紅茶をどうぞ
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降りやまない雨
あの日も雨が降っていた。
雨が降るとあの人はおかしくなる。
少しずつ少しずつ、見えないところで壊れていってしまう。
だから、ヒーローとして俺は傷つく事なんか恐れたりしないで、彼と向き合う事にするんだ。
あの人を、守ると誓った幼い自分に、嘘だけはつかないためにも。
イギリスは窓辺にロッキングチェアを移動させて、ゆったりと背もたれにもたれながら、灰色の空からしとしとと降り注ぐ雨の糸を見つめていた。
淹れたての紅茶からは柔らかな香りが立ち上り、指先を伸ばしてカップを浮かせると亜麻色のそれを唇に運んだ。
ミルクの甘い味わいが舌先を優しく伝う。
「過去を思い出すことが多くなれば、それは年寄りの証拠だよ」
勝手に上がり込んで勝手にソファを独占しているその男は、知ったような口ぶりでそう言い、青い瞳を覆っていた眼鏡を静かに外した。
そんなアメリカの態度に小さく鼻先で嗤うと、イギリスはようやく窓の外を眺めるのをやめ、視線を室内に転じた。
「もしもあの頃に戻れるのなら、俺はきっと願うだろう」
「なにをだい?」
お互い硬質な声音をしていると思ったが、イギリスもアメリカもこのような雨の日は少々ナーバスになるよう出来ていた。
それはあの日から変わらない。あの日の記憶を共用しているがゆえの、実に下らない感傷だ。
そしてそんな感情はアメリカには必要のないものだったが、英国で降り出した雨は、簡単に二人を過去へといざなう。
「お前、もう帰れ」
「嫌だよ。今日はここに泊まると決めてきた」
「勝手な奴だな」
「お互い様だよ。ねぇ、ところで何を願うんだい? 教えてくれよ」
ずかずかと人の家にも心にも土足で遠慮なく入り込んでくるこの男の、こういった性格も普段はそれほど気には障らない。むろん口煩くしてしまうのはイギリスの性分なのだから、つい一言二言の小言は投げつけてしまう。それは二人にとってはごく普通のありきたりな日常。
だが、今日は雨が降っている。
雨が降るとイギリスの心は引きずられてしまう。
嫌な事ばかりが心を占めるのだ。
何度繰り返し思ったか知れない。
ずっとずっと長いこと鬱積されたそれは、いつだって胸中を渦巻きどうしようもないほどの痛みを与えてくる。
出来る事なら癒されたい。誰だってそう思うだろう、不思議じゃない。
こんな痛みを抱え続けて、そしてこの先どうやって真っ直ぐ立てばいい?
俺は悪くない。
俺が悪いんじゃない。
俺のせいなんかじゃないんだ。
だから願う。
祈って、そして望んだ。
「二度と過ちは犯さない。同じ事は繰り返さない」
やり直せるものなら。
腸が煮えくり返るような怒りと絶望を味わったあの日のことを、かつて愛したあの子供の事を。
「俺達は出会わなければ良かったのかもしれない。今俺は、お前を愛したかつての自分を、殺してしまいたいくらいだからな」
「……またそれかい。いい加減その後ろ向きな思考をなんとかしたらどうなんだい?」
アメリカは深々と溜息をついて吐き捨てるようにそう言った。まったく困った人だとでもいうように。
だがその瞳には隠しきれない疵が浮かんでいる。動揺は乾いた唇に震えを走らせ、乱暴に掴んだマグカップの水面を激しく揺らした。
視線を移さないイギリスはそれには気付きもしない。こういう時の彼は普段のお節介ぶりが嘘のようになりをひそめる。しかも普段では絶対に口にすることのないような辛辣な言葉を軽々と言い放つのだ。
まるでアメリカを気遣う様子はない。
それははるか昔、イギリスが海賊と呼ばれ孤高かつ誇り高く生きていた頃を髣髴とさせる。アメリカの知らないイギリスだった。
「俺はお前を信じられない。信じるつもりもない。かつてお前は俺に愛しているといった。ずっとずっと好きでいると。でもお前は簡単にそれを裏切った……この俺に対して銃口を向け、あまつさえ引き金を引いた。俺はその事をこの先永遠に忘れる事は出来ない。だから今更何を言われようが俺がお前を信じる事はないんだ、アメリカ」
これは押し込められたイギリスの本音なのだろうか。
自分がかつて彼に立ち向かったあの時から、彼の中では未だ深く傷が残っているのだろうか。
それほどまでに。
心のどこかで許されていると、傲慢にも思っていた。
事実イギリスはアメリカを愛する事だけは何があってもやめることが出来ないだろう。
たとえそれを彼自身が望んでいたとしても。
自身を殺してしまいたいと呪いの言葉を吐いたとしても。
彼は。
「君は決して、今も昔も俺がいなくなればいいとは言わないんだね」
イギリスの翡翠色の瞳から、涙が一筋、零れ落ちた。
あぁ、雨が降っている。
あの日と同じ、雨が降っているんだ。
君の心の中にも、俺の記憶の中にも、絶えず降り続いている。
降りやまない雨が。
雨が降るとあの人はおかしくなる。
少しずつ少しずつ、見えないところで壊れていってしまう。
だから、ヒーローとして俺は傷つく事なんか恐れたりしないで、彼と向き合う事にするんだ。
あの人を、守ると誓った幼い自分に、嘘だけはつかないためにも。
イギリスは窓辺にロッキングチェアを移動させて、ゆったりと背もたれにもたれながら、灰色の空からしとしとと降り注ぐ雨の糸を見つめていた。
淹れたての紅茶からは柔らかな香りが立ち上り、指先を伸ばしてカップを浮かせると亜麻色のそれを唇に運んだ。
ミルクの甘い味わいが舌先を優しく伝う。
「過去を思い出すことが多くなれば、それは年寄りの証拠だよ」
勝手に上がり込んで勝手にソファを独占しているその男は、知ったような口ぶりでそう言い、青い瞳を覆っていた眼鏡を静かに外した。
そんなアメリカの態度に小さく鼻先で嗤うと、イギリスはようやく窓の外を眺めるのをやめ、視線を室内に転じた。
「もしもあの頃に戻れるのなら、俺はきっと願うだろう」
「なにをだい?」
お互い硬質な声音をしていると思ったが、イギリスもアメリカもこのような雨の日は少々ナーバスになるよう出来ていた。
それはあの日から変わらない。あの日の記憶を共用しているがゆえの、実に下らない感傷だ。
そしてそんな感情はアメリカには必要のないものだったが、英国で降り出した雨は、簡単に二人を過去へといざなう。
「お前、もう帰れ」
「嫌だよ。今日はここに泊まると決めてきた」
「勝手な奴だな」
「お互い様だよ。ねぇ、ところで何を願うんだい? 教えてくれよ」
ずかずかと人の家にも心にも土足で遠慮なく入り込んでくるこの男の、こういった性格も普段はそれほど気には障らない。むろん口煩くしてしまうのはイギリスの性分なのだから、つい一言二言の小言は投げつけてしまう。それは二人にとってはごく普通のありきたりな日常。
だが、今日は雨が降っている。
雨が降るとイギリスの心は引きずられてしまう。
嫌な事ばかりが心を占めるのだ。
何度繰り返し思ったか知れない。
ずっとずっと長いこと鬱積されたそれは、いつだって胸中を渦巻きどうしようもないほどの痛みを与えてくる。
出来る事なら癒されたい。誰だってそう思うだろう、不思議じゃない。
こんな痛みを抱え続けて、そしてこの先どうやって真っ直ぐ立てばいい?
俺は悪くない。
俺が悪いんじゃない。
俺のせいなんかじゃないんだ。
だから願う。
祈って、そして望んだ。
「二度と過ちは犯さない。同じ事は繰り返さない」
やり直せるものなら。
腸が煮えくり返るような怒りと絶望を味わったあの日のことを、かつて愛したあの子供の事を。
「俺達は出会わなければ良かったのかもしれない。今俺は、お前を愛したかつての自分を、殺してしまいたいくらいだからな」
「……またそれかい。いい加減その後ろ向きな思考をなんとかしたらどうなんだい?」
アメリカは深々と溜息をついて吐き捨てるようにそう言った。まったく困った人だとでもいうように。
だがその瞳には隠しきれない疵が浮かんでいる。動揺は乾いた唇に震えを走らせ、乱暴に掴んだマグカップの水面を激しく揺らした。
視線を移さないイギリスはそれには気付きもしない。こういう時の彼は普段のお節介ぶりが嘘のようになりをひそめる。しかも普段では絶対に口にすることのないような辛辣な言葉を軽々と言い放つのだ。
まるでアメリカを気遣う様子はない。
それははるか昔、イギリスが海賊と呼ばれ孤高かつ誇り高く生きていた頃を髣髴とさせる。アメリカの知らないイギリスだった。
「俺はお前を信じられない。信じるつもりもない。かつてお前は俺に愛しているといった。ずっとずっと好きでいると。でもお前は簡単にそれを裏切った……この俺に対して銃口を向け、あまつさえ引き金を引いた。俺はその事をこの先永遠に忘れる事は出来ない。だから今更何を言われようが俺がお前を信じる事はないんだ、アメリカ」
これは押し込められたイギリスの本音なのだろうか。
自分がかつて彼に立ち向かったあの時から、彼の中では未だ深く傷が残っているのだろうか。
それほどまでに。
心のどこかで許されていると、傲慢にも思っていた。
事実イギリスはアメリカを愛する事だけは何があってもやめることが出来ないだろう。
たとえそれを彼自身が望んでいたとしても。
自身を殺してしまいたいと呪いの言葉を吐いたとしても。
彼は。
「君は決して、今も昔も俺がいなくなればいいとは言わないんだね」
イギリスの翡翠色の瞳から、涙が一筋、零れ落ちた。
あぁ、雨が降っている。
あの日と同じ、雨が降っているんだ。
君の心の中にも、俺の記憶の中にも、絶えず降り続いている。
降りやまない雨が。
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