紅茶をどうぞ
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[祭] 惚れる (自覚した“大好き”)
(注:R12)
朝起きたら、目の前にはイギリスがいた。
「おはよう、ダーリン」
にっこりと笑って彼は両手を伸ばして、たった今目覚めたばかりのアメリカの首に抱きつき、眼鏡を外したその頬に雨のようにキスを降らせた。
茫然として眠気も吹き飛び、アメリカはのろのろとした動作で起き上がってテキサスをはめると、「君、どうしたんだい? と言うよりいつからいたの?」としごく常識的な質問を浴びせた。
イギリスは白いシンプルなエプロンをつけたまま、ベッドに片膝を乗り上げた状態で再びくすっと機嫌良く笑う。その透明感溢れる緑の瞳が、開け放したカーテンから差し込む陽光に照らされてきらきらと輝いて見えた。
「アメリカ、おはよう」
「……おはよう。で、なんなんだい?」
「恋人が来ちゃ悪いのか?」
「別にいいけど。合鍵だって渡しているしね。でも何の連絡もなく君が来るなんて珍しいからどうしたのかと思って」
そう言いながらしがみついてくるイギリスを抱きしめて、今度はアメリカがその頬に唇を落とした。嬉しそうにとろんと細められる眼差しに気分を良くして、しばらくじゃれあってから二人して立ち上がる。
「朝食はお前の好きなフレンチトーストだ。シナモンたっぷりのな」
「へぇ。珍しいね、君、朝から甘いものは嫌だって言ってなかった?」
ドアを開ければふわりと蜂蜜の香りがする。イギリスはアメリカの腕に自分の腕を絡めながらキッチンへと楽しげに歩き、アメリカもまた彼の細い腰に手の平を当てて密着した。
こんなふうに彼が必要以上の接触を許すのは珍しい。本当に、いったいどうしたんだろうと思いながらも、不機嫌なことの多い彼の上機嫌な様にこちらとしても素直に嬉しかった。
いつもこうだったら良いのに。恋人らしく、恋人らしく。たまにはベタベタしたいじゃないか。
鼻歌を歌いそうになりながらアメリカはそんなことを考えていた。
その後、「はい、あーん」という驚くべき朝食が終わりを告げると、片づけを済ませたイギリスはやはり楽しそうにしながら、ソファに座ったアメリカの隣に腰掛けてそわそわとした雰囲気で様子を窺ってきた。
上目遣いの仕草は彼に似つかわしくなくどこか媚びているようにも見える。
「なに、イギリス?」
「アメリカぁ。折角天気いいんだし、外行こう」
「外? 今日は一日家でゆっくりするんじゃなかったの?」
「海行こう、海。山でもいい。とにかく外に行こうぜ!」
なぁなぁと強請るように言われてアメリカは戸惑いながらも、室内に閉じ篭っているのは性に合わないので、正直とても嬉しく思った。願ったり叶ったりである。
イギリスの方からの誘いは滅多にないので、ここはひとつ乗っておくに限ると、アメリカは元気よく頷いて立ち上がった。そして相変わらず貧弱で軽いイギリスの身体を抱き上げて、幸せそうに笑ってしがみついてくる彼に再びキスをした。
シーズンオフの海は人気のない静かなものだった。いつもは乗らない真っ赤なスポーツカーで海岸線を走り、少し肌寒い浜辺に下りて行けば砂浜に点々と足跡がついていく。
靴に砂が入るのを嫌って素足になれば、ひんやりとした浜辺は思った以上に心地良かった。アメリカがふざけて飛びつけば、ひっくり返って真っ赤になりながらイギリスもまた抱きついてくる。
「砂まみれになるぞ」
「大丈夫大丈夫」
二人して馬鹿みたいにはしゃいでいれば、犬の散歩をしていた年配の男性が苦笑交じりにこちらを見て笑った。恐らく「若いっていいなぁ」などと思われているのだろう。よもや何百歳もこちらの方が年上だなんて想像もつかないに違いない。
子供のように波打ち際で水飛沫を浴びて、秋の海で大騒ぎする。人前で羽目を外すことが嫌いな(ただし酔っている時は別)イギリスらしからぬ行動に、またしてもアメリカは不審に思ったが、やはり楽しくてついついそんなことも忘れてしまう。
最終的には「あぁ、楽しいなぁ」とそれだけを思った。
いったん着替えるために家に戻り、それから二人は映画を見るのに街へ出た。
今秋公開のハリウッドの大作は、アメリカが懇意にしている監督の渾身の一作だ。先にパンフレットだけ貰っていたのをイギリスに見せたところ、彼は珍しく興味津々と言った様子でページをめくる。
「宇宙人が地球を襲撃、ピンチに陥ったヒロインジェニーをヒーローアルフレッドが華麗に助け、最後はジェニーがロケットランチャーでゼリー状生物を撃退する話なんだな」
「カッコいいストーリーだろ! 脚本には俺が一枚噛んでいるんだぞ!」
「へぇ」
頷きながらイギリスは淹れたてのコーヒーに口をつけた。同じように彼の隣りで映画の解説をしながら、アメリカもまたコーヒーを一口、飲んだ。そして手元に視線を落としたままのイギリスの様子をちらりと窺う。
彼は昔からハリウッド映画にはまったく興味がなかった。普段なら渡されたパンフレットを碌に読みもしないでソファに放り投げ、紅茶を淹れて適当にテレビのニュースを見る。だからアメリカもほとんど期待はしていなかったのだ……それなのに。
やっぱり今日の彼はどこかおかしい。確かに機嫌がいい時のイギリスはアメリカの話に耳を傾けることもあれば、話を合わせてくれることもある。コーヒーだって、もともと嫌いなわけではないので今でも時々飲むこともあった。そういうひとつひとつの行動を取ってみればそれほど不思議なわけではない。
けれど朝から感じる違和感は時間を追うごとに強くなる一方だ。さすがに空気を読まないアメリカも何かあったのではないかといぶかしんでしまう。
考えるよりも先に聞いた方が早いと口を開きかけたところで、イギリスは楽しそうに「よし、じゃあ今から見に行こう!」と意気揚揚立ち上がった。
「え? 映画をかい?」
「ああ。それからお前が前に行きたがっていたアイスクリームの店にも行こう」
「君、ああいうハイスクールの子達が集まるところは苦手だって言ってなかった?」
「いいじゃねーか、たまには。そうだ、ゲーセンにも行こうぜ。シューティングゲームやりたいんだろ? 射撃は得意だから受けて立つぞ」
イギリスはぺらぺらとアメリカが好みそうな事を並べ立てながら、早速とばかりにラフなジャケットを羽織った。そしてやはり機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらアメリカの上着を手にする。財布をジーンズの後ろポケットに突っ込みながら足取りも軽く玄関に向かおうとした。
その背に思わず声を掛ける。
「ねぇイギリス」
「なんだ?」
「カップ、洗って行かなくてもいいのかい?」
「帰ってからやればいいだろ。なんだよ、いつもだったら『そんなの放っておいて早く行こうよ』っていうくせに。いいから来いよ」
促されれば自然と足がそちらに向く。アメリカはふらりとイギリスの後ろをついて外へと出た。
ガレージまでの短い距離中、彼の細い腕がするりと絡んでくるのを、やはり戸惑いながらも嬉しく思った。
映画はエキサイティングかつ大迫力で最高の出来だった。
イギリスはポップコーンのカップを手にじっとスクリーンを見ながら、ハラハラドキドキな場面ではアメリカの手をぎゅっと握って可愛らしい態度を取ってくれた。
見終わった後も興奮気味に話し掛けるアメリカに、同じように目を輝かせて聞き入り、それから移動したアイスクリーム店でも大盛りのアイスを前に映画の感想を言いあった。
「やっぱり最後ジェニーがロケットで宇宙に行くシーンが良かったよね!」
「そうだな」
「今度は君も一緒に現場へおいでよ。監督に紹介してあげるからさ」
「そうする」
にっこりと笑ってイギリスは「あ、チョコミントちょっとくれよ」と言って口にくわえていたスプーンをこちらに伸ばして来た。
アメリカがやれば行儀が悪いと咎められる場面だ。戸惑いながらもカップを差し出すと、彼は一口エメラルドグリーンのアイスをすくいながら「こっちも食うか?」と言ってラムレーズンのカップを渡して来る。同じように一口分貰いながら、アメリカは目線を上げた。
「どうせなら、はい」
冗談めかしてスプーンに乗せたアイスを彼の口元まで運んでみれば、はにかんだように上目遣いで睨んで来た後、驚いたことにイギリスは慣れない様子で口を開けた。
そして、一口。
「……んまい」
「そ、そう? それは良かった」
自分でやっておきながら思わぬ行動に動揺して、アメリカは目線を宙に泳がせた。口元からちらりとのぞいた舌先が印象的だ。
自然と顔が赤らむのを止められない。
夕食は、最近アメリカが嵌っているステーキハウスに行くことにした。
常日頃メタボメタボと罵るイギリスも、今夜は何も言わず大人しくついてくる。
厚さ3cmの分厚いステーキを前に喜色を浮かべるアメリカを、小食なイギリスはビールを飲みながら嬉しそうに見つめていた。時折視線が合えば「うまいか?」と聞かれて頬が緩む。口元についたソースを彼の指先が撫で、ぺろりと舐められればどうしようもないほどの気恥ずかしさと、それを上回る愛しさが込み上げてくる。
―――― けれどその裏側に潜むのは居心地の悪さと物足りなさ。
一度も注意されなかった。
あれやこれやといつもだったら口煩く注意して来る彼の、そういうところは正直、昔から鬱陶しかった。なんでも自分ルールを押しつけて来る傲慢な元宗主国の顔がアメリカは酷く嫌いだったし、独立の原因をつきつけられているようで胸が痛むこともあった。
けれどその奥にひそむイギリスなりの愛情を感じ取れないほど、今のアメリカは子供ではない。不器用で他人との距離をうまく推し量れないイギリスの、せいいっぱいの好意の示し方がそれなのだと気付けば、キリがないほど自分は彼に愛されているんだなぁと実感する。
そして面倒臭かったり嫌だと反発していた数々のマナーや立ち居振る舞い、服装の選び方や着方まで、知らないうちに叩きこまれた様々な社交界の常識は、これまで幾度となくアメリカの立場を守って来てくれるものばかりだった。
足の引っ張り合いの多い『国』同士の駆け引きで、懇切丁寧に外交のやり方を教えて貰えることなど稀有に等しい。
「アメリカ?」
自宅のソファでイギリスを抱きしめながら、アメリカはその首筋に頬を寄せながら伝わってくる温もりに瞳を閉ざした。
変わらない感触、変わらない香り。あたたかくて優しい彼の気配。
「どうした、甘えてるのか?」
「うん」
「そっか」
心底嬉しい、といった様子でイギリスもまたアメリカに体重を預けて来る。金色の髪がさらりと頬を撫で、石鹸の香りが鼻をくすぐる。
そうやってしばらく互いの心音に耳を傾けていたが、イギリスがとろんとした眼差しでこちらを見つめて、恥ずかしそうにすり寄って来る。
薄く開いた唇がまるで誘うようだったので、アメリカはそっとキスをした。そのまま彼の薄い背中に手のひらを当てて、ソファの上に押し倒す。見上げて来る瞳が期待に満ちた光をともしているのを見てとって、自然胸が高鳴る。
「アメリカ……」
「いい?」
「……うん」
こくりと可愛らしく頷いて、イギリスはアメリカの首に両腕を絡めてきた。
何度か口吻けを交わして、その間にもシャツの裾から手を差し入れて素肌を撫でていけば彼はくすぐったそうに身を捩る。そしてふと思いついたようにイギリスは言った。
「アメリカ、して、やるよ」
「え?」
「口で、やってやる。な、いいだろ?」
彼の言わんとしていることが分かって、アメリカは驚きの余り目を見開く。
エロいことが好きなイギリスだが、羞恥心も強いためこれまであまり奉仕してくれることはなかった。時々強く言えばやってくれないこともなかったが、彼自ら申し出たことはほとんどないといっていい。
嬉しい申し出に「無理しなくていいんだよ?」と言いながらも、彼がベルトに手を掛けるのをとどめることはしない。
バックルが金属音を鳴らして左右に分かれると、イギリスは肘をついて身体を起こし、アメリカを座らせて自分はその上にのしかかった。そして背を丸めて下半身へと顔を近付けて来る。
熱を帯びた吐息がゆっくりと触れた。
シャワーを浴びてお互い裸のままシーツにくるまる。
うとうととまどろみながらアメリカは、眠っているイギリスの顔をぼんやりと見つめてだらしなく口元をゆるめた。
幸せだなぁと思う。
この先もずっとずっと一緒にいられたらどんなにいいだろう。アメリカの望むままの、アメリカだけのイギリス。
マナー違反を咎めることもなければ、煩い小言も一切ない。外に出るのを嫌がったりしないし、ベタベタ触れ合うのも許してくれる。
行きたい場所に行って、見たいものを見て、食べたい物を食べて、その都度彼は楽しそうに笑うのだ。仏頂面じゃなく、眉間に皺を寄せることなく、イギリスはアメリカの姿をその綺麗な翡翠色の目いっぱいに映して、そうして最高の笑顔を見せてくれる。均等の愛、平等の関係。
そんな恋人が欲しかった。
けれどそれは果たして本当の幸せなのだろうか?
「アメリカの理想」は「イギリスの理想」と同じではない。もしもイギリスが、アメリカの望むままの存在であり続けたのなら、彼はいつか擦り切れて疲れてボロボロになって壊れてしまうかもしれない。愛玩具のようにただ笑っていて欲しいだなんて、そんなことを望んだらきっとそれは歪な人形と変わらない。
アメリカが「こうして欲しい」と思うことの裏側には、必ずイギリスの「こうしたい」という想いだってあるはずなのだ。それが食い違って時折衝突したり喧嘩をしたり、また仲直りをしたりする。
アメリカだってそうだ。自分がイギリスの理想とする恋人とは限らない。だからと言って逐一彼の思うまま、望むままの行動を取る気はさらさらなかった。恋人と言っても譲れない一線はあるし、言いなりになるのが親しい関係を作るとは限らない。
自分が出来ないことを相手に求めるのは、無謀であり思いやりに欠けるとしか言いようがないだろう。
別々で当り前なのだ。違って当然なのだ。100%同じだなんて、それではまるでクローンのようで気味が悪い。
「ねぇ、イギリス。君の手作りのまずいスコーンも、煩い小言やへ理屈も。好みが合わないところもお互い頑固なところも、イライラするようなじめじめした性格も、嫌いだしムカつくしなんとかしてくれって思うよ」
白い額にこぼれ落ちる前髪を指先でもてあそびながら、アメリカは幸せそうな顔をしてイギリスの寝顔に囁きかけた。
無防備なその寝顔は幼い頃から変わらず好きなもののひとつで、あらゆるところから暖かく満たしてくれる幸福の象徴だった。
「でも、一番大事なものはさ、結局は君の存在なんだよ。君が君であること、そして俺の一番近くにいてくれること、それが何より大切で、俺はほんともうずーっと昔っから君のことばかり考えているし、大好きなんだよ」
だから嫌いなところも苛立つ行為も、全部ひっくるめてイギリスだというのなら、それすら愛しく感じられてならないのだ。
しごく単純で簡単で、そして最高の答。
「おはよう、イギリス!」
起きたら目の前にイギリスがいて、仁王立ちになりながらこちらを睨んでいた。
合鍵で入って来たのだろう、いつもどおりに部屋へとやって来て、その惨状に怒り心頭に達しているに違いない。
昨夜は酔っ払って帰って来たのであちこちに脱いだものが散らばっているし、もともと片づけるのが面倒だからと部屋中ちらかり放題だったのだ。ポテトチップスの袋は転がっているし、クッキーの缶もひっくり返っている。アイスのカップもあればレトルト食品のトレイもそのまま。
我ながら飽きれるような状態だが、それもこれも全部、週末にイギリスが来ることを見越して放置していたものだ。
勿論、このことは内緒にしておいた方が身のためだろう。それくらいの空気はちゃんと読む。
「アメリカ?」
「なんだい、イギリス」
「俺は、お前がこーんなにちっちゃい頃からさんざん言って来たよな?」
「何をだい?」
「部屋の片づけはきちんとしやがれ、このクソガキ!!!」
大音量で怒鳴ってから、イギリスは手にした鞄で一発、アメリカの頭を殴りつけるとそのまま上着を脱いで安全地帯に置き、シャツの袖をまくるとさっそくとばかりに部屋の掃除に取りかかった。
甘いフレンチトーストも、香ばしいコーヒーの一杯もない。
抱きついてキスをしてくれることもなければ、甘えて来ることもなかった。
けれどそこには馴染んだようにイギリスがいて、アメリカはベッドの上で膝を抱えながら寝ぐせのついた髪の毛のまま、にっこりと笑顔を浮かべる。
俺がいて、君がいる。
あぁ、やっぱりそれだけでこんなにも幸せなのだ。
それ以外なにが必要だと言うのだろう?
「イギリス、大好きだぞ!」
そう言ったら、耳まで真っ赤になった彼は一言、「うるせぇ!」と叫んで手近な花瓶を投げつけて来た。
朝起きたら、目の前にはイギリスがいた。
「おはよう、ダーリン」
にっこりと笑って彼は両手を伸ばして、たった今目覚めたばかりのアメリカの首に抱きつき、眼鏡を外したその頬に雨のようにキスを降らせた。
茫然として眠気も吹き飛び、アメリカはのろのろとした動作で起き上がってテキサスをはめると、「君、どうしたんだい? と言うよりいつからいたの?」としごく常識的な質問を浴びせた。
イギリスは白いシンプルなエプロンをつけたまま、ベッドに片膝を乗り上げた状態で再びくすっと機嫌良く笑う。その透明感溢れる緑の瞳が、開け放したカーテンから差し込む陽光に照らされてきらきらと輝いて見えた。
「アメリカ、おはよう」
「……おはよう。で、なんなんだい?」
「恋人が来ちゃ悪いのか?」
「別にいいけど。合鍵だって渡しているしね。でも何の連絡もなく君が来るなんて珍しいからどうしたのかと思って」
そう言いながらしがみついてくるイギリスを抱きしめて、今度はアメリカがその頬に唇を落とした。嬉しそうにとろんと細められる眼差しに気分を良くして、しばらくじゃれあってから二人して立ち上がる。
「朝食はお前の好きなフレンチトーストだ。シナモンたっぷりのな」
「へぇ。珍しいね、君、朝から甘いものは嫌だって言ってなかった?」
ドアを開ければふわりと蜂蜜の香りがする。イギリスはアメリカの腕に自分の腕を絡めながらキッチンへと楽しげに歩き、アメリカもまた彼の細い腰に手の平を当てて密着した。
こんなふうに彼が必要以上の接触を許すのは珍しい。本当に、いったいどうしたんだろうと思いながらも、不機嫌なことの多い彼の上機嫌な様にこちらとしても素直に嬉しかった。
いつもこうだったら良いのに。恋人らしく、恋人らしく。たまにはベタベタしたいじゃないか。
鼻歌を歌いそうになりながらアメリカはそんなことを考えていた。
その後、「はい、あーん」という驚くべき朝食が終わりを告げると、片づけを済ませたイギリスはやはり楽しそうにしながら、ソファに座ったアメリカの隣に腰掛けてそわそわとした雰囲気で様子を窺ってきた。
上目遣いの仕草は彼に似つかわしくなくどこか媚びているようにも見える。
「なに、イギリス?」
「アメリカぁ。折角天気いいんだし、外行こう」
「外? 今日は一日家でゆっくりするんじゃなかったの?」
「海行こう、海。山でもいい。とにかく外に行こうぜ!」
なぁなぁと強請るように言われてアメリカは戸惑いながらも、室内に閉じ篭っているのは性に合わないので、正直とても嬉しく思った。願ったり叶ったりである。
イギリスの方からの誘いは滅多にないので、ここはひとつ乗っておくに限ると、アメリカは元気よく頷いて立ち上がった。そして相変わらず貧弱で軽いイギリスの身体を抱き上げて、幸せそうに笑ってしがみついてくる彼に再びキスをした。
シーズンオフの海は人気のない静かなものだった。いつもは乗らない真っ赤なスポーツカーで海岸線を走り、少し肌寒い浜辺に下りて行けば砂浜に点々と足跡がついていく。
靴に砂が入るのを嫌って素足になれば、ひんやりとした浜辺は思った以上に心地良かった。アメリカがふざけて飛びつけば、ひっくり返って真っ赤になりながらイギリスもまた抱きついてくる。
「砂まみれになるぞ」
「大丈夫大丈夫」
二人して馬鹿みたいにはしゃいでいれば、犬の散歩をしていた年配の男性が苦笑交じりにこちらを見て笑った。恐らく「若いっていいなぁ」などと思われているのだろう。よもや何百歳もこちらの方が年上だなんて想像もつかないに違いない。
子供のように波打ち際で水飛沫を浴びて、秋の海で大騒ぎする。人前で羽目を外すことが嫌いな(ただし酔っている時は別)イギリスらしからぬ行動に、またしてもアメリカは不審に思ったが、やはり楽しくてついついそんなことも忘れてしまう。
最終的には「あぁ、楽しいなぁ」とそれだけを思った。
いったん着替えるために家に戻り、それから二人は映画を見るのに街へ出た。
今秋公開のハリウッドの大作は、アメリカが懇意にしている監督の渾身の一作だ。先にパンフレットだけ貰っていたのをイギリスに見せたところ、彼は珍しく興味津々と言った様子でページをめくる。
「宇宙人が地球を襲撃、ピンチに陥ったヒロインジェニーをヒーローアルフレッドが華麗に助け、最後はジェニーがロケットランチャーでゼリー状生物を撃退する話なんだな」
「カッコいいストーリーだろ! 脚本には俺が一枚噛んでいるんだぞ!」
「へぇ」
頷きながらイギリスは淹れたてのコーヒーに口をつけた。同じように彼の隣りで映画の解説をしながら、アメリカもまたコーヒーを一口、飲んだ。そして手元に視線を落としたままのイギリスの様子をちらりと窺う。
彼は昔からハリウッド映画にはまったく興味がなかった。普段なら渡されたパンフレットを碌に読みもしないでソファに放り投げ、紅茶を淹れて適当にテレビのニュースを見る。だからアメリカもほとんど期待はしていなかったのだ……それなのに。
やっぱり今日の彼はどこかおかしい。確かに機嫌がいい時のイギリスはアメリカの話に耳を傾けることもあれば、話を合わせてくれることもある。コーヒーだって、もともと嫌いなわけではないので今でも時々飲むこともあった。そういうひとつひとつの行動を取ってみればそれほど不思議なわけではない。
けれど朝から感じる違和感は時間を追うごとに強くなる一方だ。さすがに空気を読まないアメリカも何かあったのではないかといぶかしんでしまう。
考えるよりも先に聞いた方が早いと口を開きかけたところで、イギリスは楽しそうに「よし、じゃあ今から見に行こう!」と意気揚揚立ち上がった。
「え? 映画をかい?」
「ああ。それからお前が前に行きたがっていたアイスクリームの店にも行こう」
「君、ああいうハイスクールの子達が集まるところは苦手だって言ってなかった?」
「いいじゃねーか、たまには。そうだ、ゲーセンにも行こうぜ。シューティングゲームやりたいんだろ? 射撃は得意だから受けて立つぞ」
イギリスはぺらぺらとアメリカが好みそうな事を並べ立てながら、早速とばかりにラフなジャケットを羽織った。そしてやはり機嫌良さそうに鼻歌を歌いながらアメリカの上着を手にする。財布をジーンズの後ろポケットに突っ込みながら足取りも軽く玄関に向かおうとした。
その背に思わず声を掛ける。
「ねぇイギリス」
「なんだ?」
「カップ、洗って行かなくてもいいのかい?」
「帰ってからやればいいだろ。なんだよ、いつもだったら『そんなの放っておいて早く行こうよ』っていうくせに。いいから来いよ」
促されれば自然と足がそちらに向く。アメリカはふらりとイギリスの後ろをついて外へと出た。
ガレージまでの短い距離中、彼の細い腕がするりと絡んでくるのを、やはり戸惑いながらも嬉しく思った。
映画はエキサイティングかつ大迫力で最高の出来だった。
イギリスはポップコーンのカップを手にじっとスクリーンを見ながら、ハラハラドキドキな場面ではアメリカの手をぎゅっと握って可愛らしい態度を取ってくれた。
見終わった後も興奮気味に話し掛けるアメリカに、同じように目を輝かせて聞き入り、それから移動したアイスクリーム店でも大盛りのアイスを前に映画の感想を言いあった。
「やっぱり最後ジェニーがロケットで宇宙に行くシーンが良かったよね!」
「そうだな」
「今度は君も一緒に現場へおいでよ。監督に紹介してあげるからさ」
「そうする」
にっこりと笑ってイギリスは「あ、チョコミントちょっとくれよ」と言って口にくわえていたスプーンをこちらに伸ばして来た。
アメリカがやれば行儀が悪いと咎められる場面だ。戸惑いながらもカップを差し出すと、彼は一口エメラルドグリーンのアイスをすくいながら「こっちも食うか?」と言ってラムレーズンのカップを渡して来る。同じように一口分貰いながら、アメリカは目線を上げた。
「どうせなら、はい」
冗談めかしてスプーンに乗せたアイスを彼の口元まで運んでみれば、はにかんだように上目遣いで睨んで来た後、驚いたことにイギリスは慣れない様子で口を開けた。
そして、一口。
「……んまい」
「そ、そう? それは良かった」
自分でやっておきながら思わぬ行動に動揺して、アメリカは目線を宙に泳がせた。口元からちらりとのぞいた舌先が印象的だ。
自然と顔が赤らむのを止められない。
夕食は、最近アメリカが嵌っているステーキハウスに行くことにした。
常日頃メタボメタボと罵るイギリスも、今夜は何も言わず大人しくついてくる。
厚さ3cmの分厚いステーキを前に喜色を浮かべるアメリカを、小食なイギリスはビールを飲みながら嬉しそうに見つめていた。時折視線が合えば「うまいか?」と聞かれて頬が緩む。口元についたソースを彼の指先が撫で、ぺろりと舐められればどうしようもないほどの気恥ずかしさと、それを上回る愛しさが込み上げてくる。
―――― けれどその裏側に潜むのは居心地の悪さと物足りなさ。
一度も注意されなかった。
あれやこれやといつもだったら口煩く注意して来る彼の、そういうところは正直、昔から鬱陶しかった。なんでも自分ルールを押しつけて来る傲慢な元宗主国の顔がアメリカは酷く嫌いだったし、独立の原因をつきつけられているようで胸が痛むこともあった。
けれどその奥にひそむイギリスなりの愛情を感じ取れないほど、今のアメリカは子供ではない。不器用で他人との距離をうまく推し量れないイギリスの、せいいっぱいの好意の示し方がそれなのだと気付けば、キリがないほど自分は彼に愛されているんだなぁと実感する。
そして面倒臭かったり嫌だと反発していた数々のマナーや立ち居振る舞い、服装の選び方や着方まで、知らないうちに叩きこまれた様々な社交界の常識は、これまで幾度となくアメリカの立場を守って来てくれるものばかりだった。
足の引っ張り合いの多い『国』同士の駆け引きで、懇切丁寧に外交のやり方を教えて貰えることなど稀有に等しい。
「アメリカ?」
自宅のソファでイギリスを抱きしめながら、アメリカはその首筋に頬を寄せながら伝わってくる温もりに瞳を閉ざした。
変わらない感触、変わらない香り。あたたかくて優しい彼の気配。
「どうした、甘えてるのか?」
「うん」
「そっか」
心底嬉しい、といった様子でイギリスもまたアメリカに体重を預けて来る。金色の髪がさらりと頬を撫で、石鹸の香りが鼻をくすぐる。
そうやってしばらく互いの心音に耳を傾けていたが、イギリスがとろんとした眼差しでこちらを見つめて、恥ずかしそうにすり寄って来る。
薄く開いた唇がまるで誘うようだったので、アメリカはそっとキスをした。そのまま彼の薄い背中に手のひらを当てて、ソファの上に押し倒す。見上げて来る瞳が期待に満ちた光をともしているのを見てとって、自然胸が高鳴る。
「アメリカ……」
「いい?」
「……うん」
こくりと可愛らしく頷いて、イギリスはアメリカの首に両腕を絡めてきた。
何度か口吻けを交わして、その間にもシャツの裾から手を差し入れて素肌を撫でていけば彼はくすぐったそうに身を捩る。そしてふと思いついたようにイギリスは言った。
「アメリカ、して、やるよ」
「え?」
「口で、やってやる。な、いいだろ?」
彼の言わんとしていることが分かって、アメリカは驚きの余り目を見開く。
エロいことが好きなイギリスだが、羞恥心も強いためこれまであまり奉仕してくれることはなかった。時々強く言えばやってくれないこともなかったが、彼自ら申し出たことはほとんどないといっていい。
嬉しい申し出に「無理しなくていいんだよ?」と言いながらも、彼がベルトに手を掛けるのをとどめることはしない。
バックルが金属音を鳴らして左右に分かれると、イギリスは肘をついて身体を起こし、アメリカを座らせて自分はその上にのしかかった。そして背を丸めて下半身へと顔を近付けて来る。
熱を帯びた吐息がゆっくりと触れた。
シャワーを浴びてお互い裸のままシーツにくるまる。
うとうととまどろみながらアメリカは、眠っているイギリスの顔をぼんやりと見つめてだらしなく口元をゆるめた。
幸せだなぁと思う。
この先もずっとずっと一緒にいられたらどんなにいいだろう。アメリカの望むままの、アメリカだけのイギリス。
マナー違反を咎めることもなければ、煩い小言も一切ない。外に出るのを嫌がったりしないし、ベタベタ触れ合うのも許してくれる。
行きたい場所に行って、見たいものを見て、食べたい物を食べて、その都度彼は楽しそうに笑うのだ。仏頂面じゃなく、眉間に皺を寄せることなく、イギリスはアメリカの姿をその綺麗な翡翠色の目いっぱいに映して、そうして最高の笑顔を見せてくれる。均等の愛、平等の関係。
そんな恋人が欲しかった。
けれどそれは果たして本当の幸せなのだろうか?
「アメリカの理想」は「イギリスの理想」と同じではない。もしもイギリスが、アメリカの望むままの存在であり続けたのなら、彼はいつか擦り切れて疲れてボロボロになって壊れてしまうかもしれない。愛玩具のようにただ笑っていて欲しいだなんて、そんなことを望んだらきっとそれは歪な人形と変わらない。
アメリカが「こうして欲しい」と思うことの裏側には、必ずイギリスの「こうしたい」という想いだってあるはずなのだ。それが食い違って時折衝突したり喧嘩をしたり、また仲直りをしたりする。
アメリカだってそうだ。自分がイギリスの理想とする恋人とは限らない。だからと言って逐一彼の思うまま、望むままの行動を取る気はさらさらなかった。恋人と言っても譲れない一線はあるし、言いなりになるのが親しい関係を作るとは限らない。
自分が出来ないことを相手に求めるのは、無謀であり思いやりに欠けるとしか言いようがないだろう。
別々で当り前なのだ。違って当然なのだ。100%同じだなんて、それではまるでクローンのようで気味が悪い。
「ねぇ、イギリス。君の手作りのまずいスコーンも、煩い小言やへ理屈も。好みが合わないところもお互い頑固なところも、イライラするようなじめじめした性格も、嫌いだしムカつくしなんとかしてくれって思うよ」
白い額にこぼれ落ちる前髪を指先でもてあそびながら、アメリカは幸せそうな顔をしてイギリスの寝顔に囁きかけた。
無防備なその寝顔は幼い頃から変わらず好きなもののひとつで、あらゆるところから暖かく満たしてくれる幸福の象徴だった。
「でも、一番大事なものはさ、結局は君の存在なんだよ。君が君であること、そして俺の一番近くにいてくれること、それが何より大切で、俺はほんともうずーっと昔っから君のことばかり考えているし、大好きなんだよ」
だから嫌いなところも苛立つ行為も、全部ひっくるめてイギリスだというのなら、それすら愛しく感じられてならないのだ。
しごく単純で簡単で、そして最高の答。
「おはよう、イギリス!」
起きたら目の前にイギリスがいて、仁王立ちになりながらこちらを睨んでいた。
合鍵で入って来たのだろう、いつもどおりに部屋へとやって来て、その惨状に怒り心頭に達しているに違いない。
昨夜は酔っ払って帰って来たのであちこちに脱いだものが散らばっているし、もともと片づけるのが面倒だからと部屋中ちらかり放題だったのだ。ポテトチップスの袋は転がっているし、クッキーの缶もひっくり返っている。アイスのカップもあればレトルト食品のトレイもそのまま。
我ながら飽きれるような状態だが、それもこれも全部、週末にイギリスが来ることを見越して放置していたものだ。
勿論、このことは内緒にしておいた方が身のためだろう。それくらいの空気はちゃんと読む。
「アメリカ?」
「なんだい、イギリス」
「俺は、お前がこーんなにちっちゃい頃からさんざん言って来たよな?」
「何をだい?」
「部屋の片づけはきちんとしやがれ、このクソガキ!!!」
大音量で怒鳴ってから、イギリスは手にした鞄で一発、アメリカの頭を殴りつけるとそのまま上着を脱いで安全地帯に置き、シャツの袖をまくるとさっそくとばかりに部屋の掃除に取りかかった。
甘いフレンチトーストも、香ばしいコーヒーの一杯もない。
抱きついてキスをしてくれることもなければ、甘えて来ることもなかった。
けれどそこには馴染んだようにイギリスがいて、アメリカはベッドの上で膝を抱えながら寝ぐせのついた髪の毛のまま、にっこりと笑顔を浮かべる。
俺がいて、君がいる。
あぁ、やっぱりそれだけでこんなにも幸せなのだ。
それ以外なにが必要だと言うのだろう?
「イギリス、大好きだぞ!」
そう言ったら、耳まで真っ赤になった彼は一言、「うるせぇ!」と叫んで手近な花瓶を投げつけて来た。
>>唯紗さま
このたびは素敵なリクエストをどうもありがとうございました!
考えてみれば「夢オチ」ネタって、バラしちゃったら何の意味もないですよね。それなのにリクエスト一覧に堂々とネタバレしていて、いざ書く段階になって「どうしよう……」と思ってしまいました(苦笑)
こうなったら最初から夢は夢として書いた方がいいかな、と思って文字色変えて対応してみました。後半ほとんど白くなってしまって読みづらくて済みません。しかも勝手にR12設定で。
リクエスト受付の段階で「エロネタ厳禁」と書いておきながらこの結果、なんとも申し訳ない限りです。(でも米英が一緒にいるとそういう雰囲気になっちゃうんですよ、二人ともエロいので!)
なにはともあれ、七夕企画へのご参加どうもありがとうございましたv
唯紗さんもリクエスト企画頑張って下さいね! 楽しみにしていますー。
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