紅茶をどうぞ
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[祭] 怒る (我慢の限界点、突破)」
「また、見てる」
「え?」
「最近見てるよね、君」
アメリカが探るような目でじっとこちらを見据えて、つまらなそうな顔でそう言った。
会議の合間の休憩時間は30分取られている。外の空気を吸いに行く者もいれば、一服しに行く者もいた。いつもならアメリカも日本などと一緒に外へ出て行くのだが、今日は何故かイギリスの傍に寄り、隣の席に勝手に腰を下ろすと話しかけて来た。
「は? なんのことだ?」
突然掛けられた言葉にぼんやりとしていたイギリスは、怪訝そうに顔を上げた。条件反射的にきつい眼差しで睨みつけると、アメリカは肩をすくめてテーブルに肘をつく。そのまま頬杖をつきながら彼はさらに続けた。
「そんなに気になる? 無意識に目で追ってしまうくらい、彼の事が」
「わけわかんねぇ。別に俺は誰も見ちゃいない」
「ロシア」
「…………」
「君、ロシアのこと考えてるでしょ」
唐突な指摘にイギリスは驚いたように目を丸くして、それからみるみる不機嫌そうに眉間に皺を刻んだ。
馬鹿じゃねーの、と言って乱暴に席を立つ。だがアメリカは手を伸ばして彼の腕を掴むと、強引に座るよう促した。強い力に引っ張られる形で仕方なく元の通りに腰を下ろすと、イギリスは怪訝そうに眉を寄せる。
「なんだよ、お前。何かあったのか?」
「人の国のことにあまり口は挟みたくないけれどね。君はとくに外交はえげつないけれど上手だから。でもさ、あまり深入りすべきじゃない。そうだろう?」
「俺がロシアに肩入れしてるとでも思っているのか?」
「そういうわけじゃないけどさ」
さも心外だとでも言うように片眉を跳ね上げて怒りを滲ませるイギリスに、アメリカは彼らしくもなく困惑した表情を浮かべた。すぐに取り繕うように言葉を重ねたが、さすがにイギリスの機嫌もそう簡単には直らない。
「俺はな、アメリカ。何か迷惑をかけたならそりゃ抗議も甘んじて受け入れる。でもプライベートにまで口出しされる謂れはないぞ」
「イギリス」
「下らないこと言ってないで資料の一枚でも読んだらどうだ? お前、さっきもまた突拍子もない提案しやがって……ドイツの血管が切れる前にもうちょっと自重しろ」
そう言ってイギリスはふいっと顔を背けて手にした紙コップを傾けた。さきほど支給された紅茶はもうすっかり冷め切ってしまっている。味気ないそれを喉の奥へと流し込みながら、テーブルに広げた資料に目を落とした。
アメリカは何か言おうとして珍しく逡巡し、結局は拗ねたように口を閉ざしてイギリスの隣に座っている。その目が金色の頭を通り越して部屋の奥へと向けられれば、その先には話題の人物。ロシアがバルト三国に囲まれながら中国にちょっかいを出している姿があった。
相変わらず茫洋とした表情で自分より小柄な国を小突いては、底の見えない笑顔を浮かべている。
「どうした?」
アメリカが黙りこくったのを気にしてか、イギリスは書類から目を上げた。そして振り向きながらその視線を追う。
「お前だって見てんじゃねーか」
「別に」
「なんだかんだ言って気にしてんだろ?」
「違うよ」
言い合いをしていればいい加減視線に気付いたであろうロシアが、ぱっとこちらを向いて大きく瞬きをした。アメジストよりも透明感のある瞳が興味深そうに二人の姿を捉えている。
彼は一言二言何かを言い置いて席を立つと、楽しげな様子で迷わず歩み寄って来た。
「なにかな?」
小首をかしげて問い掛けるロシアに、アメリカは不機嫌さを隠しもしないで「なんでもないよ!」と返す。
無論そんなことで引くようなロシアではない。仏頂面とは正反対の笑顔でテーブルに手をついて身を乗り出すと、無邪気に質問を繰り返した。
「何かな? 何かな?」
「何でもないって言ってるだろ」
鬱陶しそうにアメリカは片手を振って、さっさとあっちに戻れと言わんばかりの態度を示す。だが書類に目を落としていたイギリスがふっと気づいたように口を開いたのでそれも中断された。
「あ、ロシア」
「なぁに?」
「週末の予定だけど、客室のベッド新調するからお前も付き合え」
「うんいいよ。僕が好きなの選んでもいいの?」
「ああ。お前が使うんだし、いいぜ」
和気あいあいとでも言えばいいのだろうか、いい雰囲気で楽しそうに話を進めている二人を見て、アメリカは面白くなさそうにその間に割りこんだ。イギリスが眉をひそめて咎めるような視線を向けて来るが、そんなことは気にしない。
「一体なんの話なのか詳しく聞きたいんだけど」
「ベッドがひとつ古くなってきたから、コイツ用に新しいのを買ってやることにしたんだ。どうせなら本人に選ばせようと思って」
「ロシア用にって、君の家に彼、そんなに頻繁に泊まっているのかい!?」
「月1くらいかな?」
「どうして!?」
驚きの内容にアメリカは両目をめいっぱい見開いてイギリスの顔を食い入るように見つめていた。
いくらなんでも想定の範囲外の返答だ。そこまでこの二か国が仲がいいとは思いもよらなかった。けれどイギリスは、詰問するようなアメリカに対してひょいと肩を竦めて悪びれた様子もなく続ける。
「バラの育て方を教えてやってるんだ。寒冷地でも育ちやすい種類の」
「バラ?」
「やっぱりバラはイギリス君が一番綺麗に咲かせてあげられるからね。まぁアメリカ君は園芸なんて柄じゃないから全然興味ないだろうけど」
言外に君には思い切り関係ないでしょ、と言いたげにロシアが口を挟んでくる。
アメリカはぎゅっと眉間に皺を寄せて不満そうに口をつぐんだ。確かに自分は園芸などにはまったく興味はないしやる気もない。その点だけ取って見ればたとえ相手がロシアと言えども反論の余地はないであろう。
けれどここで引き下がるようなアメリカではない。唇を尖らせて子供のような表情をすると、彼はイギリスをじっと見つめた。それから視線に気づいて目線を向けてくるイギリスのニの腕を思いきり掴む。
「そうだ、週末は一緒にサイパンに行こうよ。君、たまには南国に行きたいって言ってただろう?」
「はぁ? 突然何を言い出すんだお前は」
「ロシアなんかと出掛けるよりも絶対楽しいよ! 青い海と白い砂浜、いいと思わない?」
「まぁ……そりゃ嫌いじゃねーけど」
「だろう? なら行こうよ!」
アメリカは強引に言いながらどこか強請るように上目遣いをして見せた。眼鏡越しの澄んだスカイブルーがきらりとまたたけば、それに合わせてイギリスの目が戸惑いに揺れ動く。
昔と違って何でも言うことを聞いてあげようと言うほどではなかったが、それでもイギリスにとってアメリカは特別な存在だ。しかも滅多にない遠出の誘いである、惹かれないわけがなかった。
「イギリス?」
「あー……でも言っただろ。その日は予定が入ってるんだ。その次じゃ駄目なのか?」
「俺は今週末に行きたいんだぞ!」
そうやって畳みかければイギリスは困ったように眉を寄せた。ここではっきりきっぱり断れないのはやはり、どんなに時間がたっても彼の中でアメリカだけは特別であり、譲れない一線なのだと言うことを指し示している。
これが仕事であれば問答無用で却下なのだろうが、どちらもプライベートな行動である以上、優先順位はおのずと決まって来る。
イギリスはそろそろと成り行きを見守っていたロシアの方へと視線を移動させる。申し訳なさそうに眉尻を下げながら、それでも決定的な言葉を言うのをためらっているのが手に取るように分かった。
アメリカもまたつられるようにロシアの方を向く。反論しようものなら受けて立つと言った雰囲気だったが、当のロシアはのほほんとした様子を崩すことなくのんびりと口を開いた。
「僕の方は別にいいよ。急いでいるわけでもないしね」
「ロシア」
「だってしょうがないでしょ。子供のお願いを聞いてあげるのがお母さんのつとめだものね」
唇に指先を当ててくす、っと無邪気に笑ったその顔こそやけに子供じみてはいたが、アメリカは一瞬にして顔をゆがめた。まさしく一番言われたくない言葉をストレートにぶつけられた形だった。なんて頭に来る男だろう!
けれど不機嫌さを滲ませながらも不敵に唇の端を釣り上げると、アメリカは分かってないなぁと嘯く。
「単純に優先順位の問題だよ」
「うん、だから子供の面倒を見るのは親の務めだからね。いいんじゃないの? 良かったじゃない、アメリカ君」
「そうだね。じゃあ俺は週末イギリスとバカンスしてくるよ。君の家とは大違いのめいっぱいあったかいところでのんびりとね」
「そっか。ならもっと熱くなれるように、ツァーリボムでも打ち上げようかなぁ」
世界最大級の水爆の名が挙がれば、負けじとアメリカも背を反らせる。
「ははは、面白い事を言うね君は。俺んちの最先端迎撃システムを知らないわけじゃないだろうに。無駄撃ちは勿体ないと思うぞ?」
「だってとっても綺麗でいいじゃない。太陽がもう一個出来たみたいでさ」
「あ! そう言えばたぶんまだB61-11がどっかに余ってたと思うから、今度君んちの地下に潜らせておくよ。ロシアなら喜んでくれるよね?」
「うわぁありがとうアメリカ君。それって地中貫通核爆弾だよね? でも残念だなぁ……僕のところの迎撃ミサイルも、すっごく優秀だからうちまで無事に届くか心配だよ」
ぽん、と両手を打ち合せてロシアは嬉しそうに笑った。けれどその眼はシベリアのタイガもかくやという絶対零度をたたえている。もちろん対するアメリカも同じであることは説明に容易い。
「そうだ、ねぇロシア。ベッドなら俺があとで買ってあげるよ」
「へぇ……本当に?」
「うん。君の大っ好きな星条旗柄のをね!」
「笑えない寒い冗談を言えちゃうところがアメリカ君の凄いところだよね」
「褒められたついでに特典もつけちゃうぞ」
「わーい何かな?」
棒読みながらも、貰えるものは何でも貰う主義のロシアが期待に満ち溢れた眼差しを向けてみれば、アメリカも底抜けに明るい笑顔を浮かべて見せる。
形良い唇がこれ以上はないほど綺麗な弧を描いた。
「クレイモアなんてどうだい?」
「それはいいね。寝ながら鉛玉700個が僕の身体に埋まっちゃうんだ?」
「そうそう、スリリングかつエキサイティングでとっても君に似合うと思うよ、ロシア。もちろん俺からの愛情溢れるプレゼント、受け取ってもらえるよね?」
「うん、ありがとう。僕の方もそれに見合ったお返しを考えなくちゃだなぁ」
うきうきと楽しそうに言って、ロシアが続いて言葉を発しようとした瞬間。
イギリスは自分の頭上で延々と繰り広げられる無益かつ不穏な会話にイライラとした表情を隠すこともなく、バシン!と机に書類を叩きつけて立ちあがった。こめかみに血管が浮いている。
そして二人分の視線を浴びながら我慢の限界とばかりに一言。
「お前らいい加減にしろ!!」
「だってロシアが」
「だってアメリカ君が」
「うるっせえ! そ、そんなに仲がいいならお前ら一生そこで言い争ってろ!」
イギリスはそのまま手早く荷物をまとめるとさっさと歩きだしてしまった。茫然とするアメリカとロシアを置いてみるみるうちに扉の向こう側へと消えてしまう。
バン!と激しい音とともにドアが閉まれば、まさしく日頃の紳士面はどこへ行ったのだろうかという感じである。
残された二人は顔を見合せて殺気もあらわに数秒間睨み合い、それから同時に肩の力を抜いて苦笑を浮かべた。
いつしか各国は退避してしまったのかこの部屋には自分たちしかいなくなってしまっている。実に賢明な判断だ。
「アメリカ君のせいだよ。イギリス君、怒っちゃったじゃない。まぁ彼のああいう顔はいつ見ても可愛くて飽きないけどね」
拗ねた口調で言ってから、ロシアは楽しげに椅子に座りながら両肘をついて手の甲に顎を乗せた。
アメリカもまた行儀悪くテーブルに腰掛けて、こちらはつまらなそうに反駁する。
「君が変なことを言い出すのが悪いんじゃないか!」
「知らないよそんなの。せっかく一緒に買い物行けると思ったのになぁ」
あーあ……という溜息混じりの残念そうな声に、アメリカもまたふぅっと溜息をついて気分を入れ替えた。喉が渇いたので置きっぱなしの冷めたコーヒーを口に含みながらぼんやりと窓の外を見遣る。
晴天の空は眩しいくらいに綺麗だ。それなのになんだか随分と疲れてしまったような気がする。本当にロシアに関わらると碌なことにならないなぁと彼が思っていると、恐らくまったく同じように思っていたロシアが腕時計を見ながら呟くのが聞こえた。
「さてと、そろそろ休憩時間も終わりかな」
「誰も戻ってこないけどどうしたんだろ?」
「さぁね。このまま流れちゃえばいいのになぁ」
「その点は同感だぞ!」
「えー……君と意気投合するのはかなり不本意なんだけど」
それはこっちのセリフだぞ、と言ってそのまま再びはじまる口論に、廊下に避難していた各国は別室への移動を余儀なくされた。まったく、これではここの会議室は当分使いものにならないだろう。
スイスなどは静かな怒りをたたえて銃を片手に乗り込もうとしていたが、慌てたドイツに羽交い締めにされていた。これ以上の争いは遠慮願いたい。
皆が皆、盛大な溜息とともに一様に呆れ顔で別の部屋へと歩いていく。もちろんその中には「俺を無視して二人で勝手に話進めるなよ」と文句の絶えないイギリスもいて、フランスにニヨニヨされつつ日本に慰められているのであった。
「え?」
「最近見てるよね、君」
アメリカが探るような目でじっとこちらを見据えて、つまらなそうな顔でそう言った。
会議の合間の休憩時間は30分取られている。外の空気を吸いに行く者もいれば、一服しに行く者もいた。いつもならアメリカも日本などと一緒に外へ出て行くのだが、今日は何故かイギリスの傍に寄り、隣の席に勝手に腰を下ろすと話しかけて来た。
「は? なんのことだ?」
突然掛けられた言葉にぼんやりとしていたイギリスは、怪訝そうに顔を上げた。条件反射的にきつい眼差しで睨みつけると、アメリカは肩をすくめてテーブルに肘をつく。そのまま頬杖をつきながら彼はさらに続けた。
「そんなに気になる? 無意識に目で追ってしまうくらい、彼の事が」
「わけわかんねぇ。別に俺は誰も見ちゃいない」
「ロシア」
「…………」
「君、ロシアのこと考えてるでしょ」
唐突な指摘にイギリスは驚いたように目を丸くして、それからみるみる不機嫌そうに眉間に皺を刻んだ。
馬鹿じゃねーの、と言って乱暴に席を立つ。だがアメリカは手を伸ばして彼の腕を掴むと、強引に座るよう促した。強い力に引っ張られる形で仕方なく元の通りに腰を下ろすと、イギリスは怪訝そうに眉を寄せる。
「なんだよ、お前。何かあったのか?」
「人の国のことにあまり口は挟みたくないけれどね。君はとくに外交はえげつないけれど上手だから。でもさ、あまり深入りすべきじゃない。そうだろう?」
「俺がロシアに肩入れしてるとでも思っているのか?」
「そういうわけじゃないけどさ」
さも心外だとでも言うように片眉を跳ね上げて怒りを滲ませるイギリスに、アメリカは彼らしくもなく困惑した表情を浮かべた。すぐに取り繕うように言葉を重ねたが、さすがにイギリスの機嫌もそう簡単には直らない。
「俺はな、アメリカ。何か迷惑をかけたならそりゃ抗議も甘んじて受け入れる。でもプライベートにまで口出しされる謂れはないぞ」
「イギリス」
「下らないこと言ってないで資料の一枚でも読んだらどうだ? お前、さっきもまた突拍子もない提案しやがって……ドイツの血管が切れる前にもうちょっと自重しろ」
そう言ってイギリスはふいっと顔を背けて手にした紙コップを傾けた。さきほど支給された紅茶はもうすっかり冷め切ってしまっている。味気ないそれを喉の奥へと流し込みながら、テーブルに広げた資料に目を落とした。
アメリカは何か言おうとして珍しく逡巡し、結局は拗ねたように口を閉ざしてイギリスの隣に座っている。その目が金色の頭を通り越して部屋の奥へと向けられれば、その先には話題の人物。ロシアがバルト三国に囲まれながら中国にちょっかいを出している姿があった。
相変わらず茫洋とした表情で自分より小柄な国を小突いては、底の見えない笑顔を浮かべている。
「どうした?」
アメリカが黙りこくったのを気にしてか、イギリスは書類から目を上げた。そして振り向きながらその視線を追う。
「お前だって見てんじゃねーか」
「別に」
「なんだかんだ言って気にしてんだろ?」
「違うよ」
言い合いをしていればいい加減視線に気付いたであろうロシアが、ぱっとこちらを向いて大きく瞬きをした。アメジストよりも透明感のある瞳が興味深そうに二人の姿を捉えている。
彼は一言二言何かを言い置いて席を立つと、楽しげな様子で迷わず歩み寄って来た。
「なにかな?」
小首をかしげて問い掛けるロシアに、アメリカは不機嫌さを隠しもしないで「なんでもないよ!」と返す。
無論そんなことで引くようなロシアではない。仏頂面とは正反対の笑顔でテーブルに手をついて身を乗り出すと、無邪気に質問を繰り返した。
「何かな? 何かな?」
「何でもないって言ってるだろ」
鬱陶しそうにアメリカは片手を振って、さっさとあっちに戻れと言わんばかりの態度を示す。だが書類に目を落としていたイギリスがふっと気づいたように口を開いたのでそれも中断された。
「あ、ロシア」
「なぁに?」
「週末の予定だけど、客室のベッド新調するからお前も付き合え」
「うんいいよ。僕が好きなの選んでもいいの?」
「ああ。お前が使うんだし、いいぜ」
和気あいあいとでも言えばいいのだろうか、いい雰囲気で楽しそうに話を進めている二人を見て、アメリカは面白くなさそうにその間に割りこんだ。イギリスが眉をひそめて咎めるような視線を向けて来るが、そんなことは気にしない。
「一体なんの話なのか詳しく聞きたいんだけど」
「ベッドがひとつ古くなってきたから、コイツ用に新しいのを買ってやることにしたんだ。どうせなら本人に選ばせようと思って」
「ロシア用にって、君の家に彼、そんなに頻繁に泊まっているのかい!?」
「月1くらいかな?」
「どうして!?」
驚きの内容にアメリカは両目をめいっぱい見開いてイギリスの顔を食い入るように見つめていた。
いくらなんでも想定の範囲外の返答だ。そこまでこの二か国が仲がいいとは思いもよらなかった。けれどイギリスは、詰問するようなアメリカに対してひょいと肩を竦めて悪びれた様子もなく続ける。
「バラの育て方を教えてやってるんだ。寒冷地でも育ちやすい種類の」
「バラ?」
「やっぱりバラはイギリス君が一番綺麗に咲かせてあげられるからね。まぁアメリカ君は園芸なんて柄じゃないから全然興味ないだろうけど」
言外に君には思い切り関係ないでしょ、と言いたげにロシアが口を挟んでくる。
アメリカはぎゅっと眉間に皺を寄せて不満そうに口をつぐんだ。確かに自分は園芸などにはまったく興味はないしやる気もない。その点だけ取って見ればたとえ相手がロシアと言えども反論の余地はないであろう。
けれどここで引き下がるようなアメリカではない。唇を尖らせて子供のような表情をすると、彼はイギリスをじっと見つめた。それから視線に気づいて目線を向けてくるイギリスのニの腕を思いきり掴む。
「そうだ、週末は一緒にサイパンに行こうよ。君、たまには南国に行きたいって言ってただろう?」
「はぁ? 突然何を言い出すんだお前は」
「ロシアなんかと出掛けるよりも絶対楽しいよ! 青い海と白い砂浜、いいと思わない?」
「まぁ……そりゃ嫌いじゃねーけど」
「だろう? なら行こうよ!」
アメリカは強引に言いながらどこか強請るように上目遣いをして見せた。眼鏡越しの澄んだスカイブルーがきらりとまたたけば、それに合わせてイギリスの目が戸惑いに揺れ動く。
昔と違って何でも言うことを聞いてあげようと言うほどではなかったが、それでもイギリスにとってアメリカは特別な存在だ。しかも滅多にない遠出の誘いである、惹かれないわけがなかった。
「イギリス?」
「あー……でも言っただろ。その日は予定が入ってるんだ。その次じゃ駄目なのか?」
「俺は今週末に行きたいんだぞ!」
そうやって畳みかければイギリスは困ったように眉を寄せた。ここではっきりきっぱり断れないのはやはり、どんなに時間がたっても彼の中でアメリカだけは特別であり、譲れない一線なのだと言うことを指し示している。
これが仕事であれば問答無用で却下なのだろうが、どちらもプライベートな行動である以上、優先順位はおのずと決まって来る。
イギリスはそろそろと成り行きを見守っていたロシアの方へと視線を移動させる。申し訳なさそうに眉尻を下げながら、それでも決定的な言葉を言うのをためらっているのが手に取るように分かった。
アメリカもまたつられるようにロシアの方を向く。反論しようものなら受けて立つと言った雰囲気だったが、当のロシアはのほほんとした様子を崩すことなくのんびりと口を開いた。
「僕の方は別にいいよ。急いでいるわけでもないしね」
「ロシア」
「だってしょうがないでしょ。子供のお願いを聞いてあげるのがお母さんのつとめだものね」
唇に指先を当ててくす、っと無邪気に笑ったその顔こそやけに子供じみてはいたが、アメリカは一瞬にして顔をゆがめた。まさしく一番言われたくない言葉をストレートにぶつけられた形だった。なんて頭に来る男だろう!
けれど不機嫌さを滲ませながらも不敵に唇の端を釣り上げると、アメリカは分かってないなぁと嘯く。
「単純に優先順位の問題だよ」
「うん、だから子供の面倒を見るのは親の務めだからね。いいんじゃないの? 良かったじゃない、アメリカ君」
「そうだね。じゃあ俺は週末イギリスとバカンスしてくるよ。君の家とは大違いのめいっぱいあったかいところでのんびりとね」
「そっか。ならもっと熱くなれるように、ツァーリボムでも打ち上げようかなぁ」
世界最大級の水爆の名が挙がれば、負けじとアメリカも背を反らせる。
「ははは、面白い事を言うね君は。俺んちの最先端迎撃システムを知らないわけじゃないだろうに。無駄撃ちは勿体ないと思うぞ?」
「だってとっても綺麗でいいじゃない。太陽がもう一個出来たみたいでさ」
「あ! そう言えばたぶんまだB61-11がどっかに余ってたと思うから、今度君んちの地下に潜らせておくよ。ロシアなら喜んでくれるよね?」
「うわぁありがとうアメリカ君。それって地中貫通核爆弾だよね? でも残念だなぁ……僕のところの迎撃ミサイルも、すっごく優秀だからうちまで無事に届くか心配だよ」
ぽん、と両手を打ち合せてロシアは嬉しそうに笑った。けれどその眼はシベリアのタイガもかくやという絶対零度をたたえている。もちろん対するアメリカも同じであることは説明に容易い。
「そうだ、ねぇロシア。ベッドなら俺があとで買ってあげるよ」
「へぇ……本当に?」
「うん。君の大っ好きな星条旗柄のをね!」
「笑えない寒い冗談を言えちゃうところがアメリカ君の凄いところだよね」
「褒められたついでに特典もつけちゃうぞ」
「わーい何かな?」
棒読みながらも、貰えるものは何でも貰う主義のロシアが期待に満ち溢れた眼差しを向けてみれば、アメリカも底抜けに明るい笑顔を浮かべて見せる。
形良い唇がこれ以上はないほど綺麗な弧を描いた。
「クレイモアなんてどうだい?」
「それはいいね。寝ながら鉛玉700個が僕の身体に埋まっちゃうんだ?」
「そうそう、スリリングかつエキサイティングでとっても君に似合うと思うよ、ロシア。もちろん俺からの愛情溢れるプレゼント、受け取ってもらえるよね?」
「うん、ありがとう。僕の方もそれに見合ったお返しを考えなくちゃだなぁ」
うきうきと楽しそうに言って、ロシアが続いて言葉を発しようとした瞬間。
イギリスは自分の頭上で延々と繰り広げられる無益かつ不穏な会話にイライラとした表情を隠すこともなく、バシン!と机に書類を叩きつけて立ちあがった。こめかみに血管が浮いている。
そして二人分の視線を浴びながら我慢の限界とばかりに一言。
「お前らいい加減にしろ!!」
「だってロシアが」
「だってアメリカ君が」
「うるっせえ! そ、そんなに仲がいいならお前ら一生そこで言い争ってろ!」
イギリスはそのまま手早く荷物をまとめるとさっさと歩きだしてしまった。茫然とするアメリカとロシアを置いてみるみるうちに扉の向こう側へと消えてしまう。
バン!と激しい音とともにドアが閉まれば、まさしく日頃の紳士面はどこへ行ったのだろうかという感じである。
残された二人は顔を見合せて殺気もあらわに数秒間睨み合い、それから同時に肩の力を抜いて苦笑を浮かべた。
いつしか各国は退避してしまったのかこの部屋には自分たちしかいなくなってしまっている。実に賢明な判断だ。
「アメリカ君のせいだよ。イギリス君、怒っちゃったじゃない。まぁ彼のああいう顔はいつ見ても可愛くて飽きないけどね」
拗ねた口調で言ってから、ロシアは楽しげに椅子に座りながら両肘をついて手の甲に顎を乗せた。
アメリカもまた行儀悪くテーブルに腰掛けて、こちらはつまらなそうに反駁する。
「君が変なことを言い出すのが悪いんじゃないか!」
「知らないよそんなの。せっかく一緒に買い物行けると思ったのになぁ」
あーあ……という溜息混じりの残念そうな声に、アメリカもまたふぅっと溜息をついて気分を入れ替えた。喉が渇いたので置きっぱなしの冷めたコーヒーを口に含みながらぼんやりと窓の外を見遣る。
晴天の空は眩しいくらいに綺麗だ。それなのになんだか随分と疲れてしまったような気がする。本当にロシアに関わらると碌なことにならないなぁと彼が思っていると、恐らくまったく同じように思っていたロシアが腕時計を見ながら呟くのが聞こえた。
「さてと、そろそろ休憩時間も終わりかな」
「誰も戻ってこないけどどうしたんだろ?」
「さぁね。このまま流れちゃえばいいのになぁ」
「その点は同感だぞ!」
「えー……君と意気投合するのはかなり不本意なんだけど」
それはこっちのセリフだぞ、と言ってそのまま再びはじまる口論に、廊下に避難していた各国は別室への移動を余儀なくされた。まったく、これではここの会議室は当分使いものにならないだろう。
スイスなどは静かな怒りをたたえて銃を片手に乗り込もうとしていたが、慌てたドイツに羽交い締めにされていた。これ以上の争いは遠慮願いたい。
皆が皆、盛大な溜息とともに一様に呆れ顔で別の部屋へと歩いていく。もちろんその中には「俺を無視して二人で勝手に話進めるなよ」と文句の絶えないイギリスもいて、フランスにニヨニヨされつつ日本に慰められているのであった。
このたびは七夕企画短冊リクエストにご参加下さいまして、どうもありがとうございました!
ご本家でのアメリカとロシアの掛け合いを見て以来、この二人が口喧嘩するところが大好きでなりません。間にイギリスが入っていて、二人で取り合うような場面はなおさら美味しく妄想出来ましたv
二人同時に何か仕掛けた場合、イギリスはきっとアメリカの方に傾いちゃうような気がするんですが、結局持ち前のオカン気質を発揮してどっちにも甘くなりそうです。ってそれは単に私の好みなだけですけど(苦笑)
それにしても気付いたらあまりイギリスが絡んでいなくて、単なる米露の言い争いになってしまって済みませんでした。おかしいなぁ。もっとイギリスを奪い合うアメリカとロシアの血みどろの対決、みたいなものが書きたかったんですけど、完全にスキルが足りませんでした。
なにはともあれお気に召していただけましたら嬉しく思います。
このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
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