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 紅茶をどうぞ
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[祭] ときめく (それはきっと、恋した証拠)
 その日フランスはちょっとした用事があってドーバー海峡を渡っていた。
 ハロッズに入荷された新作紅茶の買い付け、が主な目的だが実際のところはぽっかりと空いた時間に、隣国を様子見しようというのが真の狙いである。
 世界の美食家を集めに集めた自国とは違い、隣の国は放っておくと何日も適当な食事で済ませてしまうのだ。三食同じメニューでも全然かまわないと言われた日には(しかもその三食ともが手抜きと評されるものであるのならなおさら)、腐れ縁の誼でたまには何かうまいものでも作ってやろうと思ってしまう。まぁ、あわよくば夜の時間も共に過ごして美味しく頂いちゃおうなどという不埒な考えも脳裏をかすめた。むろん返り討ちにされるのが落ちだろうが。
 けれど、呆れるくらい食に頓着しないイギリスだったが、これでいて味覚の方は驚くほど確かなのだから世の中分からない。
 まずいものを平気で食べるわりに、味覚だけはきちんと発達しているようで、フランスが新しく作ったソースの隠し味に使われたベリーの種類まで当てた時には言葉を失ってしまった。どうしてそれだけの舌を持ちながらあそこまで食事に対して無関心でいられるのか不思議でならない。

 取り敢えずフルコース分の食材を買い込み、荷物の配送を頼んでから地下鉄を利用してイギリスの自宅へ向かう。この辺は慣れたものだ。
 ロンドン郊外の閑静な住宅街に構えられた彼の邸宅は、築150年のヴィクトリアンハウスで、勿論「比較的新しい物件」である。新しいものが好きなアメリカなどは古くてかび臭くて嫌だと言うが、古い建物はフランスにも多いのでその辺は大して気に留めたことはない。むしろきちんと手入れの行きとどいたこじんまりとした庭園や、落ち着いた雰囲気の家具に囲まれてゆったりとお茶をするのは嫌いではなかった。
 言うまでもなく、出された茶菓子が主人の手作りでなければの話だ。

 アーサー・カークランド名義のその家に辿り着いた時にはすでに、太陽は中天を過ぎていた。
 一応、今日来訪することはメールで先に伝えてある。いくら友達の少ないイギリスとはいえ、昔と違って交通機関が発達した現代では、アメリカや日本などと気軽に出掛けてしまうことが多かった。英連邦の面々との会合にもよく顔を出しているので、なんだかんだ言いつつも結構留守だったりする。
「昼過ぎに行くからなー」に対する返信は「勝手にしろ」だった。素っ気ないが彼らしくもあり、そういう気易いやり取りはあくまで自分相手だけだと知っているからこそ余計に付き合い易い。変に気を使ったりしない分、誰よりも楽だった。
 石畳を歩き、白いポーチを上がって玄関に備え付けのベルを鳴らせば(昔はアナログだが今はさすがにデジタル化している)、中から「入っていいぞ」という声が聞こえてきた。いつもそうだ、イギリスには名前を告げなくても誰が来たのか分かるらしい。きっと妖精たちが知らせてくれるのだろう……あいにくとフランスにはその姿を見ることは滅多になかったが。

「お邪魔しまーす」

 一応一言声を掛けてから玄関を開ける。天窓から差し込む淡い光に照らされて板張りの廊下を進んでいけば、リビングのガラス戸の向こうには主人の姿。
 仕立ての良い生成りのシャツに袖を通し、最近流行の細見のスラックスを履いたその格好は、どう見てもこれから外出する様子がうかがえた。

「何、出掛けんの?」
「あぁ、ちょっとな。お前の分の着替えも用意してある。サイズはたぶん大丈夫だ」
「俺も行くのか?」

 突拍子もない言葉に目を丸くしていれば、ほら、と言ってスーツ一式を渡される。英国製のものかと思いきやちゃっかり仏国製を用意するところがさすがと言うかなんと言うか。フランスに自国の服を着せたくないのか、それとも『国』に他国の服を薦めるのは気が引けるのか、それは分からない。だが相手に似合うものを用意するというところは、あくまで英国紳士らしい気遣いと言って良いのだろう。

「そう言えば食材は届いたか?」
「道が混んでるとかでちょっと時間がかかるらしい。さっき電話があった」
「冷蔵物は大丈夫かねぇ」
「あぁ、その辺は任せていい。裏口に置いておくよう言ったから、後は妖精たちがなんとかしてくれるだろ」

 何でもないことのようにさらりと言われて、咄嗟に返す言葉を探していると、イギリスはタイを結ぶ手を止めてちらっとこちらに視線を投げて寄越す。

「なんだ?」
「彼女たちもお前の手料理、楽しみにしてんだ。せいぜい美味いの作れよ?」
「お前ねぇ、俺を誰だと思ってるんだ? 天下のフランス様だよ?」
「うっせ。おらさっさと着替えやがれ」

 足癖の悪さは海賊時代の名残だろうか。まったく乱暴なところは昔から変わらないな、と苦笑しながらフランスは渡された服に着替えはじめた。






* * * * * * * * * * * * * * *






 イギリスに連れられて移動した場所は、ある意味フランスがこの国でもっとも馴染み深いと言っても過言ではないところだった。
『ヴィントナーズ』。ワインを扱う者なら一度は耳にしたことがあるであろう、世界的にも有名なギルドである。
 今から700年以上も前に設立されたこのギルドは、今現在でもイギリスにおいてワインに関する総元締めのような立場を守り続け、最近では教育機関まで設けているという権威ある団体だった。
 元来イギリスは世界に誇るワイン大国である。むろん英国の寒冷な土地ではワインの原料となる葡萄作りには適さず、自国で生産する量はわずかばかりの限られたものに過ぎないが、大航海時代における航路の拡大に伴いイギリス商人たちはワインを世界各国に広めた経緯を持つ。
 もともとフランス王室で愛飲されていたのはブルコーニュワインだったが、ヘンリー2世の時代、フランスのボルドー地方は300年間イギリス領であったため英国市場に向けて大量のワインを輸出していた。それら商品はネゴシアンと呼ばれる英商人たちの手によって品種改良され、高品質な状態で世界中に広められ、多くの人々に飲まれるようになったのだった。
 現代においても主なる生産国であるフランスやイタリア、スペインなどよりもずっとワインに対する発言力があり、権威ある品評会などもすべてイギリスで採り行われるのが常である。
 当然のことながらフランスも自国の新作を手にその品評会に出席しては、イギリスと共に饗される各地域のワインに舌鼓を打つことも少なくなかった。

「何か新作でも入ったのか?」

 歩きながら尋ねれば、イギリスは小さく頷いて肯定する。

「まぁな。先週試飲してくれと頼まれていたんだ。お前の感想も聞きたかったから今日にしてもらった」
「へぇ。そりゃ楽しみだ」

 案内された一室の応接セットに腰掛けて、フランスは目の前のテーブルに置かれたワイングラスに自然と目を落とす。綺麗に磨き上げられた薄いガラスは背が高い細長のもので、俗に言うフルートグラスというやつだ。
 ということは赤でもなければ白でもなく、スパークリングワインなのだろうか。

「アーサー様、フランシス様、本日はご足労いただいて誠にありがとうございます」

 初老の紳士が慇懃に挨拶をするのに応じながら、イギリスは早速とばかりに水を向けた。

「少々時間がない。申し訳ないが味を見させてくれないか」
「かしこまりました」

 すぐに男は白い布巾を手にアイス・ペールからワインボトルを抜き出した。ゆっくりと水分を拭き取ってからコルク栓を抜き、揺らさないように静かに二人の前に置かれたグラスへと傾ける。
 注がれていくわずかに金色に光る透明なそれは予想通り発泡酒だった。丁寧に二度注ぎして六分目のところできちんと止める。この辺はさすがに作法通りだ。
 ふわりと鼻先をかすめる豊潤な香りにフランスは目を見張りながら、差し出されたグラスをそっと受け取った。

「いい色だ」

 思わず呟いてからまずは泡立ちを確認する。肌理の細かい泡がきちんと立っており、弾ける音もいい。続いて鼻先を近付ければやはり驚くほど上品な香りが広がった。
 ちらりとイギリスの様子を伺って見ると、彼は満足そうに眺めてから口をつけ、みるみるうちに相好を崩す。滅多に見られる表情ではない、これはかなりの味なのだろう。
 フランスもまた期待しながら同じようにグラスを傾けた。

「……っ、これ!」

 口に含んだ瞬間のキリっとした酸味と言い、なめらかかつ柑橘系を思わせる爽やかな味わいと言い、飲みこんだ時の喉越しと言い、この良質さ加減はシャンパーニュにも引けを取らない。いや、むしろ勝っている部分もあるといっていいだろう。
 心底驚いた表情を浮かべたフランスに、イギリスはもちろんのことヴィントナーズのソムリエも笑みをこぼした。

「どうだ?」
「美味い。最高級のシャンパーニュでも勝てるかどうか……これ、どこのワインだ?」

 自国のブランドでないことは確かだ。味や香りから言ってフランス産のブドウは使用してはいない。けれど、何故かどこか似通った印象があるのも拭えなかった。
 限りなく近いけれども、明らかに違う。その違和感がまたどうしようもなくこのワインを神秘的に見せていた。

「俺のところの葡萄に似ているけど、そうじゃない。品種は?」
「シャルドネ60%、ピノノワール20%、ピノムニエ20%でございます」
「なるほどな。5年……いや、6年は熟成させているが違うか?」
「さようでございます」

 丁重に答える老紳士の目を見上げれば、そこには確かな自信と誇りが見て取れる。
 その力強さにフランスは一瞬ハッとして、慌ててイギリスの方を向いた。彼もまた両腕を組んでこちらをじっと見ている。

「まさか、これ……イギリス産なのか?」

 きゅっと口角を上げて彼は不敵に笑った。
 その顔を見れば一発で分かる。間違いない、これはこの国で造られたワインだ。

「お前、これはマジで凄いぞ。酒造はどこだよ」
「ナイティンバーだ」
「あそこまだ造ってたのか。つかお前んちでも随分いい葡萄が採れるようになったんだなぁ」

 どうやら今回のスパークリングワインは、イギリスのワインメーカーでも老舗中の老舗、800年以上の歴史を持つ醸造所作のようだ。「新しい木の家」と言う名のこのメーカーは、元は修道院に納めるワインを造っていたことで有名だった。フランスも何度か名前を聞いたことがある。
 だが、イギリスでは良質の葡萄が採りづらく、そのためまともなワイン造りは無理だと言われ続けて来たのだが、聞けばここ最近の温暖化の影響でイングランドやウェ-ルズでもワインに適した葡萄が大幅に栽培されるようになったらしい。
 そう言えば数年前にそれらしい噂を耳にしていたが、すっかり忘れてしまっていたことを思い出した。

「ピノムニエ100%のものもある。何本かもらって行って今夜飲もう」
「いいのか?」
「あぁ。ワインはやっぱりお前の舌が一番確かだからな」

 言いながらイギリスは立ち上がると土産用に何本か包むよう伝えて、フランスを促す。
 待っている間、時間つぶしにと二人でセラーに向かえば今飲んだばかりのワインが何本か並んでいた。
 金色に縁取られたセンスのいいラベルが目を引く。そこには大きく「Nyetimber」の文字が踊り、指先ですいっと撫でるとフランスは大きく溜息をついた。

「こりゃお兄さんも頑張らなきゃ、負けちゃうな」
「今は発泡酒がせいいっぱいのようだ。ギリギリで白は出来るが、赤はまだまだ無理だな。なんせ日照時間が全然足りない」

 貴腐やアイスヴァインのような凍った状態のものを収穫するのでなければ、やはり葡萄は太陽の光を浴び続けなければワインに適した状態にはならない。
 完璧なテロワールによる完璧な栽培。技術、土壌、気候、そのどれか一つでも欠けていれば最高級のワインは生まれないのだ。

「まぁ赤が飲みたければブルコーニュとボルドーをどうぞってことで」
「あ、お前ちゃんと持って来たんだろうな?」
「もちろん。坊っちゃんの口に合う最高の女王様をお持ちしましたよ」
「シャトー・ラフィット・ロートシルトか?」
「カリュアド・ド・ラフィットで勘弁して下さい……」

 がっくりと肩を落としながら呟いたフランスに、イギリスは高慢な態度で「ココット作れよ?」と言って笑った。






* * * * * * * * * * * * * * *






 ワイン片手に家に戻れば、ハロッズから届いた食材はすべてきちんと冷蔵庫にしまわれていた。
 見事なものだと感心しながらキッチンに立てば、エプロン姿のイギリスが中に入って来ようとするので慌ててそれを押しとどめた。

「ここは俺に任せろ!」
「手伝ってやるよ」
「お前はいいからこっちに来るな。あーほら、ビスキュイでも食ってろ」

 なんだかんだと揉めながらも無事にイギリスをキッチンから追い出すと、フランスは一人楽しげに食材を物色していく。綺麗に片づけられたキッチンはいつ来ても清潔で気持ちがいい。作るものは不味いが道具の扱いだけはいいのだからまだマシだろう。
 最近はお互い忙しくてあまり行き来はなかったため、食事を作ってやるということもなくなっていた。だからここに立つのは随分と久しぶりである。
 何を作ろうかと思い浮かべながら、まずはイギリスのリクエスト通りココットの材料を手に取りフランスは包丁を振るった。


 それから1時間半後。
 次々と出来上がる料理をリビングに運びながら、ようやく全部を整え終わると二人はダイニングテーブルへと向かい合わせで落ち着いた。
 待ち侘びていたとばかりに食卓に出されたのはナイティンバーのスパークリングワイン。先ほど貰って来たうちの一本で、試飲したワインとは別のものである。
 まずは乾杯。それから前菜だ。
 
「どうよ?」
「普通に美味い。スモークサーモンに茸と海老を詰めたのか。ソースはトマトとヨーグルト?」
「そうそう。こっちはアスパラガスのクリーム添え」
「ん、美味いな」

 そんなふうに一品一品解説しながらワインを次々とあけていく。もともとフランスもイギリスも酒好きで、悪酔いさえしなければお互いかなりの量を楽しむことが出来る。
 それでも4本目をあけた時には、二人ともそれなりに酔いが回り始めていた。
 
「やっぱメシ作らせたらお前が一番だよなぁ。ちくしょう。俺だってそのうち……」
「そう言い続けて何百年経つよ? いい加減諦めろって」
「うるせぇ!」

 フランス持参の赤ワイン片手に、うっすらと血の気の上った顔でイギリスは不機嫌そうにそっぽを向いた。そんな彼の横顔を見つめながら、フランスもまたワイングラスを手に取る。

「お前はさぁ、俺の手料理食ってりゃいいじゃん」
「なんだよそれ」
「そのまんまの意味だ。わざわざ不味いもん作らなくても、俺の美味いメシをありがたく食えってこと」

 そう言ってやれば一瞬呆けたように目を見開いて、それからイギリスはますます赤くなった。
 動揺した顔で、けれど「馬鹿言ってんじゃねーよ」と悪口だけは立派に悪態をついて、やや乱暴にワインを一口飲んだ。それからしばらく押し黙ったかと思えば、急に顔をあげてフランスを真正面から見据えて来る。
 戸惑って何か言いかければ、それより先に彼は口を開いた。

「そうだ、お前知ってるか?」
「なにがだ?」

 すっかり寛いでいるのか、テーブルの上に肘をついてグラスを指先で揺らしながら、イギリスは続ける。

「お前のところのシャンパンがうまいのはさ、温暖な気候と石灰質の土壌によるものだろ?」
「なんだよ突然。まぁ『ワインはセラーでは無く畑から生まれる』だからな。それがどうした」
「イングリッシュワインの元になる葡萄はイングランド南部からウェールズにかけてだけどさ、そこの土壌を何年か前に調査したんだ。そしたらすっげー事が分かった」
「なんだよ、勿体ぶらずにさっさと言えよ」

 ほろ酔い気分の目がじっとこちらを見つめて来る。翡翠色の瞳にはどこか面白がるような光が灯もされており、フランスはしばらく怪訝そうに眉を寄せていたがじれったくなって両手を上げた。

「分からねーって。解答は?」
「同じなんだよ。俺んとことお前んとこ、ほとんど同じ土壌だったんだ」
「え、それってつまり」
「日当たりさえ良ければシャンパーニュ地方と同じ葡萄が採れるってことだ。つまりシャンパンに負けないスパークリングが作れる」

 なるほど。
 だからヴィントナーズで初めてナイティンバーのワインを口にした時、どこか馴染んだような味がしたのだろう。
 自国とは違う、でも似ているあの風味は同じ土壌のものから採った葡萄に通じていたらしい。ただやはり太陽の当たり具合によって微妙に味が変化するため、出来あがったワインそのものの味は同じにはならないのだ。
 それにしてもブリテン島が5万年前は大陸と地続きだったと聞いてはいたが、こうやって科学的にそれが証明されると実に感慨深いものを感じる。まだ自分たちが『国』として存在する前だったとはいえ、この土地は確かに繋がっていたのだ。それがやがて様々な地殻変動によって切り離され、ドーバー海峡が生まれた。
 今でこそチャネル・トンネルで結ばれているものの、島国であるイギリスはもともと大陸の一部であったのだ。ならばもしも離れ離れにならず、ずっと今でも陸続きだったら自分とイギリスの関係はもっと別のものだったのかも知れない……そう思いながら、フランスは小さく首を振った。
 自分たちは今も昔もこの距離が一番心地いいのだから、ありもしない物語を思い浮かべても虚しいだけだ。
 下らない、と一蹴してフランスは新しいワインをグラスに注いだ。

「フランス?」

 怪訝そうにイギリスが、乱暴な性格に似合わず可愛らしく小首をかしげて、こちらの様子をうかがってくる。それなりに酔っているせいか妙に無防備だ。
 そんなことを思ってしまう自分もそうとう酔いが回っているのだろうが、思わず楽しげな表情を浮かべると、フランスは気障ったらしく片眉を上げて唇に笑みを乗せた。

「じゃあさ、俺達トンネルだけじゃなく、身体もつながっちゃわない?」
「はぁ?」
「そうすればもっといい葡萄が採れるかもよ?」

 我ながらちょっと下品だったかな、と思いながらもどうせ酒の席、酔っ払いのたわごとだ。怒り狂って怒鳴り散らすイギリスを想像しながら軽口を叩いてみればしかし。
 目の前の海賊紳士は予想に反してポンと音が出そうなくらい一瞬で真っ赤になった。間を置かずして耳まで上った血の気に、フランスの方が驚いて目を丸くする。

「イ、イギリス?」
「おま、何言ってんだよこの馬鹿!」

 相手の予想外の反応に戸惑いつつも紅潮したその顔を凝視していると、恥ずかしいのか照れているのか、イギリスはワイングラスを両手で弄びながら俯いて、「信じらんねー」とかなんとかブツブツと呟いている。
 いつもとは違うあり得ない反応にフランスは数秒押し黙り、続いて込み上げて来る笑いをこらえるのに必死になった。
 これはまた随分と可愛い態度じゃないか。日本風に言って普段なら「ツン100:デレ0」のあのイギリスが、何故か今はかなり絆されてしまっている。理由は分からないがこちらの気分も良くなろうというものだ。

「なんだよ、口説かせてくれるのかよ今日は」
「そんなんじゃねーよ!」
「ふうん? じゃあどうしたんだ? 百戦錬磨のお前がまさかこの程度の誘い文句で落ちるとも思えないけど」
「…………」
「イギリス? おーい、イギリスー」

 押し黙ってしまったイギリスの名前を何度か呼べば、彼は上目遣いでこちらを覗き込むように見返して、それから観念したようにぼそりと言った。

「お、俺と同じこと考えてんじゃねーよ!」
「は? 同じこと? ―――― って、それってつまり、お前」
「言うなぁっ!!」

 顔面に飛んで来た拳を紙一重で交わすと、フランスはうあああとかうおおおおとか意味不明な言葉を発しているイギリスの頬に手を伸ばした。
 そしてそっと触れれば、ぎゅっと眉根を寄せて唇を噛み締めている彼の視線がまっすぐに向けられる。うん、最高にイイ顔だ。

「美味い料理を作ってやれるし」
「…………黙れ」
「最高級のワインもいっぱいあるし」
「…………煩いヒゲ面」
「しかも顔良し頭良しときたら、もうこんないい相手、他にはいないぞ。いっそ俺達、結婚しちゃう?」

 冗談半分、本気半分。中途半端な気持ちでそう言ってみれば、イギリスは動揺したように瞳を揺らした。

「え……?」
「俺、お前のこと結構好きだし。今までさんざん喧嘩し合った仲だけどさ、そのおかげでお互い嫌ってほど相手の事が分かるようになったしなぁ。ここら辺で平和ボケかましてみてもいいんじゃねーの?」
「それ、は」

 答えに窮しているのか、イギリスは必要以上に瞬きを繰り返して、困惑の色を隠せない。問答無用で怒鳴られるかとも思ったが、どうやら彼の方でも本気か冗談か判断に迷っているのだろう。
 傍若無人で自己中心的ではあるが、イギリスは根っからの外交家だ。もしこれが本気であれば利用価値を探し求めるだろうし、冗談なら殴り飛ばしてなかったことにする。そのどちらか二つしか選択肢はないに違いない。
 フランスとしてもどう受け取ってもらっても構わなかったので、うっすら微笑を浮かべたまま黙って相手の返事を待ってみた。本気と取られれば全力で口説いてみてもいい、冗談と取られればこちらも応戦すればいい。
 ただの酒の席の余興というやつだ。

「結婚は、駄目だ」

 しばらくしてからイギリスは目を伏せてそう言う。まぁそうだろうなと思いながらフランスは肩を竦めて、やれやれと大袈裟にがっかりしたように溜息をついて見せた。
 するとハッとしたように彼は顔を上げて言葉を続ける。

「でも」
「でも?」
「……メシは食ってやる。あと、ワインも」
「ふーん」

 前回のようにこっぴどく振られたわけではないので気分が楽だ。もともとお遊び気分で言い出したのだから気軽な遣り取りに始終すればいい。
 フランスはニヨニヨと笑いながら手を伸ばし、イギリスの顎に指を掛けるとこれ以上はないくらい艶っぽく笑ってやった。

「じゃあ今夜はお兄さんとイイコトして遊びましょ」
「っ……しょうがねぇな!」

 威勢だけは精一杯に、真っ赤な顔のまま腰を浮かせたイギリスの唇に、テーブル越しのキスをする。
 アルコールを含んだ彼からは、どんなワインよりも甘い香りと味がした。




このたびは七夕企画短冊リクエストにご参加下さいまして、どうもありがとうございました!

人生初の仏英でしたが、お気に召して頂けるかどうかとても不安に思いながら書きました。
私はフランス兄ちゃんは大好きですし、イギリスとの騒がしい会話を書くのもすごく楽しいと思っています。けれど「仏英」というカップリングとして彼らを見たことがなかったので、仏英好きさんから見れば二人とも「偽者」っぽくなってしまったような気がしてなりません。
まぁそれもひとつの形だと思って、それなりに萌えて下さいますと嬉しく思います。

こういう機会でなければ書くことのなかったカップリングなので、リクエスト頂けて嬉しかったですv
今後もいろいろと企画していく予定ですので、その時はどうぞまたご参加下さいませ。
素敵なリクをどうもありがとうございました!

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