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 紅茶をどうぞ
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[祭] 恋する (好きで、好きで、仕方ない)
 米英会談が終われば早速とばかりにアメリカは席を立った。
 じっと座っているのが苦手な自分にしては、今日は随分大人しくしていたように思う。三時間の長丁場に思わず途中で抜け出したくなりながらも、なんとか最後まで耐え抜いた。自分で自分を褒めてやりたい気分だ。

「お疲れ様です」

 秘書がいつも通り一声かけて書類を小脇に部屋を出て行くと、アメリカの目は自然とイギリスの方へ向く。気を利かせてこうして席を外す秘書の優秀さに「さすが俺の国民!」と満足げに深く頷いてから、未だ事務官とのやりとりを終える気配のないイギリスの傍に行くかどうかを逡巡する。
 空気の読めないふりをして話に割って入るのも良かったが、仕事の邪魔をすると辛辣な言葉と共に説教がはじまってしまう彼のことだ、下手をすると今日の約束さえ反故にされかねないので、仕方なしに黙ってその場に座り直した。

 アメリカがイギリスと「恋人」などという面映ゆい付き合いを始めたのは、三か月ほど前の事である。
 頭の固い古臭い彼をなんとか口説き落として、「元兄弟」の枠組みを飛び越えてようやく新しい関係を築き始めたばかりだ。大事にしたい。
 些細なことで壊してしまわないよう、見かけによらずアメリカは慎重に事を進めていった。大雑把な性格ではあるが、こうと決めたら頑として譲らないところはお互い似た者同士である。
 最初は訝しみ躊躇し困惑しきっていたイギリスがようやく唇を許してくれたのは一ヶ月前であり、驚くほど時間がかかってしまったのはひとえに過去が重すぎたせいだ。
 本当はせっかく気持ちを切り替え始めたイギリスの気が変わらぬうちに、さっさと戻れないところまでいってしまいたい気持ちをなんとか抑え(この場合既成事実とは違うだろう)、アメリカはじっとその時を待ち続けている。実に辛抱強いことだと我ながら感心してしまう。

 それにしても遅い。
 一体いつまで話し込んでいるのだろうか。
 会議自体は無事に終わり、集まっていた人間たちは一部を除いてすでに退室している。残っているのは米大統領とその側近一名、事務次官、それに英国側の人間ニ名なのだが、彼らはイギリスを差し挟んで何やら意見交換を行っていた。
 待つのは慣れているとはいえ、いい加減しびれを切らせてアメリカが席を立ったところで、自分の上司の声がやけにはっきりと耳に飛び込んで来て思わず動きを止める。

「今夜は是非我が家に招待したい。どうかな、イギリス?」

 はぁ?
 何をいきなりこの人は言っているんだと、アメリカは慌てて上司の元へと移動した。近づいた気配にちらりと視線を流すものの、彼は気にした風もなくさらにイギリスへと言葉を続ける。

「出来れば仕事ではなく私個人がアーサー・カークランドを招きたいのだが、受けてくれるかな?」
「お言葉は大変嬉しく思いますが、今夜はすでに約束があるため、申し訳ないがお断りさせて頂きたく」

 イギリスは突然の誘いに面喰いながらも、そつなく断りの言葉を述べる。それに合わせるようにしてアメリカもまた口をはさんだ。

「そうだぞ、イギリスは今日は俺の家に泊まることになっているんだからね!」
「こら、お前はまたそうやって人の会話に割り込んでからに……それは悪い癖だぞ。聞いているのか、アメリカ」

 眉をひそめて上司が咎めるのを綺麗さっぱり無視をして、アメリカはイギリスの肩に手を置いた。ちらりと上目遣いで見上げてくる緑の瞳がやはりたしなめるような色を浮かべていて、少しだけ肩を竦める。

「とにかく今日は駄目」
「お前はいつもそれだな。じゃあいつだったらいいんだ」
「いつでも駄目。イギリスは俺との約束でいっぱいだよ」
「…………」

 上司が目を眇めて呆れたように溜息をつく。
 でもこればかりは譲る気は毛頭ないし、その意図が分かっているからこそ反対してしまう。
 彼の今年15歳になる可愛い娘が『アーサー』をひどくお気に入りなことはお見通しだ。パーティーで会って以来しつこく会わせろと煩いと聞く。
 たかが10代の子供、しかも自国民を相手に何を張り合っているのかと思われるだろう。けれど積年の末ようやくゴールイン(にはまだ早いけれど)した恋人同士の蜜月を邪魔するのは野暮と言うものだ。可哀相だけどここは諦めてもらうしかない。
 アメリカはそう結論付けて、牽制するかのように背後からイギリスの首元に腕を回してにっこりと笑った。
 ひきつった表情を浮かべ、超大国の大統領を務める男は、これ以上自国と言い争う気はないのか溜息をついてイギリスを見遣る。思わず苦笑を貼り付かせた友好国に彼はぼやいた。

「まったく、甘やかし過ぎではないのかね?」
「それは失礼。ですが自由を謳うには相応しい国ではありませんか」
「我が国ながら奔放さには困っているよ」
「実に可愛いものです」

 くす、と笑って大人の顔をしたイギリスがそんな事をさらりと言う。相変わらずの子供扱いにむっとしてアメリカは唇を尖らせた。そんな仕草こそが子供っぽいのだと自分でも分かっているのだが、この二人を相手にするとどうしてかこういう態度を取ってしまいがちだ。
 ビシッとキめたいと言うのにままならない。

「イギリス!」
「あぁ、拗ねるな。大統領、申し訳ないがまたの機会にお誘い願いたい。今宵は愛すべき我が同盟国との付き合いを重んじたいのでね。失礼します」

 冗談交じりに言ってイギリスが立ち上がれば、側近二名が荷物を手にして道をあける。大統領もこれ以上執拗に迫るのは失礼に当ると判断したのか、すぐに鷹揚に頷いて退くのだった。
 アメリカは椅子の背にかけたままのジャケットをすぐさまひっつかんで、これ以上はないほどの爽やかな笑顔を振りまいてイギリスの手を引いた。

「じゃ、そういうことで! お疲れ様!!」

 ぐい、と細い手首を引けばイギリスは振り払うこともなくついてくる。
 以前だったら真っ赤になって「ばかぁ!」だの「ふざけんな!!」だのの暴言を吐いていたはずなのに、随分と変わったものだ。
 そのことを可愛くないと断じるよりも先に、アメリカは彼が自分のことをきちんと受け入れてくれているということの方が嬉しかった。
 もちろん赤くなってわめき散らしていた以前の彼も好きだったが、大人の余裕を見せながらもとことん自分にだけは甘いイギリスを見るのも楽しい。こういうのが許される立場にいるのは己だけなのだとわかっているからこそ、優越感が込み上げてくる。
 この『人』は『俺』だけのものなんだぞ、という意味でだ。

「アメリカ! あんまり我侭言うなよ」
「わかってるよ、グッドナイト!」

 溜息交じりの声が後ろから聞こえて来たので軽く片手を挙げて応じると、アメリカはイギリスと共に会議室を後にした。




♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪ ♪





 クリスマスが近付いているせいか、街中がいつもより少しだけ賑やかに感じられる。イルミネーションにはまだもう少し早いが、それでも歩き過ぎるたびにショーウィンドウ越しに綺麗な飾りつけが見えれば、それだけで楽しい気分にさせられるというものだ。

「今日は何食べようか?」

 並んで歩きながらアメリカが問えば、電飾の明かりに照らされたイギリスはそうだな、と呟いてほんのりと笑う。機嫌がいいのが手に取るように分かってこちらまで気分上場といったところである。

「たまにはトマト野郎の料理でもいいな」
「スペイン料理かい?」
「駄目か?」
「いいよ」

 携帯でスペイン料理店の場所を確認すると、そのまま予約の電話を入れた。イギリスは黙って通話が終わるのを隣で待っている。
 仕立ての良いカシミアのコートを羽織る彼は、スーツ姿のアメリカと並んでも対象的に落ち着いて見え、幾ら童顔でもこうして佇んでいると年上なんだなぁと改めて感じた。
 雰囲気が違う。その辺を歩いている20代30代の男とはまるで印象が違うのは当たり前なのだが、中でも緑の瞳は積年の様々な想いを閉じ込めているせいか、深みを帯びて綺麗だ。
 絶対に本人には言わないが、間近で見るイギリスの目は幼い頃からアメリカの宝物のひとつである。誰にも見せたくないくらい好きだ。

「ねぇイギリス、今年のクリスマスは一緒に過ごせるよね?」

 電話を切ってからふと思い出したように尋ねた。約束をしなくても大丈夫、と言い切れるほどの自信はまだない。万が一別の予定を入れられては困るので、思い出したのを幸いにさっさと約束を取り交わしておこうと思った。
 急な質問にえ?と顔を上げるイギリスに、はにかんだような笑みを浮かべて見せれば、彼もまた戸惑ったように頬を赤らめた。
 恋人同士になってから迎えるはじめてのクリスマス。
 アメリカの脳裏には様々なシチュエーションの、色とりどりな夢がいくつも描かれている。あれもしたいこれもしたいと後から後から溢れては降り積もっていくそれらは、もう何年分になるだろう。
 小さい頃とは全く違った一晩を過ごしたいと願っても、別に不思議ではないはずだ。

「お、俺は別に……お前の家で過ごしたいだなんて思ってないんだからな!」

 首に巻いたマフラーで口元を隠しながら、やや俯き加減でそう言ったイギリスの耳が真っ赤になっているのを見て、思わず往来にもかかわらずぎゅっと抱き締めたくなったのを堪えた自分は本当に偉いと思った。こういうのを大人になったというのだろうか。
 アメリカは「もちろん!」と言って指を鳴らした。

「じゃあ23日からうちにおいでよ」
「あぁ」
「あ、君の手作りのケーキはいらないからね!」
「な! 言われなくても分かってる!!」
「どうかなぁ? あ、炭化したターキーもいらないよ?」
「う、うるせえ!」

 馬鹿みたいな遣り取りを交わしながら二人して予約した店へと向かう。歩いて10分ほどの場所だ。
 大通りから数本路地を抜けた静かなところにある個人の店舗で、本場スペイン人が経営しているらしい。日本ほどではないがここニューヨークも随分外食産業が多様化して、好きなものを好きな時に食べられるようになった。
 本当に便利な世の中になったと思う。

「ここか?」

 少々格式の高さを伺わせる黒塗りの扉の前に到着すれば、イギリスが興味深そうに目を輝かせた。ドアを開けて中へ入ると落ち着いた雰囲気の店内で、すぐに店の人が出迎えてくれる。
 基本的にイギリスはこういう静かな場所が好きなので、すぐに気に入った様子でアメリカに目配せをして寄越した。軽く頷き返しながら席に着き、渡されたメニューを開く。
 前菜をチョイスしながらウエイターを呼べば、黒いエプロン姿の青年がすぐに歩み寄って来た。

「いらっしゃいませ。ご注文はお決まりでしょうか」
「あぁ。今日のおすすめは何だ?」
「本日は子羊のオーブン焼きとなっております」
「じゃあ赤だな。パゴ・デ・ロス・カペリャーネスはあるか?」
「はい、ご用意しております。レセルバでよろしゅうございますか」
「それで頼む」
「かしこまりました」

 注文を受けたウエイターが下がれば、アメリカは聞きなれないワインの名前に興味津々と言ったふうに今のは?と尋ねる。
 イギリスは優雅な手付きでナプキンを払うと、穏やかに言った。

「以前会った時、スペインがえらく自慢していたワインだ。リベラ・デル・デュエロ産で王室におさめている銘柄らしい。赤特有の濃厚な味で舌触りがいいのが気に入っている。美味いぞ」
「へぇ。俺はカリフォルニアワインくらいしか飲まないからなぁ」
「お前もそろそろ高級ワインの味を覚えろよ。フランスの奴に今度いいの持ってくるように言わないとな」

 苦笑を浮かべながらも楽しげに会話を挟んで、始終イギリスは機嫌がよかった。運ばれて来たワインで乾杯しながらゆっくりと食事の時間を満喫する。
 今まではニューヨークで食事と言ったらたいていファーストフード店や気軽なレストランばかりで、こういう類の店にはあまり行かなかったのだが、付き合いを始めてからはアメリカもイギリスの好みに自然と合わせることを覚えた。相変わらず堅苦しいことは苦手だったが、別に平素から嫌っているわけでもない。
 賑わう煩雑な場所もいいが、恋人達の静かな夜を過ごせる店もムードを盛り上げるためには必要だろう。
 なによりイギリスは仕草が上品だ。酔っ払いさえしなければぴんと伸ばした背筋も、ナイフやフォークを扱う手先も、グラスを傾ける仕草も、なにもかもが完璧で見ていて気持ちがいい。思わず自慢したくなるくらいだった。

「そう言えば大統領の娘さん、来月頭が誕生日だったな」

 極上の赤ワインで喉を潤しながら、イギリスが思い出したように言った。
 子羊の柔らかな肉を切り分けながらアメリカは頷く。

「うん。よく知ってるね」
「プロポーズされたからな」
「……っ!?」

 ぶ、と噴出しそうになって慌ててアメリカはナプキンで口元を押さえた。いたずらっぽい目を向けてくるイギリスを睨みつけながら、気色ばんだ様子で問いただす。

「どういう意味だい!?」
「そのままだ。『私、来月誕生日なの』って言うからさ、プレゼントは何がいいかと聞いたら、『アーサー、結婚して!』って言われたぞ」
「な……最近の子供は随分とませているんだね」
「最近じゃねーよ、女はみんなそんなもんだ」

 くすくすと笑ってイギリスはチェイサーの水を一口飲んだ。

「リズもそうだったな。あいつは勝手に結婚宣言しちまったし」
「君は女王陛下には本当に弱いよね」
「当たり前だろ? 俺の愛すべき国民だ」
「でも彼女は君が『国』じゃなくても君に惚れていると思うけど」
「お前だってみんなから愛されてるだろ? アルフレッド」

 妬くなと言って拗ねた顔のアメリカに笑いかけるイギリスの表情は、ひどく優しくて敬虔だった。
 彼が何を言いたいのかは分かる。アメリカだってそうだ。

 ―――― 愛すべき我らが民、愛すべき我が祖国。

「俺達は国民の愛の結晶ってやつだもんね! 君が昔俺に教えてくれたことだよ」
「恥ずかしいセリフ覚えてるんじゃねーよ!」

 くすぐったそうに言ってから、イギリスはふっと真剣な眼差しでアメリカを見つめた。思わず動きを止めてその瞳を見返せば、吸い込まれそうなほどに綺麗な翡翠色のそれがゆるく滲むように細められた。
 あ、と思う間もなく見蕩れてしまう。

「イギリス、」
「さしずめお前は俺の愛の結晶だもんな」
「…………っ!!!」

 恥ずかしさのあまりテーブルに突っ伏してしまいたくなる。
 ああもうどうしてこの人はこんなことを平気で言えてしまえるんだろうか。アメリカは顔を真っ赤にして額に手を当てた。
 悔しい悔しい悔しい! こんなに簡単に翻弄されてしまうなんて悔しすぎる!

「君、酔ってるだろ!」
「酔ってねーよ」
「嘘だ、酔ってる!」
「なんだよ、照れんなよ」

 へらりと笑ったその顔の、なんてだらしないこと。
 この酔っ払い!
 アメリカはそう言って今日何度目か分からなかったが、可愛すぎる恋人の発言にここで襲い掛からない自分は凄いな、と自画自賛した。




このたびは七夕企画短冊リクエストにご参加下さいまして、どうもありがとうございました! 

「アーサーとしても愛されているイギリス」、とのことでしたので色んな人間とのやりとりを書いていきたかったんですが、蓋を開けてみればただの馬鹿っぷる話というか、「アーサーが大好きなアルフレッド」といった感じになってしまいました。
そんなのもう分かってるよ!と思いながらも、少しでも楽しんでいただけたら嬉しく思います。

夏に頂いたリクエストなのに、季節はもう冬。お待たせしてしまって本当に済みません。
このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございましたv

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