
「いいから黙って座っていろ。……本当にあのバカはお前にどういう躾をほどこしたんだか。呆れるな」
思わず舌打ちでもしそうな勢いで嫌悪感をあらわにするその顔は、アメリカが誰よりも一番見慣れたイギリスその人に似ていた。双子のようにそっくりではなかったが、すっと通った鼻梁や頬のライン、伏せた目の感じなどが似ていて、一瞬だけだが彼がその場にいるように感じる。
今回日本が計画した『悪戯』に欠かせないのが、このイギリスの兄にして連合王国の一翼スコットランドだった。
アメリカは最初日本が彼を呼び寄せると言った時、いくらなんでもそれはやりすぎなんじゃないかと思ったものだ。彼ら兄弟の仲が悪いことは世界中に知れ渡っているし、今のご時勢表立っての闘争はなかったが決して仲良く和解したわけではないと聞く。いくらイギリスとロシアを別れさせたいと思っているアメリカでも、スコットランドをけしかけて混乱を招いてまで嫌がらせをしたいわけではなかった。
無論日本とてなにもイギリスの怒りを煽るような真似をするつもりはない。彼はどうやらブリテン島の国々が使えるという何か特別なことをしてもらう気でいるようだが、それがなんなのかはアメリカには見当もつかなかった。
「失礼します」
ふと廊下から声がかかり、二人して入口を向くと扉が静かに開いた。
和服姿の日本が丁寧に頭を下げて中へと入ってくる。退屈を持て余していたアメリカは早速とばかりに身を乗り出した。
「イギリスとロシアは?」
「今はお庭を散策なさっておいでです」
「いよいよだね!」
「お待たせしてしまって申し訳ありません、スコットランドさん」
「いや、気にするな。初めて来たがいい家だな」
「ありがとうございます」
先ほどのアメリカへの態度はどこへやら、急に雰囲気を和らげてスコットランドはにこりと笑みを浮かべた。どうやらイギリス同様島国同士、お互い気に入るのも早いらしい。
「ね、日本。スコットランドに何をさせるつもりなんだい?」
「それはもちろん『ブリタニアエンジェルの奇跡』を実現してもらうんですよ」
「ぶりたにあえんじぇる? ってもしかして、あの天使の格好の……」
アメリカが嫌な予感に顔を歪めると、スコットランドはそれ以上に不機嫌そうな表情に戻って鋭く言い募った。
「言っておくがあんなみっともない格好はしないからな。ケルト魔法発祥の地が珍妙な格好、出来るか!」
「え? でも着替えないと奇跡は使えないんじゃないのかい? ほら、君の場合はピーターパンみたいなさ。まぁそんな非科学的なことはイギリスだけで勘弁してくれって感じだけどね」
「なんだと?」
片眉を跳ね上げてじろりと睨みを利かせる激昂の仕方は、本当にイギリスそっくりだなぁと思いながら、アメリカは引きつった表情で僅かに肩を引いた。愛情が皆無な分容赦のない殺意の篭った眼差しは果てしなく不穏だ。
スコットランドと会うのは別にこれがはじめてではないが、どうも彼には嫌われているような気がしてならないのだが、杞憂だろうか。
アメリカは日本が新しく淹れてくれた珈琲を手に、「それでどうするんだい?」と話題を変えるように聞いた。けれど新たな茶菓子を提供していた彼は、振り向いて浮かない顔をして見せる。
「それがですね、やっぱりと言うかなんと言いますか。ロシアさんにはバレてしまいまして」
「ロシアに?」
「イギリスさんはきっとここが私の家なので安心なさっているのでしょう。でもロシアさんは他国の気配にことさら敏感な方ですし」
「スコットランドが来ていること、彼はもう分かったって言うのかい? 相変わらず不気味な国だなぁ。ほんとあんなののどこがいいんだろうね、イギリスは」
さりげなく失礼なことを言いながら、アメリカは手にしたカップを置いてスコットランドの隣に座った。小さく鼻を鳴らして憤懣やるかたないといった彼に対し、ちらりとスコットランドが馬鹿にしたように視線を投げた。だが何も言わないところを見ると、言っても無駄だと思ったのだろう。
「とにかく、『悪戯』とやらを見せてくれよ」
「スコットランドさん、済みません巻き込んでしまって」
日本が申し訳なさそうに言えば、スコットランドは微笑を浮かべて首を振る。そんな仕草もやはりどこかイギリスその人を思い出させて、不思議とこちらまで落ち着いてしまう。
日本はほっとした表情で「それでは宜しくお願いします」と言葉を続けた。
「イギリスさんのことですから、その……『魔法』?などはあまり効き目がないかもしれませんが」
「任せておけ」
そうして足元に置いた鞄から彼は小さなステッキを取り出した。星型の飾りがついたイギリスが持つものとは形状が違う。透明な水晶で出来ているもので、先端には丸いルビーが嵌められており、窓から差し込む光を浴びて真っ赤に輝いていた。
どうやらそれが彼の魔法発動アイテムらしい。
「それにしてもさ、スコットランドはイギリスのお兄さんなんだろ? 弟を罠に嵌めるのに手を貸してもいいのかい?」
少々嫌みったらしくアメリカが言えば、スコットランドは涼しい顔をしてステッキを白い指先で優しく撫でた。
その唇に冷たい笑みが浮く。
「元弟としては気が咎めるのか?」
「そういうわけじゃないけどさ。イギリスって本当に兄弟運に恵まれていないって言うか、寂しい人だよね!」
「お前なんぞにアレのことを煩く言われる筋合いはない」
「ふーん、アレ、ねぇ。まぁ別に俺は君たちが喧嘩しようと何しようとどうでもいいけどさ。イギリスがロシアと別れてくれればね」
「アメリカさん。別に私はお二人を別れさせるのが目的では……」
日本が慌てて間を取り持てば、アメリカは不満そうに眉を寄せてさらに何かを言い募ろうとした。そこに素早くスコットランドが割って入る。
これ以上の発言を許せば長引くと判断してのことだろうか。
「とりあえずあの二人を子供にしてしまえばいいんだな?」
「はい、お願いします」
「分かった」
ふっと笑ってスコットランドは立ち上がると、宙に向かって何か小さく囁いた。アメリカが「本当にブリテン島は妄想ばかり見ているんだね」と両手を上げて溜息をつく。
すぐにじろりと睨まれて慌てて口を噤めば、スコットランドはふいっと顔を背けて手にしたステッキを振る。するとステーンと音を立ててアメリカがひっくり返ってしまった。
漫画のような出来事に目を丸くする日本をよそに、床に伸びたアメリカを見下ろして不敵に笑うスコットランドは、やはりどこから見てもイギリスによく似ていた。
数カ月ぶりに訪れた日本の家は相変わらず手入れの生き届いた生垣に囲まれ、穏やかなものだった。
イギリスとロシアは手土産持参で玄関先に立ち、さりげなく身だしなみをチェックするとインターホンを鳴らした。すぐにスリッパの音が響いてドアが開く。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりましたよ」
「世話になるな、日本」
「いえいえ。さあ中へどうぞ」
割烹着と呼ばれる日本風エプロンを身につけた和服姿の日本が、早速とばかりに二人を招き入れた。
イギリスが抱えたバラを渡せば嬉しそうに笑って、彼は赤い花びらに鼻先を寄せる。朝摘みらしい実に瑞々しい芳香が漂って、一気に雰囲気が明るくなった気がした。
「今日はありがとうな」
「いえいえ。こちらこそ休日にわざわざお越しいただいて恐縮です」
静かな廊下を進んで見慣れた和室へ通されれば、畳敷きに座布団が二組用意してある。鴨居に頭をぶつけないようロシアが慎重にひょいっと屈めば、イギリスが面白そうにくすりと笑った。恐らく以前思いきり額をぶつけた時の光景を思い出したのだろう。
背の高さからか、ものの見事に激突して仰け反ったロシアは、額をおさえて涙目になりながら唸り声を上げていた。あれはいろいろと面白かったのだが、さすがに気の毒と言えば気の毒だったろう。
「……イギリス君」
「今日はぶつけなかったんだな」
「もう」
笑われたのが分かったのか拗ねたように唇を尖らせてから、ロシアは腰をおろしたイギリスの隣りに同じように座りながら「イギリス君だって」と続ける。
「足がしびれちゃって立ち上がるとき転がったことがあったよね」
「う、うるせえ。正座って大変なんだよ」
「崩してもいいって言われたのに無理するから」
「い、いーだろ別に!」
赤くなって口調を荒げるイギリスだったが、ロシアがにこにこと楽しそうにしていればすぐに機嫌を直してこちらもまた表情を弛める。
これまでの彼とは全く違ったその様子に日本は心中『はいはいご馳走様』と思いながら、小さく笑った。アメリカやフランスと一緒にいる時の彼は、いつも不機嫌そうに怒ってばかりいた。怒鳴り声を聞くことは珍しくなく、始終張り詰めた空気を感じさせていたというのに、今はあまりそういうこともなくなったように思う。
幸せそうな彼を見るのは気分がいい。アメリカの口車に乗せられてついつい妙な計画を立ててしまったものの、基本的には日本も彼らの邪魔をするつもりはなかった。
イギリスを悲しませたいわけではないのだ。そしてそれはきっとアメリカも同じことだろう。
「お茶をお点てする前に、よろしければ庭を散策されませんか? イギリスさんがお好きな桔梗が花開いておりますよ」
「キキョウ……あの星形の花だな?」
「ええ。縁側に履物をご用意してあります。どうぞお使い下さい」
「そうか、ありがとう」
イギリスは早速とばかりに立ち上がって、うきうきといった表情で庭へと歩いて行った。ロシアもまたそのあとに続きながら、日本の横を通り過ぎる時ぴたりと足を止める。そして「先に行っててよ」と声を掛けてから怪訝そうに見上げる黒塗りの瞳に、紫暗の瞳をすうっと落とした。
「ねぇ日本君。知ってると思うけど、僕、すっごく勘が良いんだよ?」
「……存じ上げております」
楽しそうにイギリスが庭へ降りていく後姿を目の端で捕らえながら、ロシアは薄い唇にどこか冷えた微笑を浮かべる。それを見つめながら日本も持ち前のポーカーフェイスで表情を固めながらも、条件反射的に身体が竦むような気がしてきゅっと指先を握り締めた。
嫌な予感がする。
「イギリス君は本当に君には甘いからなぁ。たぶん普段の彼ならすぐに気付くと思うんだけど」
「……」
「僕たちの他にアメリカ君、それにもう一人……いるね」
「よく、お分かりで」
素直に頷く日本を前に、静かに吐息して、それからロシアは張り詰めた空気をまとったまま問い掛ける。
「君の事だから危害を加えたりはしないんだよね?」
「はい」
「じゃあ見逃してあげる。僕、君の事も大好きだから」
「……ありがとうございます」
背筋に冷や汗が伝った。相変わらずロシアは恐ろしいほどの直感力の持ち主だ。
もちろん彼の言う通り、ここが日本の家でなければイギリスもかすかな違和感のようなものを感じ取ったかもしれない。けれど彼は喜ぶべきことに自分に対してはかなり無防備なところがあった。
つまるところ日本は、意図的ではないにせよその点を少々利用してしまったことになる。申し訳なさが今更のように湧き上がって来てさすがに続く言葉を失ってしまった。これは怒られても仕方がないだろう。
けれどロシアは視線を逸らして曖昧な表情を浮かべると、ゆっくりと日本から離れて庭の方へ歩き出した。
去って行く彼からは、不機嫌さは感じなかったのでとりあえず良しとしよう。日本はほっと胸を撫で下ろし、足早に踵を返した。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
客間の和室から離れた別の部屋には、アメリカが腕時計と壁掛け時計を交互に見遣りながら落ち着きなくうろうろと歩き回っていた。
さきほどインターフォンが鳴ってイギリスとロシアが来たことを分かっている。あとは日本がうまく彼らを悪戯に嵌めてくれることを待つのみだが……どうもそわそわして仕方がない。
「少し大人しくしたらどうだ」
声をかけられて思わずそちらを振り返れば、出された緑茶を上品に口元に運んでいる一人の男がいる。
不機嫌そうに眉間に皺を刻み、同室のアメリカの存在そのものが鬱陶しいとでも言わんばかりの顔をしていた。
「でもさ」
「いいから黙って座っていろ。……本当にあのバカはお前にどういう躾をほどこしたんだか。呆れるな」
思わず舌打ちでもしそうな勢いで嫌悪感をあらわにするその顔は、アメリカが誰よりも一番見慣れたイギリスその人に似ていた。双子のようにそっくりではなかったが、すっと通った鼻梁や頬のライン、伏せた目の感じなどが似ていて、一瞬だけだが彼がその場にいるように感じる。
今回日本が計画した『悪戯』に欠かせないのが、このイギリスの兄にして連合王国の一翼スコットランドだった。
アメリカは最初日本が彼を呼び寄せると言った時、いくらなんでもそれはやりすぎなんじゃないかと思ったものだ。彼ら兄弟の仲が悪いことは世界中に知れ渡っているし、今のご時勢表立っての闘争はなかったが決して仲良く和解したわけではないと聞く。いくらイギリスとロシアを別れさせたいと思っているアメリカでも、スコットランドをけしかけて混乱を招いてまで嫌がらせをしたいわけではなかった。
無論日本とてなにもイギリスの怒りを煽るような真似をするつもりはない。彼はどうやらブリテン島の国々が使えるという何か特別なことをしてもらう気でいるようだが、それがなんなのかはアメリカには見当もつかなかった。
「失礼します」
ふと廊下から声がかかり、二人して入口を向くと扉が静かに開いた。
和服姿の日本が丁寧に頭を下げて中へと入ってくる。退屈を持て余していたアメリカは早速とばかりに身を乗り出した。
「イギリスとロシアは?」
「今はお庭を散策なさっておいでです」
「いよいよだね!」
「お待たせしてしまって申し訳ありません、スコットランドさん」
「いや、気にするな。初めて来たがいい家だな」
「ありがとうございます」
先ほどのアメリカへの態度はどこへやら、急に雰囲気を和らげてスコットランドはにこりと笑みを浮かべた。どうやらイギリス同様島国同士、お互い気に入るのも早いらしい。
「ね、日本。スコットランドに何をさせるつもりなんだい?」
「それはもちろん『ブリタニアエンジェルの奇跡』を実現してもらうんですよ」
「ぶりたにあえんじぇる? ってもしかして、あの天使の格好の……」
アメリカが嫌な予感に顔を歪めると、スコットランドはそれ以上に不機嫌そうな表情に戻って鋭く言い募った。
「言っておくがあんなみっともない格好はしないからな。ケルト魔法発祥の地が珍妙な格好、出来るか!」
「え? でも着替えないと奇跡は使えないんじゃないのかい? ほら、君の場合はピーターパンみたいなさ。まぁそんな非科学的なことはイギリスだけで勘弁してくれって感じだけどね」
「なんだと?」
片眉を跳ね上げてじろりと睨みを利かせる激昂の仕方は、本当にイギリスそっくりだなぁと思いながら、アメリカは引きつった表情で僅かに肩を引いた。愛情が皆無な分容赦のない殺意の篭った眼差しは果てしなく不穏だ。
スコットランドと会うのは別にこれがはじめてではないが、どうも彼には嫌われているような気がしてならないのだが、杞憂だろうか。
アメリカは日本が新しく淹れてくれた珈琲を手に、「それでどうするんだい?」と話題を変えるように聞いた。けれど新たな茶菓子を提供していた彼は、振り向いて浮かない顔をして見せる。
「それがですね、やっぱりと言うかなんと言いますか。ロシアさんにはバレてしまいまして」
「ロシアに?」
「イギリスさんはきっとここが私の家なので安心なさっているのでしょう。でもロシアさんは他国の気配にことさら敏感な方ですし」
「スコットランドが来ていること、彼はもう分かったって言うのかい? 相変わらず不気味な国だなぁ。ほんとあんなののどこがいいんだろうね、イギリスは」
さりげなく失礼なことを言いながら、アメリカは手にしたカップを置いてスコットランドの隣に座った。小さく鼻を鳴らして憤懣やるかたないといった彼に対し、ちらりとスコットランドが馬鹿にしたように視線を投げた。だが何も言わないところを見ると、言っても無駄だと思ったのだろう。
「とにかく、『悪戯』とやらを見せてくれよ」
「スコットランドさん、済みません巻き込んでしまって」
日本が申し訳なさそうに言えば、スコットランドは微笑を浮かべて首を振る。そんな仕草もやはりどこかイギリスその人を思い出させて、不思議とこちらまで落ち着いてしまう。
日本はほっとした表情で「それでは宜しくお願いします」と言葉を続けた。
「イギリスさんのことですから、その……『魔法』?などはあまり効き目がないかもしれませんが」
「任せておけ」
そうして足元に置いた鞄から彼は小さなステッキを取り出した。星型の飾りがついたイギリスが持つものとは形状が違う。透明な水晶で出来ているもので、先端には丸いルビーが嵌められており、窓から差し込む光を浴びて真っ赤に輝いていた。
どうやらそれが彼の魔法発動アイテムらしい。
「それにしてもさ、スコットランドはイギリスのお兄さんなんだろ? 弟を罠に嵌めるのに手を貸してもいいのかい?」
少々嫌みったらしくアメリカが言えば、スコットランドは涼しい顔をしてステッキを白い指先で優しく撫でた。
その唇に冷たい笑みが浮く。
「元弟としては気が咎めるのか?」
「そういうわけじゃないけどさ。イギリスって本当に兄弟運に恵まれていないって言うか、寂しい人だよね!」
「お前なんぞにアレのことを煩く言われる筋合いはない」
「ふーん、アレ、ねぇ。まぁ別に俺は君たちが喧嘩しようと何しようとどうでもいいけどさ。イギリスがロシアと別れてくれればね」
「アメリカさん。別に私はお二人を別れさせるのが目的では……」
日本が慌てて間を取り持てば、アメリカは不満そうに眉を寄せてさらに何かを言い募ろうとした。そこに素早くスコットランドが割って入る。
これ以上の発言を許せば長引くと判断してのことだろうか。
「とりあえずあの二人を子供にしてしまえばいいんだな?」
「はい、お願いします」
「分かった」
ふっと笑ってスコットランドは立ち上がると、宙に向かって何か小さく囁いた。アメリカが「本当にブリテン島は妄想ばかり見ているんだね」と両手を上げて溜息をつく。
すぐにじろりと睨まれて慌てて口を噤めば、スコットランドはふいっと顔を背けて手にしたステッキを振る。するとステーンと音を立ててアメリカがひっくり返ってしまった。
漫画のような出来事に目を丸くする日本をよそに、床に伸びたアメリカを見下ろして不敵に笑うスコットランドは、やはりどこから見てもイギリスによく似ていた。
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